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22 小剣と長剣 ~~そして川下り~~

今日も少し短い目ですが、投稿致します。

トゥールからナントまで、直線距離で約二十数里リュー(100キロ強)、河を下っていくとなると、更に距離は長くなる。

しかし、追い風を受けて、しかも川の流れに押され、駄目押しとして40本の櫂で漕いだらどれくらいのスピードになるだろうか。


トゥールでの威圧と輸送という任務を終え、テイズたちは順風を待ってから出帆した。

先に上陸していた従士らが警備について、特に漕ぎ手を十分に休ませ英気を養わせた後、商人たちがトゥールでの買い付けを済ませて船に戻ってきたので、今度は最速で進む訓練をする予定にしていたのだった。

隠された目的である、シノの輸送も終えてある。イズモのインパクトに紛れて、水運組合(ギルド)の対応などを調べることになっているのだ。


船着き場を離れて、大過なく方向転換をした巨艦イズモは、重い腰をそろそろと動かし始めた。ゆるゆると川の流れに乗ったかと思うと、勢いがついたらしく、ぐんぐんとスピードを上げていく。


沿岸のトゥール市民たちは、安堵の息をつきながらそれを見送っていた。一部の専門家たちは、その速さに驚愕する。ロゴの水軍を敵に回すのは危険だということが、これで印象付けられたら良いのだが。


「俺は1刻だと思うな。」

テイズが言った。約2時間だ。時速60キロくらいの計算になるだろうか。

「どうでしょうね。問題は、河が曲がっているところで、どれだけ速さを落とさずに進めるかに掛かっているでしょうから、僕はもう少し掛かると思います。」

ヤンコーが船の先頭に立って前方を睨みながら答えた。正直雑談をしている余裕がない。中州もあるし、突然急流になる部分もあるのだ。

「2刻と見ました。」

それでもヤンコーは予測を立てた。テイズよりは控えめではあるが、操船責任者としてはやむを得ない心境だろう。


商人たちは、最上層階に上がることが許されていない。操船の邪魔になるからだ。三段目、つまり武者溜りで戦士らや弓兵と一緒に待機している。もっとも矢倉には狭間が作られているから、それで外を覗くのは自由だ。特に敵影もないから、弓兵らも狭間を確保しておく必要もない。のんびりと休んでいる。


この時代としては、驚異的なスピードだ。荷物を付けずに疾走する馬に乗って全力で走るくらいのスピードになっている。しかも乗客は座っているだけで景色がどんどん変わっていっている。商人たちは、以前からロゴの小早や関船に乗っていたから船旅が楽なことを知っているが、安宅船はそれよりも大きいから乗り心地が各段に良い。全力で下っていっているから、スピードも速い。これに商機を見出す商人は多いだろう。


・・・


結局、イズモは1刻半掛けてナントに到着した。



  ○ ○ ○ ○ ○



王をぶっ殺してしまったヒューゴはしばらくそこで茫然と立ち尽くしていたが、戦士たちは興奮してお互い大声で喋り始めた。殴り合いを始めている者までいる。

女たちが気を利かせて、テウデベルト王子、ミヒャルとともにヒューゴを案内して、王の掘立小屋に連れ戻り、お水を出してくれた。


「おい、やっちまったな。」

ミヒャルがにやにやしながらヒューゴに言った。

「王が死んだらどうなるのだろうな。」

テウデベルト王子が憂鬱そうに言った。

「わかりませんね。もっとも、この部族の考えていることは、さっぱり分かりませんけど。」

ヒューゴは投げ遣りに言った。


おそらく後継者を決める必要があって、それで揉めているのだろう。

「誰でもいいから、とにかくこれからどうなるのかとっとと決めて欲しいものだな。」

ミヒャルも同じことを考えていたようだ。


「俺がここの王になっちゃ、駄目ですかね。」

ヒューゴが思いついた。

「いいんじゃないか。どうぞ即位なされると良い。」

ミヒャルが笑って続けた。

「なりたいのならな。」


そうだ。この珍妙かつ凶暴な部族の王になっても、全然発展性がないだろう。たまにブリテン島に襲撃に行って、羊や人間を攫ってくる以外に仕事があるとも思えない。


「やっぱり、テウデリクの部下の方が面白そうだ。」

ヒューゴが溜息をついた。


「テウデリクというのは、それほどの人物なのかね。」

テウデベルト王子が聞いた。

「そうですよ。今は俺と同じ年の幼児ですけど、成人したら立派な武将になるでしょう。民を富ませ、軍勢を鍛え上げ、敵にとっては悪魔のような恐ろしい存在になるでしょう。」


