21 イズモ ~~震え上がれ、トゥールよ~~
ちょっと短めです。
巨大な船が大河を遡上している。
安宅船イズモが、ナントを出発してロワール河の上流、トゥールに近づいていた。
全長は、約15トワーズ(約30メートル)。この時代の感覚でいえば、巨艦といえるだろう。
両舷に、それぞれ10本の櫂が二段で備えられている。合計で40人の漕ぎ手が付いていることになる。
そして、艦内には、10名の戦士と10名の弓兵が武装して周囲を警戒していた。
もっとも、このような威圧感たっぷりの船を襲おうという者はいないであろう。警戒は、威圧と訓練が主な目的であった。
本来は、もっと多くの兵力を乗せることができるのだが、今回は、正体不明の破壊工作によって、ナントからの物流に穴を開けないための航行だから、商人やその貨物を積み込んでいる。
それでも、漕ぎ手も最小限の武装はしているから、戦力としては相当な脅威だ。
「帆を降ろせ!」
ヤンコーが叫んだ。
漕ぎ手、戦闘員以外に、船員が数名乗船している。舵取り、航海士、操帆手などに専門化していて、訓練も充分なので操船は安心できる。もっとも、ロワール河をこの船でトゥールまで遡上するのは初めてなので安心はできない。
「おう!」
船員たちが帆柱に登って帆を降ろしていく。降ろし終わると、帆柱を船体から引き抜いて船の中心線に沿って横倒しにして固定する。和船の構造をテウデリクが思い出して説明しているから、ロゴの水軍はみなそういう造りになっている。
「もうちょいだな。」
ヤンコーは目を細めた。ここからが難しい。河の流れを計算しながら、着岸しなければならない。ここで失敗すると、軽く見られることになる。
ヤンコーは、そのまま慎重に距離を目測すると、
「漕ぎ方、やめい!」
と叫んだ。
矢倉の下は、三階層になっていて、下の二段が漕ぎ手の居場所になっている。上は弓兵の定位置だ。船の上部からだと直接声が届かないから、弓兵が伝達することになっている。多少のタイムラグはあるが、それも含めて指示できるようにお互い訓練を重ねている。
「左舷、櫂しまえーい! 碇、降ろせ!」
ヤンコーは再び叫んだ。
左舷の櫂が船体に引き込まれ、碇が降ろされた。船の速度が一気に落ちる。舵取りが慎重に進路を計算しながら、ロワール河の北岸船着き場を睨む。
バキバキバキ!!
びっくりするくらい大きな音を立てながら、イズモは船着き場の小船に衝突した。
別に操船ミスではない。もともとそうする計画だったのだ。
イズモは魔の森の木材を使っているから、異常なまでに強度がある。小船にぶつかった程度では傷一つつかない。今回の来訪は威圧が目的だから、これくらいのことはやるべきだろうと腹を固めていたのだ。
「右舷、櫂降ろせ!!」
ヤンコーが叫ぶ。
右舷の櫂が一斉に着水する。スピードを緩めるのが狙いだ。左舷の櫂は衝突に際して損壊しないように船に引きこんであるので、減速には使えないが、右だけでも効果はある。あまりやりすぎると、船が右に曲がってしまい、船尾の左側を河岸でこすることになってしまうが、もうほとんど船も止まりかけていたので、右舷の櫂を川水に浸けるだけで、イズモは停船した。
ぴったり、船着き場の小船だけを破壊してイズモはトゥールの町に乗りつけたのだった。
ヤンコーは、緊張を解いて後ろを見上げた。白地に赤い丸の模様、ロゴの旗印が掲げられている。
「ヤンコー、見事な操船だったな。」
テイズがにこやかに話しかけた。
「はい、ありがとうございます。ふぅー、ひやひやしました。」
「見ろ、やつら怯えきっているぜ。」
テイズはトゥールの町を指さした。
船着き場には、多くの見物人がやってきていて、ざわめいている。
衝突前に左舷の櫂を引っ込めたことから、小船に当てたのは意図的なものだったと理解できるはずだ。
