40 塩田の開拓 ~~干し上げよ!~~
本日投稿2話目です。
ロゴが帰郷した。
テウデリクとシアンから手紙を受け取っていたので、事情は理解していたようだが、ゴームルの顔を見て激怒した。
ゴームルがなんとか宥め、テウデリクとジャケが、攫ってきた女を見せたところ、「グンドヴァルドゥスの阿呆が! わっはっは!!」と笑って機嫌が良くなったあたりで、テウデリクとガーリナが報復のための計画を説明したら一応納得したので、とりあえずその場は収まった。
ロゴから用人と下女全てを借りて、雑草が丘を降り、更に村人のうち手の空いている者をできるだけ掻き集めて新開地に向かった。給金は支払う約束をしているから、村人にも不満はない。
新開地で少しレイモンダルムと話をした。現地を見ると、ロワール河に近く、洪水の心配があるようだ。堤防を作る必要がありそうだ。ゆくゆくは城壁を作るべきかもしれない。
丁度ユーローが新開地に来ていたので、そこで漂白・染色作業場、製糸・機織工場を作り上げた。突貫工事でやったのだが、グラインガドルが作り溜めていた工具が活躍して、2日ほどでとりあえずのものができた。あとは、各村から労働力を徴発しようと思っている。場合によっては、レイズの村から奪ってくるか、ポワティエに遠征して攫ってこようかと考えている。
「奴隷を使うか。」
ふと、声に出して言ってみた。
ガーリナが、
「技術の保全という意味ではその方がいいかもしれませんね。」と答えた。
この時代、奴隷というのは、ごくごく当たり前の制度で、特に忌避感はない。
「とりあえず塩田の方もある。ゆくゆくは考えよう。」
それで、ロワール河の北岸を西に進んでいく。しばらく歩いていると、潮風が吹いてくるようになった。
(潮の匂いがするな。これが乾燥して塩になる。塩を売ったら金になる。すなわち、金の匂いがするというわけだ。ふっ。)
そう考えると、実に良い匂いだ。足取りも軽くなる。
「歩き疲れたか。」
テウデリクがガーリナに聞いたが、微笑んで首を振った。
「野蛮魔法をところどころで使っていたら、ほとんど疲れませんでした。大丈夫です。」
「であるか。」
荷車の上を見た。
幼女が乗っている。今回、ミーレが、イソアザミという花が分からないと言ってきたので、結局マイナを連れてくることにしたのだ。
「マイナ、酔わないか。」
「はい、テウデリク様、大丈夫です。私だけ荷車で申し訳ないくらいです。」
マイナは答えた。もう、きちんと受け答えすることができるようになっている。
雑草が丘の下の村の生活を見たり、ゴームルたちと生活を共にして、ロゴが領主として特に悪い男でないことは納得できたようだ。レイズの村がいかに異常な状態であったかも分かったらしく、今まで騙されてテウデリク達のことを悪く思っていたことを詫びてきたりした。
荷車には、オスプレイの雛たちも乗っている。マイナの膝の上に登ったり落ちたりして戯れていた。ぴよぴよ鳴いていて、実に可愛らしい。
「そろそろ春だな。」
テウデリクは空を見上げて言った。
春になると太陽の光が強くなる。塩田には丁度良いだろう。そして、夏になれば、この空にオスプレイが飛ぶ姿を見ることができるかもしれない。
「ユーローの船ですが。」
ガーリナが話題を変えた。
「下りはいいとしても、上りは大変ですね。」
ロワール河の流れはそれほど速くはない。それでも上流に遡行するのなら、かなりの労力を要するはずだ。
「風の良い日に帆を上げ、沿岸から馬か牛で曳き、更に櫂で進むしかないな。」
テウデリクが考えながら言った。
これはテウデリク配下の技術陣も、「やむなし」という結論だったのだ。
「それでも、荷車よりは、よっぽど効率が良いでしょうね。」
「人手はいくらあっても足りないな。」
「やはり、ポワティエを襲撃しますか?」
「うーん、あまり大っぴらにやると戦争になってしまうからな。」
難しいところだ。
「そうだ、ガーリナ、西ローマ衰亡史を一式、いや二式筆写して欲しいのだが、手が空きそうか。」
「二式ですか。」
ガーリナが「うっ」と詰まった。テウデリクは配下をギリギリまで使い切っているから、ガーリナに更に仕事を増やさせるときついかもしれない。
「そうだ、村の子供たちの中で、文字を勉強したという子がかなりいるんです。その子たちにさせてみては如何でしょうか。」
「なるほど。」
テウデリクは考え込んだ。
「長期的には、文字を書ける子供たちが多くいた方が良いだろうな。しかし、今、ガーリナがつきっきりで文字を教えるとなると、一苦労だ。ジェーロムに言って学校を作って教えさせるか。」
生臭坊主ではあるが、文字を教えられるのであれば利用するに越したことはない。もっともジェーロムが文字を読めるかどうか若干怪しいので、駄目であれば、トゥールに掛け合って誰かをよこすように言わなければならない。そうすると改めて何か寄進しなければならなくなるが、それも馬鹿らしい。
