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鉄薫る世界にて  作者: キャバルリー
第三章:枯れ果てた地に芽は出ない ~エル・ネヴォ・レイ編~
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第四話

───4月22日、午前8時頃、北西区域メープルにて。

雨の中、工場地帯には通勤する労働者達が行き交っていた。

そこに一台の車が猛スピードで走って来る。道行く人々は車に轢かれない様急いで道路脇に逃げた。

車は1番工場入り口のゲートまで来て停車する。するとすぐにゲート横の警備員室から一人の警備員が飛び出してきた。


「一体何の騒ぎだ?」


警備員が運転席に座るステラの元にやってきてそう言った。


「悪いけど、中に入らせてもらうよ」

「いやいや困るよ。これから仕事だってのに」

「…私達、その仕事内容がとっても気になるのよ」


突如として警備員のこめかみに拳銃が突きつけられる。いつの間にかジェロシアが下車していたのだ。


「お、おい血迷ったか!?」


警備員は突然の出来事に動くことも出来ず、ジェロシアのほうを見ることも叶わない。


「一つ聞かせてもらってもいいかしら、警備員さん?あなた、エル・ネヴォ・レイって知ってる?」

「し、知らん!本当だよ本当!」

「あらそう?じゃあスティンガーって言う金髪の男は?」

「そいつなら聞いたことある!」

「聞いたことあるじゃなくて、見たことある、そうじゃないかしら?」

「…わ、分かった分かった!本当のことを言うから銃を降ろせ!」


警備員の言葉を聞いたジェロシアはニヤリと笑って銃を降ろした。

ほっとしてジェロシアのほうを見た警備員は、即座にこれから何が起ころうとするかを察した。


「ふぅ…これは口止めされてんだが、あんた等イブリースが来たってことはそれも無駄だろうな」

「口止めって、誰に?」

「エル・ネヴォ・レイさ。あいつ等この工場の一室を隠れ場にさせて欲しいと言ってきてな。金も積まれたから断れなくてな…」

「それっていつから?」

「数ヶ月前からだよ。だが連中の出入りが激しくなったのは…そう、あのブランドンとか言う男が三月に来てからだ。それに続くようにスティンガーも此処を出入りしだした」

「へぇ…それであなた達は奴らの言いなりになって情報を隠蔽していたと」

「お、俺達だけじゃねぇ。フリーの情報屋にも此処を口止めするよう莫大な金を積んでやがったんだ。そんな金持ち連中だ、逆らえば何をされるか…」


なるほど、やけにエル・ネヴォ・レイの潜伏場所の情報が掴めないと思っていたら連中は情報屋の買収にも成功していたのだ。

この街では金が全てだ。特にフリーの情報屋のように何処にも所属しない者にとって金の重要度はとても高い。

それはあのLEでも同じこと…ただ、LEを攻めるようなことをしても無駄である。彼はあくまで仕事をしただけなのだから。


「ジェシーちゃん、私はそこの駐車場に車を停めてくるわ」


ステラはそう言って車を走らせて駐車場に停めた。

そしてジェロシアは車を降りたステラたちと合流した。


「この工場が潜伏場所だとは分かった。でも此処にスティンガーたちが残っているとは限らないわね」

「…ジェシー、どうする?」

「私は正面から突っ切る。アリーチェはどこか外から隠れて侵入して。ステラさんは私のバックアップ。晃司は…好きにしたら?」


ジェロシアの作戦に対し、アリーチェとステラは頷く。晃司はどうすればいいかオロオロするだけだ。


「あんた、ここで待っとく?それとも生の仕事現場、写真で収めるのかい?」


と、ステラが晃司に向けて尋ねた。


「…ついて行ってもいいですか?」

「そう言うと思った。ちょっと待ってな。お守り渡してあげるから」


ステラはそう言って、車の荷台へと入っていった。

しばらくして、ステラはバレルが非常に長いワルサーP38と、M1911を持ち出してきた。


「悪いね、旦那のお古だけどないよりはましだろう?」


そう言ってステラはM1911を晃司に向けて差し出した。


