8 ブリトン王国の襲撃 ~~総力戦~~
投稿が遅れ遅れで申し訳ありません。推敲する余裕もなくなってきました。
ソリドゥスは2万5千円程度、デナリウスは、2千円程度の感覚でお読み頂ければと思います。
「父者、テイズさんを貰いたいのですが。」
テウデリクは館でロゴと話していた。
「テイズを?」
ロゴは不思議そうな顔をした。
テイズは、ロゴの従士頭のような位置付けだ。以前から角笛を任せている。従士としては、出世すべき限界に来ているのだが、実はその先がない。従士頭より上となると、家宰、代官、封臣などが考えられるが、いずれも従士頭とは次元が違う地位になるから、簡単には上げられない。それほど目立った功績があるというものでもない。
もっとも、ロゴは単なる領主から辺境伯になったから、テイズも領主の従士頭から辺境伯の従士頭になったことになる。もしロゴが騎士団のようなものを編成することになると、テイズは自動的に騎士団長に就任することになるから、権威という意味では以前よりは上だ。それでも、従士の中でトップという実質的な位置づけは変わらない。
「水軍を編成しようと思っているのです。」
テウデリクが説明した。
「ナントの街を中心に、トゥールから海岸地帯の塩田まで、船便を整備します。これはレイズの村の人間が来たので、労働力としては充分です。」
「そうだな。船便か。船は苦手なんだ。酔うなら酒がいいんだ。」
「そうすると船便を警護するために、ロワール河を制圧しなければなりません。」
「制圧は良いものだ。」
「ゆくゆくは、ヤンコーを育てていこうと思っていますが、まだ小さいので大将とすることはできません。それでテイズさんを暫定的に水軍の長として、ヤンコーをその補佐とします。テイズさんは、ヤンコーが育った頃には、どこかの代官を任せられるようになっているでしょう。」
「規模はどれくらいを考えている?」
「下の村の弓兵を10人くらいです。戦船は2隻程度。漕ぎ手はトゥールで雇います。」
「従士は付けないのか?」
「はい。船戦ですから、弓でとりあえずは大丈夫です。本当は接近戦ができる従士も欲しいですが、人手が足りません。」
「うーん、まあそうだな。」
「案としては、ギリエン殿から人を借りるということも考えられます。」
ギリエンは北隣りの領主だ。この前、大規模な紛争があったが、それ以来は友好的になっている。戦士を借りてきて船に乗せる程度なら問題ないだろう。ロゴは辺境伯になったのだから、多少の頼みごとはできるようになっている。
「更に、船に慣れて来たら、ブリトン王国も襲撃します。」
ロゴの目が鋭くなった。
「海からか。」
「はい。」
ブリトン王国は、ガリア西北の半島にあるから、沿岸伝いに行くことができる。海軍はないに等しいから、略奪し放題だろうと睨んでいた。ロゴもその点は即座に理解した。
「それは良い。テイズさえ構わなければ進めてくれ。いや、テイズには、俺から話をしておくかな。テウはギリエン殿と相談をし始めておいてくれ。」
「はっ」
確かに、テイズからすると、昇進なのか左遷なのか分からないところもある。ロゴから直接話をした方が納得しやすいだろう。
なお、ギリエンも他の領主たちも散発的にブリトン王国からの襲撃を受けているから、報復戦には乗り気になるだろう。
「それと沿岸地帯の警備ですが。」
塩田はいまだに無防備に近い。地理的には西隣の領主、ガレオ以外には妨害活動をしそうな相手はいないのだが、そのガレオがちょっときな臭い感じなのだ。
「ああ、あれな。」
ロゴは気まずそうな顔をした。
ガレオの妻はガロ・ローマ人のクレーヌだ。ロゴははっきり言わないが、どうやらガレオの怒りを買うような事情があるらしい。
「父者は辺境伯になられたのですから、沿岸地帯の治安についてもガレオ殿を監督すべき地位にあります。」
「うん。」
そのあたりは微妙だ。
辺境伯といえば、大公に等しい。そもそもローマ風に言えば大公、ゲルマン風に言えば辺境伯なのだ。権限に違いはない。というか、権限は決まっていない。
一言でいえば、
「偉い感じ」
ということなのだ。
戦争が始まれば、地域の旗頭になる。
平時には、都市伯や領主たちを指導すべき地位にある。
直接の徴税権はない。
徴兵権については微妙で、大公が勝手に村から兵を徴発した例がある。
