20 ヒベルニアの王 ~~三番勝負~~
遅くなりました!
先日、評価を入れて下さった方、ありがとうございました!はげみになります。
良いところ、悪いところ、コメントなど頂けると、大喜びします。よろしくお願い致します。
マン島に上陸したらすぐにとっつかまって、大きな掘立小屋に連れて行かれた。
木造平屋、下は土がむき出しになっており、窓はないが、板の隙間から光が差し込んでいる。テーブルといえばテーブルに見えなくもない厚い板が置いてあり、そこに椅子といっても差支えないかもしれない木の固まりが並んでいて、奥には驚くほど身体の大きな男が椅子に尻を乗せていた。
頭は禿げ上がっており、その分髭が濃いから、むしろ上下を逆にした方がおさまりが良いだろう。目は大きくて鋭く、口は顔の下半分を占めるほどの大きさ、耳も鼻も大きくて、馬鹿でかい拳で酒瓶を握っている。
「お? なにもんだ、そいつら!!」
男は大声で怒鳴った。
「他所者か。ここに来るとはいい度胸だな! お前ら、これから死ぬ奴の顔だ、ゆっくり見てやれ! がっはっはっ!!」
テウデベルト王子らを捕えた兵士が、男に報告した。
「王よ、この者らは、船にのってこの島に来ていたのです。」
「ほほう。なるほど! 俺もそうじゃないかと思ってたよ。なにしろ、この島は周りを海で囲まれているんだもんな!!」
他の男たちも哄笑する。少数の女たちも甲高い声を出して嘲笑した。いずれにせよ、流れてきた者は嬲り殺されるのがここの習いらしい。阿呆な旅人が来たというのなら、それは丁度よい暇つぶしになるだろう。
「ヒベルニアの王とお見受けした。私は、西フランクの王子、テウデベルトと申す者。偉大なる王にお会いできてこうえ・・・」
光栄です、と言い終わる前に、巨漢は再度怒鳴った。
「フランクか! ゲルマンは、弱っちいケルト人やローマ人を襲っては満足していると聞くが、ヒベルニアの槍を知らぬであろう。世界には闘いを知る男たちもいるのだぞ。わっはっは!!」
ヒベルニアの王は大笑した。
「ヒベルニアの王の勇武はつとに名高く、」
テウデベルト王子は続けるが、この巨漢の王は聞く耳持たなかった。
「我らは何者も恐れぬし、全ての人間に恐れられている。この島に足を踏み入れた者は、生きては戻らぬ。なぜなら我らは何人の報復も恐れる必要がないからだ。」
王はにやりと笑った。
(完全に向こうのペースだな。)
ヒューゴは思った。ここで流れを変えるのが良いだろう。
ヒューゴは進み出て、
「ヒベルニアの王よ、口は達者なようだが、その拳は酒壺を握るためだけにあるのかな。」
と挑発した。
「おっ、なかなか骨のある小僧だな! わははは、よしよし、気に入ったぞ。お前は楽に死なせてやろう!」
王は上機嫌で答えた。
「我らにも剣がある。言葉は無用ではないかな。」
ヒューゴは、腰の小剣を叩きながら更に挑発した。
男たちが大笑いする。なにしろヒューゴはどうみても幼児なのだ。
「はっはっは。面白いことをいうな。」
王は更に続けた。
「よかろう。こちらも三人だす。お前たちと闘い、勝ち残ればお前たちの願い、聞いてもよかろう。」
・・・
王は勝ち残れば、と言った。つまり、双方一人ずつ出して、勝った側はそのまま次の相手と対峙し、最後まで残った方が勝ちということだ。
「おい、勝手に話を進めるな。」
テウデベルト王子は、掘立小屋から出ながら小声でヒューゴに言った。
「いや、これはヒューゴが正しいぜ、王子。こうでもしなけりゃ、話をする間もなくなぶり殺しだった。」
ミヒャルがヒューゴを支持する。
「しかし、王が約束を守るとは限らぬ。」
王子がなおも言い募る。
「そうですが、それでも糸口はつかめるでしょう。」
ヒューゴが答えた。
「俺から始めていいですか。」
ヒューゴはにやりと笑った。
「お二方の出番がなくて申し訳ないけど。」
そう言っている間に、集落の中心にある広場に出た。
王はまだ酒瓶を片手に持っている。
「最初は、・・・あー、えっと、ほれ、お前にするわ!」
王は適当に戦士を指さした。
「おうっ!!」
熊のような男が、棒を振り上げて応じた。棒の先には鎖が付けてあって、その端に鉄の釘が飛び出た球が繋がっている。
「うわ、厄介そうな武器だな。」
ミヒャルが言った。
「いや、簡単ですね。」
ヒューゴは軽く言った。深呼吸をしながら、全身に野蛮魔法をなじませていく。
・・・
「俺は、アルスター出身のゼドンだ。」
熊が名乗った。
「お前が戦うのか。幼児とて手加減はせぬぞ。」
どうやら、何事にも全力で対応する性格のようだ。
「最初は油断させて、一勝を稼ぐ作戦だったんですけどね。俺はヒューゴ。トゥールネ出身のヒューゴだ。」
ヒューゴが小剣を抜いて、軽く会釈して名乗った。
「おい、ゼドン、楽に死なせてやれ。」
