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45 捕縛 ~~返して貰おうか、その右の眼を~~

開いて頂いてありがとうございます!

もう夜になっていた。ロワール河が黒く流れている。

(なんで、俺はこんな奴に仕えているのだろうか。)

グィンドは頭の中で考える。

(正確には、こいつの父親、グンドヴァルドゥスだが。)

地元では、王に等しい権力を持っている。代々大公を務めていたから、村でも出世したければグンドヴァルドゥスに仕えろと、若者たちの目標だったのだ。

出身村の郷士階層だったグィンドは、容赦のない闘いぶりと勇敢な性格、鍛えられた肉体と戦技が買われ、グンドヴァルドゥスに仕えるようになったが、上の者といざこざを起こして居心地が悪くなっていたのだ。

それで、レイズがロゴの封臣になるときに着いてきたのだが、このレイズという男、尊敬すべき点が一つもない。


それでもグィンドがレイズにつき従っているのは、いつの日かグンドヴァルドゥスの直臣に戻りたいからだった。


(もっとも、こいつの悪知恵だけは、付き合う価値がある。)


優秀な武人であり、同時に野心ある若者でもあるグィンドは、出世のためには手段を選ばないことにしていた。


レイズが、

「ロゴの館を襲うか。」

と言い出したときは、レイズの頭を疑ったが、どうせロゴとの関係は破綻寸前だった。糸車や機織りの件でも、いつ断罪されても不思議ではない。更にレイズは、いくさに来るように命じられても、言い訳を並べて協力しない。そういうわけで、ロゴが出頭を命じて来たら封臣として断れない。出頭したらしたで、そこで難癖をつけられ殺される可能性もある。

逃げるなら逃げるで、派手に暴れて逃げた方が今後のためだと思い、レイズに同意したのだ。


ナントを襲撃することも当初からの案に入っていたが、意外と守りが堅かった。

咄嗟に判断して、配下に突撃させている間に、レイズを引っ張ってナントの町を迂回し、ロワール河北岸を東に向かって走った。舟を見つけて乗り込み、ロワール河を越えたらロゴの追っ手からは逃れられるだろう。そこからポワティエまで辿り着いたら、脱出は成功だ。ポワティエ大公には糸車や機織り機の設計図を流しているから、邪険にはされないはずだという目算があった。もっとも、流石にレイズが殺されてしまったら、グンドヴァルドゥスに合わせる顔がない。


「グィンド、俺の馬がもう持たない。お前の馬を譲れ。」

レイズが言った。

「殿、甲冑が重すぎるのです。いつも言っているでしょうが。甲冑を捨てて下さい。」

「馬鹿かお前は。この甲冑にいくら金を掛けていると思っているんだ。」

レイズは取り合わず、「早く降りろ」と促した。

グィンドは渋々降りて、馬を主君に譲った。

レイズの馬は、もうふらふらで、必要最小限の防具しかつけていないグィンドを乗せることもできなさそうだった。


「舟はないのか。」

レイズが苛立たしげに聞いた。

「さっきまで馬の上から探しながら走っていました。私もここから探しながら歩きますが、殿も良く見ていて下さい。」

グィンドは腹立たしさを押し殺しながら答えた。

チッ

と舌打ちをしながらレイズは馬を歩かせた。グィンドの歩調に合わせる配慮もしない。


しばらく歩くと、数戸の小さな集落があった。

「こんなところに集落があったか。」

レイズが言った。

「私も知りませんでしたな。家の作りは粗雑です。おそらく流れの漁師でしょう。」

グィンドが答えた。

税金を嫌い、ロワール河を上下する漁民がいるのだ。領主に気付かれると、次の日の朝にはいなくなっている。


レイズは馬を降り、足音を潜ませながら近づいた。

グィンドは剣を抜いて集落の方を警戒している。槍は既に捨てた。


「あったぞ!」

レイズは喜びの余り、大声を出した。

(迂闊な!)

