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7 第一王子 ~~ヒューゴは仕官を断る~~

投稿が遅くなってすみませんでした!

少し書く時間ができたので、とりあえず書きました。

「では、そちは4歳なのだな。」

隣に座った貴人は重い口を開いてヒューゴの年齢を確認した。

つい最近まで3歳だったのだが、確か誕生日は、これくらいの時期だったような気がするので、4歳と説明した。


「は。4歳になります。」

「お前、フランクだよな。黒目黒髪は、フンの血が混じっているんだな。で、どうしてここにいる? 修道院から逃げ出したのか?」


武人風の部下が問いただした。

バタバタしていたので、自分の立場をゆっくり説明する余裕がなかったのだ。


魔物熊は、結局、貴人の部下がとどめをさしてくれた。

解体も全て代わりにやってくれたのだ。買取りもしてくれた。

ヒューゴとしては、瓶をいくつか分けて貰って、そこに血をたっぷり入れて栓をしたもの、それから布に熊の胆を包んだものを背負い袋に入れて、それで終了だ。


「修道院からは逃げたのではありません。他のところに行きたくなったので、きちんと挨拶をして退院してきたのです。」

ヒューゴは丁寧に説明した。


「怪しいもんだな。」

武人は笑う。別に悪意的な雰囲気は感じられない。

「俺だったら、修道院なんかに入れられたら逃げ出したくなるだろうよ。それにお前のように腕の立つ幼児だったら、修道院は退屈だろう?」


「まあ、そうですね。」

たしかに退屈ではあった。

考えてみれば、こちらの命を狙ってくる「敵」と闘うのは久しぶりだった。明智光秀であった前世では日常茶飯事だったし、たまには誰とも闘わない日が欲しいと思ったときもあったが、やはり闘いは、いい。


一応背負い袋から書類を取り出して見せた。

「グレゴリウス大司教からの証明書です。逃亡者でないことが示されています。」

「ほう、大司教直筆で書いたのか! 気に入られていたんだな。」

武人が感心したように言ったが、証明書はちらっと見ただけだった。おそらく字が読めないのだろう。


「おっ、肉が焼けたぞ! さあ、お前も食えよ!」

武人が快活に笑いながら、魔物熊の肉をヒューゴに勧めてきた。


「あ、これはご親切に。」

「だって、当然だろ。お前が仕留めたんだからさ!」

「いえ、でも買い取って頂いたので、この肉は全てテウドベルト王子様のもののはず。」


「なぜ私の名を知っている?」

貴人が口ごもりながら聞いた。


「はっ。その長い金髪は王族の印。この地域に他国の王族が来られているというお話は聞いたことがありません。それに東フランクにも、ブルグンドにも、年ごろの王子様はおられません。キルペリク王様のお子様は、テウデベルト様、メロヴィク様、クローヴィス様のお三方、王子様は20代後半とお見受けしましたので、テウデベルト様と愚考致しましたが。」

ヒューゴがさらりと答えた。


「よく分かったな。」

貴人、いや、テウデベルト王子は、あまり表情を動かさずに答えた。なんか暗い。フランク人には珍しく、内に籠った性格なのかもしれない。


「そんな理屈はいいよ! お前が命がけで仕留めた魔物なんだぜ! 誰が買い取ろうと、その肉を食う権利は絶対にお前のものさ。」

武人が言う。商取引の原則は、当時はそれほど厳格なものではなく、それよりは闘って勝ち取ったという事実の方が重視されていたのだった。


テウデベルト王子とその他の武人たちが肉にかぶりつくのを見ながら、ヒューゴも食べ始めた。確かにうまい。魔物熊の生命がそのまま自分の身体に注ぎ込まれていくような実感があった。


「何に使うのだ?」

テウデベルト王子がヒューゴに聞いた。


ヒューゴは、まさに肉にかぶりついたところだったので、

(このタイミングで話しかけるか、普通)

と思ったが、やむなく脇を向いて口から肉を吐き出し、


「薬に使えると思いますので。試しに作ってみようと思っております。今まで作ったものもあるのですが、魔物を使えばもっと良いものが作れると思うのです。」


「ふむ。」

テウデベルト王子は考え込んだ。


(悪い奴じゃないんだが、ぱっとしない男だな。)

ヒューゴは、元大名の目で値踏みする。能力は人並みにあるのかもしれないが、口数が少なく、かといって物事を深く考えているようにも見えない。


「薬を作るのか。」

「は。」


「プットを。」

テウデベルト王子は、武人に声を掛けた。


「おーい、プット! ちょっとこっちに来てくれ!」

武人が叫んだら、熊肉に集っていた集団から、一人の中年男がやってきた。武装していない。文官のようにも見えるし、神官とも思える。


「は、王子様。」

「この幼児は、薬作りをするという。そちと同業者だな。」

「ほう。」

「できばえを見てやってくれ。」


要するに、王子の側近には、薬の効能を判断できる者がいるということらしい。

ヒューゴは、昨日作ったタンポポ薬の錠剤を一つ取り出した。

プットと呼ばれた薬師は、疑わしげな顔をしながら錠剤を睨みつけた。

「ふむ? 液体ではないと? このような小石で何が治るというのかね。その辺で拾ったものを薬とは、随分といい商売じゃの。薬を作るというのは、剣を振り回して熊をやっつけるのとは全然違うのじゃよ。」