「で、でも俺銃なんて…」

「殺される前にこいつを敵に向けて引くだけ。馬鹿でも出来るさ」

「分かりました…」


晃司は渋々M1911を受け取った。


「心配しなくても、あんたが撃つ前に私が全部殺すから。さ、行きましょう」


一行は工場に向けて駒を進めた。



───1番工場入り口の扉を、ジェロシアは勢い良く蹴り開けた。

工場の一階部分には仕事を始めようとしていた工場員達がぎょっとしてジェロシアのほうを見た。


「これから少しお仕事の時間なの。殺されたくないなら5秒以内に出て行くか、その場で頭を下げること、いいかしら?」


ジェロシアがそう言うと、殆どの工場員達は裏口などから次々と逃げ出していった。

しかし逃げ出さない工場員も数人おり、彼らはジェロシアを見るや否や懐から拳銃を取り出した。


「…さぁ、遊びましょう」


ジェロシアは不敵な笑みを浮かべて工場内に一気に突入した。それに続くようにステラが銃を構えて侵入し、晃司は挙動不審に辺りを見回しながらそれに続く。

男達はジェロシア目掛けて銃を放つが、工場の機械を軽やかに飛び移りながらジェロシアは華麗に弾を避ける。

そして一瞬の隙をついて飛び上がりながら右腰のSAAを抜きいたかと思えば、目にも止まらぬ速さでクイックショットをお見舞いした。

弾丸は男達を捉えて離さず、彼らはすぐに地面に倒れこんだ。

晃司は戦局を追うので精一杯で何をすることも出来ない。


「ほら突っ立ってないで早く隠れて!」


ステラは急いで晃司の手を引いて機械の裏に隠れさせる。

その感にもジェロシアは美しくも残酷に宙を舞い、敵を仕留めてゆく。

ステラも時々物陰から出てワルサーを構えるが、狙うべき敵は既にジェロシアによって息を引き取っていた。


「な、何だあれ…」


実質多数対一の銃撃戦で、被弾一つ無しで圧勝する彼女を前に晃司はただただ息を飲むことしかできずにいた。


「流石だわ、あの子…」


ステラもジェロシアの強さに感嘆しつつ、影から出てジェロシアの後を追った。

ジェロシアは二階に続く階段目指して突き進もうとしたが、突如二階から一人の鉄パイプを持った男が奇襲を掛けてきた。

しかしジェロシアは何も苦戦することなく男を避ける。それと同時にステラが着地した男を撃ち抜いた。


「ふぅ…これで一応仕事は出来たわ」

「ナイスアシストよ、ステラさん」


ジェロシアはそう言って階段を昇っていった。その後を二人も進んでゆく。

階段を上った先は殆ど機材も置かれてないガランとした大部屋に繋がっており、そこには銃を持つ男達がスタンバイしてた。

ジェロシアたちの姿を見るや否や男達は銃撃を開始した。


「危ない、晃司君頭下げて!」


階段の途中でステラはそう言って晃司の頭を無理やり押し下げて身を隠した。

一方でジェロシアは階段を一気に登り詰め、近くにあった機材の裏に姿を消す。


「さぁお嬢様。私に美しい姿を見せて頂戴」


ジェロシアがそう呟くと同時に、部屋の左横の窓を割ってアリーチェが飛び込んできた。

そして男達が銃を向ける前にアリーチェは近くの男にハイキックを一発かます。

蹴りを入れられた男は側面に吹き飛ばされ、更にハイキックで舞い上がったスカートからは無数の刃が飛び出した。

刃は男達を次々と串刺しにする。逃げることなど出来ない。


「殲滅完了!」


アリーチェはそう言ってジェロシア達の方を向いて手を振った。


「素晴らしいわアリーチェ、流石よ」


ジェロシアは物陰から出てアリーチェの元に近寄った。

そしてステラと晃司も二人の所へと向かう。

その時、部屋の隅にあったスピーカーから何者かの声が聞こえてきだした。


『ああ、流石だジェロシア!やはり我々の予想を遥かに上回ってくる!てっきりブロッサムで馬鹿共に混ざって野垂れ死んでいると思っていたが…』


「…どちら様か知らないけれど、殺されるべき相手であることは間違いないようね」


『おっと、自己紹介が遅れた、私はブランドン。君等が血眼になって潰しにかかっているエル・ネヴォ・レイの幹部さ』


「あら、それは有り難いわ。私、あなたを殺したくて殺したくてたまらないの」