グィンドは怒りの余り、怒鳴りつけそうになったが、かろうじて堪えた。

レイズは舟の舫い綱を断ち切り、舟に飛び乗った。

「俺の馬を乗せろ。」グィンドに命令する。

「無理です。舟が沈みます。」

「では殺せ。」

「は?」

馬は道具だ。必要がなければ、特に感傷もなく捨てるものだ。それは構わないが、敢えて殺す必要がどこにあるというのだろうか。

「ロゴにくれてやるのが惜しい。殺せ。」

グィンドは、抜いた剣を馬の首に押し当て、一気に切り裂いた。

馬は、驚くほどの大きな悲鳴を上げて暴れまわったが、グィンドは身を捻ってかろうじてそれを避けた。


集落の方が騒がしくなってきた。


「早く、早く乗れ!!」

レイズが怒鳴る。

「はっ」

グィンドも舟に飛び乗った。

「漕げ」

「は」

グィンドは、櫂を掴んで船尾に立った。最初は要領が掴めなかったが、すぐに舟は対岸に向けて進み始めた。


「なんだ、あれは!」

レイズが指差した。2騎、上流の方から駈けてくる。

「レイズとお見受けした。僕はロゴの息子テウデリク、恥を知るならば、舟を返して勝負せよ!」

「ばーか、お前のような幼児、いくらでも殺してやるが、どうせ大人が後ろに隠れているのだろう。その手には乗らぬぞ。」

レイズが怒鳴り返した。


テウデリクともう一人は弓を取り出した。

既に20トワーズ《40メートル》は離れている。射程距離内ではあるが、この暗闇で、揺れる舟の上の人影を狙うことはできないだろう。


ひゅんっ!

矢の音がした。

グィンドは、危険を察知して、咄嗟に身を伏せた。一本は船端に刺さっている。もう一本は、グィンドがさっきまでたっていたところを通り抜けて行った。


「おいグィンド、あんなもの当たるわけがないだろう! さっさと漕げ、この臆病者!!」

「狙いは確かです。あの腕前なら当たる可能性が高い。」

グィンドが言い返した。

「当たるものか! とっとと漕げと言っているだろう!!」

グィンドは仕方なく立ち上がった。

立ち上がった瞬間、再び、ヒュッという音がして、腹と肩に矢を受けた。

「ぐわっ!」

グィンドがうずくまった。


「おい、グィンド、この阿呆、阿呆者めが! ぼやぼやしているからじゃないか! なんて使えない奴なんだお前は。」

レイズが怒鳴った。


「ポワティエ大公の息子、恥知らずのレイズよ。次はお前が立ったらどうだ。その首を射ぬいてやる。」

テウデリクが大声で怒鳴った。


「ちくしょう。どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがって。」

レイズは毒づきながら、グィンドの身体に手を掛けた。

「殿、・・・まさか、おい、何しやがる!! この、くそ野郎、レイズ、阿呆めっ!!」

グィンドが叫ぶのを聞き流し、グィンドの身体を舟から河に落とした。

これで舟が身軽になる。姿勢を低くしたまま櫂を少しずつ動かしていけば、射程外に出られるだろう。

いずれにしても、レイズは重厚な甲冑を付けているから、本当は射られても大丈夫だったのだが、甲冑が凹むのが嫌なのだ。


「ほう、部下を捨てたか。裏切者のレイズよ、次に会うときは、お前が死ぬときだ!」

テウデリクが叫んだ。


グィンドは、必死になって、水を掻いた。沈みかけながら防具を外し、手探りで剣帯も取り外す。ロワール河の流れに逆らわず、少しずつ河岸に近づいて行った。気絶しそうになるのを必死に耐えて、とにかく浮かび続ける。

気が遠くなるほどの時間を掛けて、ようやく岸にたどり着いた。

四つん這いになって土を掴み、飲んだ水を吐いた。


「おやおや、異端撲滅の騎士殿、わざわざ河を泳いで右眼を持って来て下さるとは、ご配慮痛み入る。」


グィンドは、嘲るような幼児の声を聴いた。返事をしようと息を吸った瞬間に、脇腹に突き刺さるような蹴りを入れられ、更に頭を固い物で殴られて気絶した。





後の年代記では、この一連の合戦の結末を以下のようにまとめて述べている。


ヴェルナーは、レイズの城を接収し、秩序を回復してから雑草が丘の館に戻った。村長代理は、ロゴにより正式に任命がなされた。レイズの村は、ロゴの直轄領に組み込まれた。


シノの情報収集を基礎としたヴェルナーの捜査により、レイズの村では、テウデリクがグィンドに提供した設計図を基にした糸紡ぎ車と機織り機が使用されていたことが明らかになった。そこで生産された布は、トゥールの布問屋に卸されている。


シノはレイズの城に走りヴェルナーにテウデリクの指示を伝えた。ロワール河に沈んでいた大きな槌を回収させるようにしたのだ。ヴェルナーは歩兵を5名派遣して、それを回収した。


