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17 魔女 ~~湿地帯と船~~

遅くなりましたが、なんとか投稿できました。

誤字脱字、見苦しい点があろうかと思いますが、ご容赦下さい。

「おい、何日歩き続けてるんだ、俺たち。」

ミヒャルがふと気が付いたように声を上げた。

「パリを出てから23日、ブリテン島に上陸してから18日、見送りの騎士と別れてから10日ですよ。まだ。」

ヒューゴが答える。

「そうか、まだそれだけか。」

テウドベルト王子が、感慨深げに言った。

「そうです。ひと月前は、俺はパリで楽しく文明社会を楽しんでたんです。」

ヒューゴが付け加える。かろうじて苦々しげな口調は抑えたが、それでもどうしても不満が零れてしまう。


無理もないだろう。


全然人影もみない。

魚と兎を喰う毎日。

海岸沿いに進んでいくとしても、入り組んだ入り江などに入ると、道に迷うこともあるし、気が付いたら南に下ってしまっているときもある。

魔物すら出てこない。


「なんだか、雰囲気が変わってきたような気がするんだな、この辺。」

ミヒャルが真面目な声で言った。

「そうですか。それは大歓迎です。」

ヒューゴも努めて明るく言った。延々と歩き続けるよりは、何か変化があるのなら、悪い変化でも構わない。そういう心境だった。


「足が沈むんだ。」

ミヒャルが続ける。

「そんなことないですよ。」

ヒューゴが飛び跳ねてみる。確かに足が沈むのだが、ヒューゴは頑なにそれを認めない。

「湿地帯かな。」

テウデベルト王子が呟く。

「何日歩いてるんだろ。」

ミヒャルが声を上げた。

「そんなことないですよ。でも、霧が出てきましたね。」

ヒューゴが反論した。


確かに霧が出てきている。

夏だというのに、冷たい空気が忍び寄り、視界が薄く白いものでぼやけてきている。


「足が沈むだろ。」

ミヒャルが固執する。


「迷うと困りますね。」

ヒューゴが不安を口にした。


「それは大丈夫だ。」

テウデベルト王子がいつになく自信たっぷりに言った。


「どうしてです?」

ミヒャルが問うた。


「この船に左手を付けて進むんだ。左手を板から離さなければ決して迷うことはない。」

テウデベルトは、砂浜の上に突き立っている板に手を触れながら言った。


「そんなことないですよ。」

ヒューゴはいいながら、テウデベルトに倣って左手を船の側面に触れさせた。


「右手じゃだめなのかな。」

ミヒャルが左手はどっちだったか考えながら言った。


「右手じゃ駄目だよ。」

テウデベルト王子は背中で答えながら進み始めた。


「でも、霧が出てきましたね。」

ヒューゴが後から続く。


「そうだな。右手じゃ駄目だろうな。ところで、足が沈むんだ。」

ミヒャルが最後尾に着く。


「いっひっひっ!」


「それは大丈夫だ。」

テウデベルト王子が続ける。

「そんなことないですよ。」

ヒューゴが答える。

「右手じゃ駄目だよ。」

テウデベルト王子がくるりと向きを変えた。船の先端についたので、左舷を船尾に向かって進まなければならないのだ。


「何日歩いてるんだろ。」

ミヒャルが愚痴をこぼす。


「いっひっひ。」


「迷うと困りますね。」

ヒューゴが言う。

「湿地帯かな。」

テウデベルト王子。

「いっひっひ。」

「右手じゃ駄目か。」

ミヒャル。

「霧が出てきましたね。」

ヒューゴ。

「いっひっひ。」

「いっひっひ。」とテウデベルト王子。

「「「「いっひっひ。」」」」全員。


それから全ての人々が、船に左手を付けて、「いっひっひ」と笑いながらぐるぐると廻り始めた。



  ○ ○ ○ ○ ○



雑草が丘の下の村は、加速的発展の最中さなかにあった。

民家がどんどん立て替えられていっている。煉瓦造りにしたいという希望もかなりあったのだが、それは禁止した。敵襲があったときに、敵が立てこもると厄介だからだ。


「少し歩くだけでも、汗ばむな。」

テウデリクが呟いた。別に文句を言っているわけではない。それくらいで辛いと思うような鍛え方をしているわけではないが、なんとなく言っただけだ。


「テウ様、ここが、雑草が丘下の村の村長の家です。」

ミーレが注意を促した。

「であるか。」