ぶつぶつ文句を言いながら、手のひらに錠剤を置き、目を瞑った。

「ほう。確かにタンポポを使っておるようじゃな。利尿、解熱、解毒、整腸、母乳促進、冷え症改善に効果がある。この薬も同様の効果が見られるわい。」


(この薬師も、なかなか正確な知識を持っているようだな。)

ヒューゴは考えながら聞いていた。


「むぉ! ほほう。なるほど。」

薬師が突然叫んだ。

「おおぉ、これはこれは。ふむ。」


「おいプットさん、どうなんだい?」

武人が痺れを切らして質問した。


「これは、相当に品質が高いものじゃわ。単に利尿などの効果があるだけではなく、疲労回復、体力増進、軽傷治療の効果もある!」

プットと呼ばれる薬師は、ヒューゴを見つめた。


「これは、どうやって作ったのじゃな? いや、これだけの物を作るのであれば、相当な時間を要しただろう。」

ヒューゴは、その質問には答えず、

「ほう、そうですか。疲労回復などの効果までは期待していませんでしたが、そういう効果も付加されていましたか。」

と答えた。

どうやら、いかづちの魔法を篭めながら圧縮したのが良かったのだろう。


「む。すまんじゃった。薬の作り方をお聞きするのはマナー違反でしたな。失礼致した。」

プットはヒューゴが幼児であっても軽んじたりはせず、薬師として対等以上の存在として認めてくれたようで、丁寧な口調で謝罪してきた。実に気分の良い人物と思われた。


「ところで、先生の鑑定というのは、そういう技術があるのですか?」

ヒューゴが尋ねた。

「うむ。薬物の鑑定というのは、神聖魔法なのだよ。私はパリで学んでおったから、知っておるのだよ。」

プットという薬師は、ヒューゴが自分の秘密を答えなかったことも気にせず、教えてくれた。


「左様でございますか。私も実はパリに神聖魔法を学びに行こうとしていたところでして。」

「ほう。しかし、パリで魔法を学ぶには、大司教のお許しを頂かなければならぬようになっておりますが。」

プットが気遣わしげに注意を促した。


「私が紹介状を書いてやろうか?」

テウデベルト王子が口を挟んだ。


「ありがとうございます、王子様。しかし紹介状は既に持っております。ただ、もし許されるなら、プット殿に鑑定魔法を教えて頂ければありがたいのですが。その代わりと言ってはなんですが、錠剤の作り方をお教えしましょう。効果が付加される手法も含め、お伝えいたします。」


交換材料としては妥当と思われた。もっとも、錠剤の作り方としては、乾燥魔法や圧縮器の仕組みまでも教えるつもりはない。いかづちの力を込めながら、小さなくぼみにぎゅうぎゅう押し込み、最後はデンプンでコーティングするというところだけ説明しようと考えていた。それでも対価としては充分すぎるだろう。


「その話はともかく、そちの薬は良いもののようだ。売ってくれぬか。」

「は。いくつほどお入り用でしょうか。」

「予の部下はしょっちゅう怪我をしている。あるだけ欲しい。」


・・・


錠剤は全てで60個あったので、1個4デナリウスで買って貰った。3個で12デナリウス、つまり1ソリドゥスとなり、合計20ソリドゥスとなる。

魔物熊は、200ソリドゥスだったので、合計で220ソリドゥスの稼ぎとなった。


・・・


「そちは、パリに勉学に行くと申していたが、その後はどうするのか?」

テウデベルト王子が尋ねた。

「はい。各地を周り、見聞を広げ、武術と魔法を極めるつもりでございます。」

「予の家臣とならぬか。」

テウデベルト王子は、ヒューゴの顔を見た。

「予は西フランク王の世継ぎである。予に仕えれば、出世の機会はいくらでもあろう。そちの能力を持ってすれば、宮宰、宮中伯、国璽尚書、従士頭、大公、辺境伯、都市伯なども充分に望めるであろう。」


武人が口を出した。

「そうですな! ヒューゴ、俺たちの仲間になれよ! 楽しいぜ!」


突然の勧誘にとまどったが、すぐに断った。

「私のような者にそのようなお言葉、ありがとうございます。しかし、私は既に主君と決めた者がございます。ロワール河の北、雑草が丘の領主、ロゴ様の息子、テウデリク様です。テウデリク様に忠誠を誓っている身、他の主君にお仕えするつもりはございません。」


