35 前哨戦 ~~曲者グントラムの策動~~
投稿が遅くなってしまいましたが、なんとか書くことができました!
メッスでシギベルト王とその側近たちの会合があってから数週間後、曲者グントラムは姿を消し、突如としてポワティエに現れた。
メッスからブリトン王国に向かうには、そのまま西に真っ直ぐ進めば済む話なのだが、その経路だと西フランク王国を突っ切る形になる。どんな不都合にぶち当たるか分からないという名目で、曲者グントラムは一旦オーヴェルニュに帰り私兵を100人ほど引っ張り出して護衛にして、そこから諸王の所有権が錯綜しているアクィターニアに入って北上していったのだ。
もちろん、私領に戻ったついでに、シギベルト王から預かった金銀財宝のうち、目立たない割に価値の高そうなものをオーヴェルニュの居館に隠匿したことは言うまでもない。むしろ、それが迂回の本当の目的だったともいえる。
当時のガリアにおいては、戦争が起きていない限り、100人の護衛付きの隊列というのは異常に目立つものだ。
当然、ポワティエ大公、グンドヴァルドゥスは、隊列の主、曲者・グントラムを居館に招き、用向きを明らかにさせる必要があった。
「お久しゅうござりまするな、ポワティエ大公殿。」
曲者・グントラムはにこやかに挨拶をした。
「さよう、あれは、シギベルト王の結婚式のとき以来ですかな。オーヴェルニュ大公殿。おお、貴殿とは古い馴染みだ、気軽にグンドヴァルドゥスと呼んでいただこうか。」
グンドヴァルドゥスは、水色の髪を掻き揚げながら、愛想良く挨拶を返してきた。
「では、それがしもグントラムとお呼び頂こうではないか、グンドヴァルドゥス殿。」
「しかし、本日は恐ろしく物々しい出で立ち、ポワティエの市民も驚いておりますぞ。何か当市に御用ですかな。」
グンドヴァルドゥスは探りを入れた。探りを入れたというよりは、普通に聞いたというのが正しいかもしれない。グンドヴァルドゥスは、ガロ・ローマ人だが、フランクの風習に染まっていて、腹芸ができない男だった。
(よし、ここからだ、この阿呆をうまく使ってやることにしよう。)
「いやいや、ご心配には及ばぬ。特にポワティエで何かやらかそうなどとは思っておらぬよ。俺はただ、ブリテン島に行くだけなので。」
「は? ブリテン島だと?」
グンドヴァルドゥスは驚愕した。
ブリテン島は、サクソン人が侵攻していくつかの王国を建てている。しかしサクソン人はフランク人もびっくりするほど野蛮なので、まともな交流がないのだ。東フランク王国とは全く縁がないし、西フランク王国とも、対岸の商人がたまに海を渡ることがある程度だ。商人以外の人間が行って、無事に戻ってこられる保証もない。わざわざオーヴェルニュ大公ともあろうものが海峡を越えていくようなところではないのだ。
「これは秘事なので、誰にも言ってはならぬのだが。」
曲者・グントラムは声を潜めた。
「ふむ。私も誰にも言ったりはしない。お気遣いは無用だ、さあ、言ってしまえ!」
グンドヴァルドゥスは身を乗り出した。噂話は大好きなのだ。
「東フランク王国は、西フランク王国に宣戦を布告する予定なのだ。」
「そうか・・・。当然といえば当然かもしれぬな。なにしろ、キルペリク王は、ガルスウィンド様を殺してしまったのだから。」
グンドヴァルドゥスも事件のことは耳にしていた。
「ところで、シギベルト王は、今回の戦に相当な決意を固めておられる。しかし、弟王を討つというのだから、最後の決心がつかぬのだ。」
「ふむ。そこはやむをえまい。」
「その踏ん切りをつけるために、王は一つの物を必要としておられる。」
「なんだ、その『物』とは?」
グンドヴァルドゥスが先をせっついた。
(よしよし、食いついてきたな。)
曲者・グントラムは内心にやりと笑った。
この、名だたる曲者は、重々しく一語を発した。
「カリブルヌス。」
「・・・」
グンドヴァルドゥスは沈黙した。もちろん、カリブルヌスが何か、当時の貴族階級は皆知っている。
サクソン人がブリテン島に侵攻して、在来のケルト人、ローマ人と激しく交戦したのは、たかだか100年ほど前のことでしかない。
その時期に、伝説的な英雄がカリブルヌスという魔剣を手にしてサクソン人と闘ったという。その名は、アーサー。カリブルヌスは、後の世に、「エクスカリバー」と呼ばれるようになった宝剣である。
