第3章 局地紛争 ~~ヒューゴは修業する~~ 1 金ある者のみが、神に愛されるのです ~~持ってこいよ、な。 by 大司教~~
第3章に入りました。引き続きよろしくお願いします。
ヒューゴこと明智光秀をたくさん書いて行こうかと思っています。
「テウデリク殿、西ローマ帝国衰亡史、読んでからシアン殿にお渡しするようにとのことでしたが、読むより写本する方が早いので、写して原本をシアン殿にお渡ししました。取扱い注意とのこと承知。」
ヒューゴは、蝋燭の光の下で、テウデリクに手紙を書いていた。日本語で書いているので、秘密の連絡には好都合だ。
「なお、テウデリク殿の血には何か変なものが入ってないですか。あれ以来、野蛮魔法が使えるのだが。次から他人に血を飲ませるときは注意するように。」
書き終えて封をした。あとは商人のところに持って行って配達を依頼するだけだ。レイモンダルムという商人がテウデリクのところで店を開いているらしい。トゥールの町にも小さい支店を置いている。
ガタっと音がして背後の扉が開いた。
「おいフランク野郎、大司教様がお呼びだすぐに来い。」
グレゴリウス大司教の従弟の息子、ウィンパクスが呼びに来た。
また病人か。面倒臭いが、治療の助手と称してついていって、グレゴリウスの代わりに魔法で治療するというのが取引の内容なので断るわけにもいかない。
もっとも、だからといって、はいはいと従う筋合いもない。
「・・・」
「おいっ、聞いているのか! 返事しろよ!!」
「うるせえぇーっ!!」
びっくりするくらい大きな声で怒鳴り返してやった。
「ひゃっ」
ウィンパクスが短い悲鳴を上げた。
ヒューゴはゆっくりと椅子から降り、振り返った。ウィンパクスが怯えて立っている。ゆっくりと歩いて近づいた。
「ドアを開けるときにはノックしろと教えたのに、もう忘れたのかナメクジ野郎。」
さっきの大声が嘘のように低い小さな声で凄む。このギャップが人を怯えさせるのは、今までの人生経験で良く承知している。何しろ戦国武将上がりだ。10歳の小僧を威圧するくらい造作もない。
「あ、ああ。」
「ああ、じゃないだろ。」
「・・・はい。」
ウィンパクスは泣きそうになっている。
「次やったら殺すからな。」
ヒューゴは爆笑しそうになりながらも、必死で無表情を維持しながら脅しておいた。
・・・
馬車だ。
荷馬車に幌を付けたものではない。箱馬車だ。人を運搬するために作られた、それ専用の馬車だ。
清貧を持ってなるトゥールの大司教グレゴリウスは、箱馬車に乗るのがお気に入りだった。自分の神聖性が強調される気がするのだ。
中も豪華だ。
なにしろ椅子がある。二人掛けのベンチが向い合せになっているのだ。もっとも、グレゴリウスが座っているのは、御者を背にした側である。つまり大司教は後ろ向きに座っていることになる。いうなれば下座だ。
グレゴリウスとヒューゴが患者に呼ばれて行くときに、どちらが前向きの椅子に座るかでかなり揉めたのだった。
最初の取り決めでは、馬車の座席までは決めていなかったのだ。
前向きの二人掛け椅子に二人で並んで座ってお互い譲らなかった。ヒューゴの身体は3歳児なので、グレゴリウスと並んで座っても不都合はないのだが、別に家族でも仲間でもなし、お互い気の許せない者同士で座るのだから気分が悪い。結局、往路は治療のために集中しなければならないヒューゴが前向きの椅子に座り、復路はグレゴリウスが座るということで決着した。
今は患者の家に向かうのだから、ヒューゴが優先なのだ。
お互い特に喋ったりはしない。なんとなく、口を開いた方が負けという雰囲気になっているのだ。
「・・・」
「・・・」
「戦争になりそうじゃな。」
グレゴリウスがついうっかり口を開いてしまった。どうやら、戦争のことが気になるらしい。
「そうだな。」
ヒューゴも返事をしてやった。
「なんだ、知っているのか?」グレゴリウスが驚いた。
