18 湿地帯と温泉 ~~ブリテン島と北の村~~
久しぶりの投稿になってしまい、すみませんでした!引き続き、よろしくお願いします。
「いっひっひ」
「「「いっひっひ」」」
「いひひひひひ」
「「「いひひひひひ」」」
四人の人間が楽しそうに小船の周りをぐるぐる廻っていた。
何回も、何十回も、何百回も。
船はそれほど大きくはないので、どれだけ歩いてもそれほど疲れない。
霧が立ち込めているから、夕方のように暗い。だから、夜遅くなっても気が付かずに歩き続けるかもしれない。
「不思議だ。全然疲れないぞ。」
テウドベルト王子が言った。
「そろそろ迷路の出口かな。」
ミヒャルが楽しげに言った。
「出口についたら、次は右手で試してみましょうね。」
ヒューゴが言った。
なんだか、これ、楽しすぎるのだ。
「「「うん!」」」
三人が声を揃えて返事した。
三人?
ヒューゴは心の片隅でちょっとだけ疑問を感じた。
自分を含めて三人で旅をしていたはずなのだ。
そうであれば、三人が返事をするというのはおかしすぎる。
少し立ち止まろうとしたが、歩みを遅くすると後ろから誰かがぶつかってきたので、慌ててまた進み始めた。しっかり歩き続けないと全体のペースを乱してしまうのだ。
「左手を使うと決して迷わないんだ。」
テウデベルトが言った。
「湿地帯ですね。」
ヒューゴが返事をする。
「いっひっひ」
老婆が笑った。
ああそうか、老婆もいるから返事が三人なんだな。
ヒューゴは納得して安心した。
よかった。姿の見えない化け物はいないんだ。
「これなら、ケルティック・クロスが見つかるのも時間の問題かもしれない!」
ミヒャルが嬉しそうに叫んだ。
どしん!
ヒューゴはテウデベルト王子の背中にぶつかった。同じく、どしん!と音がしてミヒャルがヒューゴにぶつかってきた。
前がつかえている。ヒューゴは首を伸ばしてテウデベルト王子の前を覗き込んだ。
老婆がテウデベルト王子の顔を覗き込んでいる。
それでテウデベルトの歩みが止まったのだ。
「・・・」
全員が沈黙した。
「ほっほう。お前たちは、ケルティック・クロスを探しに行くのだね。」
老婆が言った。
「つまり、お前たちは、聖教徒というわけだ。」
そう続けて、ぺっと唾を吐いた。
「ところで、あんたは誰だね?」
ミヒャルが不思議そうに聞いた。
「いっひっひ。お前さんたちは、年寄りにお茶も勧めないのかね? 近頃の若い者は、常識というものがないようだわ。」
老婆は顔を歪めて笑った。
・・・
「タンポポ茶です。」
ヒューゴが勧めた。
なんとか枝を集めてきて火を熾し、鍋にタンポポの葉をぶち込んでお茶にした。コップは3つしかないので、ヒューゴの分はない。老婆がふうふう吹きながらお茶を飲んだ。
「さて、フランクの王子、テウドベルトよ。お前はなぜケルティック・クロスを欲しいのかね?」
老婆がお茶をずずっと飲んでから聞いた。
妙に落ち着いてしまっていて、なぜか老婆が自然に会話に加わっており、誰もそれを不思議に思わなかった。
「それはだな、我が父、西フランク王キルペリクが、その王妃フレデグンド様にプレゼントをしたいと願ったからだ。」
「ケルティック・クロスをかね? あんなもの、何に使うのだろうな。」
老婆は心底馬鹿にしたような顔をして笑った。
「あんなもの? ババアは、どこにあるのか知っているのか?」
ヒューゴが質問した。
「ババアじゃと? ひっひっひっ。まあええわ。ババアだからな。」
老婆は笑った。髪の毛は長く白くぼさぼさで、眼は濃緑色で白目の部分も含めて緑だった。鼻は驚くほど小さくて鋭く尖っていて、歯はほとんど抜けている。その割に発音は明瞭なのは、どういう仕組みなのだろうか。
「知っているのか?」
テウドベルト王子が再度問いただした。
「ああ知っておるよ。ヒベルニアの手前、マン島にある。」
老婆は事も無げに答えた。
「本当か? どうしてババアがそんなこと知ってるんだ? マン島のどこにあるんだ?」
ミヒャルが質問した。
「やれやれ、質問の多い若造たちじゃの。」
老婆は茶を啜った。
「そもそもお前は誰なのだ?」
テウドベルト王子が、ふと気が付いたように聞いた。今更感はあるが、どうしたわけか、その疑問が三人とも全く思い浮かばなかったのだ。
「いっひっひ。それはの、わたしはドルイドじゃ。」
ケルトの旧い宗教における祭祀者にして、魔術者といわれている。恐ろしい呪いを掛けたりすることができると囁かれているが、そもそもこの地域のケルト人はほぼ駆逐されているか、サクソン人の支配下にあるはずではないか。
「ババア、ヒベルニアの手下か。」
ヒューゴが聞いた。
「違うわい。ブリトン人だったんだがねえ。もうここいらには骨のあるブリトン人は残っておらぬ。私が一人で暇を潰しているだけさ。」