「木造ですが、かなり立派な建物です。」

ミーレが言う。

確かに立派だ。

三階建てで、しかも家の周りには石を積んで低い壁を作っている。門は、両開きの重厚なもので、その門から家の玄関まで5トワーズ(約10メートル)くらいはある。

屋敷といっても良いだろう。


「そうだな。」

戦国時代の感覚だと、半農の有力者はこれくらいの屋敷に住んでいたから、特になんとも思わなかったが、このガリアにおいては異常な威厳を醸し出している。


「村の人口が増えて揉め事が増えているんです。」

ミーレが解説する。


「なるほど、それでか。」

テウデリクもピンと来たらしい。

つまり、テウデリクの内政改革によって、他の地域から多くの人間が流入してきている。この村からナント周辺に出稼ぎに出る人間も多い。

急激な産業化のため、金銭にまつわる紛争も多くなるし、単純に他の村からの人間とのトラブルもある。


「村長が裁いているのだな。」

テウデリクが確認する。

「そうです。」次にシノも補足した。「裁きをするためには、それなりの権威が必要ですから。」

それである程度しっかりした屋敷がなければ、形にならないのだ。


これは二重の意味で問題がある。

一つは、領主であるロゴの権威が削られることになる。また、村長が権力を持つようになると、それが武力に繋がり、反乱を呼ぶ可能性がある。

もう一つは、村長は地元の人間だから、どうしても外部の人間に厳しい判断を下す危険性がある。そうすると人口の流入を阻害する要因になりかねない。村長に悪意がなくても、そうなってしまうのだ。


「ロゴ様の領地全域に警察を作るべきなのです。」

ミーレが主張を始めた。

「治安も少し悪くなってきていますし、どの村でも村長の権力が強くなってきています。」

「であるか。」

自然な流れであろうと考えながらもテウデリクが相槌を打つ。


「ガーリナにも言ったのですが、検討しておくといったきりです。」

ミーレが不満げに言った。

「ガーリナは机の上からしか物事を見ないから、現場のことが分からないんでしょうけど。」

シノも黙っているが、同意しているような空気を出している。


「ガーリナの仕事は机の上から世界を見て、机の上から判断を下すことだ。」

テウデリクがぴしゃりと言った。

最終判断者が、現場を全部見ていたら判断をする暇がなくなるだろう。それに見た現場の問題から解決をしていけば、見ていない現場が後まわしになる。ガーリナはガーリナで、書類の山に埋もれながら、ぎりぎりのところで優先順位を付けているのだ。


「警察については、村長を中心に処理させる。村長は定期的に館に呼び、忠誠を確認し、公正な処理を徹底するよう教育していくことにしよう。裁判については、村長の裁きに不満がある者は、父者に最終判断を求めることができるということを徹底して周知させよう。」

テウデリクが決断した。


警察を作るとその統制がまた厄介になる。もちろん費用も人手も掛かるから、簡単に作るわけにはいかない。

そもそも村長が富と権力を蓄えるのは、別に構わないことだ。強い中間層が育成されることによって、社会の安定度が高まるのだ。その村長をしっかりと掌握しておくことで、内政上の問題を処理しやすくなる。


「はっ」

ミーレは不満そうだったが、一応は納得したようだ。


・・・


「今日は騒がしいですね。」

魔の森の入り口に立って、シノが言った。

「そうですか?」

ミーレが首を傾げた。

物音ひとつしない。


「はい。少し魔物たちも浮き足立っているようです。」

シノが断言した。


シノは誰よりも魔の森について詳しい。良く潜入しているし、感覚が鋭敏なので、少しの異常でも気が付くようだ。


「何かあるのか。」

テウデリクが確認した。


「いえ、周期的なものです。特に異常な感じはしません。」

シノが答えた。


「では、問題ない。入るぞ。」

「はっ」

ミーレとシノが答え、黒千代が「ワン!」と答えて、一行は魔の森に入って言った。


魔の森といっても、入ってすぐに魔物がいるわけではない。

シノは何度も入っているうちに、魔の森の中でも安全な小道があることに気が付いていた。どういうわけか、魔物が決して入ってこない、見えない通路が網目のように広がっているのだ。そこにいると、狼のような姿をした巨大な魔物がすぐ傍にいても、襲ってこないのだ。