『ハッハッハ、そいつは恐ろしい。でも次の部屋に入ってもそんなことが言えるかな?お友達が待っているよ、ジェリー』


ジェリーという名を聞いた瞬間ジェロシアは左腰の銃を抜き、スピーカーをぶち抜いた。


「せっかく気持ち良くなってたのに不愉快なことを言う男ね」


ジェロシアはそう言って次の部屋に続く扉を思いっきり蹴り開けた。

残りの三人はジェロシアの不可解な行動に疑問を抱きつつジェロシアの後に続いた。

次の部屋も先ほどの部屋と同じく機材は殆ど置かれていない広い部屋だ。

先ほどと違う点は、一人の男が部屋の真ん中に立っていたことだろうか。


「…情報は間違いじゃなかったようね」


四人はその男の正体を知っていた。スティンガーだ。


「…予想より早いな、やっぱ」


スティンガーは静かに呟く。


「スティンガーちゃん、あんたが此処にいるってことはビッグジョージもいるんでしょ?彼はまだ死んでないのかしら?」

「心配すんな、まだ生きている」


スティンガーの言葉を聞いて、ステラは安堵してホッとため息をついた。


『ウィルソン夫人、愛しい旦那はこの奥の部屋だ。そしてそこには私もいる。だがこの部屋に入るにはまず、君等が所属するイブリースのナンバー7、スティンガーを殺す必要がある』


再びスピーカーからブランドンの声が響いてくる。一行は何も言わず声を聞くのみだ。


『でも多人数でボコるのも芸が無いだろう?此処は一騎打ちということで楽しもうじゃないか』


「何が一騎打ちよ!隠れてないでこっちに来たらどうなの!?」


アリーチェがスピーカーに向けて叫ぶが、スピーカーからは下品な笑い声が返ってくるだけだった。


『もし少しでも誰かが手を出せば、愛しの旦那の命はいただく。どうだいウィルソン夫人、早く家に帰ってこのニガーの硬いナニでファックされたいんじゃないのかい?あ、それとも縛り上げて鞭でシバくほうが趣味だったかな?』


「フフッ、そうやってほざいときな」


ブランドンの下品な挑発をステラは軽く聞き流す。


『強がっちゃって全く。さぁとっとと余興を見させてくれ。誰が名乗りを上げるかは選ばせてやる。何ならそのひ弱なサルでもいいんじゃないかい?』


スピーカーからの汚い声はそこで途切れた。


「…あんたもエライ下品な男の仕事を引き受けたわね、ご愁傷様」

「雇い主がどんな奴なんて俺には関係ねぇ。さぁ誰が最初に俺を相手する!?」

「決まってるじゃない、私に」


スティンガーとジェロシアは同じイブリースに所属する関係だ。歳も近いだろうし、二人で仕事もしたことある仲のはずだ。

つまり二人は仲間、のはずである。普通なら仲間同士で殺し合いなんて悲劇的な展開に決まっている。ブランドンも恐らくそれで相手の攻撃の手を緩めさせるのが狙いのはずだ。

だがジェロシアはその狙いとは全く異なる行動を示している。口元は歪み、呼吸は乱れている。

この女、何のためらいも無くスティンガーを殺す気だ。晃司はそう確信した。


「スティンガー!ジェシーに殺される前に一つ聞かせて。わざわざ新興勢力なんかに手を貸したのはどうして!?」


アリーチェがスティンガーに向けて質問を飛ばした。


「金だ!…金、金、金。金こそが全て。金こそが絶対。金は裏切らない!」


スティンガーは威勢よく質問に答える。


「そんなに金に困ってたなら相談してくれればいいのに」


相変わらずジェロシアはからかうように言葉を放つ。


「仕事をすれば金が手に入る。単純な仕組みじゃないか。街のルールが何だ、マフィアが何だ。そんなもの何も関係ない。何も怖くない。金が欲しい、ただそれだけが俺の行動原理なのだから!」

「…スティンガー、アタシが見たときは何も考えてない馬鹿な若者だと思ってたけど」


そうステラが静かに呟く。

アリーチェもジェロシアもステラも、スティンガーが金を欲する理由など一切知らない。

だがこの男は金を求めている。そのために二重約束をし、ファミリーの敵になってまで新興勢力側についた。


「そんなにお金が好きなの…ああ、そういえば私がイブリースを紹介してあげた時も、金が欲しいからとか言ってたっけ。でも私、あんたは純粋に殺しが好きなんだと思ってたわ」

