11 夜戦 ~~忍者の働き~~
遅くなってすみませんでした!
明日も、投稿できるかちょっと分かりませんが、引き続きお楽しみ下さい。
その夜。
雑草が丘の下の村、村長宅では、土間に置かれた竈の陰でシノが冷たく笑っていた。
敵襲を知らせる鐘と角笛、そして狼煙が、シノに届いたとき、シノは魔の森で狩りをしていたのだ。
今から戻って館に行くよりは、妨害に回った方が戦力的には有意義だろうと思い、敢えて館には戻らなかった。
広場ではドワーフたちが投石器を作り始めていたので、それに紛れ込んで手伝う振りをしながら、綱に見えない傷をつけていた。
幼児であることが、却って小柄なドワーフに紛れるには有利だった。もちろん見た目は全然違う。しかし、甲冑などを付け、巧みに埋没すると、もう分からなかった。
その日、最後に崩れた投石器は、シノの工作が功を奏していたのだった。
それからしばらくは村に戻って潜伏していたのだが、夜になったので動き出した。
村長宅は、ブリトンの王に接収されていた。二番目に大きな家には、人間側のブリトン王が入っている。
さっきまで会議が開かれていた。
攻撃の目的も分かった。ミョルニルの奪還と真銀の秘密を探ること、だ。
どうやら人間側、つまりブリテン島から逃れてきたケルト人の王は、どちらの目的についてもあまり乗り気ではなかったようで、二人の王たちには微妙な温度差があった。
しかし、シギベルト王の贈り物と依頼は未だ有効であったようで、ケルト人の王も襲撃自体には反対していない。いや、むしろゲルマン人に恨みを持つ気持ちではケルト人の方が強い。
ドワーフ側の王を殺すことに決めた。
村長宅、すなわちドワーフ王の本陣が寝静まると、シノはひっそりと活動を開始した。
足音を立てない。空気を動かさない。それだけで暗闇の中での行動は勘づかれることがない。
王の警護の者も、一応起きているという程度で、特に警戒としては厳しくない。
そおっと歩いて行くと、ドワーフの王の寝台脇まで辿り着いた。熟睡している。顔をじっとみないようにする。歴戦の戦士は、視線を感じて目が覚めることがあるのだ。だから、王の顔のあたりを漠然と見ながら、周囲の状況を再確認した。誰もこちらを見ていない。逃走経路も大丈夫だ。
音を立てずに小刀を抜き、一瞬の躊躇いもなく首に差し込む。
これも真銀製の小刀だ。まるで熱したナイフでチーズを切るように、小刀は王の首に吸い込まれた。
王は、一瞬驚愕して目を開いたが、そのまま絶命した。実にあっけない死だ。音も立たなかった。獲った首は、窓から外に投げ捨てて置く。家から外に出て、後で回収するつもりなのだ。
シノは、そのまま歩いて玄関に向かった。警護の者が、ふと、シノを見咎めた。
「おや、お嬢ちゃん、ここに何か用かね?」
返り血を浴びているが、今は戦時だ。血まみれの幼児を見てもそれだけでは驚かれることはない。
シノは、眠たそうな顔をして、可愛らしく「おしっこ」と言って、玄関に向かった。
「ん?」
警護の者は、頭が悪いらしい。そもそも王が接収したはずの民家で、幼児が血塗れになっていること自体がおかしいとすぐに気が付くはずなのだが、そこまで思い至らないらしい。
よく分からないままに、なんとなくシノについて玄関に出た。
シノは玄関脇で待っていた。飛び上がって、警護の者に飛びついて、そのまま首をかき斬った。
・・・
深夜、雑草が丘の城内広場では、簡易な天幕が張られ、ロゴたちが軍議を開いていた。
「明日もおんなじ感じかな。」
ロゴが気楽に言う。
「そうですね。敵には、もう投石器がないので、力押ししかしてこないでしょう。」
テウデリクが予想を述べる。
「矢は充分にあるんだな。」
「はっ。今日使った分もかなり回収しましたので、ほとんど減っていません。まだまだ大丈夫です。敵が全滅する方が早いです。」
「そっか。」
「はい。」
「相手が攻めて来なかったら? 囲まれると籠城しないといけないよな。」
ヴェルナーが発言した。
「食料は、15日ほどしか持ちません。水は少ないです。5日程度です。もっとも雨が降ればもっと持ちます。酒は多少用意しているので、それも使えます。」
「お、酒を用意してくれてたのかヴェルナー。使える奴だな。」
「ありがとうございます。」