そうすると、この見知らぬ巨艦は、喧嘩を売りに来たということになる。そういう推測もあって、トゥールの市民は殺気立っている。
船着き板を降ろし、商人が貨物を持って下船していく。トゥールの商人も含まれているから、市民たちに交易船であることを説明しているのだろう。とりあえずは市民の臨戦態勢が少し緩んだように見える。
「よし、ヤンコー、悪いがこの船での留守番を頼むぜ。」
テイズはそういって、従士らのうち5名を指名して下船していった。
他の乗組員は、全てイズモに残っていることになっている。空船にすると、何をされるか分からないからだ。
テイズは、軽装ながらも甲冑を身に着けている。海戦では、重い装備は不利になるのだが、今回は威圧という目的があるからそれなりの武装が必要になる。真銀製の軽い船上用の甲冑が開発されていたので、それを装備していたのだ。従士たちも同様の恰好をしている。軍装が揃っているので、なかなか迫力がある。
「お、いい町だな。」
テイズは余裕たっぷりあたりを見渡した。
もちろん、テイズは何度もトゥールの町に来ているから、今更いい町も何もない。それでも「いい町だ」と言ったのは、自分らの前で怯え竦んでいるこの状態を言葉で確認したかったのだ。
「ぶしつけながら失礼いたします。私は、この船着き場をトゥール市民から任されております、マレーと申す者、あなた様は、どちらのお方でしょうか?」
中年の商人らしき男が、群衆を割って前に出てきた。
トゥールでは、市政というほどのものはない。都市伯が、東フランク王、戦好きのシギベルト王に任命されているが、わざわざ船着き場の管理をするほどのサービス精神はない。市長というものもいないし、市役所もない。なんとなく街壁の中で集まって商売をしているだけなのだ。
そうはいっても、全くの無法地帯というわけではない。最低限の共通の取り決めや、共同の利益のために活動している人間はいる。トゥールの船着き場は、商業ギルドが管轄していて、さらに商業ギルドの下部組織である水運_組合が管理していた。この商人は、おそらく持ち回りか何かで、ここの管理者となっているのだろう。
「あの旗を知らんか。ロゴ辺境伯閣下の船だ。商人を運搬してきた。」
テイズはぶっきら棒に答えた。
「操船を誤ったように見受けられますな。新型の高級船舶が多数被害を受けておりますが。」
「緩衝材が用意されていなかったのは、船着き場の手落ちであろう。古い小船が船着き場に引っ掛かっていたので、掃除を兼ねて当方が利用したに過ぎぬ。操船を誤ったのではないわ。不服があれば、雑草が丘のロゴ様のところに申し出るが良い。」
テイズは、声高にそう言い捨てて、前に進んだ。不敵な笑いを浮かべている。
どうせ、このマレーと名乗る男も水運_組合の人間なのだ。商売敵であるし、先日の焼き討ちについて重要な容疑が掛かっている。遠慮はいらないだろう。
「邪魔だ、どけ。」
テイズは、男の肩を突き飛ばして前に進んだ。従士らも後に続く。
「お前たち、町では、存分に楽しむんだぞ!」
テイズは従士たちに大声で呼びかけた。従士らも、「おおー!」と叫んで町に繰り出して行った。
・・・
その夜、巨艦から密かに忍び出る人影があった。人影といっても、人の目には見えない姿だ。黒装束に身を固めているが、仮に黒装束でなくても気配を完全に消しているから、イズモを監視している人間がいたとしても全く気が付かないだろう。
人影は、船着き場に降り立つと歩き始めた。歩きながら、流れるような仕草で服を着替えていく。どういう術を使っているのか、脱いだ服は、どこかに消えてなくなったようにも見えるし、何もないところから目立たない町民の服が取り出され、足を止めることもないままに、一人の幼女が出来あがった。銀色の細い髪が月の光を浴びて輝く。
