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39 村から村へ ~~点から面へ~~

前回あとがきにも書きましたが、第1話に系図、地図等を追加で入れておきました。よろしければご覧頂ければと思います。

本日は2話投稿しました。これは1話目です。

雑草が丘に客が来た。

ガーリナに命じて、ロゴの直轄領の村長を招いていたのだ。

特に日にちは決めていないから、近いところからやってくる。

最初に来たのは、東隣りの村の村長と網細工職人だった。


「村長、久しいな。早速に来てくれて、礼を申すぞ。」

テウデリクは館の1階で村長に挨拶した。

トゥールに行くとき、東に直行するルートを取ったので、そのときに一泊している。もちろんその前からも羊毛の供給の関係で付き合いはある。


「テウデリク様のお呼びとあれば、必ず参りますよ。きっと我々にも何かありがたいお話をして頂けることは分かっていますから。それに使いの方が言っておられましたが、我が村も、ここ、雑草が丘の下の村のように発展させて頂けるとのこと。」

「ふむ。そうなのだ。下の村での事業が一段落したのでな。なかなかに評判も良く、ひとまず成功したと思って良いので、他の村にも同様にして貰おうと思っているのだ。資金面でも余裕ができている。やっと他の村にも声を掛けることができるようになったのだ。」

テウデリクが機嫌良く応じる。


「それで、職人を連れてくるようにということですね。」

「そうなのだ。ところで、そちは網細工職人ということだが。」

隣の男を見た。

「はい。木の皮や藁を使いまして、編み物を致します。笊を作ったりですね。」

「で、あるか。」

「村には、色々な職人がおりますが、この男が一番あれこれ工夫をするのが好きでして。」村長が説明する。

「工夫か。それは良いことだ。」

「ありがとうございます。」と職人が答える。少しまごついている。領主の子に褒められるという経験は、あまり聞いたことがない。


「とりあえず今日は少し遅い。下の村を案内するのは明日にしよう。まずは、風呂に入ってくれ。」


村長と職人の眼が輝いた。雑草が丘の下の村の共同風呂は、この世の天国だとして評判になっているのだ。実は「入ってもいいぞ。」と言われることを期待して、楽しみにしてきたのだ。


「僕も一緒に入る。」

「テウデリク様もですか?」

村長が驚いて言った。

「うむ。」

日本人の血が騒ぐのだろうか。

客人を見ると風呂に入れたくなる。

仕事の話をする相手とは、一緒に入りたくなる。

「ガーリナ、一緒に来い。」

「はいっ!」

ガーリナも元気よく答える。

ガーリナは女の子だが、まあ5歳なので混浴でも構わないだろう。


丘を降りる途中に、別の客が登って来るのに会った。


「テウデリク様。」

「おお、そちか。」


ロゴの所領の最北端にある村の村長だった。

「丁度良い、そなたらも風呂に入れ。中で話そう。」

「は?」

突然の誘いに戸惑っていたが、構わず引っ張って行った。


そろそろ夕方が近いので丁度良かった。

東の村の村長が来た時点で、少し早い時間だが、湯を沸かし始めさせていたのだ。

扉を開けて入ると脱衣場が設けられてある。

「ここで脱ぐのじゃ」

テウデリクとガーリナは服を脱ぎ始める。

村長たちもとまどいながら脱ぎ始めた。

風呂に入るのは、これが初めてだったのだ。


風呂場に入る。

「ほう。」

最北端の村長が嘆声を上げた。浴槽には蓋をしてあるが、それでも湯気が立っている。中に入るだけでも暖かい。


テウデリクはガーリナに手伝わせて蓋を外した。

一度に10人程度は浸かれる大きさがある。


「これは。」

「このお湯を桶でとって、身体を洗うのじゃ。汚れた身体や水を中に入れてはならぬぞ。」

テウデリクは説明しながら、ザバーと湯を自分に掛けた。


銭湯のような洗い場を作ることはできなかった。

戦国時代にも、そのようなものはなかったし、それをするためには熱い湯を常に流さなければならなくなるから、配管が大変なことになるのだ。だから、浴槽から直接お湯をとって洗うしかない。

