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10 師匠 ~~ゲルマヌスなる男~~

投稿遅くなってしまいました。

ヒューゴはゲルマヌスの執務室に迎え入れられた。

汚い。

布が落ちている。

汗臭い。

現代人が入れば、「部室かよ!」と叫びたくなるような光景だった。

執務机は立派なものだ。

もっとも、おもりのようなものが置いてある。これで肉体を鍛えるつもりらしい。

羽ペンも置いてあるが、何を考えたか、羽が千切ってあって、石ころが紐で括り付けられていた。どうやら、指の力を鍛錬することも兼ねているようだ。折れた羽ペンも置いてある。まあ、そうなるだろう。石の重みがあるから、字を書こうとすると、ぽっきり折れるのは当然のことだ。


「トゥールのグレゴリウス大司教から聞いていたけど、その他からも色々お前さんの話は聞いていて、どんな男じゃろうかと楽しみにしておったのじゃよ。」

ゲルマヌスはにこにこ笑いながら座り、手振りでヒューゴに椅子を勧めた。


「グレゴリウスですか。どうせ碌なことは言っていないでしょう?」

ヒューゴが腰掛けながら答えた。


「いやいや、単に子供に治療の手伝いをさせているということだけ簡単に触れてあっただけじゃよ。それ以外は、他の友人たちが教えてくれた。断片的な話ばかりだけじゃったが、真実に到達するにはそれで十分じゃわ。」


「神聖魔法に火の魔法があるとは知りませんでしたな。」

ヒューゴは話題を変えた。


そもそも正統派聖教会では、火は野蛮なもの、異教臭のするものとして、あまり好まない傾向がある。

どうやら文明魔法として使われていた時代には火を使う魔法もあったようなのだが、神聖魔法では、それは異教の神が砂漠の神から魔法を盗んだときに混入したものとして排斥されている。グレゴリウスの蔵書にも、火の魔法に関する記載はなかった。


「現にワシが使っておるからな。別に禁止されているわけではないし。」

ゲルマヌスが平然として答えた。どうやら細かいことには拘らない性格らしい。


「ワシはな、子供の頃から魔法の才能があったんじゃ。」

ゲルマヌスが語り始めた。


「ところが、その魔法には致命的な特徴があった。」

「ほう。」

「人や動物を傷つけることにしか使えない魔法ばかりじゃった。どういうわけか、普通に使おうとすると使えない。それなのに、誰かを傷つけようとするときには、簡単に発動するのじゃ。」


聖職者にはあるまじき魔法といえるだろう。


ゲルマヌスは悲しそうな顔をした。


「色んな人に非難されてな。それでもワシは、攻撃魔法だからといって、神の御心のそぐわぬとは思わなかった。また、攻撃魔法でも工夫次第では、人の役に立つこともあるだろうと思った。それで、ずっとずっと研究を重ねたのじゃよ。」


「そうでしたか。苦労なされたのですね。」

ヒューゴは少しばかり同情した。


「で、研究の成果はどうでしたか?」

「駄目じゃった。」

ゲルマヌスはあっけらかんと答えた。

「は?」

「駄目じゃったわ。もう50年も研究を続けておるが、駄目じゃ。」

「・・・」掛ける言葉がないというのは、このことをいうのだろう。


「さっきも中庭で練習しておったのじゃがな、どうやらお前さんのことを敵と認識したお蔭で発動したようじゃ。そういうときには使えるのじゃが、いざ薪に火でも付けようかと思っても、煙すら出ぬのじゃ。」


「そうですか。」


「異端との闘いに使えばよかろうという先輩もおったんじゃがな。ワシは、どうしても異端というのが分からなかったのじゃ。殺さなければならぬほどの異端とか、異教徒とか、そういうのが分からぬのじゃよ。」