王がにやにやしながら声を掛けた。
「おうさ!」
ゼドンが盾を構え、鎖の先の球をくるくる回しながら答えた。
「では・・・。はじめ!!」
王が叫んだ。
はじめ、の合図と共に、ヒューゴは小剣をだらりと降ろしながら足早にゼドンに近寄った。ゼドンは注意深く盾をかざしながら前進する。
(こいつは本職だな。)
ヒューゴは思った。相手に関わらず油断しない態度は褒められて良い。
「うおっ!」
先手はゼドンの方だった。盾の裏側で一瞬、棒がひらめいたかと思うと、思いもよらない方向から鉄の球がヒューゴの顔に向けて物凄い速さで飛んできた。遠心力をうまく使っているのか、球に力が籠っている。
ヒューゴは、「おっ」と声を上げながら、地面に這い蹲るほどに姿勢を低くしてやり過ごした。そのままの勢いでゼドンの左側の下に潜り込もうとする。
「そっちか!」
ゼドンは笑いながら、左足でヒューゴを蹴ろうとしてきた。大人の男の胴体ほどもある太さの足だ。直撃されたら骨が折れ、戦闘不能となるだろう。
「知ってる!」
ヒューゴはよく分からない声を上げ、身体を回転させながら飛び上がり、ゼドンの左足に背中を一瞬預けながら、くるりと着地した。目の前にはゼドンの横尻、小剣の先にはゼドンの脇腹がある。
「貰った!」
ヒューゴは叫びながら、躊躇いなく小剣を突き刺した。斜め上にえぐり込み、心臓を狙う。
「ぐああぁ!」
ゼドンは絶叫して、鉄の球をあやつりヒューゴを撃とうとするが、もはや身体に力が残っていない。操作を誤って、自分の肩に球を当ててしまい、そのまま倒れた。血がどくどくと流れ出ている。
ゼドンは目を開いたまま絶命した。
用心はしていたが、それでも幼児に自分が殺されることになるとは全く予想していなかったのだろう。死亡した今でも、驚愕の表情を浮かべていた。
「うおー!!!」
ヒベルニアの戦士たちが喚声を上げた。
ミヒャルとテウデベルト王子も叫んでいる。
「おお、見事だ!」
ヒベルニアの王は叫んだ。
「そうすると・・・。もう少し骨のある男を出した方がいいかもな。」
「王よ、出し惜しみした方が良いぞ。どうせ死ぬのだからな。」
ヒューゴが憎まれ口を叩いた。
「はっはっは。良かろう。次は俺が出るぞ!」
王がいきなり広場に出てきた。
(王が出るのか? 仮に出るとしても、最後だろ普通。)
ヒューゴは唖然としながらも、距離を取った。どうやらこの部族は少しおかしいらしい。戦士たちも興奮しながらも誰も止めようとしない。
「俺の得物はこれだぞ!」
王は、剣を高く掲げた。なかなかの業物らしく、妙な凄みを感じさせる剣だ。
「おい小僧。こちらは剣だ。お前も盾を使ってよいぞ。」
王は、闘いの条件については、ゆるがせにしないタイプのようだ。きっちりとヒューゴの装備についても配慮を示した。
「いや、王よ、俺はこれだけでいい。」
ヒューゴは謝絶した。盾はいまいち使いにくい。小剣だとヒューゴの体格だと両手の長剣代わりに使えるのだ。日本刀に一番近いので、戦いやすい。
「よし、では始めるぞ、良いかな。」
「ああ。」
「あー、俺は王だから、誰かの指図を受けるわけにはいかぬ。だから合図はなしだ。しかし、そうするとお互いやりにくいだろう。だから、お前から掛かって来い。」
王は、良く分からない遠慮をした。
「では、遠慮なく、そうさせて頂こう。」
ヒューゴは答えた。この状況で闘うのだから、それくらいのハンデは貰っておいても問題ないだろう。いずれにせよ、戦国時代の洗礼を受けたヒューゴとしては、別に正々堂々と武勇を競うというほどの意識は持っていない。単に強く賢い方が生き残る、それだけなのだ。この王は阿呆だから死ぬであろう。
「では、参る!!」
ヒューゴは声を掛けて、近づいて行った。どうやら、さっきの熊よりは相当な手練れらしい。なかなかの威圧感がある。
(これは攻め手に欠けるな。)
大人の体格であれば問題なく殺せる自信があった。この時代の剣術は全く発達していない。戦国武将として最低限の武芸に通じていれば、軽くフェイントを入れて攻撃を誘い、隙を作れば相手の防御を崩せるだろう。
(この体格では、な。)
ヒューゴの身体は幼児のものだから、攻撃できる範囲が極めて狭い。なかなかうまくは潰せないだろう。
「とりゃあぁ!」
ヒューゴは王の盾に向けて小剣を叩きつけた。
完全な無策というわけではない。王の盾を注視してみると、盾の周りを鉄で囲んであったのだが、少し囲いが凹んでいるところがあったのだ。
「おっ、なかなかの力だな。」
王は楽しげに言った。
(やはり一発では無理か。)
とりあえず盾だけでも潰しておこうと思ったのだが、鉄縁を断っただけで、盾の本体を割ることはできなかった。
(もう一発入れたら、盾を崩せるのだが。)
そう考えているうちに、王が突進してきた。
(うおっ?)