ヒューゴは、時間があるときは勝手に町に出てうろついているから、情報源はたくさんある。戦争のことも察知していた。
「西フランク王、欲しがり屋のキルペリクが、王妃ガルスウィンドを暗殺した。西ゴート王アタナギルドの第一王女だ。それで、アタナギルドの第二王女、ブルンヒルドとその夫、東フランク王、戦好きのシギベルトが激怒している。当然のことだな。」
ヒューゴが簡潔にまとめた。ここは話し相手になってやろうと思ったのだ。何か情報が聞けるかもしれない。
「そ、そうじゃな。子供にしては良く知っておるな。」
「殺害の責任を取らせることが戦の目的だが、隠れた原因がある。」
ヒューゴが教えてやった。
「隠れた原因だと? なんだそれは?」
「・・・」
「あぁ、分かった分かった。昨日都市伯のところに行って話を聞いてきたのだが、ブルグンド王も参戦する見込みだそうじゃ。」
「そんなことは阿呆でも予想がつくだろ。」
ヒューゴは取り合わなかった。もっと有益なネタを出せと暗に要求しているのだ。
「ブルグンド王グントラムは、自分の配下の中で最も優秀な将軍、エウニウス・ムモルスを総司令官に任命するだろう。オーセールの市伯じゃ。」
「ほう。優秀なのか?」ヒューゴが関心を示した。
「歴戦の勇者じゃな。ランゴバルド族との闘いで負けを知らぬ。」
北イタリアを支配しているゲルマンの一部族だ。ブルグンド王国とは接しているから紛争が絶えない。
「そんなことは調べれば分かることだが、どういう人間なのだ。あんたは、同郷だから人となりなど、知っているだろう?」
グレゴリウスはオーヴェルニュ出身、ムモルス将軍はオーセールの都市伯であるから、同郷とまではいえない。しかし多少の縁はあるだろう。
「野心家じゃな。行動は迅速だが、最後までやりとげないことが多い。暗い陰謀などは使わないタイプだ。戦術家ではある。そして教養も高い。」
これは有益な情報だ。
ヒューゴが見返りに自分の推測を教えてやった。
「これからの戦争の隠れた原因というのは、キルペリク王が結婚に際してガルスウィンドに譲渡した諸都市の帰趨だ。リモージュ、カオール、ボルドー、ベアルン、ビゴールの諸都市は、婚姻に際して西ゴート王に贈られている。形式的には王妃ガルスウィンドが所有者となっていたのだが、現在はなしくずし的に欲しがり屋キルペリク王の支配を受けている。」
「ああ、デシデリウスだな。」グレゴリウスが苦い顔をした。
南仏、アルビの大貴族であり、西フランク王キルペリクの家臣でもある。そのデシデリウスが隙をついて諸都市に進駐していた。
東フランク王シギベルトに肩入れしているグレゴリウスとしては、愉快な状況ではない。
「シギベルトとグントラム、二人の王が同盟すればキルペリクは降伏するかもしれんな。その場合、諸都市の所有権は、おそらく東フランク王妃、ブルンヒルドに帰属することとなるだろう。」
ヒューゴが解説した。
アクィターニアの動向は、トゥールの大司教にとっても重要事項だ。トゥールは北仏にとって南部に対する窓口のような機能を持っている。また、フランス最南部は、ヒスパニアの西ゴート王国との境界線となっているから、正統派聖教にとっては布教の最前線という意味合いもある。
「なるほど。」
グレゴリウスは考え込んだ。
「しかし、どうしてそういう情報を持っているのだ、お前は。」
「ああ、夜寝ていると、神様が色々教えてくれるんでな。」
「神様がか?」グレゴリウスが疑り深そうに聞いた。
「ああ。神様な。」
「本当か?」
ヒューゴはせせら笑って、
「疑ウ者ハ、疑エバヨイ」とラテン語で答えた。
神が人の世にいたころ、そう言い放ったと経典にも書いてある。それを引用してやったのだ。
「私のことは何か言っておられたか?」
グレゴリウスは身を乗り出して聞いた。気になるらしい。
「ふむ。『見ておるぞー』、と言っていたかもしれんな。」
ヒューゴは皮肉たっぷりに言ったが、グレゴリウスには通じなかったらしい。
「おお主よ、感謝致します!!」