「俺はお前みたいな快楽殺人者なんかじゃねぇ。ごく普通の人間なんだ。そしてお前みたいに金があるくせに人を殺す野郎が嫌いで嫌いで仕方ないんだよ…!」

「あらあら、私スティンガーちゃんに嫌われてたの。お姉さんちょっとショックだわ。私はあんたのこと結構好きだったんだけど」


ジェロシアはそう言って、後ろの腰にぶら下げた二丁のバレルが長いSAAを抜いた。

それに対しスティンガーも右手に持つ槍を構えなおす。


「…さぁ仕事を始めようぜ。俺はお前をぶっ殺して金を貰うのさ」

「残念だわ、スティンガーちゃん。あんたならもっと強くなれると思っていたのに。でも今の強さもとても魅力的よ…さぁ私にその華麗な槍捌きを見せて。私はそれを全身で感じたいの」


「そしてもっと美しい赤い花を咲かせてあげる」


ジェロシアの狂気的な言葉をきっかけに戦闘が始まった。

まずスティンガーが一気に詰め寄って槍を突き出すが、ジェロシアはスッと右に刃を避ける。

すぐにスティンガーは槍を持ち直して連撃を繰り出すが、彼女の体には傷一つつかない。


「ああ、ダメよスティンガーちゃん…そんな荒っぽい突きじゃ全然満足できない」


ゆらりと煙の如く槍の穂先を避け続けるジェロシアは引き金を引くこともなくからかう様に笑顔をこぼすだけだ。


「ザッケンな…!」


激昂するスティンガーは槍を大きく振り回すが、それをジェロシアは左手のSAAのバレルで受け流す。

槍の軌道が乱れたところにすかさず槍目掛けて右足でキックを放った。

それと同時に右足から銃弾が飛び出し、スティンガーのわき腹を掠めた。


「チッ…」


槍を吹き飛ばされそうになったスティンガーは一旦ジェロシアから距離を離そうとバックステップを行った。

だがそれだけだとジェロシアに撃たれる。スティンガーは即座に槍についたトリガーを引いた。

その瞬間槍の三叉のうちの真ん中部分の刃がジェロシア目掛けて射出された。


「あら、面白いわねそれ」


SAAを構えるヒマもなく、ジェロシアは素早くサイドステップで穂先をかわす。

そしてSAAを構え直そうとするが、スティンガーは槍を振り回し、鎖につながれた刃がジェロシアのSAAに直撃した。

二丁のSAAはジェロシアの手を離れて宙を舞う。

だがジェロシアは一切焦らない。ニヤリと笑って見せると左手で左腰についたSAAのグリップを握る。

スティンガーが追撃を与えるチャンスなど一切存在しなかった。二発の銃弾が同時にスティンガーの両肘に直撃する。


「…は、早い…」


晃司には銃声が一発しか聞こえなかった。だがスティンガーは両肘から血を流していた。

槍を両手から離し、スティンガーは立ちすくむ。

更にジェロシアは容赦なく二発の銃弾をスティンガーの両膝に撃ち込んだ。

もはや避けることも叶わず、スティンガーはその場に倒れこんだ。


「もう終わり?幾らなんでも温過ぎよスティンガーちゃん」


地面に伏せるスティンガーに近づき、ジェロシアは右手で彼の髪を掴んで顔を無理やり上げさせた。


「…なんで頭を狙わなかった…?」


両肘と両膝に被弾したためか、動けはしなかったがまだ話せるだけの気力は残っているようだった。


「私ね、強い子と戦った時は殺す前に少しおしゃべりがしたいの」

「…話す事なんて何もない…」

「じゃあお話が続くよう質問を一つ。いつからエル・ネヴォ・レイについてたのかしら?あんたがヤクを運ぶ仕事してたのは知ってるんだけど、それは裏に連中がいることを知ってたの?」