なんとなくのイメージで、巨漢の王は、じわじわと来るものと思い込んでいたのだ。思いのほかスピードが速かった。
「ぬんっ!!」
王は左から右に向けて長剣を振り切った。剣先の軌道がわずかにヒューゴの身体を掠める。咄嗟に下がらなかったら、顔の上半分が無くなっていただろう。
「避けたか。」
王は、余裕の笑みを浮かべて言った。
(当たり前だ。俺が大人の体格だったら、振り切った後の隙でお前は死んでたんだぜ。)
そう思ったが、幼児である現実を直視するべきだろう。
「なかなか早いな。」
ヒューゴは感想を述べた。王の雄大な体格で、この足取りの軽さ、剣の速さを考えると、相当な難敵だ。
(さて、どう崩すかな。)
ヒューゴは、目を細めて王を視界にとらえながら、闘い方を組み立てようとする。
○ ○ ○ ○ ○
「国がまとまっていなければ、戦争を始めてはならぬ。」
さらさらとペンが動く音がする。
「軍隊がまとまっていなければ、攻勢に出てはならぬ。」
「そうなのですか。」
ガーリナはペンを止めた。
「そうだ。守るのであれば、軍隊がまとまっていなくても、誤魔化しは利く。攻めに出たときには、まとまりがなければ、動いているだけで崩壊してしまう。敵の強弱に関わらず、相手のところに行くだけで負けてしまうのだ。」
「なるほど。」
「もちろん、これは一般論だ。ただ、動けば動くほど、まとまりのなさが弱点になってくるという傾向を覚えておけば良い。」
ものすごくたどたどしい発音だ。それもやむを得ないだろう。なにしろ、話しているのは、まだ1歳にも満たない黒髪の幼児なのだから。
テウデリクが、
「カッツは兵法に詳しいはずだ。」
と言っていたので、家宰のガーリナは布とペンを持ってロゴの館の三階、夫妻の寝室にお邪魔して、壁に掴まりながら歩く練習をしているカッツに教えを乞うていたのだった。
その子の前世は織田信勝。
信長の弟で、無軌道無作法で悪名高かった信長に比べ、挙措正しく学問にも秀でているということで家中の評判が良かった信勝は、兵法書にも当然通じていた。
信長も一応読んではいるのだが、自己流に咀嚼してしまっているので、人に教えるには不適切なのだ。その点、信勝は素直に文書を覚えてしまっているから、原典から外れない講義を行うことができる。
家中の評判が良かったのは、信勝が家臣らに都合の良い人間だったからだ。織田家の人間も馬鹿ではない。信長の先進性、革新性は十分に理解されていた。だからこそ、信長は危険視されていたのだ。
信勝もそれは分かっている。信長のことを阿呆だと思っていたわけではない。ただ、信長は織田家の将来を見ていたのに対し、信勝は家中の支持を重視していたのだった。その違いが二人の明暗を分けた。それは紙一重の違いであったといってもいい。信勝が跡を継いでいたとしても、織田家は有力大名として生き延びていたかもしれない。それだけの人材だったのだから、信長としても信勝、いや、今は幼児であるカッツの能力は使い尽くしたいのだ。
横から、お市改め、イッチが、
「お兄様は、よくご存知ですこと。」
と褒めた。
イッチはカッツの双子なのだが、前世ではお市が妹にあたるから、なんとなくカッツが双子の兄という位置付けになっている。
「ありがとうございます。お疲れでしょうから、今日はこのあたりで。ここまでで、明日の講義は大丈夫です。」
ガーリナが丁寧にお礼を述べた。
セミナリオ・ロガ、ロゴの学校では、兵法学も教えていた。ロゴの領地の庶民には必要性がないかもしれないが、教養を深めるという意味では悪くないだろう。テウデリクが書いた西ローマ帝国衰亡史も読ませている。これも教養を深めるという意味とラテン語の教科書としての意味がある。
・・・
そのころ、ロゴの館の二階では。
テウデリクがロゴと相談をしていた。
「父者、ナントの町の住民は、これで5千人ほどになりました。」
テウデリクが報告する。
通常であればガーリナが定時報告の中で説明すべき事項なのだが、今回はちょっと事情があって、テウデリクから説明している。
「5千人かあ。えらく増えたな。」