石鹸もない。布でごしごし汚れを落とすしかないのだが、それでも暖かい湯でゆっくりと汚れを落とすのは効果がある。


・・・


「ふうー。」

客人たちも、一通り身体を洗い終えて、おそるおそるお湯に浸かった。

「これは、良いものですな。」

「であろう?」

ガーリナが口を挟む。

「これは贅沢だと感じますが、実は人手も費用もほとんど掛かっていません。」

東の村長が目を剥いた。

「人手が掛かっていないと?」

「はい。もちろん建物を建てたりするのは村の人にやって貰う必要がありました。でも、出来上がってからは、特にやることはほとんどないのです。」


最北端の村長が不思議そうに尋ねた。

「しかし、この水と火は・・・。」

「はい。少し離れたところに川があります。そこから引いていますので、黙っていても水は入ってきます。火は鍛冶屋さんが炭を持ってくるので、それを使います。薪を集める必要すらないのです。」


「更に、このお湯は、便所に再利用するのだ。」

「噂の便所ですな。あれで肥料を作って畑に撒くと聞きました。」

「そうだ。去年の夏から始めたのだが、既にある程度は効果が出てきている。」


実はそれほどでもない。肥料が完成したのが秋口で、新たに耕した畑などに撒いている。畑では、まだ作物を作り始めたところくらいだから、あまり効果は分かっていない。もっとも、去年まで荒地だったところで、既に育ち始めているから、効果は出ていると言っても嘘ではない。まだ村人の口には届いていないだけだ。


「そうすると、この建物を立て、水を曳いて来れば、我々の村でも同じものが出来、肥料も得られるから、収穫量も増えるということですか?」


網細工職人がおそるおそる聞いた。直接領主の子に話し掛けて良いかどうか分からないので、少し遠慮がちだ。


「そのとおりだ。もちろん、便所も作らなければならない。風呂も便所も掃除をしなければならないから、そういう意味では手間も掛かる。しかし、この風呂が出来てから、村では病人の数が減った。便所が出来たというのも、おそらく関係がある。」


清潔さは健康に直結するのだ。


「明日、構造を説明しよう。作ってしまえばなんでもないのだが、出来上がるまでは、要領が掴めず苦労した。そなたらも同じだろうが、それでもこれは作る価値がある。人手が足りなければ雇ってくると良い。」

「資金は融資します。」ガーリナが即座に補足する。

「融資、ですか?」

村長たちが首を傾げる。

「金を貸すということなのですが、普通の金貸しではありません。テウ様が村のために貸すということですから、利子が非常に安いのです。」

ガーリナが説明する。

「ほう。」村長たちが、良く分からないような顔をした。


・・・


結局、村長たちは、真っ赤な顔をして風呂から上がることとなった。ガーリナの講義が長く続いたのだ。融資とは何か、理解できたのは良いが、ふらふらになりながら丘を登り、食事をしてから寝床に入った。


・・・


次の日の朝は、ガーリナは、自分の父親と打合せが入っていた。テウデリクの許可を得て、定期市の管理を父親に任せることにしたのだ。そろそろ軌道に乗って来たのでガーリナが自分でやらなくても大丈夫そうなのだ。


テウデリクとマイナが村を案内することになっている。


「良く眠れたかね。」

テウデリクが村長たちに聞いた。

「はい。お蔭様で。」村長らは答える。

ぐっすり眠れた。風呂に入って寝るというのが、これほど体力を回復させるものだとは、全く知らなかった。


「では、行くぞ。」

マイナは奇妙な帽子を被っていた。帽子が恐ろしく広く、周囲が反り返っている。

帽子の上には、二羽の雛が鳴いていた。


「これは、なんだ?」

最北端の村長がマイナに聞いた。

「これはオスプレイの雛です。」マイナがにっこり笑って言った。

オスプレイの世話はできるだけテウデリク自身がやるようにしていたが、手が回らないときはマイナに丸投げしていた。


テウデリクは、ここ数日は、ほとんどの時間、邪鼠の干し肉を噛んで柔らかくして、雛たちに手で与えていた。テウデリクがいないときはマイナが与えている。雛たちの食欲は恐ろしいほどだったが、まだ身体が小さいので干し肉の備蓄でなんとかなっている。春になると、更に大量の肉が必要となるかもしれない。


