第三話
───5月6日午後12時25分、北部区域ニビヤシアックにて。
アタシはいつも通り移動販売をアジア街入り口で行いつつ、フロッドから受けた例の人物の捜索を行っていた。
あれから一日以上経ったがアジア街で例の幹部の目撃情報は全くない。
もしかしたらアジア街以外の場所にいるのかもしれないが、候補地はこの街に多すぎる。
まずは少しずつ埋めていくしかない。
「はいどうぞ!次のお客さんはどうすんだい?」
「…チュロス一つ」
「はいはい、2ドルね」
そう言うと、客は財布から2ドルを取り出してアタシに差し出してきた。
だがその1ドル札二枚の間には、アタシがもっと欲しいものが挟まっている。
周りにばれないようお金を手早くジーンズのポケットに突っ込み、何事もなかったように客にチュロスを渡した。
あの客は情報収集のために撒いておいた捜索人だ。彼等の捜索記録を元にアタシは何処で情報を探すかを決定する。
およそ20分ほどで商品を捌き終わり、後片付けしながら例のメモを見た。
「…ターゲットは日久組幹部、中岡亮一…へぇ、清龍党に日久の内部情報を…こりゃとんでもない裏切り行為だねぇ」
日久組と清龍党は同じアジア系のファミリーということもあってか昔から対立関係にあった。
今でこそ停戦状態だが、一旦火がつけばどうなることやら。恐らくニビヤシアックとヒースは戦火に包まれるだろう。
そんな中で日久を裏切り清龍党につくとは、それだけの旨味があったのか、元からスパイだったのか。
色々な想像が頭の中を駆け巡るが、アタシが一番知りたいのはこの男が何処にいるかということだけだ。
「最後にアジア街で見られたのは4月27日。最近は…ワトルか…ちょっと面倒だねこりゃ」
ワトルは各ファミリーお抱えの企業がひしめき合うビジネス街だ。
そこでの捜索は一々ビルを調べる必要があり骨が折れる。
ただ引き受けた仕事はこなさなければならない。アタシはLEに早速電話を掛けた。
「もしもし、LE。次はワトルに網を仕掛けるよ。そっちも何か分かったら連絡を」
「ワトルだな。俺もあの近辺を重点的に調べてみるわ」
「にしてもお互い大変だねぇ」
「フロッドは俺達にとっちゃ大事な客だ、このぐらいどうってことないさ」
「それもそっか。じゃあまた後で」
アタシは電話を切って片づけを終わらせ、ニビヤシアックを後にした。
───午後5時30分、南部区域ワトルにて。
ワトルに多く立ち並ぶオフィスビルの一つ。そのビルの4階には僕が立ち上げた個人事務所「FMO」が入っている。
この事務所はいわば僕の居城だ。
テレビや雑誌の仕事にマジックショーの予約管理などといった仕事を少ない従業員と共に何とか切り盛りしてやっている。如何せん僕は大手事務所に入れないからね。
従業員は皆、僕のマジックを見て弟子入りしたいと願ってきた人たちばかり。
そんな事務所だから仕事を終わらせた従業員達は各々マジックの練習に励んでいる。
今日も僕は従業員の一人の練習に付き合ってあげていた。
「…どうですか?」
彼女がやっているのはトランプマジックの基礎中の基礎、二枚のカードを一枚であるようにめくるダブルリフトという技の練習だ。
マジックというのは結局の所地道な技の練習、そして観ている人をいかに上手く欺けるかということが大切である。
生憎僕もただの人間なので、ファンタジーの世界の住民のような本物の魔法は使えない。
今の僕がマジシャンとして名を馳せる事が出来たのも、これまでの練習の積み重ねがあったこそだろう。
僕はマジシャンの卵である彼女の技を昼からずっと見てきた。でも彼女の技は客すら欺くことは出来ないぐらいちゃちだった。
「さっきのほうがまだ一枚に見えた。恐らく君も疲れてきてるんだよ、今日はもう帰って休んだらどうだい?」
僕がそう言うと彼女は何故か目に涙を浮かべる。困ったなぁ、僕は彼女を労わって言っただけなのに、呆れられたんだと勘違いされたらしい。
「も、もう一度だけ…もう一度だけお願いします!」
うーん、マジックはそんな根性でどうにかなるものじゃないんだけど。まぁ一度だけならいいか。
僕が軽く頷くと彼女は俄然やる気がみなぎってきたらしい。
そしてダブルリフトを繰り出すが、やはりカードは二枚にしか見えない。
「そうだねぇ、もっと相手との会話を行えば、もしかしたら一枚に見えるようになるかもね」
僕はそう言って自分のトランプの山札を右手に持つ。
一番上のカードを一枚だけ、ゆっくりとめくると出てきたのはハートの5だ。