「カリブルヌスか。確かに、魔剣があれば、シギベルト王も弟君を討つ気構えがつきそうであるな。しかし、あれはどこにあるのか。」
グンドヴァルドゥスが考え込みながら言った。
「そうなのだ。ブリトン島にあるのだろうが、ブリトン島のどこにあるのかはさっぱり分からぬ。ともあれ、王の命だ。行くしかないのだがな。本当は、ガリアでやりたいことがたくさんあるのだが。」
「そうかね。」グンドヴァルドゥスは心ここにあらずといった風に相槌を打った。
「戦争が始まるのだ。最初に交戦した者に厚く恩賞を与えるのがゲルマンの古風であるからな。宣戦布告を待たずして、どこかに攻め入ろうと思っていたのだが、こういう任務を与えられればそういう余裕もない。」
「ほう、では早く交戦すれば、王はお喜びになると?」
「もちろんだ。王だけではないぞ。この戦は、ブルンヒルド王妃がことのほか熱心に支持されている。理由は言うまでもあるまい?」
「それはそうだろう。殺されたのは王妃の姉君。怒るのは当然だ。」
「実はシギベルト王は、弟君との戦にまだ躊躇っておられる。そこで、一足早く戦を始めれば、王もふんぎりがついて感謝なさるだろうし、王妃からは、最大の好意を得られるであろうな。」
「なるほど。それは良い考えだな。しかし、西フランク王国も馬鹿ではあるまい。どこも防備を固めているはずだ。」
グンドヴァルドゥスは、カリブルヌスのことを一旦忘れて、ガリア西部の地図を頭に浮かべた。
「そうだな、俺なら、領主と領主の境目あたりを狙うかな。一番手薄なところだ。何も敵将を殺す必要はないのだ。一戦交えることに意義があるのだ。」
グンドヴァルドゥスは考え込んだ。
(相変わらず、この男は考えが顔に出やすいな。)
グントラムはもう一押しすることにした。
「まったく残念だ。なにしろ大軍を催す必要もない。数十名ほどの軍勢をかき集めて、敵地を少し荒らして引き上げればそれで済むのだからな。敵が迎撃に出てきたときには、舌をぺろりと出して、もう帰り道だ。それで王からも王妃からも激賞されること間違いなしだ。いや残念。」
グンドヴァルドゥスは、突然、緊急に考えなければならないことがいくつも出てきたような顔をした。
「あ、なるほど。ところでグントラムよ、ブリテン島での冒険、成功されることを祈っていますぞ。お引止めしては却ってご迷惑でしょうから、これでそれがしは失礼することにする。」
「うむ。では、グンドヴァルドゥス殿も、きたるべき戦争の時代、今後ともよしなに。」
二人の大公は挨拶を交わし、曲者は隊列に戻って行った。
(これでグンドヴァルドゥスは、ロゴの領地の西の端を攻撃するだろう。そうするとロゴの東が手薄になる。俺の財宝は、ゆうゆうと押しとおれる、ってわけだな。)
もう一つ仕掛けを用意していたのだが、それはもう埋め込み済みなのだ。
残されたグンドヴァルドゥスは、従士を呼んだ。
「ポワティエ修道院にいる、フォルトゥナトスを至急呼んで参れ!」
「は? 例の吟遊詩人殿でありますか?」
「そうだ! 早く呼べと言ったら呼べ!!」
グンドヴァルドゥスが血相を変えて怒鳴ったので、従士は慌ててぺこりと頭を下げて走って行った。
・・・
しばらくしてから、フォルトゥナトスが息を切らせながらグンドヴァルドゥスの私室に入って来た。
「大公閣下、お呼びに応じ、馳せ参じました。わたくしでお役に立てることがあればなんなりと。」
「フォルトゥナトスよ、突然悪かったな。修道院の方はお元気になされているかな。」
「はあ、ラデグンド様は変わらずお元気でいらっしゃいます。」
ポワティエの修道院は、ゲルマンの老貴婦人によって運営されていた。フォルトゥナトスは、そこで相談役のような立場で入り浸っていた。
「ところで、先日の貴殿の歌われた歌、あれは実に素晴らしかった。あれについて語り合おうと思いましてな。」
「さようでございますか。そういって楽しんで頂けましたのなら、実に光栄でございます。あれは私がヒスパニアを旅していたときのことでして、トレド、ヴァレンシア、ナルボンヌと、風光明媚な地方を、」
「いやいや、その歌のことではない。アーサー王のことだ。」
グンドヴァルドゥスは、せき込みながら遮った。
フォルトゥナトスは、
(堪え性のない男だな。曲者・グントラムに何か吹き込まれたんだな。まあ、俺は俺でボゾに頼まれたことをやるだけさ。謝礼もたっぷり貰ったからな。)と思いながら、わざと怪訝そうな顔をした。
「アーサー王のことですか?」
