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34 戦争の兆し ~~メッスの宮廷~~

本日投稿2話目です。

「・・・というのがことの顛末でございます。」

東フランク王国、メッスのシギベルト王の私室で、宮宰のゴデギセルスは報告を終えた。

戦好きのシギベルト王とその王妃ブルンヒルドは、ゴデギセルスが話し終えた後もしばらく黙っていた。弟王、西フランク王キルペリクの暴挙に衝撃を受けて、言葉にならなかったのだ。


「ゴデギセルス殿、姉は、殺されなければならないような不始末でもあったというのでしょうか?」

ブルンヒルドが、怒りをねじ伏せながら言った。


「いえ、そのようなことは決して・・・」

「では、なぜ! なぜですの?」


ゴデギセルスは、言いにくそうに説明した。


「さよう、私の見たところ、結婚式の当日から、お二人は通い合わないものをお互いに感じておられたように思われます。キルペリク王はご自身の欲望に忠実なお方、ものの言い方は率直で、自分を押さえるということをなさいません。一方で、ガルスウィンド様は、信仰心が篤く誰に対してもお優しいお方。しかし、心の底ではキルペリク様のことを嫌っておられたように感じられました。正直申しますと、私は、この結婚はうまくいかないだろうと思っておりました。」


「それなのに、なぜ止めなかったのです!!」

ブルンヒルドがゴデギセルスを睨みつけた。


「王妃よ、それは無茶というものだ。義父上《ちちうえ》、西ゴート王が承諾されたのだ。横から妨害することなど、予にもできまい。」

シギベルト王がブルンヒルドを宥めた。


「初夜の次の日は、王は機嫌良く、結婚が無事に成立したこと、約束した諸都市の所有権がガルスウィンド王妃に譲られたことを高らかに宣言なさいました。それからしばらくは祝宴の毎日でして。その間は、王もお約束を守り、フレデグンドその他の側女《そばめ》を遠ざけておいででした。」


ゴデギセルスが細かい説明を始めた。


「ところが、徐々に王と王妃との間の亀裂が拡がっていったようでして、王は酒に酔っては、『持参金があったのは、幸いじゃった。』などと言われるようになりました。」

本当は、「だからこそ不細工でも我慢できるわい。」とも言っていたのだが、それは流石に妹《ブルンヒルド》の前では言えない。


「そのうち、キルペリク王はふとした拍子にフレデグンド様を目に止められ、再び寵愛なさるようになったのです。」


「フレデグンドは売女《ばいた》です! 『様』など付ける必要などありませんわ!」

ブルンヒルドはゴデギセルスに人差し指を突き付け、金切り声を上げた。ゴデギセルスは、表情を変えずに頭を下げると、

「現在、キルペリク王はフレデグンド様を王妃として宣言されました。シギベルト王のお立場が明らかにならない以上、その臣下たる私としては、弟君の王妃には敬称を付けるべきと存じております。」


「あなたは、裏切者だわ!」ブルンヒルドは叫ぶと、どっかと近くの椅子に座り、顔を覆って泣き始めた。


「申し訳ありません。」とゴデギセルスは軽く謝罪すると、報告を続けた。


「ガルスウィンド様は、頂いた諸都市の所有権はお返しするので、トレドに帰らせて欲しいとキルペリク王に願い出られました。キルペリク王は、驚いて、今後フレデグンド様を遠ざけ、結婚の誓いを決して破ったりはしないと再度お約束なさいました。そして、その夜、ガルスウィンド様は就寝中に何者かに縄で首を絞められてお亡くなりになったのでした。」


「フレデグンドとかいう卑しい女の差し金に決まっているわ! それなのに、あなたは、その女を王妃と呼ぶの!!」ブルンヒルドが大声が上げた。


シギベルト王は、

「事の次第がなんであれ、弟が王妃と宣言したのであれば、王妃であろう。」

とゴデギセルスを庇ったが、ブルンヒルドは立ち上がりシギベルトを睨みつけた。


「あなたにとっては弟かもしれませぬが、私にとっては大切なお姉さまの仇でございます。シギベルト様、我が主《あるじ》様、東フランクの王にして、フランクで最も強く、遠くゲルマニアの地まで勇名を馳せられたお方が、この哀れな女の姉が殺されたのに、指一本動かしては下さらないのでしょうか? 王様、あなたにとってもガルスウィンドは義姉に当たる方、それが殺されたのでしたら、あなたに対しても侮辱となるのですわ!」


「いや、予は別に何もしないなどとは言ってはおらぬ。」

シギベルトはそう答えて、もう一人の男を見やった。


「グントラム、丁度良いところに居合わせてくれたものだ。今、ゴデギセルスが、我が使節として充分にその使命を果たし、詳細な報告をしてくれたところだ。次は、グントラム、そなたが、予に最もよい方法を教えてくれ。」


グントラムというと、シギベルト、キルペリクの兄王で、ブルグンド王のグントラムのことをいうが、ここで控えていたのは、それとは別のグントラム、オーヴェルニュの大公であったフランク人のグントラムである。