そこを通っていけば、魔の森といえども、ほとんど危険なく好きなところに行くことができるのだ。もっとも、小道も絶対に安全とまでは言い切れないので、警戒は必要なのだが。


「1刻も歩けば、この綿のようなものがあったところに着きます。」

シノが説明した。

「であるか。」

「この前は1つしか育っていませんでしたが、周辺をじっくり調べれば、他にもあると思います。」

ミーレも言う。


「楽しみだな。」

テウデリクが言う。本当に楽しみではある。綿が栽培できるのであれば、産業的にも広がりが期待できる。もちろん売り物としてだけでなく、生活環境も良くなるのだ。


それから、しばらく歩いて行くと、黒千代が低くうなった。

他の三人も足を止める。


ミーレがテウデリクの前に出て、短刀スクラマサクスを抜いた。何か異様な気配がするのだ。近くに厄介な魔物がいるのかもしれない。


「あれだな。」

野蛮魔法で視力を強化したテウデリクが見つけた。

木々の隙間を、巨大な蝶が舞っている。羽を広げると1キュビット(50センチ)はあるだろうか。ふわふわと飛んでいるように見えるが、たまに素早く滑空することもあり、そのときの速さは、テウデリク達の目で見ても、追い切れないほどの速さだ。


「やりましょうか?」

シノが手裏剣を出してテウデリクに尋ねた。


「いや、少し様子を見る。シノ、あれを見たことはあるか。」

「いえ、ありません。お姉さまはどうですか?」

シノがミーレに尋ねた。


(そういえば、シノはミーレのことをお姉さまと呼んでいたんだったな。)

テウデリクは改めて思い出すが、今はそういう状況ではない。


「いいえ、私も見たことはないわ。」

ミーレも否定する。


蝶は、安全圏である小道と並行するように、前に飛んで行った。テウデリクたちも足音を潜め、蝶を斜め前に見ながら進んでいく。


「あれはっ!」

ミーレが声を押さえながら叫んだ。


「蝶の巣ですね。」

シノがあっけにとられて言った。


魔物だけあって、通常の蝶とは違うらしい。蝶が数羽固まって飛んでいたが、そこに大木があり、木の枝には土を固めて作ったと思われる大きな壺状の何かがぶら下がっていた。


「どうしましょう?」

ミーレがテウデリクの方を向いて聞いてきた。


「そうだな。」

テウデリクも迷った。あの壺の中に何があるのか気になる。魔物の蝶の危険度も読めない。


「まあ、やってみるか。」

そういって、黒千代の背中に括り付けていたフェイルノートを取り出し、矢の準備をした。


「シノ」

「はっ」

「気配を消して近寄り、壺を落として参れ。危なくなったら、すぐにここに戻って来い。」

「はっ」

「ミーレは2トワーズ(約4メートル)後ろからシノに着いて行って、援護せよ。」

「はい。」

「黒千代もだ。」

「ワッ」

「僕はここから援護している。」

「はっ」


テウデリクは武将であるから、危険な行為は配下にさせるのだ。


シノは、ふっと姿を消した。流石に忍者だけあって、そうするとよほど意識していなければ本当に姿が見えない。

ミーレは、シノのおおよその位置は分かるようで、周りを警戒しながら進んでいく。黒千代も着いて行っている。


突然、枝から壺が落ちた。どうやら、蝶には気づかれずに枝にまで登ったようだ。

テウデリクは油断なく弓を構えて蝶を狙っているが、蝶は壺が落ちたことには気づいたようだが、特に攻撃態勢に入るでもなく、ぱたぱたと飛びながら困惑したように枝を調べている。