順序としては、まず鍛冶屋を見せるべきではあった。炭がないと風呂が沸かせないのだ。しかし、炭の作り方はしばらくは秘匿しておくつもりだった。少なくともドワーフのグラインガドルの作り方は、ユーローの改善も含めて、かなりの技術となっていたので、それは流出させたくない。原始的なやり方を言葉で説明するつもりだったのだ。


「これが水車だ。」

魔の川の近くまで来ると、テウデリクが指差して教えた。

「ほおう。」

村長らは、茫然として立っている。

「車が、回って、おる。」

村長たちが連れてきた職人たちも、構造がさっぱり分からないらしい。


「近くに寄って仔細に見てよいぞ。触ると手を挟まれるから注意せよ。」

「「はい、ありがとうございます。」」


・・・


じっくり見て、テウデリクの説明を聞いて、職人たち同士で意見交換をして、ようやく納得したらしい。


「村長、これはうちでも作れます!」

職人が自信たっぷりに言った。

「全く同じものは難しいですが、基本構造は分かりました。」もう一人の職人も自分の村長に報告している。


「一回目で失敗しても職人を責めてはならぬぞ。」

テウデリクが釘を刺した。


次に水道管に沿って歩いて村に戻る。

「他にもいくつか水車は作っているが、構造は同じものだ。それを畑に繋げてある。」

「なるほど。」

「興味があれば帰りに見てくれて良いし、他の者をよこして調べさせて構わない。もっともよそ者が来たら排除することになっているから、館に一度顔を出して断りを入れるように。」

「は、分かりました。」村長たちが答えた。


「テウデリク様。」

最北端の村長が遠慮がちに声を掛けた。

「なんだ。」

「実は、私も丁度お館に来ようと思っていたところだったのです。」

「何かあったのか。」

「はい。北の領主様の武者が、たまに村に荒らしに来るのです。」


以前から北隣りとは関係が悪い。

「ある程度は仕方がありませんし、ロゴ様がおられるときは、仕返しをして下さいますので、向こうもそれほど酷い荒らし方はしないのですが、それでもやはり被害が出ます。」

「そうだな。」

報告はテウデリクも聞いていた。

「水車や風呂などを作っても、北の領主に壊されるかもしれません。」

「分かった。一度徹底的に叩くこととしよう。こちらに手を出したら恐ろしいことになると思い知らせておくのだ。もっとも、これは父者がなされること、僕が独断でできることではない。今の僕にできるのは、水車などが壊されたら、融資の額を増やすこと、利率を下げることくらいだ。」


「はっ、ありがとうございます!」

どうやらそれだけでも、出来の良い領主の部類に入るようだ。


「東の村からもご報告したいことがあったのでした。」

村長が口ごもりながら言った。


「なんだ。」

「レイズ様の使いの者が来て、羊毛を売って欲しいと言ってきました。」


グィンドに奪われた機織り機の設計図を使っているのだろう。

「断るようにせよ。」

「はっ。それで、その・・・、レイズの使者はお館には絶対に秘密にして欲しいと言ってきまして。」

「そうだろうな。後ろ暗いことだから、こちらに知られるわけにはいくまい。そうだな・・・、東の村はレイズの村と隣り合わせだから、あまり角を立てるわけにはいかぬだろう。質の悪いものを多少なら回しても構わぬ。高く売りつけてやれ。僕は聞かなかったことにするが、後で勝手に売ったなどと咎めることはせぬから、安心せよ。」