「はあ」

人としては立派なことだが、攻撃魔法しか使えぬ聖職者にとっては、辛い信念というべきであろう。


「まあ、まだ少しだけ人生が残っておるわい。」

ゲルマヌスは明るく笑った。


「ところで、お前さんは、ワシのところで魔法を学びたいのかね?」

神聖魔法、とはいわなかった。ゲルマヌスも何か知っているのかもしれない。


「そうです。」

「僧房を用意しよう。それで、いつでも執務室か中庭に来なされ。ワシの蔵書も自由に見て頂いて構わぬ。」

ゲルマヌスは寛大に言ってくれた。どうやら、好意を持ってくれているようだ。


「ありがとうございます。しかし、プリスクスのところに世話になることにしています。」

ユダヤ人商人に家の手配を頼んだのだから、そのことは隠しておくと却ってよろしくないだろう。


「ほう、ユダヤ人とな!」

ゲルマヌスは愉快そうに笑った。

「はっはっは! それは面白い。ではどうぞご随意に。たまにはワシの話し相手もして下されや。遠くから来たお方の話を聞くのはいつでも楽しみなのじゃ。」


「遠くといってもトゥールですけど。」

とヒューゴが言うと、ゲルマヌスは首を傾げて、

「そういえばそうじゃな。しかし、どういうわけか、お前さんからは、もっと遠くの国の匂いがする気がするのじゃ。いや、別にフン族の流れを汲むとかそういう意味ではないぞ。そうではなく、もっともっと遠くを感じるのじゃな。」

と答えた。



  ○ ○ ○ ○ ○



雑草が丘では、負傷者の治療が進められていた。レイズの村の孤児、マイナは薬師の娘だったので、テウデリクに引き取られてからも薬草の研究をしていた。それで作り溜めていた薬があったので、それを一気に放出している。


「緒戦は完勝だったな!」

ロゴが陽気に叫んだ。

「お見事でございました。」

テウデリクがそつなく応じる。


お互い、援軍が全滅したことには触れない。

今は悲しいとか、やられたとか、そういう空気を作るべきではないからだ。


「何度でも掛かって来い、だ!!」

ロゴが大音声を上げる。


「「「おおっ!!」」」

近くにいた戦士や村人たちも雄叫びを上げる。


「「「マルクグラーフ! マルクグラーフ!!」」」

辺境伯の名称を叫び、ロゴを褒め称える。


士気は高い。


「おおい、使者が来るぞ!」

物見櫓から声が届いた。


・・・


「俺はブリトン王の使者、ドワーフのゴンドルギンだ!」

使者は、城門の前で叫んだ。


「辺境伯のロゴだ! 要件を言ったらさっさと帰れ!」

ロゴが城門の上から叫び返した。


「では言おう! ドワーフ伝来の宝物、ミョルニルを返せ! 大人しく渡せば、この城は無傷のまま見逃してやろう!!」


「はっはっは! 城に手を触れることすら適わなかった戦下手どもが、大口を叩くわ。当家には、盗賊に与える宝物などない!」


「ミョルニルがここにあることは、調べがついているのだぞ!!」


「知らぬ。欲しければ力づくで取ってみよ!」


「あれを見よ!」

ゴンドルギンは、丘の下を指さした。

奇妙な道具が建設されていた。巨大だ。3つある。

柱を組んで物見台のような形を作っている。そこに、長い棒が掛けられていて、棒の端には袋のようなものが取り付けてある。もう片方の端には重りが付けてあった。


ロゴが、「あれはなんだ?」とテウデリクに小声で聞いた。


テウデリクは、

「くだらぬものだな! たかが投石器、ここまで届いたとしても狙いは正確ではないだろう。それに、乗せるべき石は、それほど多くはあるまい。3,4発撃って、土に穴を開けて終りとなるのがせいぜいだろう。」

と、ロゴに代わって答えた。


「では、我らの投石器の威力を思い知るが良い! あとで吠え面かくなよ!!」


ゴンドルギンと名乗った男は、そう言って丘を下って帰って行った。


「やはりミョルニルが狙いでしたな。」

テウデリクがロゴに言った。

「そうだな。あんな大槌、何が欲しいんだか。」

「伝説の武器らしいですが。」

「投げたら戻ってくるんだろ? 良く分からんな。いくつも持って行って、たくさん投げたらいいんじゃないか?」

「まあ、戻ってくるのは不思議ですしね。」


ミョルニルで鍛えた鉄が真銀ミスリルになることはテウデリクも気づいていない。もちろんドワーフたちも気づいていなくて、真銀の謎は別途明らかにしなければならないと思っていた。