家宰となったガーリナは雑草が丘の館と下の村の復旧をして、更に東の村にも緊急融資を行った。


ナントの町では、村人の歩兵が数名負傷したが、それ以外は被害がなかった。ロゴが王の下から募集してきた新しい従士を10名配置したので、防備は更に固くなっている。ユーローは、ナントの西側を東の商業地区に繋げる橋を建設する計画を立てている。

ナントを襲撃したレイズの配下は、降伏はしたが反逆者として全て斬首された。


北の領主ギリエンは、ロゴと和解した。ロゴは身代金を放棄しなければならなくなったので、身代金相当額の1/3を、身銭を切ってガレオ(海岸地帯の領主。クレーヌの夫。)に支払わなければならない。


ギリエンの所領からは、数十名の捕虜が得られた。彼らは、ロワール河の水運、塩田での作業に使われることになっている。女性は製糸、製布に回されることになった。


海岸地帯の塩田に対する襲撃については、人的被害はなかったものの、施設はほとんど全てが破壊された。ヤンコーが、「寝取られ男の意地が・・・。」という襲撃者の発言を報告したところ、ロゴが、「あっ」と言ったきり黙ってしまったため、襲撃者の正体や動機などは不明なままである。

なお、ガーリナは、海岸地帯の領主、若妻クレーヌの夫であるガレオに支払わなければならないギリエンの身代金の分配分について、しばらく支払いを見合わせることにしている。


ザイルの村の近くまで侵攻してきた兵士らはほとんどが殺害され、残りは捕虜となった。捕虜は塩田での作業に充てられている。

捕虜に対する尋問の結果、ポワティエ大公グンドヴァルドゥスによる、ロゴの領地に対する侵略が明らかになった。


グィンドは、右眼をえぐられ、拷問された後に絞首刑とされた。拷問の結果、ポワティエ大公グンドヴァルドゥス、布問屋、レイズ、レイズの村にいた商人たちの癒着と陰謀が全て明らかになった。ロゴはポワティエ大公の主君である、東フランク王国、戦好きシギベルト王の下に訴え出るつもりである。

トゥールの布問屋は、後日、ロゴが家臣を派遣して雑草が丘に連行してきた。そこで死刑を宣告されたが、全財産没収と引き換えに釈放された。レイズの村の商人が攫った村人も発見され解放された。


裏切者のレイズについては、ガーリナが回状を作成し、ガリア全土の有力者に手配した。犯罪者として罪状を示し、レイズの逮捕又は居所の通報を依頼する旨、匿う者は敵とみなす旨が述べられている。


曲者ボゾ・グントラムは、ブリトン半島に到着した。王の財宝は、説明困難な減り方をしていたが、これは曲者と、とある幼児テウデリクが原因である。


曲者ボゾ・グントラムが通行料替わりに残していった魔法の弓は、“フェイルノート”という弓であることが分かった。ドワーフの鍛冶屋、グラインガドルが、

「こいつはあ、エルフが、使っていた魔法の弓だあ。すごく当たると聞いているんだよぅ。ま、たいしたことない弓だあ。」

と言うので、試してみたら、確かに遠くの物でも良く当たった。

この時代のガリアの戦争では、弓矢は、いわゆる「数打ちゃ当たる」式の運用がなされている。命中率を気にする者はいない。だから、魔法の弓も、それほど貴重なものだとは思われず、曲者グントラムも気軽に取引に使ったのかもしれない。


・・・


そして。

数日後、ヴェルナーがレイズの城から帰って来た。

「テウ様、これがおっしゃっていた大きな槌だと思います。」

テウデリクとシノの二人では、ロワール河から引き揚げられなかったのだ。それにレイズとグィンドを追跡するために先を急いでいたというのもあって、回収をヴェルナーに命じていたのだ。


柄が短い。

槌は片方が尖っていて、片方が平たい。見た目は重いが振ると軽く、打ち付けると重い打撃音がした。


「うぉっ、そいつは!!」

グラインガドルが叫んだ。


「知っておるのか。」

「ミョルニルだ!」

間延びせずに喋っているのを初めて聞いた。

「ミョルニルとは、何か。」

テウデリクが再度聞いた。


「こいつは、トールっていう神様が持っていた、伝説の槌だっ! 何を叩いても傷つかないし、投げたら的に必ず当たって、手元に戻ってくるって奴だ!!」


「おおっ!」

テウデリクが喰いついた。

「それは、まことか!」


「ん、うーん、まあ、伝説なので、本当かどうかは知らないんだあ。」

すぐにいつもの口調に戻ってしまった。


「これは、ドワーフの王様がずっと探していたものなんだあ。でも、見つけた者はいないんだあ。」


(そのミョルニルをなぜグントラムという男が持っていたのだろうか。どこに持って行くつもりだったのだろう。)