裁判権についても、いまいち確定した決まりはない。
犯罪の取り締まりについては、口出しはできる。他領に兵を入れる権限があるかどうかは、お互いの力関係によって違ってくる。
そんな大切なことがなぜ決まっていないのか。
もっとも、そういうことがきちんと決まっているのであれば、暗黒時代とはいえないだろう。
「ですから、ガレオ殿に依頼して、沿岸地帯の警備をして貰いましょう。ある程度の報酬を用意すれば、話はつくでしょう。これはガーリナにさせたいと思いますが。」
ガーリナは幼女家宰として、立派にやってくれている。これくらいの交渉なら問題ないだろう。
「俺が行かなくていいのなら、構わないぜ」
ガレオの顔を見たくないのだろう。気まずい何かがあるらしい。
そうやって話していると、館の外が騒がしくなった。
「お、なんだ。」
ロゴとテウデリクが外に出てみると、騎馬武者が馬から降りたところだった。
「それがしは、ギリエンの使いの者、さきほどドワーフを含む軍勢がギリエンの領地を通過しましたので、お知らせに参りました!」
「ドワーフどもか。」
ロゴが目を光らせる。この前は自分の留守中に奇襲を受けたので、自分ががっつり闘いたいのだ。
「ギリエンの領地は素通り致しました。人間とドワーフとが半々くらいです。総数は不明ですが、かなり多いと思われます。これは村人から聞いた話です。100どころではない、ということでした。」
「お知らせ感謝する。」
ロゴは重々しく言って、「鐘を鳴らせ!!」と叫んだ。
テウデリクは、
「偵察に行ってまいります。」と断って、厩の方に走って行った。敵情を正確に把握したいのだ。
○ ○ ○ ○ ○
そのころ、ナントの市内では。
既に市内というに相応しいほどの街が建設されていた。
かなり高い城壁に城門、城内には整然と家屋が立ち並び、商店が軒を連ね、対岸の工場地帯の労働者たちが住居を構えていた。
代官であり、元家宰であるゴームルは、愛人とも噂される若い女と一緒に中央部に邸宅を構えている。トゥールでグンドヴァルドゥスから略奪してきた女だ。
商店街の中でもっともゴームルの邸宅、すなわち代官所に近いところには、御用商人レイモンダルムの商店が売り場と倉庫、そして住居が一体となった建物を所有していた。人の出入りが激しく、売り場では値段交渉が、奥では収支の計算が、倉庫では価値ある商品の出し入れと管理がなされ、住居ではレイモンダルムが束の間の休息をとれるよう、ゆったりとした執務室が作られていた。
「立派になったな、レイモンダルム殿。」
客人は口を開いた。暖かい口調だ。
「ギムザリウス様、『殿』などとは他人行儀に過ぎます。私はギムザリウス様の下で商売を一から学びました。どうぞ、レイモンダルムとお呼び捨てになって下さい。」
レイモンダルムは答えた。
トゥールで一番勢力を持つ大商人が訪れて来ていた。レイモンダルムにとっては、元主人であるから、下にも置かぬ扱いで歓待していた。
「いやいや、いつまでも昔の主人風を吹かしているわけにもいくまい。そうだな、この世界での先輩ということで、レイモンダルム君、と呼ぶことにしようか。」
ギムザリウスは機嫌よく笑った。
「は、ありがとうございます。」
レイモンダルムも笑った。
「いや、君がここで独立すると言ったときには、私は反対した。現に戦になって、ここも含めて危険だったからな。なので、君が独立したときには、私は暖簾分けもしてやれなかったし、独立資金を融資することもしてあげられなかった。その点については、今でも済まないと思っているし、こうやって君がうまく成功していることについては、本当に良かったと安心しているのだよ。」
ギムザリウスは穏やかに言った。
「ありがとうございます。」
「どうかね、ここは。評判は凄いが。」
「これをご覧ください。」
レイモンダルムは、奥から商品を持ってきた。
「おお・・・。これは、・・・これは何だ?」
ギムザリウスが不思議そうな顔をした。
壺のようなものなのだが、どうやって作られているのか分からない。木でも石でもない。金属でもない。
「陶器です。」
「陶器?」
陶器はローマ時代には珍しいものではなかった。
しかし、この時代のガリアでは作られていなかった。技術が失われたのだ。
「陶器か!!」
流石にギムザリウスは知っていた。
