41 軍備 ~~金と人~~
開いて頂いてありがとうございます!
半月後、ミーレ、ネイ、ヤンコーとガーリナは、領主であるロゴの下に集まっていた。テウデリクと家宰のゴームルも同席している。
ネイが口を開いた。
「魔の森の周辺をヤンコーと巡回していますが、おそらく魔物が出てきやすいところが3箇所発見できました。」
ロゴが首を傾げる。
「魔の森から魔物が出てくるんだろう? それ以外に何かあるのか?」
「動物ですから、一定の習性があるのでしょう。出やすいところはあると思います。」テウデリクが言った。
シノが作った地図をガーリナが広げる。
「お兄ちゃん、それはどこなの?」
そうか、ガーリナはネイの妹だったな。テウデリクはすっかり忘れていた。
ネイが指差すところを確認してロゴが言った。
「この出口はジャケの村に近いから、ジャケに連絡しておこう。もう一つは荒野に面しているから、多少魔物が出ても構わない。最後の一つは下の村に流れてきやすそうだから、これは叩いた方がいいな。」
「新月の夜が出やすいです。」
ネイが補足する。ヤンコーが横でうなずいている。犬の黒千代までが、横でうなずいていたので、テウデリクが頭を撫でてやる。
「では、毎月新月の夜には、そこで見張っていることにしよう。俺が出られなければ従士を行かせる。」
ロゴが決断した。
「父者、ネイとヤンコーも連れて行ってやって下さい。そこそこ戦えます。」
「お、いいぞ。」あっさり許可が出た。
「それと、新開地で何頭か馬を買いました。運搬用の駄馬ですが、一頭はネイに与えて乗馬の練習を始めさせたいと思っています。」
「乗馬か?」
ロゴが首を傾げた。
騎乗の戦士にするというのは、身分上の措置だ。これは少し重い。
「ま、いいか。従士たちに聞いても、ネイとヤンコーの評判は良い。ヤンコーはまだ小さいが、ネイなら年齢的にもそろそろ馬に乗っても良いころだな。」
「ありがとうございます!!」
ネイが嬉しそうに言った。
「そういえば、ミーレも結構戦えるっていう話だったよな。」
ロゴが聞いた。
「はい。ネイとヤンコーが二人で掛かって来ても瞬殺です。」
野蛮魔法を使っているから当然なのだが、大人げなくミーレが言った。
「父者、ミーレにもゆくゆくは騎乗を許して頂きたいと思っていますが、今は別の仕事を任せようと思っていますので。」
テウデリクが言った。
「別の仕事とは何だ?」
「船の警備です。弓矢を持たせて船に乗せておきます。」
塩船が余りに無防備なので、ミーレを付けることにしたのだ。
新開地から海岸地帯までは、ロワール河沿岸の治安が悪い。結局、馬や牛で曳くという案は諦めることにして、帆と櫂で進むことにしたのだ。そうすると、船を持っている盗賊が来ない限り船は安全だ。しかし、沿岸から弓を射られると厄介だ。そこでミーレを乗船させておくと安全だと思ったのだ。和弓は射程が長いから、沿岸と船とで射合いになっても負けることがない。
「分かった。まあ、ちょこちょこ乗馬の練習は始めておいていいぞ。」
「はっ、ありがとうございます。」
「ところで、新開地というが、町の名前を決めなければならないな。」
「南の都市ですから・・・、ナントは如何でしょうか。」
「うん、そうしよう。ナントだ!」
あっさりナントに決まった。
「ところで」
ネイが口を開いた。
「魔の森周辺については、これである程度魔物対策ができるようになったと思うのですが、他のところで防備が充分ではありません。」
ロゴが、顔をしかめた。
「ネイ、お前は6歳だっけ? 難しい言葉を使うんじゃない。うんっと、要するに、他のところも戦士を付ける方がいいということか?」
ネイとヴェルナーは、ガーリナに口述筆記させた西ローマ帝国衰亡史を読ませていたので、結構教養がついているのだ。