ロゴが答えた。実は外に行きたくてうずうずしている。馬に乗って、別の村にでも遊びに行こうと思っていたところにテウデリクに呼び止められたのだ。もっとも報告は大事だから、しっかりと聞いてはいる。
「ほとんどが余所者です。」
「まあ、そうだろうな。何もないところから湧いてでるはずがないもんな。」
ロゴが当たり前のことを言う。
ナントは、新産業が勃興しているため、好景気の嵐の中にあった。トゥールからもポワティエからも、場合によってはパリやランスからも移住者や出稼ぎの商人、工人、職人がやってきている。その他、難民が流れ込んで来ているが、十分な働き口がある。もっと増えても構わない。
「これらは、町の防衛力としては使えません。」
テウデリクが補足する。
「そりゃそうだ。」
ロゴも同意する。単なる滞在者を軍事力として計算に入れるわけにはいかない。
「そこで、彼らのうち希望する者には全て市民権を与えようと思っています。」
テウデリクが提案した。
市民権があれば、揉め事があったときに裁判を求めやすい。税金も安くなるし、入市税も掛からなくなる。
「なるほど。無条件でか?」
ロゴが確認する。
「条件は忠誠を誓うことだけです。」
テウデリクが答えた。
「なら、構わない。」
ロゴが即答する。
忠誠を誓うということは、有事の際には軍務に服するということだ。
5千人もの市民がいれば、成人の男だけでも3千人にはなるだろう。新開地だけあって、ナントには若い男の比率が多かったのだ。
一挙に大軍を手中に収めることができることになる。
「軍務の対象としては、広い目に設定しておきます。定期的な訓練への参加、ナント市に敵襲があったときの無条件の参加、年に1度に限り、領内への出兵、それから同じく年に1度に限り、40日間の領外への出兵。これは給金を出します。そして、武装、食糧は全て領主持ちとします。」
「なるほど。ナントの市民権だと、それでも希望者は多いだろうな。」
ロゴがうなずく。
この当時、忠誠契約は発展途上にあった。
漠然とした忠誠内容を誓わせるものから、徐々に具体的に軍務の内容を規定するようになってきている。
テウデリクが述べた条件は、かなり詳細なものであるが、逆にこれ以上の義務を負わないという意味では、受け入れやすいものになるだろう。また、ロゴの兵の装備が良いことはナント市では知れ渡っているので、武装供給と言われれば、人々は安心して承諾するだろう。
「半分が希望したとしても、毎年1500の兵で遠征できるわけか。」
ロゴが考える。
「たまらんな。」
確かにたまらない。それだけのまとまった軍団を持っている勢力はほとんどいない。もっとも、大公、辺境伯となれば、あり得ない話ではないだろうが。特に傭兵を集めれば、それくらいの軍勢を用意できる勢力はそこそこあるはずだ。
「それでいいぜ。」
ロゴが承諾した。
「そこで、一つお願いがあります。」
テウデリクがロゴを見た。ここが正念場なのだ。
「忠誠契約の相手先は、僕にして下さい。」
ナントの軍事力に限り、テウデリク直轄にしたいのだ。
もちろん、ナントの常備兵はロゴの従士らだから、これはロゴに所属している。テイズやヤンコーの水軍も同じだ。テウデリクとしては、ナントの市民軍を旗下に納めたいのだ。
「なんだと?」
ロゴが笑顔を消して聞き返した。
一歩間違えれば誤解されかねない発言だ。
自立して対抗勢力になるつもりだと思われても仕方がない。
「父者、僕が父者に刃向かうような人間に見えますか。」
テウデリクはロゴから目をそらさずに反問した。
もちろん、テウデリクとしても、そういうつもりはない。しかし、父から借りている軍事力だと、どうしても遠慮があって使いこなせないのだ。自分の思うように運用したい。ここはテウデリクとしても譲れなかった。
「うーん、まあ、いいか。お前だしな。」
ロゴはあっさりと承諾した。
「ありがとうございます。父者は、僕の上でどっしりとしていて下さい。」
テウデリクは適当といえば適当な言葉で結んで、ガーリナを呼びに行った。忠誠契約の文言と、市民権の権利規程を起案させるのだ。
ご一読ありがとうございました!
次も少し遅くなると思いますが、書き続けますので、これからもお楽しみ下さい。