西ローマが滅亡したときに、陶器も全部割れたわけではない。残っているものは残っているのだ。
もっとも陶器は割れることはあっても、勝手に出来上がることはない。だから、時代が経つに連れ、数を減らしていくから、貴重品なのだ。
「ここで陶器が作られているのか!!」
ギムザリウスが驚愕の余り叫んだ。
「ギムザリウス様、良くご存知でしたね。私はここに来るまで、陶器というものを知りませんでしたが、これは非常に良いものです。割れやすいという難点はありますが、腐ったりせず、錆びたりもせず、しかも安く買うことができます。」
「安いのか??」
「この壺は、ナントで買えば1ソリドゥスです。」
ギムザリウスは絶句した。
実は原価を考えると、暴利ともいうべき値段なのだが、この稀少性を考えると、言葉を失うほど安いのだ。
「しかも美しい。」
どういう釉薬を使っているのか分からないが、表面に不思議な模様が浮き出ている。それに表面もつるつるで手触りが良い。
形も優美だ。花瓶にしても美しいだろうし、酒壺にしても宴会で映えるだろう。
「この出来栄えの美しさからいえば、1個10ソリドゥスでも買う者はいるだろう。」
ギムザリウスは身を乗り出した。
元使用人が無事にやっているか見に来たのだが、完全に商売のモードに入っている。
「これをどんどんトゥールに運んで売りたいと考えているのです。」
レイモンダルムが言った。
「ふむ。しかし運搬が大変だな。」
割れ物であることはギムザリウスも良く知っている。陸路を運ぶと破損が激しいのだ。ナントとトゥールとの間はロワール河沿いに旧ローマ街道が走っているが整備は不十分だ。盗賊が出ることもある。
「これは、まだ内部情報なのですが。」
レイモンダルムが声を潜めた。
「ここの領主は、船便を定期的に出す計画らしいのです。」
「ほう?」
領主が船便を出すなど聞いたことがない。何に使うというのだろうか。
「領主自身が荷物を運ぶ用事はそれほどないのですが、運賃を取って商人の荷を運んでくれるそうです。」
「・・・」
余りの発想に、ギムザリウスは絶句した。公共輸送機関という発想は近代のものだ。
「どうやら、塩をナントまで運搬するのに必要があったようで、それで思いついたらしいのです。」
ロゴが沿岸地帯で塩を作っているという情報は、商人たちには知れ渡っていた。流石にそこまで隠すことはできなかったのだ。もっとも、造り方は良く分からないし、各地の領主たちも、真似をしようという発想がそれほどないから、今のところロゴの専売特許状態になっている。
「そうか!!」
ギムザリウスは、ロゴの狙いが分かった。ロワール河の水運を支配するつもりなのだ。運賃を取るというのも、単にコスト削減のためでしかない。他の船業者よりも安い運賃で運べば、ロワール河はロゴの独占状態になる。制水権も得られるだろう。
(これは、シギベルト王様にも報告しなければならないかもしれぬ。)
一瞬そう思ったが、止めにした。今は平和の時だ。このような情報を持って行っても感謝されないだろう。それに今はロゴの思惑に乗っておいた方が将来に繋がりそうに思われた。
「そうだ。レイモンダルム君、今日ここに来たのは、借金を払いに来たのだった。」
「借金、ですか?」
「暖簾分けをしてやれなかったと言っただろう? その償いだ。」
こういう義理堅さがギムザリウスを一流の商人に育てたのだろう。
「私は、トゥールでの陶器の扱いを独占するように狙うつもりだ。君は、領主と交渉してナントでの買い付けを一手に独占させて貰うといい。トゥールに送り込む陶器は、高値で買い取らせて頂こう。それで、遅ればせながら独立のお祝いとしよう。」
「ありがとうございます、ギムザリウス様。しかし、当地では独占ができないのです。」
「なぜだ?」
「ロゴ様のご子息、テウデリク様が、独占は厳しく取り締まりをなされています。理由の如何を問わず、独占状態になった途端に潰されます。」
「なるほど。」
大商人にとっては面白くない相手だが、商業政策として理に適っていることはギムザリウスも認めた。
「分かった。しかし、君の持ち込むものは、いずれにしても高く買うことにするよ。つまり、こちらが独占しているからといって、安く買いたたくことはしない。その点は安心してくれたまえ。」
「はい。」