「女のドルイドっていうのは初めて聞いたな。」
ミヒャルが口を挟む。そういわれてみればそうだ。ドルイドといえば、むさくるしく髭を伸ばした男と相場が決まっている。
「ケルティック・クロスの場所が知りたいのかね?」
老婆が聞いた。
「教えてくれぬか。」
テウデベルト王子が老婆を見て答えた。
「いいよ。ただし条件がある。」
老婆は悪魔のような笑みを浮かべて言った。
・・・
「じゃあ、なんだな、ケルティック・クロスを持って帰ってから、ここに寄って、湿地帯の化け物を討伐すればいいんだな。」
ミヒャルが確認した。
老婆の説明はたどたどしかったが、要するにそういうことらしい。
「それは構わないが、どういう化け物かは分からないということか。」
テウドベルト王子が首を捻った。
老婆が、「分からない」の一点張りなのだ。
「分からないものを討伐するなんていう約束、できるわけないだろ。」
ヒューゴが言った。
白紙委任状に名前を書くようなものだ。
「では、こうしようかの。お前たちが帰って来るまでに、私が化け物がどういうものか、調べておこう。それで分かった限りでお前たちに説明するよ。それから受けるか止めるか決めて貰って構わない。しかし、もし止めるということにするのなら、その、ケルティック・クロスとやらを置いて行って貰うよ。」
「ふむ。」
テウデベルト王子は、少し考え込んだが、実のところ選択の余地は全くない。こちらとしても、特に重いリスクを背負い込むとも思われないし、どっちにしても老婆の助けがなければ、海も渡れないし、ケルティック・クロスも探せないのだ。
「よかろう。約束する。」
老婆は、にやにやと笑いながら、手のひらを上にして前に出した。
「誓約を述べよ。」重々しく要求する。
「よかろう。我、フランクの王子、キルペリク王の息子たるテウデベルトはここに誓う。ケルティック・クロスを無事に手に入れれば、必ずここに戻り、老婆の指定する化け物を討伐する。それがなされない場合には、ケルティック・クロスを置いて行くことを約束する。」
「ほれ、お前たちもじゃ。」
老婆が続けて要求するので、ミヒャルもヒューゴも同じように誓約した。
突然、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。
「おいっ、ババア、何をしやがった?」
ヒューゴが叫んだ。
「ああ、心配いらんよ。誓約の担保を取っただけじゃ。約束だから、破っても良いぞ。お前たちの心臓を貰うだけじゃわ。」
老婆がにこやかに笑った。
「この、魔女め!!」
ミヒャルが胸を押さえながら怒鳴った。
「いや、何も問題ないぞよ。約束を守ればそれで良いのじゃからな。お前たちは、約束を破るつもりはないのだろう?」
テウデベルト王子が二人を制止した。
「ミヒャル、ヒューゴ、そこまでにしろ。魔女であれ何であれ約束は守る。それだけのことだ。」
「いっひっひ。物分りが良くていい子だね。」
老婆は笑って、ケルティック・クロスの場所を説明し始めた。
○ ○ ○ ○ ○
雑草が丘の北にも村がある。近年発展が著しい村だ。もっともロゴの領内は、どの村も同じ状態だが。
「道も歩きやすくなったな。」
テウデリクが、遠目に北の村を見据えながら言う。
「そうですね。人の動きも激しくなっています。」
ミーレが答えた。確かに往来が多い。それだけ経済が活性化しているということだろう。
シノは、指を舐めながらうなずいた。魔蝶蜜と名付けられた蜜を小さな壺に入れて来たのだ。甘味はこの時代では宝物に近い。シノもそれに取りつかれていた。幼児の身体づくりには丁度良いだろう。
テウデリクたちは、一度ロゴの館に戻って魔蝶の壺を運び込み、それから魔の森に戻って、綿のような植物の種を入手して、改めて北の村に向かっていたのだ。
かなりの寄り道になってしまったが、無駄足ではないだろう。
「魔蝶蜜は量産したいな。」
テウデリクが考えながら言った。
「マイナがなんとかしてくれるでしょう。」
動植物関係は、かなり詳しいのだ。
「魔の森の脇あたりに、魔蝶の好きそうな木を用意して、蝶を捕まえて放すと言ってましたね。」
シノが指を小壺に突っ込みながら話した。
漠然としたやり方ではあるが、試行錯誤を繰り返せばそれでなんとかなるだろう。
「お、村についたな。」
テウデリクが言った。
村人がテウデリクたちに気付いたようで、わらわらと迎えに出てくる。誰かが村長を呼びに行ったようで、村長も走って出てきた。
「おお、テウデリク様。ようこそお越し下さいました。」
村長が丁寧に頭を下げる。村人たちもがやがやと騒ぎながら歓迎の言葉を述べている。
「久しぶりに顔を出したが、順調なようだな。」
テウデリクもにこやかに挨拶した。