(とりあえずはレイモンダルム殿の支店を拠点にしよう。)
シノは考えながら、足早にトゥールの町を進んで行った。
○ ○ ○ ○ ○
長剣が目の前を、ブン!という音を立てて通り過ぎた。
ヒューゴは姿勢を低くしながら、踵を浮かせて、ヒベルニアの王を見つめている。
(こいつは速すぎるな。)
どうやら、ヒベルニアの王は、剣という殺傷力のある凶器を、人間に対して振り回すこと自体が、この上ない娯楽だと考えているらしく、全く疲れを見せず、飽きもせずに剣を振り回していた。
剣は大振りなので、避けるのはそれほど難しくないが、王の足捌きは俊敏で予測がつかないので、付け入る隙がない。
(長期戦でやるしかないか。)
ヒューゴは、覚悟した。
王は、わははと笑いながら、剣を上から振り降ろした。ヒューゴは、わざと足取りを少しだけ遅くして、小剣を頭上に構えて斜めに受けた。身体も動かしながら衝撃を緩めて、弾き飛ばされるようにする。
「やれ! やれ!!」
ヒベルニアの戦士たちが、遠慮も会釈もなく叫びたてる。幼児だからといって容赦するという発想はないようだ。それは別に構わないのだが。
更に王は嵩にかかって攻めたててくる。ヒューゴは、その都度、完全には避けずに、小剣でぎりぎり防御しては体勢を崩されるようにした。少しずつ動きを緩慢にしていく。
「おーい、元気ですかぁ!」
王は、はしゃぎながらも攻め手を全く緩めない。遊び心はあっても怠け心のない闘いぶりは、敵として敬意を払うべきだろう。ならば、ヒューゴとしても、全力で王を殺すことが求められている。
「ちくしょう!!」
ヒューゴは悔しそうに叫びながら、広場を円く回って、王との間にスペースを作ろうとする。しかし、王は見事な位置取りでヒューゴを追い詰めていく。
ブンブン振り回す長剣は、ヒューゴの小剣を何度も叩きつけ、ヒューゴの両手を痺れさせ始めている。ヒューゴは肩で息をついて、何とか体勢を立て直した。
「うははは。どうした? もっと頑張れよー!」
王は右手上方から、打ち据えるように長剣を叩きこんできた。ヒューゴは、自分の右側に飛び下がったが、足をもつれさせて尻をついてしまった。
「おやー、終りだな。」
そう言いながら、王は驚くほどの速さで距離を縮め、ヒューゴの腹に長剣を突き刺そうとした。
「いまだ!」
ヒューゴは心の中で叫びながら、自分の腹のすぐ前にある剣先を見つめながら、足を思い切り振り上げて、靴の横腹で剣の軌道を変える。
普通の力だったら、それだけでは剣の動きを妨害することはできなかっただろうが、魔法で筋力を強化しているのと、王が走り込みながら刺そうとして、横からの力に弱い体勢を取っていたのが幸いした。
王の剣は横にそれてヒューゴの腹のすぐ横の地面に浅く突き刺さった。
ヒューゴは猫のように身体を捻って立ち上がると、小剣を王の右手首に突き刺した。刺した後に捻って骨を砕く。
「うおぉぉぉー!!!」
王が痛みの余り、絶叫する。長剣が手から落ちた。血がほとばしり出ている。動脈を切ったようだ。
「ぐおおおお!!」
王はなおも叫んでいる。手は神経が集まっているところだから、激痛が走っているはずだ。剣も落としてしまっている。すぐには対応できないだろう。
「おや、終りだな。」
ヒューゴは言いながら、飛び上がって王の首に小剣を叩きこんだ。剣の切れ味は、それほど良くない。半分くらいめり込んだところで止まってしまったが、止めをさすには十分だったようだ。王は物言わぬ骸になりはてて、ずしんと音を立てて倒れ込んだ。
さて、これからどうしたものか。
ご一読ありがとうございました。
戦闘シーン、難しいですね。
ところで、先日もどなたか評価ポイントを入れて下さいました。本当にありがとうございます!すごく嬉しいです。