「…知っていたさ。だがな、俺にとっちゃエル・ネヴォ・レイだの街の勢力だの何の関係もねぇ」

「じゃあそこまで金を欲っする理由は?私すごく気になるの、人を殺してまで得たいものが何なのか、どうしてそこまでして得たいのか」


ジェロシアがそう言うと、スティンガーはふと笑顔を見せる。


「…俺は二十歳にもなる前、電化製品の修理屋を経営していた。馬鹿な若者が会社に入るのを拒んで立ち上げたんだ」

「そうだったの。通りで機械いじりが得意だったのね」

「でも経営は全く上手く行かなくて、その上ファミリー連中のショバ代だなんだので借金が膨らんで破産だ」

「…つまり借金返済のためにわざわざこんな道を。面白い子ね」

「借金も返せず、スリやカツ上げで凌いでた時、お前に会ってイブリースの存在を知った…此処なら金を返せる、そして金を稼げると確信したんだ」


それでイブリースのナンバー7にまで登り詰めたのだから大したものだ。やはり元からセンスはあったんだろう、稼ぎ方はどうであれ。

だが、これだけ稼いだのになぜ金を求めたのかが不可解だった。


「…でもな、大金が入ってくるうちに俺の感覚はおかしくなった。まさに金の亡者だ。いつの間にか金を手に入れることが目的に摩り替わっちまってた…」

「そう…あんたは金で人生を狂わされたのね。人を殺して稼いだ金は美しかった?」

「さぁな…金なんて結局どう使うかだろ。それ自体に美しさも何も無い」

「死ぬ前に悟れて良かったじゃない。さ、もう言い残すことは無いかしら」

「…早く殺せ…傷が痛くてたまらねぇ…」


それを聞いたジェロシアはとびっきりの笑顔をスティンガーに向けた。

スティンガーも出血で体力を殆ど失っていたが、最後にジェロシアに微笑みかけた。

左手に持ったSAAをスティンガーのこめかみに当てる。


「さようなら、スティンガー。来世でもまた殺し合いましょう」


銃声が響き渡り、スティンガーは笑顔のまま絶命した。


『おうジェロシア!やっぱりスティンガーに勝ってしまったか!ああどうしよう、これでは私の作戦が狂ってしまうよ!』


「せっかく余韻に浸っていたのに、下水の臭いで台無しじゃない」


『言ってくれるねぇ。さぁ次の部屋に来たまえ。待っているよ』


ブランドンの声が途絶えた後、ジェロシアはSAAを拾ってホルスターにしまい、一行の元に近づいた。


「…終わったね、ジェシー」


と、アリーチェが言った。スティンガーとそれなりに付き合いも長かったためか、少し落ち込んでいるようでもあった。


「まだあの口臭野郎が残っているわ」

「ジェシー、次の部屋はアタシが前に立つよ。どうせ旦那を使って何か企んでんだ」

「じゃあお願いするわ、ステラさん」


ステラが先頭に立って部屋を後にし、ジェロシアとアリーチェもそれに続く。

だが晃司はまだあの激戦が脳裏にこびり付いて離れない。

命の奪い合いのはずなのに、どうしてジェロシアはああ平然としていられるのだろう。

見ているこっちが肝を冷やすような戦いだった。あんな体験を彼女は、この街の住人は毎日のように経験しているのだろうか。


「晃司君、そこで待ってる?」


扉を開けようとするステラの言葉に気づき、晃司は急いで三人を追った。

ステラは扉を開けて次の部屋に立ち入る。そこには縄で縛られたビッグジョージ、そしてその隣にはブランドンと二人の護衛が立っていた。


「おめでとう諸君、そして始めまして!私がエル・ネヴォ・レイのブランドンだ!」


ブランドンは一切臆することなく嬉しそうにそう言った。


「旦那を捕らえただけで、まるで勝ち誇ったようね」


ステラが呆れたようにそう返す。


「フフン、この男とてイブリースナンバー5。この街における強さは相当な者だろう?」

「さっきからナンバーのことを言うけど、どこでそのことを知ったのかしら?」


と、ジェロシアが言った。


「この街については色々調べさせてもらってな、それでお前達イブリースの存在を知った。まさか公の殺し屋派遣組織があって、それをファミリーが有り難く使ってるなんて思わなかったさ!」