「そうか。一度会ってみたいな。そちのような人物にそこまで言わせる男ならば、私の臣下に入れたい。それが無理ならば同盟でも良い。」

(むしろテウデリクの家来になった方が身のためだぞ。)

ヒューゴは足利義昭のことを思い出しながら考えた。あの最後の将軍は、ついにぎりぎりのところで信長と妥協を重ねる道筋を取らなかったのだ。

よく小説などでは、信長は当初から義昭を馬鹿にしきっていて、滅ぼすつもりでいたかのように書かれているが、信長も別にそこまで先のことを考えていたものではない。もっと常識的な構想を持っていた。足利幕府と協調して畿内を掌握し、幕府下の最大かつ最強の大名として、諸勢力間の平和を実現させればそれで良いという程度の構想でしかなかった。


(この世界では、あいつは、どうするのだろうか。)

ヒューゴはふと考え込んだ。

メロヴィング家は、伝説的な始祖、メロヴィクスの名声に支えられて、全フランクの絶対的な忠誠を勝ち得ている。反逆するフランクもいることはいるが、王位を簒奪しようと考える人間はいない。しかし、テウデリクがメロヴィング王朝で勢力を蓄え、王を凌駕するに至ったとき、テウデリクは王になるつもりなのだろうか。


(この王子も、テウデリクに殺されるかもしれんな。)

ヒューゴは若干の哀しみを持って王子の顔を見た。滅びゆく家系というべきかもしれない。明智光秀として足利義昭配下の武将であったときのことをふと思い出した。


ガタン!

突然、ヒューゴの目の前の机の上に、長い剣が置かれた。そばには巨漢が立っている。


「これは、先王の長剣ではないか。」

ミヒャルが動揺を抑えて声を上げた。これで死ねとでも言ってくるのだろうか。


「俺は、今後、アルスター及びマン島の王として即位することとなる、ブリダインだ。」

巨漢がヒューゴの顔を見ながら言った。どうやら後継者が決まったらしい。


「この剣は、お前が殺した王の剣だ。お前が所有する権利がある。受け取れ。」


たしか、なかなかの業物と見受けられた剣だった。もっとも、ヒューゴの体格だと、持ち運びすら難しい。


「よかろう。謹んで受け取ろう。」

ヒューゴが答えた。

テウデベルト王子が立ち上がり、

「先王の死を悼み、新王の即位を言祝ごう。栄光あれ。」

簡潔に弔意と祝意を述べた。あまり長く喋ると最後まで聞いて貰えないかもしれないと学んだようだ。


「お前たちの処遇だが、三番勝負はこれでおしまいにする。」

巨漢、いや、新王がそう言った。

「そうかね。では、我らの望みは叶えてくれるのかね。」

「先王はそう言っていたが、俺はそんな約束はしていない。」

新王ブリダインは、あっさりと約束を反故にした。


「おい、先王の後継者であれば、約束も継承するのが当然じゃないか?」

ミヒャルが気色ばんで言った。

「フランクよ。我々に約束という言葉を使うな。弱き者に対して約束など意味はないのだ。」

「では、弱き者から、勝負に敗れたヒベルニアの部族に告げよう。俺たち三人を殺すのは容易ではないぞ。」

ヒューゴが言い返す。


「おい、そいつら、殺してしまおうぜ! 王の即位の祝いに頭蓋骨がないと締まらねえよ!」

横から別の男が口を出した。


テウデベルト王子は、穏やかにコップを持ち上げた。

「さきほど、こちらのご婦人方にお水の接待を受けていたところだ。ヒベルニアでは客人を害する風習があるのかね。」


世界共通の習慣ともいえるものに、客人の不可侵というものがある。ひとたび客人として迎え入れられた者に危害を加えるのは恥ずべき行為とされていたのだ。ヒベルニア人にとっても、どうやらそれは共通するようだ。