そしてそのカードを山札のトップより一枚下にさっと入れる。
ここまでの動作を、相手はカードの動きのみに神経を尖らせて見ていたに違いない。
そこで僕はカードを入れた後に相手の目をしっかり見て質問をするんだ。
「僕がさっき引いたハートの5は山札の二番目に入れた。じゃあ次のカードは何だろう?」
質問をすると、殆どの人はそれに対する答えを言うために一瞬カードへの集中が途切れる。
その隙に僕は山札をしっかりと整えてダブルリフトを成功させやすいポジションにカードをセットする。
「ハートの5以外ですよね」
此処での会話は長ければ長いほどセッティングはしやすくなるが相手に不信感を募らせてしまう。
この会話で自分を欺こうとしているのではないか。そう思わせてしまうと相手の視線はまたカードに戻ってしまう。
そうなる前に僕は技を繰り出すんだ。
「さぁ、どうかな?」
カードを整えきった状態で僕はダブルリフトをスムーズに行う。
するとまるで一枚のカードを普通にめくったかのように相手には見えるのだ。
表になったのはハートの5。マジックは成功だ。
「…やっぱり敵いません、凄いです…」
「君も技術面はだいぶ良くなってきている。後は相手を欺く話術だ。もう一息だよ、頑張って」
僕はそう言って軽く微笑んであげると彼女は飛び切りの大きな笑顔を返してくれた。
こんなにオーバーな反応をしてもらえると教えるほうも楽しくて仕方が無い。
彼女は僕に深々と頭を下げて、僕の傍から離れていった。
「さて、僕もそろそろ帰ろうかな…」
だが電話は僕を帰らせる気は更々ないようで、喧しくベルを鳴り散らす。
仕方なく僕は受話器を手にした。
「はいこちらFMO」
「ステラだよ、いや悪いね仕事中に」
この声はステラさんだ。何か例の依頼について進展があったのだろうか。
「いえいえ、お気になさらず。それで用件は?」
「…例のターゲット、中岡亮一の潜伏場所が大体掴めたよ。ワトルの観光商会ビル、あっこの地下1階にある倉庫で出入りしている所が見られたらしい」
「なるほど…観光商会ってやはり裏には清龍党が?」
「大元に辿り着けばね。ワトルだから向こうも手荒な真似はしてこないはずだけど、行くなら気をつけなよ」
「ご心配どうも。報酬のほうはいつも通りに」
「了解、じゃあね」
流石はこの街屈指の情報網を持つステラさん、仕事が速くて感心する。
とにかく場所が分かったのなら話は早い。僕は早速観光商会ビルに向かうことにした。
残っている従業員達に軽く挨拶をして事務所を後にする。
ビルを出るとあたりは夕焼けに包まれ、我が家に帰るために人々が多く歩いていた。
人の流れに沿うように僕は目的地に向かう。事務所からの距離は歩いて5分ほどだ。
さて、これから行うことはまず日久組幹部、中岡との接触だ。
中岡が何故清龍党側につくような振る舞いを行ったか、何て僕にとってはどうでもいい。
僕はあくまで、一マジシャンとして彼を招待する必要があるのだ。
観光商会ビルは社員以外の出入りも多く、怪しまれることなくすんなり地下1階についた。
だがどこか様子がおかしい。人の気配が感じられなかったのだ。
とりあえず倉庫のある方向に向かおうとしたとき、突如背中に何者かの気配を感じた。
「やあ魔術師さん、こんなところに一体何の用でしょうかねぇ?」
「ちょっと用事があってね。できればその物騒なものを下げてくれると嬉しいんだけど」
僕の後ろに人の気配、この状況で相手が何をしようとしているかなんて簡単に想像できる。
生憎この状況を覆せるほど僕は強くない。仕方なく僕は両手を挙げて無抵抗の証明をしてあげた。
「賢明な判断ですよ。さぁこっちを向いてください」
言われたとおり僕は振り返ってみると、一人の男が予想通り拳銃をこちらに向けて立っていた。
「降参だよ、降参。言うとおりにするから命だけは勘弁してくれ」
「ではまずはスーツの下に入れてあるその銃を取り出してこちらに」
なるほど、この男は僕がスーツの下に隠し入れていたM1911が見えるようだ。
これは分が悪い。どうやら状況は一向に良くならなさそうだ。
僕は左手をスーツの下に入れて、ゆっくりと一丁のM1911を取り出した。
そして弾倉を取り外して床に落とし、僕は完全に無力化されたというアピールをして見せた。
「…ではその銃をこちらに」
男は右手で拳銃を構えつつ、左手をこちらに向けて差し出してくる。
それに答えるように僕はM1911の銃身を持って彼に渡してあげた。