元々戦国武将だったころから、テウデリクは民衆との付き合いは近かった。肌と肌の触れ合う距離感で付き合って来ていたのだった。天下布武に向けて走り出してからも、城に村人を呼んで、相撲を競わせたりしたものだった。
自らの善政の成果をこうやって確かめるのは、実に気持ちがよい。
「はい。そうそう、今日はお泊りになりますか? この村で開発中の温泉をご堪能下さいませ。」
村長がほっこりした顔になって言った。
村人たちも、「温泉」という言葉を聞いた途端に、ほっこりした顔をした。
北の村の外れに、温泉の源泉があったのだ。
「何か分からないが、臭くて熱い水が出てくる。」ということで、村人からは恐れられていて誰も近づかなかったのだったが、テウデリクが聞きつけてユーローを派遣して温泉街に作り替えさせていたのだった。
「そうだ、それも確認しに来たのだ。」
テウデリクも大きくうなずいた。
「ではでは、まずはこちらへ。」
村長がそのまま腰を屈めて案内を買って出た。
「であるか。」
・・・
温泉街といっても、商店や屋台が並んでいるようなものではない。
簡単な脱衣場があって、板を踏んで歩いて行けば、洗い場に出る。そこから露天風呂に繋がるという単純な施設でしかない。
脇に休息所が出来ている。
「ユーロー君は、すごいですなあ。」
村長が歩きながら話し始めた。
「場所をちらっと見たと思えば、いきなり図面を書き始めて、あっという間にここをこんな風に作り上げました。もともとは林の中だったのに、村からも歩いて行きやすくなりましたし、服を脱いでお湯に浸かって、出てくるというのも、面倒を感じないで済ませることができます。冬は冬で、湯冷めすることなく休息所で温まってから村に戻ることができます。」
「ふむ。」
ユーローがしっかりと作ってくれたようだ。
「ユーローは、働き者ですね。」
シノが指をしゃぶりながら言った。
領内における、いわゆる国土改造計画を一手に引き受けている。造船もさせているし、陶器の釉薬、染色の研究、塩田の開発、装備の研究もさせている。
ある程度は、技術官僚であるヴェルナーやドワーフ鍛冶屋のグラインガドルもやっているし、動植物専門のマイナや陶器専門のムール少年も手伝ってはいるが、それぞれ自分の仕事もある。
「ユーローは、このあたりが一段落したら、少し楽になるだろう。」
テウデリクが言ったが、これはいわゆるブラック企業の社長が述べる希望的観測に過ぎない。ひと段落したら、絶対に別の山が迫っているのだ。一つ片付けて二つ増える。それが仕事というものなのだ。ユーローの身が休まるときは、当分はないだろう。
「助手を付けたって、言っていました。」
流石に仕事が回らなくなっていたので、許可したのだが、どこからか賢そうな幼児を一人見つけて来ていて仕事を手伝わせていたのだ。
「まあ、なんとかやってくれるだろう。」
テウデリクは、ユーローの労働問題を簡単に脇に置いておくことにした。
「さて、こちらが脱衣場でございます。しばらくお待ちくださいませ。他の客を出すようにしますので。」
村長が声を掛けた。
「いや、構わぬ。僕のために他の人を出す必要はない。」
テウデリクは村長を制止して、服を脱ぎ始めた。
「村長、そちも入れ。色々聞きたい。」
「はっ、光栄です。では、ご一緒させて頂きます。」
・・・
☆☆ ☆
そこで、テウデリクとミーレ、シノ、村長は風呂に入ったのだが、美幼児、美幼女、美幼女の混浴風景など、関心のある方もいないだろうから、細かい描写は避けることにする。この話が数年後にまで進めば、また微細な描写をする機会もあるであろう。
☆☆ ☆
テウデリクは、風呂から上がって、村長の家でくつろいでいた。
温泉では、まずは負傷兵が最優先で浸かっていた。これはテウデリクがそのように決めたもので、温泉の最も重要なルールとなっていた。
驚いたのは、近隣の村やナントからも人が入りに来ていたことだった。トゥールから来ました、という旅人もいて、温泉が一部では評判になっていることが窺われた。
「やはり温泉は良いな。」
「はい。」
ミーレがとろけきった顔をして答えた。
「父者《ロゴ様》の領内は、最近発展が激しくて誰もが忙しい。どうしても気が立ってしまうし、揉め事が生じたりしやすい。こういう温泉があれば、民の気持ちが穏やかになる。」
「そうですね。とてもいいことです。」
シノも同意した。
「宿屋を開きたいという人が何人も来られています。館に相談に行くように伝えておきました。」
村長が口を挟む。
「そうだな。しっかりと経営できる人物であれば、やらせるようにしよう。」
テウデリクが答える。
「できるだけ村の人間を高給で雇うように指示して頂けましたら幸いでございます。」
村長が言った。
なかなか、経済というものが分かって来たようだ。
ご一読ありがとうございました。
また、できるだけ早く頑張りたいと思います!