「承知いたしました。ありがとうございます。」

村長がほっとしたように答えた。


「それと、お館との道が悪くて、羊毛を納入するのにも苦労しております。」

「ああ。」

テウデリクは東の村と最北端の村との間の道を思い出した。

「東の村との間には、特に通行が不便なところが3箇所ある。最北端との間では6箇所だ。そこをなんとかすれば、ある程度は通りやすくなるはずだ。今、新開地に人手を取られているのだが、そっちがひと段落すれば、その部分だけならなんとかできると思っている。」

不便なところを具体的に列挙した。最北端の村には行ったことがないが、最近シノが地図を完成させてくれたので、状況は頭に入っている。

村長たちもうなずいている。


その後、テウデリクは、村長たちに、共同風呂が村にいくつもあって、数軒ごとに管理させていること、便所も同様に管理していて肥料が作れるようになっているところを見せた。


最後に館に戻ってガーリナと融資の詳細を詰めて、村長たちは北と東に帰って行った。


・・・


「おい、足が速いぞ、もう少しゆっくり歩いてくれ。」

東の村長が職人に声を掛けた。


そろそろ夕方になる。速足で歩けば夜になる前に村に戻れるだろう。しかし、そこまで急ぐ必要もない。

道は悪いが、これもテウデリク様が治して下さると言っていた。もっと館に近くなれば、その恩恵も受けやすくなるだろう。


「やっぱり道が悪いと、足にくるな。」村長は愚痴をこぼした。

「あ、すいません村長。なんか気がせいてしまって」

「いやいいんだ。気がせくのは俺も同じだ。」


下の村は凄かった。

噂には聞いていたが、ここ1年で見違えるようになっている。

畑も見たが、今までと物の育ちが全然違う。

深く耕して、良く肥えた土で育てている。水もたっぷりと与えている。

このガリアの地で、ここまで手の入った畑はおそらく他にはない。

大貴族が自分のために持っている葡萄畑でも、ここまでは豊かに稔っていないだろう。


そして、風呂だ。あれに毎日入れるようになるというのだ。それも自分だけではない。村の人間が全員、あれに毎日入れるのだ。


帰り際に雑草が丘の下の村の村長に挨拶に立ち寄って、風呂の話を聞いてみたら、確かに村人全員が毎日入浴しているということだった。


向こうの村長は、

「ん? ああー、そういえば今では毎日入るのが当たり前になっているなぁ。最初は、村に一つしかなかったんだけども、今は10軒ごとに1個くらい浴場があるから、毎日入れるんだ。今では、普通に毎日入っているよ。」としみじみ言っていたが、その余裕たっぷりな言葉が妙に腹立たしかったものだ。次に、「毎日」という言葉を口にしたら、殴ってしまっていたかもしれない。


相手は、

「とにかく、テウデリク様のお言葉のとおりやっておけば、全然問題ないさ。俺も最初は、子供が何を言っているんだろって思っていたけどさ、金は出すっていうんで半信半疑で協力していたんだがね、こんなに生活が変わるもんなんだって、今でも信じられない思いだよ。」

今は当たり前なんだけどね、と、再び苛立たしい発言を交えながら言うものだから、東の村も、一刻も早くテウデリク様の言うとおりに作り替えなければならぬ、と気ばかりが焦っているのだ。


「やるぞ!」

突然、村長が叫んだ。

「うわっ、なんですか村長。」職人が焦ったような声を出した。

「下の村には負けたが、最北端の村よりも先にテウデリク様のいうとおりの村に変えるのだ。そうすると、もっと色々なことを教えて下さるかもしれぬ。うちの村が、テウデリク様の言われたことを最も早く実現させる村だと思って頂くんだ。」

「へえ。」

「やるぞ!!」

村長は再び叫んだ。走り出した。

「おーい、村長、まだ道は遠いよ。ゆっくり歩こうよぅ。」

職人も驚きながら仕方なく走り出した。

ご一読ありがとうございました!

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