「しかも情報屋には金を、ギャングにはヤクを渡して根回しまで済ませて、とてもお利口さんなのね」

「アレはあくまでファミリー共を錯乱させるエサ。私の本当の目的はこの街のパワーバランスを崩壊させることにある!」


そう言ってブランドンは高笑いを決める。


「さぁ諸君、貴重な戦力を無駄にはしたくないだろう。我々も同意見だ、此処は一つ取引と行かないか?」

「はぁ?誰がアンタなんかと…」


アリーチェが言葉を続ける前に、ステラが彼女の肩を叩いた。


「一応、条件は聞いておこうか」

「愛の力は立派なものだな!条件は一つ、イブリースを我々エル・ネヴォ・レイ専属の殺し屋組織にすることだ!」


あまりにも無茶苦茶な要求にステラとアリーチェは絶句し、ジェロシアはいつものようにニヤリと笑うだけだ。

晃司もブランドンの条件にただただ唖然とするしかない。


「ブランドン、あんた何か勘違いしてない?」

「どういう意味だい?」

「私達イブリースを専属にしたところで、ただの殺し屋が仲間になるだけじゃない。それって何の意味があるのかしら?」

「お前達のような最強の駒を手に入れられれば、この街で勝ったも同然…違うか?」

「あらあら、お利口だなんて言って悪かったわ。あんたは私達を過大評価しすぎている。所詮私達は人間、急所に銃弾一発当たればすぐ死ぬ、とてもか弱い生き物なの」

「そちらこそ自分のことをそう低く見積もることはない。君は実に強くて美しいじゃないか、ジェリー」


またしてもジェリーという名がブランドンの口から放たれた瞬間、ジェロシアは後ろの腰についたSAA二丁を目にも止まらぬ速さで抜き出し、二人の護衛目掛けて引き金を引いた。