ロゴがシノの書いた所領全図を睨んだ。
「そうだな、最北端の村は良く襲われている。西の村はジャケがなんとかしてくれると思っていたが、ガレオのじじいとの関係次第でどうなるか分からん。海岸の塩田?だっけ? 塩ができるところは、全く丸裸だよな。しかし、いちばんの問題はナントだ。」
流石に適確に判断した。
ロゴが考え込んだ。
「最北端の村の向こうは、あいつだ、あいつの所領だったな。」
「ギリエン殿ですね。」テウデリクが補足する。
「そうそう、ギリエンだ。フランク人。祖父がキルデリク王にお仕えしていたんだった。それでこの辺り一帯に封じられたんだが、クロタール王に反抗したせいで、南半分を没収されたんだったな。あいつの頭の中では、俺の土地も本来は自分の物になってやがるんだ。」
「境界も曖昧なところがありますね。」
テウデリクが言った。
ガーリナが、
「最北端の村の更に北の方に、葡萄畑があります。あそこは日当たりが良く、昔から良質の葡萄が採れるのですが、そこだけはギリエン様の所有だと言っておられるのです。」と説明した。
「ギリエンのところには、一度軍勢を発して攻め込んでやろう。もう嫌だというほど痛めつけておけば、しばらくはおとなしくしているだろう。」
ロゴが軽く言った。
「ガレオとの関係だが、向こうが難癖をつけてくる前に、仁義を切っておくか。俺が行くことにしよう。」
ロゴが続けた。
「別に父者が行かなくても、僕とゴームルで行きましょうか?」
テウデリクが聞いたが、ロゴは、
「いや、俺が行く。あそこの女房は若くてなかなか良いんだ。」
と答えた。
「ああ、クレーヌですね。あれはなかなか良いです。」
テウデリクが答えた。
「おお、お前もクレーヌの良さが分かるか。あの少し濁った感じの女は、たまらんのだよ。」
確かに濁っている。下の村の司祭と結託して、いつも代母の小遣い稼ぎをしているのだが、司祭とは不適切な関係を結んでいる。
「父者、最近完成した布を贈り物にお持ち下さい。奥さんに上げれば、特別サービスがつくでしょう。」
漂白剤が完成していた。
糸紡ぎ車も機織り機も更に改善が進んでいて、染色もできるようになったので、今では表面を指が滑るほどの布が出来上がっている。
「おっ、テウデリク、気が利くな。よくできた息子で俺は嬉しいぞ。」
ロゴが嬉しそうな顔をした。
「で、問題はナントだな。定期市もあっちに移すし、今は、なんだっけ、羊毛をなんかするのもあそこでやるんだったよな。金が成る木? だっけ、すごいところだから、あそこは狙われやすいんだよな。」
「はい。ナントの西側は魔の川とロワール河に囲まれていますので、防御は比較的容易です。東側は定期市や商人たちの住居、船着き場などがありますが、トゥールから陸路で真っ直ぐ来られますので、誰かが襲ってきたら守れません。それにロワール河を船で越えて来るものもいるかもしれません。」
今まではロワール河の南側の領主とは特にいざこざもなかった。わざわざ河を越えてまで何かするほどのこともなかったのだ。しかし今は新開地改めナントがあるから、南側にとっても誘惑が大きい。
「そうは言っても人手が足りないからな。」
ロゴが困った顔をして言った。
ロゴの直属の従士は10人ほどしかいない。ジャケやレイズなどの封臣が数名いて、それぞれ2,3人の家来がいるが、これは自由に動かせない。
後は村から歩兵を徴発するのだが、これは常時警備に充てることができない人数だ。普段は村で自分たちの仕事をしている。
「ナントをある程度守るためには、10人くらいは人数がいるでしょうね。」
テウデリクが言った。
「西側の工場には、ロゴ様の所領から募って来た村人が20人ほどはいます。こちらは武器を用意しておけば、いざというときの敵襲には対応させられると思います。」
ガーリナが言った。