「ゴブリン殺しか。」

武人が呟いた。どうやら一部で評判になっていたようだ。


「知っておるのか。」

テウデベルト王子が尋ねた。

「はい。幼児なのに、すごい能力があると聞いています。3歳のときにゴブリンを3匹討伐したということです。」


「ほう。」

ほう、で済む話ではない。異常極まりないといえば異常極まりない。もっとも、4歳で魔物熊を討伐したヒューゴに比べれば、少しかすむかもしれない。


「まあよかろう。ヒューゴよ、もしテウデリク殿がそちを捨てることがあれば、何を置いてでも予のところに来るがよい。」

「ありがたきお言葉。」


「しかし、ロゴのところか。今回の和平では気の毒なことになりそうだな。」

テウデベルト王子が、ふと漏らした。


「おや、戦争は結局始まらないのですか?」

ヒューゴが尋ねた。


武人が、

「腰砕けのグントラム王が仲介に入ったのだよ! 結局、キルペリク王は、ガルスウィンド王女に贈った南部諸都市の所有権を東フランク王の王妃、ブルンヒルドに譲渡するということで和解が成立する見込みだ。」

「そうですか。」

ヒューゴが相槌を打つ。どうやら、ブルグンド王、すなわちフランクの王たちの長兄であるグントラムには、「腰砕け」という二つ名がついたようだ。


「しかし、それがロゴ様とどのような関係が?」


「ふむ。ブルンヒルド王妃が捻じ込んだ条件らしいのだが、ロゴ殿の封臣だったレイズとかいう裏切者、また封臣に復帰させることになるらしい。」

「そうですか。」

ヒューゴとしては、何も関心がない。

そのまま買取りの礼を言って、その場の話は終わった。


プットから薬物鑑定魔法を教えて貰い、こちらからは、錠剤の作り方、いかづちの力の篭め方を教え、それからヒューゴはパリに向けて旅を続けることにした。



 ○ ○ ○ ○ ○



雑草が丘では。


ロゴが激怒していた。

「どういうことだ!?」

封臣のザイルが報告していた。

ザイルは、東フランク王シギベルトに面会して、ポワティエ大公グンドヴァルドゥスとその息子にしてロゴの封臣、レイズの非行を訴えた後、父アンソヴァルドゥスが国璽尚書を務めている西フランクのキルペリク王の下に滞在していたのだ。

戦争が始まると思っていたところ、キルペリク王が折れたこと、腰砕けのグントラム王が仲裁の立場に鞍替えしたことから、東西両フランク王国に和解が成立したのだ。


「和解の付帯条項として、親方ロゴさまとポワティエ大公、レイズとの紛争も一括して解決すべきと戦好きのシギベルト王が要求してきたのです。どうやら、王妃ブルンヒルドがレイズの野郎を贔屓にしているようでして。ポワティエ大公もブルンヒルドと親しいようです。」


「ああ。」


「それで、親方とポワティエ大公との間には、今後本件については、争わないこと、双方解決を見たとすべきこと、レイズは再び親方の封臣として、元の村を与えられるべきこととの内容で合意したとのことです。」


「勝手な合意をしやがって!!」

ロゴが激昂する。

当然のことだ。

王が勝手に領主の揉め事を交渉材料に使って、和解を結んでしまったのだ。


「私も、相当抗議したのですが。なんとか堪えてくれと頼まれまして。」


「お前を責めているんじゃねえよ。」ロゴが吐き捨てる。


「ところで、帰り際、王妃フレデグンド様に謁見が許されまして。」

「お、フレデグンドか。」

旧知の仲ではある。西ゴートの王女ガルスウィンドと欲しがり屋キルペリクの結婚式の時にも挨拶に行っている。


「今回のことは、大変申し訳なく思う。必ず埋め合わせはする、とロゴ様にお伝え頂きたいとのことでした。」

ザイルが報告を終えた。


「ほう。キルペリク王は忘れっぽいが、フレデグンドは、いい意味でも悪い意味でも執念深い女だ。何か埋め合わせはあるんだろう。」

ロゴが少し顔を和らげる。


テウデリクが口を挟む。

「レイズの村の人間は、全部移住させましょう。土地はレイズに任せるとしても、あの男に人間を任せるのは残酷すぎます。」

「そうだな。新開地ナントに全部突っ込んでしまえ。」

ロゴが答えた。

「はっ。」

テウデリクが外に出ていく。移住の準備を始めさせるのだ。


「それにしても、またあいつの顔をみなければならんのか。次にレイズの野郎に会うときは殺すときだと思ってたんだがな。」

ロゴが吐き捨てるように言った。


・・・


一か月後、ロゴをロワール河北方一帯の辺境伯にとする旨の任命書が、キルペリク王から届けられた。フレデグンド王妃は約束を守ったのだ。

ご一読ありがとうございました!

まさ次の投稿も少し間が空くかもしれません。

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