護衛は何もすることなく地面に倒れる。ブランドンは顔を真っ青にして急いで銃を取り出してビッグジョージに突きつけた。


「ふ、ふざけるなよ!?こっちには人質がいることを忘れたか!?」

「…三度目はないわよスカムマウス」


さっきまで余裕綽々な表情を浮かべていたジェロシアが、今は怒りを露にしていることが晃司にすら読み取れた。


「ジェ、ジェシー落ち着いて…!」


アリーチェが必死にジェロシアをなだめるが、彼女は聞く耳を持たない。


「…この子の前じゃ人質なんて何の意味を持たない。アタシも旦那もそんな事百も承知さ」


ステラはそう言うと、ブランドンに向けてワルサーを構えた。


「それに、この子の過去に関することを言うのはまずかったよ、あんた」


ジェリーという名はやはりジェロシアに関する名前なのだろうか。

これだけジェロシアが激昂するのだから、この名前に特別な意味が込められていることに間違いは無い。


「いいか、少しでも変な真似してみろ、こいつの頭をぶち抜いてやる…!それに私が死のうと、もう戦争は始まってんだ…」


ブランドンがそう言った時、ステラの携帯が鳴り響いた。

ステラは銃を構えたまま携帯に出た。


「もしもし…あらLE、そっちはどう?」

「終わったよ。いやーにしてもいいもん見れたわ。まさか全ファミリーの主戦力がやってくるんだもんなぁ。そっちも早く来たら良かったのに」

「悪いわね、こっちは例のブランドンって男が目の前にいるとこなの」

「マジかよ!?結局手柄はイブリースが総なめってことか!?」

「そうなっちゃうわねぇ。ま、アタシじゃなくてジェシーの仕事なんだけどさ」

「そいつは面白いな!こっちじゃブランドン探して皆殺しにした新興勢力の首を一個ずつ調べてんだ。ブロッサムが真っ赤に染まる前にやめさせねぇとな!」

「ええ、お願いね。それじゃ」


携帯を切り終わり、改めてブランドンのほうを見ると彼が明らかに恐怖でおびえているのを察知した。


「ぜ、全滅…だと…あれだけの戦力を集めて…!?」

「あんた、イブリースについてばっか調べて、肝心のファミリーの力について何も調べてなかったようね」


ジェロシアは不敵な笑みを浮かべなおしてそう言った。


「この街でファミリー全部と喧嘩売るなんてバッカじゃないの!?さぁ観念して武器を捨てなさい!こっちはアンタを生きて捕まえるように言われてるの!」


アリーチェがそう言うと、ついにブランドンは銃を捨てて両手を挙げた。

ステラは急いでビッグジョージの元に駆け寄ると、彼の縄を解いてあげた。


「…ステラ、心配掛けたな…」

「ホントよ、この大馬鹿者が!」


感動のキス、何てものは見れるわけも無く、ステラは思いっきりビッグジョージの頬をビンタした。


「アッグァー!また傷が開いちまうってそんな強く叩いたら!」

「はぁ?そんな傷塩ぬっときゃ治るわよ!それに態々包帯まで巻いてもらってさ、スティンガーにやってもらったのかい?」

「ああそうだよ、悪いか!?」


夫婦漫才を横目に、ジェロシアはブランドンに近づいた。


「…さっき口にした名を何処で知った?」

「私は知ってるんだよ…何せ我々の前身だからな、マッシモ家は」

「メキシコ系で引っかかっていたけどやはりそうか」

「あれからだいぶ変わったな…小さい頃はもっと可愛げがあったのに、今じゃすっかり変わり果てた…」

「私から可愛げをなくしたのは何処の誰かしらね?」

「そうかっかするな…プリンセス・ジェリー…」


謎の名詞をブランドンが呟いた瞬間、ジェロシアは血相を変えてブランドンをSAAのグリップで思いっきり殴りつけた。


「ジェシー、ダメ!」


アリーチェが急いでジェロシアに近づくが、ジェロシアは倒れたブランドンの腹部を幾度も幾度も踏みつけた。


「その名を発するな…ジェリーはあの日死んだのよ…!」

「ダメだって、それ以上は!死んじゃうよこいつ!」


必死にアリーチェがジェロシアを押さえ込もうとするが、全く留まることなくブランドンを蹴り続ける。

一体プリンセス・ジェリーとは何なのか。これほどまでにジェロシアを豹変させてしまうこの言葉にどんな意味が込められているのだろうか。

ビッグジョージもステラも、どこか仕方が無いといった表情でジェロシアを見るだけだ。


「離しなさいアリーチェ…この男だけは…」


アリーチェの静止を振りほどき、今度はブランドンに馬のりになってブランドンの顔面をグリップで殴りだす。

ブランドンは声すら発しず微動だにしない。それでもなおジェロシアは手を休めない。

彼女の残虐的な暴力は数分間続き、もはや誰も彼女を止めることは出来なかった。

やっと彼女が立ち上がった頃には、ブランドンの顔は原型を留めておらず、辺りは血と吐瀉物と肉片でまみれていた。


「…ごめんなさい、アリーチェ」


ジェロシアが静かにそう呟くと、アリーチェは真っ赤に染まった彼女に抱きついた。


「ジェシー…私はジェシーに何があったか詳しいことは知らないけど…でも…」

「…そろそろ、アリーチェには話してあげたらどうなんだい?」


そうステラがジェロシアに向かって言う。


「そうね…今度教えてあげるわ…聞いても何一つ良い事無い話だけど」

「それでも…ジェシーのあんな怒ったとこ見たことなかったから…それを少しでも抑えてあげられるかもしれないし…」

「ホント、優しいわね…」


ジェロシアはそう言ってアリーチェから離れ、今度は晃司のほうにやって来た。


「…これが私達の仕事現場…どう、実際に見て?」

「正直…見ていて気持ちのいいものではなかったとしか…」

「そう?フフッ、あんたもまだまだこの街に馴染めそうに無いわね…あ、そうだ。写真撮りたいんじゃなかったの?」


ジェロシアの一言で、晃司は本来の目的であるジェロシアを収めた写真撮影を終わらせていないことを思い出した。

急いでスマホを取り出すが、もう仕事の終わった彼女を写真で撮る意味なんてあるのだろうか。

そんな事を考えていると、ふいにジェロシアが晃司の肩に手を回してきた。


「え、ちょ!?」

「どうせならあんたと私のツーショットでいいじゃない。こんな大サービス一度きりよ?」


本当に何をするか分からない人だ。晃司は仕方なく二人が収まるように写真を撮った。


「あー!!もうジェシーったらそんなことやって!大体なんでこんな奴此処までついて来させたのよホント!?」


異様なツーショットを目の当りにしたアリーチェはまたガミガミと騒ぎ出した。


「あの男、ステラだけじゃなくてジェロシアまで手出しやがって…!」

「あんたは黙ってなさい全くもう…」



───犯罪都市キャスタニア。そこには七つもの巨大なファミリーと、それらを相手に商売をするならず者達が巣食う。

ファミリーは平穏を、ならず者達は金や欲望を求めて日夜鮮血に塗れた世界で暮らし続ける。

晃司は今回の件を通じてこの街の狂気の一欠片を目撃した。

非現実的な日常は彼にとってあまりにも恐ろしかったが、それと同時にわずかな面白さを見出しつつあった。

この街の住民はいかにしてその手を真紅に染め上げたのかという湧き上がる好奇心を抑えつつ、今日撮った写真を宿の一室で見直す。

そこには確かに戸惑う彼の顔と、血まみれになって微笑むジェロシアという女が写っていた。

鉄薫る世界にて、第一稿を加筆修正し、写真を添付して完成稿とする。


                     《エル・ネヴォ・レイ編 完》

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