「よし、じゃあこうしよう!」
ロゴが決断した。
「ゴームルをナントの代官に任命しよう。それから、俺がちょっとルーアンに行って、王の従士を何人か誘って引き抜いてくる。それに西側の村人を付ければ一応の防御ができるだろう。」
「しかし、ゴームルは家宰ですが。」
テウデリクが言った。ゴームルがいなくなれば、家政はたちどころに滞るであろう。
「ガーリナにやって貰おう。」
ロゴが軽く言った。
「なるほど。分かりました。ガーリナ、頼むぞ。」
テウデリクもあっさりと同意した。
「えっ? 私ですか? ・・・はい。その、頑張ります!」
いきなり大任を与えられたガーリナは動揺したが、ガーリナの能力だと問題はないだろう。
詳細を詰めたところ、ロゴの軍事計画は、以下のとおりとなった。
1 ロゴは、西隣りのガレオのところに行って、海岸地帯の利用について、仁義を切って来る。ついでに若妻クレーヌに布を贈る。
2 ロゴはルーアンのキルペリク王のところに行って、数名の従士を引き抜いてくる。
3 ロゴは引き抜いてきた数名の従士と以前からいる従士、それから封臣全てを引き連れて、北隣りのギリエンを攻め、痛めつける。
4 ゴームルをナントの代官とする。引き抜いてきた従士はナントに詰めさせる。簡単な城壁や物見櫓を作っておく。これは設計をヴェルナーがして、建設は商人レイモンダルムに発注する。ナントの定期市は、ガーリナの父親が管理する。
5 ナントの西岸で布作りの仕事をしている村人には、いざというときには戦えるように準備させておく。
6 ナントから海岸地帯への船の往復は、ミーレが警備する。
7 月に一度、魔の森の魔物出口で待ち伏せする。
8 レイズの村は、近いうちになんとかする。レイズの第一の騎士、グィンドは、間違いなく殺す。
・・・
ロゴとの打ち合わせを終えて外にでたら、ユーローとマイナが待っていた。もう一人、少年が待っている。
「ユーロー丁度良いところに来た。グラインガドルに伝えておいて欲しいのだが、村の若者のうち、希望する者はグラインガドルに弟子入りさせて良い。館から支度金を出す。」
「テウデリク様、ありがとうございます。それから、こいつ、ムール君です。」
「ああ。」
そういえば忘れるところだった。
先日、村を歩いていると、少年が泥遊びをしていたのだった。粘土を掘り当てたらしく、夢中になって粘土人形を作っていたのだが、テウデリクは、その造形に才能を見出してグラインガドルのところに行くように指示したのだ。
グラインガドルはドワーフの鍛冶職人だが、鍛冶と陶芸は実は密接な関係がある。炉で炭を使って焼くという点で共通するから、鍛冶屋の隣に陶芸屋があってもいいだろうと思ったのだ。
ガリアにも陶芸はある。しかしちゃんとした釉薬が存在しないから、見た目が悪い。そこでユーローとマイナに命じて釉薬の研究を始めさせた。
「ムール、しっかりやれるか。」
「はい。グラインガドルさんに相談したところ、焼き物をするための炉を一緒に作ることになりました。釉薬は、ユーローとマイナが持ってくるものをどんどん試していくことにします。」
「うむ。」
グラインガドルのところに若者をたくさん回して、砂鉄の採取から一貫してやらせるつもりなのだ。農具も含めて生産規模を一気に上げるつもりだった。
現時点でも既に炭の消費量も増えている。ムールが陶芸を始めるのなら、そのための炭も必要になる。その点も含めてグラインガドル一人で全部をやらせると、他の仕事が滞るのだ。
「人手が足りない。」
テウデリクがこぼした。
雇う金は充分にある。しかし、トゥールのような大都市から雇って来ても定住しないかもしれない。辞めて帰っていかれては、折角の技術は全て流出してしまいかねない。ガーリナとは奴隷を買う相談をしたが、奴隷を大量に買うためには大都市にまで行かなければならない。