「敵が攻めて来なければ、僕が弓を持って出てもいいですか?」
テウデリクが聞いた。
「馬に乗って弓だな。テウはあれが得意だからな。」
いわゆる流鏑馬的な技術は、元戦国武将としては当然の嗜みだ。もちろんミーレにも伝授してある。
「弓だと接近しなくてもいいので、退却するときに追いつかれなくてすみます。僕やミーレだと軽いので、丘を登るときもこちらの方が早いです。」
「そうだな。相手が出てきても、出てこなくてもそうしよう。」
「はい。」
「とりあえずそんなとこか。」
とロゴが言ったが、テウデリクは、ふと天幕の外を見て、
「シノか。入れ。」
と声を掛けた。
天幕の裾が上がり、血塗れのシノが入って来た。
ごろり、と生首を転がした。
「親方様、テウ様、敵将、ドワーフの王の首でございます。」
「えっ! おおっ、シノ、すげえな!」
ロゴが驚いて声を上げた。
テウデリクは首を持ち上げて検分した。
「確かに王なのか。」
流石に寝ているところだったので、王冠を被っているとか、そういう分かりやすい目印はない。
「はい。軍議のときにそう呼ばれていた者なので、間違いありません。」
「行くぜ!」
ロゴは立ち上がった。
テウデリクは、天幕を開けて、「馬曳けぃ!」と抑えた声で命じた。
この機に乗ずるべきだろう。
「お、テウ、お前は留守番だ。もう夜だからな。城で寝てなさい。」
ロゴが良識を示した。
周りの者も、テウデリクが幼児だということを思い出したようだ。
「これは騎兵でやる。槍と剣で叩くからな。お前は留守番しとけ。」
テウデリクは反論しようと思ったが、ここはロゴに一理ある。いかに野蛮魔法が使えようとも、身体が小さければ敵に打撃を与えることができない。夜襲となると入り乱れての近接戦になるから、弓矢を持って行っても意味がない。
「父者、では、このようにして下さい。」
テウデリクが献言した。
「襲撃をしながら、『人間側は味方だから傷つけるな!』と叫んで下さい。」
「ん?」
ロゴは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに意味が分かったらしく大笑した。
「おおお! 我が息子は、悪人になってしまったぜ!」
そういって、連れられてきた馬に飛び乗る。
「従士たちが起きて来たら、ついてくるように指示しろっ!」
そういったまま、数名で駈けだしていく。
ヴェルナーが既に城門を開けてくれていたので、丘を駈け下る。既に敵の野営地では動揺が広がっていた。ドワーフの王の変死が発見されたのだろう。
「大暴れだっ!!」
ロゴは籠城戦は好きではない。おそらく誰も好きではないだろう。やっぱり戦は、攻めるのが一番楽しい。
背後から、城方が続いて来る音がする。数はそれほど多くはない。しかし、夜間でしかも不慣れな村の中、更に王が変死した状況での敵襲となれば、こちらに利がある。
「おらぁー!」
ロゴは槍を振るって突き進む。こういうときは、駆け回って少しずつ損害を与えるのがコツだ。そうすると全体がパニックに陥ってしまう。どんなに勇猛な戦士でも、そうなれば狩られる羊同然だ。
「うおぉー!」
別の方角から、見知らぬ騎馬隊が突っ込んできた。
更に別のところからも突入してくる。ロゴの紋章、日の丸を掲げた騎馬隊が3つだ。
「ジャケ、メーグ、ザイルか!」
封臣たちが援軍に来ていたらしい。敵の数が多いので潜伏して機を窺っていたのだろう。
「親方様! ギリエン殿も来られています!」
メーグが近寄ってきて報告した。
ギリエンは北隣の領主だ。一度は大戦をしたが、今は友人といって良いだろう。
「人間は討つな! ドワーフだけを殺せ!」
ロゴは叫んだ。
叫びながら馬を走らせ、人間もドワーフも殺傷していく。
別にブリトン軍の人間を殺してはいけない理由はない。単に内応を疑わせ、敵の動揺を誘えばそれで足りるのだ。
元々1500人程度だった敵軍は、昼間の攻城戦で100人以上の損害を出していたが、それでも全体の人数は多い。
しかし、ブリトン軍のドワーフとケルト人との間に不信感を呼び起こせば、混乱が広がる。そもそもドワーフの王が殺されたのは、ケルト人の王の命令かもしれないという疑心暗鬼があった一方で、ケルト側も、ドワーフに疑われているのは知っていたようで、それが更に混乱を強めた。
カンカンカンカン!