無抵抗の僕にすっかり安心しきっていたのだろう。彼は何の躊躇もなく僕の手から拳銃を取ろうとする。
その瞬間僕は左手の人差し指を少しだけ動かしてあげた。
するとどうだろう、耳を覆いたくなるような炸裂音と共に一発の銃弾が僕の袖から放たれ、相手の腹部を容赦なく貫いたではないか。
「グァ…!」
どうやら突然の被弾に男は頭の回転が追いつかないらしく、右手に持った拳銃の引き金を引こうともしない。
素早く僕は左手のM1911を半回転させて銃口を男に向ける。ジェロシアがSAAで良く披露するトリックショットを真似してみたが、意外と上手く出来るものだ。
そして僕は用心深い性格なんで、もしもの時のために常に一発の銃弾を銃にセットしている。これで弾倉がなくても一発だけ発砲することが可能なのだ。
次に放たれた銃弾は男の眉間を捉えた。男は拳銃を手から離し、地面に音を立てて倒れこんだ。
「相手がマジシャンだと分かっていたのに、仕込み銃を警戒しないなんて愚かだよ」
僕の両袖は魔法の世界と繋がっている。
コイン、トランプ、ペン、そしてデリンジャー…袖に入るものなら何だって出すことが出来るのさ。
さて、本当はもっと穏便に済ませたかったのだが、二発も銃声を鳴らしてしまった以上此処に長居することは愚の骨頂だ。
僕はポケットから一枚の招待状を取り出し、男の死体の近くにそっと置いてあげた。
倉庫の方角から足音がけたたましく響いてくる。恐らく中岡の仲間だろう。
どうやら遅かれ早かれ招待状を届けることは出来そうで一安心だ。僕は見つかる前にその場を後にした。
一階のほうには銃声も届いてないらしく、あっさりとビルから脱出することに成功した。
後は招待状を読んでくれて、僕のマジックショーを見に来てくれることを信じる。
───同日、午後8時頃、FMOにて。
あれから一旦事務所に戻り、僕は次にやるべきことについての計画を練っていた。
時間はあまり残されていない。これからの動きについてはテキパキと行う必要があるだろう。
自分の机で物思いにふけっていると、電話が鳴り出した。
「はいこちらFMO」
「…ローゼンクロイツで間違いないな?」
「ええ、そうですが何かご用件でも?」
「しらばっくれるな道化野郎、よくもあんな真似をしてくれたな」
どうやら僕が会いたかった人物、日久組幹部中岡亮一その人のようだ。
わざわざ電話を掛けてくれるなんて嬉しいものだ。
「その様子だと、招待状は受け取っていただけたようですね」
「…いいか、俺は義理堅い男だ。仲間の無念は必ず晴らしてやる」
「ほぅ、それはそれは素晴らく部下思いなお方ですね」
「あの招待状に書かれていたマジックショー…その舞台がお前の墓場となる。覚悟しておけよ、大衆の面前で最大の屈辱を受けさしてやるからな」
「是非お待ちしています。僕と一緒に魔法の世界に行きましょう」
「…そうやって強がっていろ」
捨て台詞を吐いた後に中岡は電話を切った。
あの男はたった一人の仲間の死程度で頭に血が上るような短気な性格らしい。
上層部を裏切るぐらいだからもう少し切れ者だと思っていたが、予想より扱いやすい人間みたいで一安心だ。
マジックショーに来てくれるのなら、僕の計画は最終段階に移行できる。
僕は早速携帯で従業員全員にメールを飛ばした。
内容はずばり、マジックショーの開催についてだ。しかも日程は二日後、場所は中心区域南東部マグノリアにあるキャスタニアホール。
その日の為に実はこっそりホールの予約は済ませておいた。ある程度余裕を持って一週間ほど。
後は二日でショーの準備に取り掛かるだけ。これだけの日数があれば僕の信頼する優秀なスタッフならいとも簡単に準備を終わらせられるだろう。
メールを送り終わり、次に僕はジェロシアに電話を掛けた。
「あらフロッド、例の用件かしら?」
「ああ。二日後、19時からマジックショーを行うから君達には特別席で是非見てもらおうと思ってね。ただ後片付けの手伝いはしてもらうけど」
「それは嬉しいわね…後片付けの詳細については?」
「ショーが終わったらホールの地下一階、奈落に来て欲しい。そこからはいつも通りで頼むよ」
「了解。素敵なショーを楽しみにしてるわ」
マジックショーを成功させるピースはこれで揃った。
後はショーの準備を終わらせることで、僕は魔法の世界の案内人になることが出来る。
これからがマジシャンとしての山場だ。さぁ頑張ろう、世界最高の魔術師に失敗は許されない。