(父者の直轄の村で、人手が余るようになれば、そこからどんどん引き抜くことにしよう。)
○ ○ ○ ○ ○
そのころ、トゥールの修道院にて。
個室だ。
ヒューゴは満足げに自分のものとなった部屋を見渡した。
机があり、蝋燭台もある。蝋燭は無制限で使用できるようになっている。
暖炉がある。薪も存分に使えるようになった。
寝台には、毛布が3枚も置かれている。
羊皮紙とペンも毎月一定数与えられるようになっているが、ヒューゴはとりあえずはそれを使うつもりはない。グレゴリウスの書庫に立ち入ることは要求しなかったのだ。そこが自分の情報源だと知られることのデメリットの方が大きいからだ。
羊皮紙とペンは、神への熱い信仰を述べるのに使おうと思っている。どうせグレゴリウスが神聖魔法の秘密を知るために覗きに来るだろうと思っていたので、囮に使うつもりなのだ。
完璧だ。
夜になれば、グレゴリウスの書庫に入って本を盗って来て読みふけることができる。グレゴリウスが治療するとき以外は、自由に過ごしていいとも言われている。
神聖魔法があれば、蝋燭も暖炉も毛布も本当はいらないのだが、それを要求しないのも不自然だし、魔法を使うとやはり疲れる。その分書物を読むことに支障が出るのだ。
外出も自由になっているから、外で肉を食べることもできるようになった。
これ以上ないほど完璧だ。
隣の個室に、腐った肉塊が住んでいるのでなければ。
ドアがいきなり開いた。足で蹴り開けたらしく、ウィンパクスが取り巻きと共に仁王立ちしていた。
「おや嘘吐きウィンパクスではないか。ここに何の用かね。」
ヒューゴが嫌味たっぷりに尋ねた。
「叔父さんから聞いたぞ。大司教に取り入って特別待遇をして貰うことになったって。」
「いやいや特別待遇っていうほどでもないさ。君と同じだよ。」
ヒューゴが言い返した。
「それが特別待遇なんだ!! この卑しいフランクの農夫風情が!」
ウィンパクスが激昂したが、ヒューゴはせせら笑った。
「おやおや、卑しいフランクの農夫が、3歳児に脅されて泣き出すナメクジ様よりも身分が下だとは知らなかったな。あの顔、今でも思い出して笑ってしまうよ。うぇーん、うぇーん、グレゴリウス様、僕のおじさーん、3歳児に脅されて怖いですよう、って鼻水垂らして泣いていたもんな、お前。」
ウィンパクスは返す言葉を思いつかなかったようで、いきなり殴りかかってきた。
ヒューゴは軽く身をよじって拳を避けると、ウィンパクスの腹を思い切り殴り返した。
「うぇっ!」
ウィンパクスが腹を押さえて屈みこむところを、ヒューゴは一歩下がって距離をとり、足のつま先で頬に蹴りを入れた。
「うわっ!」
ウィンパクスは壁に激突してうずくまった。頭を打ったらしく、泣き始めた。
「おいおまえなまいきだぞー。」
頭の悪そうな取り巻きが後ろからヒューゴの頭を掴んできた。
ヒューゴは、野蛮魔法を発動させ、取り巻きの手首を掴んで思い切り握り締めた。
「うっ! いたい。いたいたっ!」
取り巻きが怯んだ隙に頭を掴んでいる手を振り払って、向き直り、脛を思いお切り蹴り上げてやった。
「いたいー!!」
取り巻きも泣き始めた。
もう一人の取り巻きは気が弱そうな子供だったので、じろりと睨みつけてやった。
「おいナメクジの子分、この汚らしい二人を連れて、とっとと消えろ。」
実に爽快だった。大司教も見て見ぬ振りをするだろう。素知らぬ振りをするのであればそれで良いし、ごちゃごちゃ言ってくるなら、とっととこの修道院を抜け出すまでだと腹をくくっていた。
ご一読ありがとうございました!
昨日、風邪を引いたせいで、ちょっと予定が厳しくなっています。明日の投稿は、遅い時間になるかもしれませんが、引き続きよろしくお願いします。