なにやら感激して祈りを捧げ始めたから、ヒューゴはあくびをして目を瞑った。
どういうわけか、この大司教は、自分のことを善人だと信じて疑わないようだ。
・・・
大商人ギムザリウスの一人息子は、皮膚病を患っていた。衛生観念に欠けたこの時代では、特に珍しい病気ではない。薬草の知識があって適切な薬剤を塗布し、清潔にしていたら治るのだが、それをする発想がないから自然に治るのを待つしかないのだ。
グレゴリウスとヒューゴは、使用人に案内され、息子の寝室に招き入れられた。
ギムザリウスは、息子の寝台横の椅子に座り、静かな声で息子と話をしていた。7歳くらいの少年だった。
「大司教様、急なお呼び出しで大変申し訳ございません。ずっと痒がっていたのですが、今夜は血が出るほどまで痒みを訴えまして、しまいには皮膚をナイフで削り取って欲しいと泣いて頼むところまで辛がりましたので、失礼を承知でこのような夜中にお呼び立て致しました。」
ギムザリウスは深く頭を下げた。
「いやいや、治療は神聖な行為。神にお仕えする身、労苦を厭いは致しませぬ。丁度、経典を読んでいたところだったのですが、『神ノ、ミ使イハ、死ンデモ患者ヲ離シマセンデシダッタ』という一節に差し掛かったときに、使者の方が来られたのです。まさに神の啓示であったといえましょう。」
(なんだその経典は。「離シマセンデシタ」なら分かるけど、「離シマセンデシダッタ」って。ああ、どうせこのグレゴリウスが筆写したのだろうな。)
ヒューゴは思ったが黙っていた。
早速治療をすることとなった。ギムザリウスは、横に座って見ている。
ヒューゴが寝台に近づいた。
「ギムザリウス様、大司教様が治療を行う際に、患者が衣服を着用していてはなりませぬ。」
大司教の指示を代弁するという形で自分が治療しやすい体勢を取らせる。幸い息子が起きていたので、息子が自分で服を脱いだ。
キラッ!!
というよりは、
ギラッ!!
という感じでグレゴリウスの目が光った。
(こいつも男色家か。)
ヒューゴは呆れながら思ったが、素知らぬふりをして、ギムザリウスに説明を続ける。
「大司教様の施術は、二段階に分かれます。聖化と神力付与です。途中でお言葉を挟まれますと集中が途切れますので、黙ってお待ち頂きますようお願い致します。」
「はい、分かりました。」
ギムザリウスは大司教に頭を下げながら答えた。ヒューゴの方は見ない。言葉を喋る道具くらいにしか思っていないのかもしれない。
実は別に口を挟まれても困らない。
大司教が治療している振りをしなければならないので、その指示をギムザリウスに説明している風を装ってグレゴリウスに伝えたのだ。
「それでは、始めますぞ、まずは聖化でございます。」
グレゴリウスは重々しく言って、少年に手をかざして聖句を唱え始めた。
聖化と言っているが、要は浄化のことだ。これでまず消毒して、皮膚に取りついている細菌を殺すのだ。
ヒューゴは、グレゴリウスの手に少年の身体が向くように体勢を代えさせた。手を添えている振りをして、実際には頭の中で文明魔法の詠唱をする。
・・・
ヒューゴからの目に見えないほどの合図を受けて、グレゴリウスは、
「次に神力付与でございます。」
と言って、また聖句を唱え始めた。
同様にヒューゴは、外傷治癒魔法を頭の中で詠唱する。
「あっ! 痒くなくなりました! 大司教様、ありがとうございます!!」
少年が喜びの声を上げた。
「ふむ。なかなか手こずりましたが、なんとか多少はお役に立てたようでなによりです。少し座らせて頂いてよろしいだろうか。この施術は、言ってみれば自分の寿命を削るようなものでしてな。」
「おおっ! 大司教様、なんとお礼を申してよろしいやら!!」
ギムザリウスは感激して叫びながら、慌てて椅子を運んできてグレゴリウスに勧めた。
「大司教様は、皮膚を悪くした方には、いつも聖水で身を清めるようにご指導なされています。あなた様も頻繁に教会にこられ、不潔なものには近寄らず、身を綺麗に保っているように心がけて下さい。」