いずれにしても、ミョルニルも真銀ミスリルの謎も、鍛冶屋のグラインガドルが握っている。今はナント近郊に移動して、そこで鍛冶をしているから、雑草が丘を攻めても意味がないのだが、それはブリトン王国には分からない。


「まあ、どうでもいいや。よこせと言われて、くれてやる阿呆はおらんし。」

ロゴが簡単に締めくくった。


・・・


しばらくして。

二度目の攻勢が始まった。


「あれは何をしているんだ?」

ロゴがテウデリクに尋ねた。


「粘土を丸めて焼いているんですね。それで大きな玉を作って、それを熱します。真っ赤になるまで熱くして、それを投石器で投げるんです。それが建物にぶつかると、火が出ます。」


「へえ。」


「この城は煉瓦造りですから、火はそれほど怖くはありません。それよりはぶつかったときの衝撃が怖いですが、焼き固めた粘土であれば、大丈夫でしょう。」


普通は放物線を描いて飛んでくるはずなのだ。そうすると落ちるときのスピードが破壊力を産むから、薄い城壁だと崩れる可能性がある。しかし、ドワーフたちは、丘の下から丘の上に向かって発射しようとしているから、城壁に当たるとしても、最高点でぶつかることになる。それだとスピードがそれほど出ていないから、煉瓦の壁でも耐えるだろう。もちろん同じところに何度も当たれば破損するかもしれないが、そこまで精密な投石器ではなさそうなのだ。


「ほう。」

ロゴがテウデリクの説明を半分くらい聞いて、「要するに、大丈夫っぽいな。」と言った。


「そうですね。まあ安心はできませんけど。」

そう答えながらテウデリクは観察を続けた。


再びブリトン軍が丘を登ってくる。投石器によって壁が壊れた瞬間に飛び込まなければ、修復されてしまうことになるから、ぎりぎりまで詰めておく必要があるのだ。


「おっ!」

ロゴが叫んだ。

熱せられた粘土の塊が、投石器から発射されたのだ。

流石にドワーフだけあって、完全な球形に近いものが出来上がっていて、綺麗に弧を描きながらとんでくる。


プスッ!


間の抜けた音を出しながら、粘土は丘の頂上近くに落ちた。そこで散らばって煙を出している。


「まだ10トワーズ《約20メートル》ほどはあるな。」

ロゴが呟く。

かなり近いといえば近い。

もう少し投石器を改良すれば壁に届くだろう。


「まただ!」

別の投石器から発射された。


ポンッ!