城から鐘が鳴らされた。
退き鐘だ。
いくら相手が混乱しているからといっても、こちらは少数の騎馬隊だ。全部数えても30騎程度しかいないから、敵が対応し始めたら全滅してしまう。
「者ども! 引き上げるぜ!!」
ロゴは満足しきって声を上げた。
ロゴやその他の援軍が城に引き上げてきた後も、下の村では敵軍が混乱している様子が窺われた。流石に城に対しては防御線が引かれている。それでも、敵陣からは、声高に争う気配が発せられていた。ドワーフの王の暗殺、夜襲への対応の悪さの責任、今後の方針など、議論の種は尽きないはずだ。
次の日の朝、敵軍は退却していった。
追撃はしなかった。逆襲されると数で潰される危険性があったからだ。
そういうわけで、雑草が丘の戦は終結した。
○ ○ ○ ○ ○
ヒューゴは修道院を出て、パリの街を歩いていた。
なかなか人の多い町だ。
城壁の中に家を詰め込まなければならないから、高層の建物が密集している。わずかに大通りがあるのみで、その他は幅1トワーズ(約2メートル)程度の路地が曲がりくねって進んでいて、ちょっと入り込むと、もう自分がどこにいるか分からなくなるくらいだ。
(火事が起きたら大変なことになりそうだな。)
ヒューゴは思うが、石造りの建物だから、延焼の心配はそれほどない。
路地から路地に抜け、おおよその方向感覚で進んでいるのだが、すぐに道に迷ってしまった。
目を閉じ、音を聞く。人通りの多い方に大通りがあるだろう。そこに戻れば、自分がどこにいるか分かるし、商人プリスクスが手配すると言っていた家にたどり着けるだろう。
「こっちだな。」
ヒューゴは適当に歩き始める。いつかは辿り着くだろうが、その前にパリ名物と対決しなければならなくなった。
「へへへ。ここいらじゃあ見ねえ餓鬼だな。」
薄汚い恰好をした男が2人、立ちふさがった。後ろからも何か気配がする。
別に強そうな感じはしない。恐喝は、別に戦闘職でもなんでもないのだ。普通の人間なら、下手に争って怪我をすることを恐れるから、多少の要求は呑むだろう。そうするとカツアゲに必要なのは、複数の仲間、恐ろしい風貌、土地鑑、そして縄張りだけなのだ。現に男たちは武装もしていなかった。
「金持ちの餓鬼だな。着ている物も良いし、剣も売れば金になりそうだ。」
男がにやにや笑った。
「おいお前、服と剣を置いていきな。別に痛めつけようってわけじゃあねえんだ。俺たちは、えっと、その、義賊って奴だからな!」
流石はパリの悪者だ。義賊などという洒落た言葉を知っているらしい。意味は間違っているが。
ヒューゴは黙ったまま小剣を抜いた。もっとも先が折れているから、いまいち使えない。
「おっと、剣が折れているのか。ちっ、使えねえ奴だな。」
男たちはヒューゴが抵抗するとは思っていないようで、剣が折れているのを見て苦情を言ってきた。
(そうだ、剣を新調しなければならないのだったか。)
ヒューゴも忘れていたわけではないのだが、パリについて、まずは安全だろうと思って後回しにしていたのだ。
剣を持ち替えて逆手にし、剣先、というか、剣の折れている先を地面に向けながら進んだ。男たちはにやにや笑っている。
(阿呆め。)
そう思いながらヒューゴは、十分に近づいた瞬間、跳躍して一人の顔を切り裂いた。
「うおっ! ぎゃうっ!!」
情けない声を出して男が顔を押さえた。
完全に素人の動きだ。
ヒューゴは更にもう一人の男の後ろに回り、尻に剣を突き刺した。
「ぎゃあーー!!」
男は絶叫して、尻を押さえた。
この男たちは、斬られたところを押さえることしかできないのだろうか。
悲鳴を上げる男二人を蹴り飛ばして即席の障害物にしてから、ヒューゴは走り出した。背後から迫って来ていた仲間と争うほど暇でもない。どうせ野蛮魔法を使えばすぐに引き離せるだろう。
・・・
しばらくして、ヒューゴはやっと家にたどり着いた。
(たしかここだったな。)
高層建築が多いパリの中では、珍しく一軒家だった。
塀はなく、いきなり建物になっている。ドアを開ければ家の中だ。奥行がどれくらいあるかは入ってみないと分からない。3階建てになっている。
ドアを叩いた。どうやら鍵が掛かっているようで、ノブを回しても開かなかったのだ。
「はい。」
20歳くらいの女性がドアを開けてくれた。
「俺はヒューゴだ。お前は、プリスクスに言われて来た者か。」
女性は、うなずいた。
「ふむ。よろしく頼む。」
「はい。」
幼児だということは事前に聞いていたのか、特に驚いた様子も見せない。軽んじる空気もないから、その点は良く言い聞かされていたのだろう。
「まずは水だ。桶に入れて来い。」
「あ。はい。」
「それから俺は服を洗う。その間にお前には金を預けるから、俺の服を買って来てくれ。それから食事もな。」
「はい。・・・あの、服は私が洗わせて頂きます。」
女は遠慮がちに言った。
「それは今後のことだ。お前が服を洗っている間、俺は裸でいることになる。そっちの方が困るから、お前が買ってくることが最優先なのだ。」
「分かりました。あの、お食事はどのようなものを?」
「肉を使ったものを買って来てくれ。そうだ、お前の分もだ。食べながら今後のことを相談しよう。」
ヒューゴとしても、名前を聞いたり、挨拶をしたりするべきだろうとは思っていたのだが、とりあえず休む必要があったので、最小限の指示だけをしておいた。
もう少し落ち着いたら、どういう風に働いて貰うか相談することにしよう。なかなかの美人だったが、4歳児ヒューゴには、美人だからといって別に嬉しくもなんともない。
もっとも、下で働く者が働きやすいようにするのは、主の役目だ。しっかりと指導し、育て、立派な下女としてプリスクスに返すつもりだった。
66話あたりに、封臣の領地配置の地図がありますので、よろしければご参考になさって下さい。
ご一読ありがとうございました!