「実はシアン兄とヒューゴに送ろうと思っていたのだ。」
西ローマ帝国衰亡史は、書いた本人がいうのもなんだが、優れた著作だ。テウデリクの側近や重臣には、みな読んでおいて欲しい。特にシアンとヒューゴは離れているから、成長ぶりを傍で確認しておくことができない。ヒューゴは明智光秀だから大丈夫だろうが、やはり歴史的な情報を持っていると何かと便利だろう。
「ヒューゴというお人のことは、この前お聞きしましたが、テウ様は、そんなに買っておられるのですか?」
「うむ。古くから仕えてくれているお前たちには悪いが、非常に能力のある男だ。」
流石に前世で俺のことを殺した男だとは言えないから、そのあたりはぼやかして説明している。
「今、予備の本はあるのか?」
「はい、少しですが。」
仕方がないので、一式だけヒューゴに送ることにした。読み終えたらシアンに渡すように指示しておけば良いだろう。
もっとも内容的には聖教に不都合な事実関係も含んでいるので、取扱い注意としなければならない。
「お前たちにも、それぞれ補佐を付ける必要があるな。」
「そうですね、今は少し忙しすぎて。」
難しいところだ。テウデリクの配下はまだ幼児だから、更に部下を付けて人を使うようになると、人格が壊れてしまうかもしれない。戦国時代であれば、主従関係というのは伝統的に出来上がっていた。その伝統の中で大名の子は家臣の子との付き合いを通じ、部下の使い方を学んでいく。しかしネイやガーリナにはそういう伝統がないから、いきなり部下を付けるのは躊躇われるのだ。
「僕の直属の部下を増やして、それをお前たちに付けるというようにするか。」
また、ABCから教えていかなければならない。少し憂鬱になった。
「海が見えた!」
隊列の先頭から声が上がった。大西洋だ。
海を初めて見る者も多かった。
ガリアの治安はそれほど良くはない。
庶民は、盗賊についてはそれほど心配する必要はない。無一文だからだ。しかし女連れで移動するときなどは、やはり用心が必要ではある。
また、魔物が出ることもあるから、少人数での移動には危険がある。大人数であれば、それほど心配はないが、逆に大人数でわざわざ移動するような用事もない。そういうわけで、海を見たことがないというのは、珍しいことではなかった。
河口から少し離れたところに、ヴェルナーが小屋を建てていた。鍬や笊などの道具を入れたり、人が寝泊まりできるようになっている。木炭もかなり持ってきているが、今回の隊列でも相当量を持ち込んでいる。
「ヴェルナー、ご苦労だった。」
テウデリクがまず労った。
「は。レイモンダルムと交渉して、何人かの人手を雇わせて貰いましたから助かりました。」
「雇った者たちは真面目に働いていたか。」
「はい。ミーレさんが睨みを利かせていたので。」
ミーレはまだ6歳だが、テウデリクの近習としての権威があるし、物心ついてからずっとテウデリクに鍛えられているから、いざというときの迫力が凄い。今回は初めて雇った者が多かったが、大丈夫だったようだ。
テウデリクは海岸を見た。
「設計していたとおりに進んでいるな。」
「はい。じっくりみんなで考えて計画しましたので、現場で修正する必要はほとんどありませんでした。試しに少し作り始めています。人目があるので、本格的にはやっていませんが。」
ヴェルナーは、そう言って、黒っぽい砂状のものを見せた。
「ふむ。」
テウデリクはそれを受け取って口に含んだ。
少し苦いが、間違いなく塩だ。
「改良の必要はあるが、まずは成功だな。」
「はっ、ありがとうございます。」
雇っていた人間には、給金と食糧を渡し、自分たちで新開地に戻るように指示した。ここからは、村の人間も含めて身内だけでやるつもりだ。外部の人間は、ここまでしか見ていないので、そもそも何が行われているかすら分からないだろう。
ロゴの館で長年働いていた使用人の一人を呼んだ。
「ジャル」
「はい。」
ジャルは穏やかで責任感が強い性格だ。
人望もあるし、仕事に手抜きがない。
テウデリクはジャルのことは用人の中で最も高く評価していた。
「ヴェルナーと協力して塩田を完成させよ。完成後は、お前にここを任せる。」
「はっ、ありがとうございます。」
ロゴともジャルとも館で相談して、そうすることにしていたのだ。
「お前の妻子は村に住んでいるのだったな。」
「はい。」
「住むことができるようになったら、すぐに呼び寄せて良いのだが。もっとも、ここは、しばらくは色々な人間が出入りすることになりそうだ。領主のガレオのところの人間が横槍を入れてくるかもしれぬ。女子供を呼ぶのは、もう少し様子を見てからの方がいいかもしれぬな。」
「そうですね。しばらくは私とヴェルナーでここの番を致します。」
ユーローの船は、あと1週間くらいで完成する見込みだということだった。