今度は割れなかった。

そのまま転がって、ゆっくり丘を転げ落ちていく。


近くまで詰めて来ていたブリトン軍の盾の列に突っ込んで、戦列を崩してしまった。火傷を負って絶叫する敵兵の声が聞こえる。


「あっはっは! あいつら、阿呆だな。」

ロゴが愉快そうに笑った。


「ほう。」

テウデリクもにやっとした。

これはいいものをみた。

次からは、城に粘土の球を常備しておくことにしよう。そうすれば、敵が登って来たときに活用できそうだ。

本当は今でもしたいのだが、粘土を焼き固め、熱するだけの薪がない。


しかし予断は許されない。

ブリトン軍は、投石器の下の方に群がって、位置を調節しているようなのだ。ぎりぎりまで丘に寄せて、壁に届くようにするのだろう。


こちらからは手が出せない。これで投石器の位置が定まったら、城壁を連打されるかもしれないのだ。そうすると少しきつくなる。


ところが、3つある投石器のうち、一つは、突然バランスを崩して倒れてしまった。どうやら、無理に丘の斜面に乗せてしまったらしい。


「はは、もっとやれ!」

ロゴが応援する。楽しそうだ。


「あと2つは、うまくやりそうですね。」

テウデリクが観察を続けながら言った。


「テウ様。」

後ろから声がしたので振り向いた。


「マイナじゃないか。ここは危ないぞ。」

レイズの村で拾ってきた幼女だ。治療をしてくれていたのだが、外が気になったのだろうか。


「テウ様、オスプレイを使いましょう。」

「ん?」


鷹といっても魔物の鷹だから、文明魔法が使えるのだ。急旋回をして風を起こし、それを刃にして飛ばすことができる。確かにオスプレイなら投石器を潰せるかもしれない。


「よし、マイナ、やれ。」

テウデリクは簡潔に命じた。

「はいっ」


マイナは二羽のオスプレイを家族のように可愛がっていた。亡くなった両親の名前も付けていたのだが、それでも家畜は家畜だ。


しばらくして、マイナがオスプレイを連れて戻ってきた。城門に立ち、一羽をテウデリクが腕に止まらせ、もう一羽をマイナが持つ。


マイナは、二羽を撫でながら、投石器を指さして小さな声で指示を出している。通じるのだろうか。家族同然に暮らしていたから、かなり細かい指示も大丈夫なのだろう。


「いくぞ。」

「はい。」

「「えいっ」」


二人でタイミングを合わせて腕を突き出した。


二羽は、丘の上から滑空して投石器に近づいた。至近距離まで行ったところで、急旋回する。テウデリクの目には、白い光がわずかに見えた。


「やったぞ!」

投石器の一つが崩れ落ちる。柱を括り付けていた縄が切れたらしい。

がらがらとバラバラになってしまい、周りにいた敵兵を押しつぶしている。


オスプレイは、激しく羽ばたきながら丘の上に戻ってこようとする。しかし中腹まで登って来ていたブリトン軍の矢が放たれる。


「ああ!」

マイナが悲痛な声を上げた。一羽が撃ち落されたのだ。もう一羽は戻ってきた。


戻ってきた一羽をマイナが抱きしめた。


マイナは涙をぬぐって、

「もう一つ、行きますか?」

と尋ねたが、テウデリクは首を振った。

「いや、次は無理だ。」

おそらく次は矢で迎撃してくるだろう。


最後に残った投石器が、赤く熱せられた粘土の球を放ってきた。


ズシン!


強い衝撃が走った。城壁に当たったのだ。もっとも、力は弱かったようで、城壁にはわずかに傷がついた程度で収まっている。

それでも、これが続くと厄介なことになりそうだ。


「お、届いたな。」

ロゴがのんびりと感想を言った。

それほど慌ててはいない。投石器は精密機械のようなものだ。何度も撃っているうちに、どこかおかしくなるだろう。


「修理している気配はありませんね。」

テウデリクも落ち着いて意見をいう。

どうやら、ナントからの援軍が工作部隊に飛び込んだとき、技術者をかなり殺したのかもしれない。新しく投石器が作られることもなく、壊れた物が修復することもないようだ。


ズシン!


また当たった。これはさっきのところから、少し離れている。やはり少しだけ傷がついた。


「やっぱり同じところにはなかなか当たらないな。」

ロゴも見るべきところはしっかりと見ている。

「しばらくは様子見ですね。」テウデリクが答えた。中腹まで敵が詰めてきているから、城壁に兵を付けておく必要はある。しかし、今の状態で攻めて来てもさっきの襲撃と同じ結果になるだろうから、城壁に穴があくまで待っているだろうと予想された。


ズシン!

今度は外れた。壕の外側に落ちて、その場でバラバラになってしまった。


「俺、下にいるわ。」

ロゴが飽きてしまった。

「は。」

確かにロゴがここにいる必要はない。今は休んでいて貰うのが一番だろう。


そう思ってロゴを見送ろうとした瞬間、投石器が突然崩れ落ちた。


「おっ!?」

何が起きたのかは分からないが、最後に残った投石器も、他の二つと同じように地面の上でガラクタになってしまっていた。

ご一読ありがとうございました!

オスプレイ、安心の味方ですね!

次回の投稿は、明日の夜か明後日くらいになりそうです。

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