ヒューゴが言葉を添えた。
その後、軽い接待を受け、金貨の詰まった小袋を受け取り、玄関を通って箱馬車に乗り込もうとした際、一人の浮浪人が、「聖人様! どうかお助け下さいませ!!」と叫んだ。みると、顔がぼろぼろに崩れるかと思われるほど傷んでいる。悪質な皮膚病だ。金は間違いなく持っていない。
「おお、お気の毒に。だが申し訳ござらぬ。今日は神が私に与え給うた治療の力が残っておりませぬのじゃ。そうですな、ロワール河を2里上流に遡ると、沼地があるはず。そこの泥を塗ってみなされ。おそらく良くなるであろう。」
グレゴリウスが疲れ切った声で助言した。
(うわー、悪人だな。)ヒューゴは思ったが、治療に関してはグレゴリウスにとことん付き合うのが取引の条件だ。
一応、悲しそうな顔を作り、ラテン語で、
「神ノ、ミ使イハ、死ンデモ患者ヲ離シマセンデシダッタ」と呟きながら、そのまま馬車に乗り込んだ。
帰り道は約束どおりグレゴリウスが前向きの座席に座った。さっきの浮浪者に対しては疲れ切った様子を見せたのだが、今は元気だ。考えてみれば当たり前のことで、グレゴリウスは大商人ギムザリウスと喋って、聖句を読み上げ手をかざしていただけで、その後は軽く酒食の接待を受けただけなのだから。
今も早速袋を開けて中を見ている。
「ふむ。ソリドゥス金貨6枚じゃな。」
ヒューゴは何もいわず、そこから2枚取った。
「丁度計算できる枚数で良かったな。」
「む。」
グレゴリウスは、しばらく考えていたが、自分がそれほど損をしていないだろう、いや、むしろ得をしているかもしれぬと感じたらしく、特に文句は言わなかった。
3のうち1がヒューゴの取り分という約束だったのだが、割り切れないことが多く、喧嘩になることがよくあったのだ。特に割り算ができないグレゴリウスが疑心暗鬼になることがあり、またヒューゴも隙あらば誤魔化そうとするから、いつも大変なことになるのだ。
「ところで、お前はなぜ詠唱なくして神聖魔法を使うことができるのじゃ?」
グレゴリウスが不思議そうに聞いた。
「さあ、私は一心にお祈りしているだけですので。」
ヒューゴがそっけなく答えた。
いわゆる無詠唱というのは、別に難しい話ではない。単に聖句又は呪文を頭の中で唱えるだけなのだが、この時代の人間は頭の中で文章を読み上げるという習慣がない。そういう発想がないからできないのだ。
ヒューゴが自室に戻るのとほぼ同時に、ノックの音が聞こえた。
「なにか。」
「失礼いたします。」
入って来たのは、見知らぬ男だった。
「どちらさまですか。」
「はい。私は、トゥールの商人、ギムザリウスのところで働いております番頭でございます。本日は、ギムザリウスの息子をお治し下さいまして、主人が大変喜んでおりました。これは少しばかりではございますが、お礼でございます。」
小さな袋を出してきた。
「思い違いではござりませぬか。私は助手に過ぎません。それに寄付は、大司教様が修道院を代表して受け取っておいでです。」
番頭が小さく笑って答えた。
「どうか、お納め下さいませ。ギムザリウスは、ヒューゴ様に、と申しておりました。」
「そうですか。では、頂いておきましょう。ヒューゴは意味が分かりませんでしたとお伝え下さい。」
ヒューゴは、手元の羊皮紙を引き寄せて、少し考え、
「狼ハ、洞窟カラ出デテ吠エタ」
と書き、「受け取りの代わりとお考え下さい。」
と言って番頭に渡した。別に言葉に意味はない。手ぶらで帰った番頭が、横領を疑われないための配慮だ。それにこうしておけば、次に持ってくることがあったとしても、横領できなくなるだろう。
小袋を開けると、ソリドゥス金貨8枚が入っていた。
大商人ギムザリウス、大司教の前では騙された振りをしていたが、ヒューゴが治療をしたということを見抜いていたらしい。なかなか見どころのある男ではないか。
ふっ、と笑って、ヒューゴは椅子に座り、神聖魔法中級編第2巻を開いた。
ご一読ありがとうございました!