船は、両側に櫂が3本あるから、舵取りを含めると7人の人間が必要になる。また、川岸で馬を曳く人間も必要になる。その馬が襲われると困るから、その警備にロゴから従士を一人借り続けなければならない。
そう考えると、常時船を動かすとすると、9人の人手が取られることになる。
テウデリクとしては、10日に一度程度船を往復させようと思っていた。それで、船に乗って来た人間を塩の収穫に使う計画なのだ。船が来ていないときには、ジャルと1,2名の信頼できる人間で塩田を管理させる。そのころには、ヴェルナーを引き揚げさせることもできるだろう。
塩の製法の全ては外部には漏れないで済むことになる。
本当は塩田そのものを完全に秘匿したかったのだが、それは無理だと諦めていた。
ヴェルナーとジャルが相談をしながら、連れてきた人間を指揮し始めると、テウデリクはミーレとマイナと一緒に海岸地帯を歩き始めた。
「テウ様、すみません。イソアザミが分からなかったんです。」
ミーレが残念そうに言った。
「仕方がない。知っている人間が見ないと分からないこともあるだろう。もともとマイナも連れてくる必要があるかもしれないとは思っていたのだ。ミーレが行ってそれで分かればそれでいいという程度で考えていた。」
テウデリクがフォローする。
「すみません、私も実は見たことがないんです。」
マイナが言った。
「そうなのか?」
テウデリクが聞いた。
「はい。でも、草の見分け方はコツがあるんです。特徴は分かっているので、このあたりにあれば分かると思います。」
マイナがそういうので、テウデリクとミーレはマイナの両側の後方を固めながら、そのあたりを歩き回った。
「傍から見ると、散歩して遊んでいるように見えますね。」
ミーレが言った。
「仕方あるまい。もっとも、あそこにいる人間は、身内ばかりだ。身内なら分かってくれるから構わぬ。」
「ありました!」
マイナが叫んだ。
青色の小さな花が咲いていた。花びらは細く、先が突き刺さるような鋭さであったが、ゆるやかに撓んでいて、なんとも形容しがたい花だった。
「きれい。」
ミーレが言った。
もっとも、女はどんな花を見ても綺麗というのだ。と、テウデリクは思った。ともあれ、これが使えるのであれば、漂白剤が完成することになる。
・・・
次の日の朝には、作業はほぼ終了していた。
イソアザミは採れるだけとったし、塩田も完成していた。
ヴェルナーとジャルは、村の人間をうまく指揮して、あとは潮の干満に任せて管理していくだけというところまでこぎつけていた。
「味の方は、釜で何度も焚くと純度が上がると思っています。」
ヴェルナーが考えながら言った。
「うむ。試行錯誤は当然に必要なことだ。失敗を繰り返して少しでも良いものを作ってくれ。しかし味が悪くても、売り物にはなるだろう。売れなくても村の生活には役に立つ。品質は多少悪くても構わぬので、まずはとにかく生産していくようにしてくれ。」
「はい。」
ガーリナが、
「現地の状況は良く分かりました。ガレオ様から何か文句を言って来ても、反論できるように準備しておきます。」と言った。
「皆、良くやった。昼飯を食って帰るぞ。」
テウデリクが全員を労った。
食事の用意ができ、全員でその場で座って肉やパンを食べた。
「あっ!」
マイナが声を上げた。
オスプレイの雛たちが飛び立ったのだ。
パタパタと忙しなく羽ばたきながら、1キュビット(約50センチ)ほど浮かんでは、またマイナの帽子に降りてくる。
「おお、飛んだか。早いな。」
まだ孵化して10日ほどしか経っていない。やはり魔物だからだろうか。それとも文明魔法と野蛮魔法の影響を受けて成長が早くなっているのだろうか。
「潮風が気持ち良いのかもしれないな。」
もともとオスプレイは海の鷹だ。本能が刺激されたのかもしれない。
「ありがとう・・・。」マイナが感極まって涙ぐんでいる。子の旅立ちを見る母親の気持ちは、こんなものかもしれない。
「名前を付けなければならぬのだった。」
テウデリクが思い出した。
「テウ様、私、付けていいですか?」
マイナが聞いた。
「うむ、よいぞ。お前が頑張ったのだからな。」
「はいっ、ありがとうございます!」
「色が黒っぽい方が、ジャイロ、灰色の方が、ジューヌです。」
テウデリクは黙ってマイナの頭を撫でた。
「大切にしような。」
「はい。」
「この雛たちと、僕のことを、家族だと思ってくれないか。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
ジャイロとジューヌ。レイズの村で、ゴブリンに殺されたマイナの両親の名前だった。
ご一読ありがとうございました。
死んだ両親の名前をオスプレイに付けるというのは、少し悩みました。日本人の発想では、ちょっと違和感があったのですが、外国の方ですし、まあいいかということで、ご理解下さい。