疑問を感じたが、ともあれ貴重品であるのは分かった。だが、使い道が思いつかない。


「グラインガドル、これを預けよう。鍛冶仕事に使ってみよ。良い武器ができるかもしれぬ。」

とりあえずグラインガドルに渡しておいた。実は、日本刀を作って欲しいのだ。



 ○ ○ ○ ○ ○



そのころ、シャロン・シュル・ソーヌにあるブルグンド王グントラムの居宅にて、東フランク王国の宮宰ゴデギセルスは、戦好きシギベルト王の使節として、兄王グントラムと面会していた。


「・・・あい分かった。このたびの西フランク王キルペリクによるガルスウィンド王妃殺害は、我が一族に対する敵対行動であること明らかである。予は弟、東フランク王シギベルトと共にキルペリクに対し、宣戦を布告し、軍勢を発してキルペリクを処罰することとする。」

グントラム王は重々しく言った。


もちろんブルグンド王国にも、このたび、欲しがり屋のキルペリク王が西ゴート王アタナギルドの第一王女、ガルスウィンドと結婚した挙句、数か月後には殺してしまったという醜聞は届いている。

グントラム王も、なんとかしなくちゃと思いながら、特に何もしていなかったのだ。


「はっ、ありがとうございます。」

宮宰ゴデギセルスは頭を下げた。


「ところで、シギベルトはキルペリクに対する宣戦布告を、もう発したのかね。」

「いえ、私がメッスを出発するときには、まさに起草されているところでした。今はもう発せられているとは思いますが。もちろん写しは、グントラム様にも送られるはずでございます。」

「そうか。私も今から起草するが、その文言は弟シギベルトと歩調を合わせなければならない。少し時間が掛かるぞ。もちろん軍勢は招集しておく。」

「はっ」


宮宰ゴデギセルスは内心にやっと笑った。

グントラム王は、シギベルト王に先だって宣戦布告をするのが嫌なのだ。シギベルトが何らかの事情で気が変わったら、グントラムだけが宣戦布告したことになってしまう。シギベルトが後戻りできないところまで進んだことを確認してから、拳を振り上げるつもりなのだ。


「流石は、メロヴィング家の家長でいらっしゃいます。」

ゴデギセルスはうやうやしく言った。

メロヴィングの家系は、先王クロタールの血筋しか残っていない。クロタールの子で最年長はブルグンド王のグントラムであるから、家長という位置づけになるのだ。本来なら、グントラムの側からシギベルトに対し参戦の要請があってしかるべきなのだ。


「ところで」

グントラム王は話題を変えた。

「オーヴェルニュ大公、曲者ボゾ・グントラムが、ブリトン王国に同盟を申し出るために派遣されたと専らの噂だが。」


ゴデギセルスは驚いた顔を作った。

「なんと! そのような噂が流れておりますとは。全く根も葉もない話でございます。ブリトン王国は、ガリアの地でも唯一我らフランクに従わぬ土地、フランク共通の敵でございますゆえ、我が主君、シギベルト様におかれましても、そのような憎むべき敵と手を組むなど、決してありえぬ話でございます。我が名誉に賭けても、そのような事実はございませんこと、保証致します。」


ゴデギセルスは、嘘はついていない。

戦好きのシギベルト王は、王妃ブルンヒルドに嘆願されて、ブリトン半島にあるドワーフとケルト人の王国に曲者ボゾ・グントラムを派遣したが、同盟を申し込んだわけではなく、単に、「派手に暴れてくれ」と頼んだに過ぎない。


「さようか。ならばよい。キルペリク王は、王妃を殺すという暴挙をなした者ではあるが、フランクであり、我らの弟であることには違いはない。その弟とのいざこざに外部の敵を引き込むことは許さぬこと、シギベルト王におかれても、お忘れなきよう。」

グントラム王は釘を刺したのだった。


ここに、東フランク王国とブルグンド王国の同盟が成立し、西フランク王国との戦争が始まろうとしていた。

ご一読ありがとうございました!

残虐なイメージのある織田信長ですが、人の殺害方法についてはそれほどの拘りはなかったように思われます。殺した記録はあっても、残酷な処刑方法を使ったという記録は、あまりないように思われます。

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