「そうだ、この近くで死んだとか。」
「ああ、あれはあくまでも詩作でしかありません。実際のところ、アーサー王の事績はほとんど確認されておらず、確かな話は何もないのですよ。」
フォルトゥナトスは予防線を張った。
「しかし、貴殿の歌では、ロワール河の下流域で戦死したとかいう話ではなかったか。」
「はい。あれは、3年ほど前のことでしたか。私があのあたりを旅していたとき、狼の群れに襲われましてね。一人助かってさまよっていたときに、森の奥に土を固めて作った墓を見つけたのです。上には古びたケルト風の兜が安置されていました。そこで私は一晩を過ごしたのですが、どういう霊力があったのか、狼の群れは、それ以上私を襲ってこようとはしませんでした。次の日、ロゴ殿の軍勢がたまたま通りかかって救われた次第でして。」
フォルトゥナトスが“曲者”に依頼されたとおりの説明をした。
グンドヴァルドゥスは、
(霊力か。やはり魔剣が埋められている可能性が高いな。)と考えた。
フォルトゥナトスは続ける。
「その兜、もう朽ち果てていましたが、造りは豪華なものでした。相当な身分の人間がここに葬られているのだろうと思いました。そこでアーサー王がローマ皇帝となるために大陸に上陸したが、ブリテン島には帰らなかったという伝説を思い出したのですよ。」
「ほほう。しかし、アーサー王がこの地に上陸したという噂は知らなかったな。」
「もちろん、私は、アーサー王があそこで死んだかどうかは存じません。しかし、ロワール川は古くは交易のために使われていました。当時はブリテン島の東部はサクソン人に占領されていましたし、ガリア北部はフランクの方々がおられました。そうすると、アーサー王がロワール川の河口域に上陸したということは充分に考えられます。」
「その墓はどこにある?」
グンドヴァルドゥスは欲望丸出しで尋ねた。
フォルトゥナトスは、相手の腹の読みやすさに呆れながら、「このあたりでしたかな。」とグンドヴァルドゥスが出してきた地図の一点を指した。その場所も、曲者・グントラムに指示されたところである。丁度、ロゴの領地の西の端にあった。
「フォルトゥナトス殿、今回は昔の偉大な英雄の話を聞くことができて良かった。アーサー王は、ケルトとローマの人間、元をただせば私もガリア・ローマ人、同じ血筋であるだけに実に感慨深いお話であった。別室で軽食を用意させるので、ゆっくりしてお帰り下され。ああ、ラデグンド様にもよろしくお伝え下さい。」
グンドヴァルドゥスは、腰をもぞもぞさせながら言った。早くフォルトゥナトスに出ていって欲しいのだ。準備を始めなければならない。
「は、ではこれで失礼致しますかな。」
「あ、そうだ、フォルトゥナトス殿、私が昔の歴史に興味があるなどと他人に聞かれると恥ずかしい。先ほどの話は内密に。」
「承知いたしました。」
フォルトゥナトスは一礼して下がって行った。
グンドヴァルドゥスはフォルトゥナトスが退室するのを確認すると飛び上がって笑った。
(どうやら俺は、曲者・グントラムを出し抜くことになりそうだな。最初に西フランク王国に攻め入って、シギベルト王にご褒美をもらうのはこの俺だ。それに、カリブルヌスも俺が手に入れて王に献上すれば覚えも目出度いだろう。戦争が終わった頃には、俺もアクィターニアあたりの副王にして貰えるかもしれん。ブリテン島を彷徨い歩くグントラムには気の毒だがな。)
グンドヴァルドゥスが急いで部下に出陣の用意をさせている頃、フォルトゥナトスは軽食を頂きながら、
(これでグンドヴァルドゥスは、北に攻め込むことになりそうだな。それが曲者にどういう利益があるのか分からないが、どっちにしても俺の知ったことではないさ。)と思っていた。
実は曲者・グントラムはオーヴェルニュからポワティエに手紙を送って、フォルトゥナトスに、アーサー王の事績を語った詩をグンドヴァルドゥスの前で披露しておくように頼んでいたのだった。別に人を騙す話でもなく、フォルトゥナトスが悪者になるようなことでもないが、指示通りに動いて貰う必要があるので、相当な謝礼を包んでいた。
金銀財宝を積みこんだ荷馬車でロゴの領地を無傷で通り過ぎることの利益を考えると、詩人に与える謝礼など、出費のうちにも入らぬであろう。
ご一読ありがとうございました。
曲者グントラムは、この時代のトリックスターとも言うべき人物で、私の好きな人物の一人です。