土の壺が自分で動いているようにこちらに向かって近づいてきた。シノが運んでいるのだろうが、やはりシノの姿はおぼろげにしか感じられない。

後ろで護衛に入っているミーレと黒千代の方が目立つのだが、いずれにしても蝶は誰かを攻撃しようとする気配を見せなかった。


「取ってきました。」

シノが安全圏の小道まで戻ってきた。

ミーレと黒千代も戻ってきた。

特に戦闘もなく終わったようだ。

蝶は、気を取り直したらしく、枝に群がって新しい壺を作ろうとし始めている。


「壺の中はなんだろうな。」

テウデリクが言った。

「割ってみていいですか?」

シノが問うた。壺の上の方は、土で塗り固められていて、小さな穴が開いているだけなのだ。


「ちょっと待て。」

テウデリクは、細い枝を取って来て、小さな穴に突っ込んでみた。特に抵抗なくどんどん入って行く。適当なところで抜いてみた。


「なんでしょうか、これ。」

ミーレが不思議そうに聞いた。

枝の先が、鈍く光っている。何かどろりとしたものがべっとりついているのだ。


「ふむ。」

テウデリクは一考して、指にそれを少し付けて黒千代の口に近づけた。毒見をさせるつもりなのだ。


「ワンワンッ!」

黒千代は尻尾を振りながら、テウデリクの指をペロペロ舐めた。


「少し休むぞ。」

テウデリクは声を掛けて、座った。しばらく黒千代の様子を観察することにしたのだ。


「「はい」」ミーレとシノが答えた。


・・・


「大丈夫そうですね。」

しばらくしてからミーレが言った。

黒千代もうろうろあたりの土の匂いを嗅いでいるが、特に異常は見られない。


「次は私が。」

そういって、ミーレは枝についたものを指で取って舐めてみた。


「甘いっ!」

ミーレは驚きの声を上げた。

「甘いの?」

シノが、勢いこんで聞いた。

「うん。甘い。葡萄よりも甘い!」

葡萄は葡萄酒を作るから、村にもあるのだ。貴重な甘味でもある。しかしそれよりも甘いということは、これも食用になるかもしれない。


シノとテウデリクも少し舐めてみた。確かに甘い。


「売れる。こいつは売れるぞ。」

テウデリクは興奮気味につぶやいた。


綿を探しに行ったのに、なぜか蝶の蜜を発見してしまったようだ。魔蝶蜜とでも呼ぶべきであろうか。



  ○ ○ ○ ○ ○



そのころ、ナントの造船場では。

「出来た!」

ヴェルナーとユーローが叫んでいた。テイズとヤンコーもいる。


造船を任されて、ユーローは船の建造に夢中になってしまっていたのだった。それで、「大きな船、大きな船」とうわごとのようにテウデリクにねだったところ、テウデリクから巨大艦建造の許しを貰ったのだ。貰ったというよりは捥ぎ取ったという方が正確かもしれない。


それは、戦国時代の安宅船あたかぶねに近い作りといえるかもしれない。

操船だけでも数十名の船員を要するが、戦時には100名を超える戦士を乗せることができる。

安宅船は衝突に弱い構造のため、それが海戦での弱点となるのだが、そこは竜骨を入れ、肋材を使うなどして補強している。更に魔の森の木材を使っているので、体当たりしても大丈夫な構造になっている。それでも軽量なので、小回りが利くのだ。


テイズとヤンコーも海からの襲撃をした経験上、大きな船の必要性を実感していたため、かなり期待している。


完成した新艦は、しずかに川に向かって進んでいる。いわゆる進水式だ。少数の船員が乗り込んでいて最低限を操船をすることになっている。艦が安定してから、小船で乗り込んで、試験運転をするのだ。


「しかし、でかいな。」

ヴェルナーが溜息を洩らした。

「うん。せいぜいトゥールまでしかいけないよ、これは。」

ユーローが説明する。トゥールより先に行くと、川幅が狭くなりすぎて方向転換ができなくなってしまうのだ。

「基本的には、ここと沿岸との間を行き来するために使うんだ。」


それにテイズが追加する。

「海でも使えるからね。海の情勢が緊張してきたら、沿岸を巡回させるんだよ。」

全員が、この巨艦が海を進む姿を想像した。凄すぎるだろう。


ヴェルナーが懐から布を取り出した。

「さて、テウデリク様は、この船の艦名をここに記されている。開けるぞ。」

「うん。」ユーローが期待に満ちた顔をした。


「この艦の名は。」

ヴェルナーがもったいぶって間を置いた。


「イズモ、だ。」

ご一読ありがとうございました!

「いずも」、話題になっていますね。本物の方も立派に任務を果たしてくれるよう、祈っています。

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