二人の商人は、夜遅くまで語り合った。ナントは新興の気運に満ちている。ギムザリウスも年に見合わず興奮を覚えたのだった。
○ ○ ○ ○ ○
もう一人の商人が客を迎えていた。
パリで一番の大商人、プリスクスは客間で紹介状を開いていた。
「ほう、それではあなたが、ギムザリウスに例の羊皮紙を送られたのですな。」
ヒューゴがギムザリウスに受領書代わりに出した一筆が、いつの間にか評判になっていたのだ。
「そうだ。しかし、それはそれほど重要ではないのだ。俺は、このパリの地で、ゲルマヌス大司教の下、神聖魔法を更に学びたいと考えている。ところが、修道院に入ってしまうと生活が不便する。自由も利かぬ。そこで別途下宿できるところを手配して欲しい。その代わり、俺が作った薬剤は、あなたのところに卸すことにしようと思うが如何か?」
「薬剤ですか?」
プリスクスは怪訝そうに聞き返した。
プリスクスは金融業者だ。薬剤は扱っていない。
「これを預けよう。」
錠剤の入った袋を取り出した。
「利尿、解熱、解毒、整腸、母乳促進、冷え症改善、疲労回復、体力増進、軽傷治療などに絶大な効果がある。」
テウデベルト王子と別れてから、魔物熊の血を乾燥させて粉末状にして練り込んだのだ。それで教えて貰った薬剤鑑定で調べてみたら、高品質と出たので、自信がある。
「ほう。」
「売り物になるかどうかは、今ここで判断はできぬだろう。預けておくから、誰かに見て貰ってくれ。価格の交渉はそれからでも構わぬ。ただ、俺の世話をしておいて損はさせぬ。これは約束しよう。」
ヒューゴは畳みかけた。特に交渉するというほどでもない。簡単に話がつけばそれでいいのだ。
「失礼します。」
プリスクスは袋の口を広げ、錠剤を手に取った。手のひらに乗せ目を瞑る。
どうやら薬剤鑑定ができるようだ。
「おおっ! これは・・・。」
「だろう?」
ヒューゴは、にやりとした。
これで相手が驚く姿は、実に気分が良い。
「これは素晴らしいお薬でございますな。しかも、こうやって外側を固めていると、日持ちもしますし持ち運びがしやすい。高値で売れるのは確かです。」
「しかし、俺が売っても誰も買わない。鑑定ができる人間はわずかだからな。錠剤などを信用して大金を払う者はいない。だから、あなたに安く卸すのだ。」
ヒューゴは先取りして言った。
「俺はこれで財産を作ろうとか、そういうことまでは考えていないのだ。あくまでも副業なのでな。あなたが正当と考える額であればそれでよい。あなたも、自分で売ることはできないだろうから、誰かに回すかもしれないし、そうすると、末端価格に近い価格で買うわけにもいくまい。そのあたりの事情は承知している。薬屋に持ち込めば良いのだろうが、下宿の件などで世話になると思うので、あなたに見せたのだ。」
プリスクスは黙ってしまった。
幼児の癖にやたらと頭が回る子だ。商人になれば一流になることは間違いないだろう。
「ところで、私が鑑定の魔法を使ったことは、疑問に思われないのですか?」
プリスクスは話題を逸らした。
薬剤鑑定の魔法は神聖魔法だ。ユダヤ人であるプリスクスが使えること自体がおかしいはずなのだ。
「そういえばそうだな。もっとも、昔は文明魔法と言った。今では文明魔法を使っていると殺されるから、あなたも注意すると良い。」
ヒューゴが軽く言った。
プリスクスは、少し青くなった。
幼児だと思って人前で鑑定を使った。本当は危ないのだが、油断していたのだ。しかも相手はパリの大司教のところにこれから行くと言っているのだ。
「まあ安心しろ。このことは誰にも言うつもりはない。俺自身は、文明魔法を使う人間を殺すことは誤りだと知っている。」
考えている、ではなく、知っていると言った。
それだけでも、この幼児が恐ろしいほどの思索家であることを示していた。見識も深い。なるほど、この幼児のパリ滞在については、世話をする価値は十分にあるだろう。
「承知しました。この錠剤は、一個を半ソリドゥスで購入させて頂きましょう。お住まいもこちらでご用意致します。お家賃などは、こちらで負担致しますし、お見回りのお世話もこちらでさせて頂きたいと存じます。」
「うむ。」
よきにはからえ、というところだが、とりあえず鷹揚にうなずいておいた。
ご一読ありがとうございました。
また、ぽつぽつと進めさせて頂きます!