「思い出した、おい、先王の取り巻きを何人か殺して来い。」

新王は、口を出した男に言った。どうやら恨みを買っていた者がいるらしい。大げさに言えば、政権交代に伴う報復人事という奴だろう。


「さて、では私たちをどうするのかね。我々としては、ケルティック・クロスを回収できれば、それで文句はない。そのまま大人しく帰らせて頂くつもりだ。この地に害をなすつもりはないのだ。」

テウデベルト王子は、努めて穏やかに話すようにしている。刺激するとどう転ぶか分からない。


「ふむ。そういう要件だったのか。」

始めからそういえばいいのに、とでも言いたげな様子だった。もっとも言う暇も与えられなかったのは、先王のせいである。


「よかろう。頂上近くに洞穴がある。そこに、パトリキウスという名の狂信者が十字の棒を置いたという言い伝えがある。いずれにせよ、洞穴は魔物が出てくるので駆除が必要だったところだ。そこで死ぬが良い。」

新王は、軽く許可をしてくれた。もっとも、厄介事はまだまだ続くようではある。


・・・


しばらくして、山登りが始まった。

ミヒャルが、「腹が減った」と騒ぎ立てたので、数日分の干し肉と水袋だけは受け取ることができたのだが、道案内はついていない。「高いところに向かって進んでいけば、いつかは辿り着くから大丈夫だ。」とヒベルニアは、アルスター及びマン島の王が言うので、それもそうかと思ったのだ。余計な道案内がついても、神経に障るだけかもしれない。


「えいっ」

ヒューゴが肩に担いでいた長剣を引き抜いた。腰に差すと確実に地面をこするし、背中に括り付けると、手を思い切り伸ばしても柄に届かないのだ。


「おっ、なかなかの業物だな。」

ミヒャルが褒める。たしかに、尋常ではない凄みを感じる刀身ではある。


「ただでくれたものですからね。普通よりは少し良いという程度じゃないですか。」

ヒューゴは、試しに振りながら答える。重すぎるから、野蛮魔法で強化しなければ、身体がとられてしまいそうだ。


「んぉっ!」

ヒューゴは妙な声を上げた。長剣を睨みつける。


「どうした? おっ?」

ミヒャルが驚きの声を出した。


(なんだ、こいつは。妙な力を感じるぞ。少し震えているようでもあり、また、喜んでいるようでもある。魔剣か。)


「なんですかね。妙な気配を感じさせる剣ですね。」

(そんな貴重なものだったのだろうか。もっとも、ヒベルニアの王は細かいところに気が回らなさそうだったから、これも魔剣だと気が付かずに使っていたのかもしれない。)

現に対峙していたときには、特に不思議な力を発揮したりはなかったのだ。


「見せてくれ。」

テウデベルト王子が、近寄って仔細に調べ始めた。

「ここに何か書いてあるな。」

鍔のあたりに目を近づける。

「ふむ。ラテン語は苦手なのだ。」

そういって、ヒューゴに返してきた。


「そうですか。」ヒューゴも調べてみた。


“CALIBURNUS”


「んー、カリブルヌスって書いてあるな。」

ヒューゴが言った。

「どこかで聞いたことがあるような名前だが、なんだっけ。」

ふと目を上げると、テウデベルト王子とミヒャルが驚愕した表情で見ている。


「お前、そ、そいつは・・・。」

ミヒャルがどもる。

「ああ。それは、あれだ。」

テウデベルト王子も、驚きの余り言葉がすぐに出てこない。


「カリブルヌス。伝説のアーサー王の聖なる剣だ。」

またの名を、エクスカリバー。

ご一読ありがとうございました!

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