オーヴェルニュはブルグンド王国の一地方であるが、シギベルト王は、そこを飛び地として支配していて、そこの大公であるグントラムもシギベルトの臣下であったのだ。


フランク人は、一般に勇猛果敢で率直であり、本音を押し隠した謀略には向いていないが、このグントラムは才気煥発にして謀才があり、何をしでかすか分からない危険人物とされており、「曲者《ボゾ》・グントラム」と呼ばれていた。


「宣戦を布告致しましょう。それから、兄君であるグントラム王にも声を掛け同盟を結ばれるべきです。そして軍勢を発してキルペリク王を処罰なさるのがよろしいと思われます。戦に弱いキルペリク王ですから、勝利は間違いございません。それと、西フランク王国の弱点は、ブリトン半島にあります。ブリトン王国に使いを発して、金銀を送り、西フランク侵略を依頼されるのがよろしいかと存じます。」


ブリトン王国とは、ブリテン島に居住していたケルト人が、ゲルマン系であるサクソン人に追われて大陸に逃れて建設した王国である。現在のブルターニュ半島に当たる地域を支配下に置いている。土着のドワーフと合同で二王が両立して共同統治していると言われているが、ほとんど交流がない。フランク族の支配には頑として従わず、幾度ともなく繰り返された征服戦争にも屈しなかった。


「お待ちなされ! ブリトン王国は、我がフランクの共通の敵。弟君と戦争をするとしても、それは家族間の問題。そのために、外部の敵に通じるのは、フランク全体に対する敵対行為となりますぞ!」

宮宰のゴデギセルスが割って入った。


「なんと! シギベルト王の義姉の仇は、既にして家族ではなく、フランクですらありませぬ! その敵を討つのに、ブリトン王と手を組んで何の問題がございましょうか。西フランク王国は奥が深く、攻め入るのに相当の大軍を要します。キルペリク王が北に逃れれば、北にそれを追うことになりますぞ。そのうちに、南のアクィターニアから援軍が来れば、わが軍は挟撃されることになりましょう。それを阻止するためには、西フランクを反対側から攻めたてる必要がございます。王よ、ご決断あれ!」


曲者グントラムは、詭弁を弄しながら説得した。

ブルンヒルドは美しく聡明で、かつヒスパニアの血を引いているためか、酷く激情的であった。ここでは、過激な上にも過激な手段を主張することが、最もブルンヒルドの意に沿うと判断したのだった。

現にブルンヒルドは深くうなずいてシギベルト王にとりすがった。


「王様、私の姉の仇を取って下さいまし。私は結婚して王の妻となってから、王様のご命令には何でも従いましたし、何一つお願いをしたこともござりませぬ。どうかこのたびだけは、私のため、西フランク王国を滅ぼして下さいませ。」


そう言いながらブルンヒルドは宮宰ゴデギセルスを殺さんばかりの視線で睨みつけた。ゴデギセルスも、西フランク王国がブリトン人に破壊され尽くしても別に構いはしないので、敢えてブルンヒルドの怒りを買うことは避けた。


「よかろう。」シギベルト王は決意した。


「ゴデギセルスよ、ブルグンド王国の兄、グントラム王に使いして同盟を申し出て参れ。グントラムよ、そちは密かにブリトン王と面会して、攻撃を依頼せよ。こちらは同盟ではない。あくまでも依頼として申すのじゃ。密かに財宝を持ち、ブリトン王に届けよ!」


「「はっ」」


「それでは一人にしてくれたまえ。予は弟に対して宣戦布告書を書かねばならぬ。」


曲者グントラムは王と王妃に挨拶をして退出した。王妃の手の甲に接吻したとき、王妃から何かを渡されたので、廊下に出てから手の中をちらりと見た。

光り輝く宝石が一つ。


グントラムはほくそ笑んだ。

(これで王妃は俺の味方になったぞ。これはまあ、手付け程度に貰っておこう。それにブリトン王国への使いは、秘密使節だからシギベルト王の名を証拠に残すことができない。そうすると持って行く財宝は目録なしで、ということになる。移動中に少し目減りしてしまうかもしれないな。)

何を持って行ったか、ちゃんと全部渡したか、何も証拠が残らないから、一部を横領するつもりなのだ。


(しかも戦《いくさ》だ。オーヴェルニュから自前の軍勢を出して、アクィターニアを荒らしまわってやるか。稼ぎ時が来たな。)


ここに、東西フランク王国に甚大な被害を出すこととなる大戦役が始まろうとしていた。


なお、西ゴート王アタナギルドは悲報を聞いて涙にくれたが、特に何もしなかったという。


 ○ ○ ○ ○ ○



東西両陣営の人物まとめ


西側陣営


西フランク王 キルペリク 欲しがり屋


王妃 フレデグンド 20歳前のフランク人で美人。ロゴとも友好関係がある。


第二王子 メロヴィク 元王妃アウドヴェラの息子。快活な性格だが、大雑把なところがある。エロい。


南仏人 デシデリウス トレドに使いして、ガルスウィンドとの結婚を取りまとめた。戦略家でもある。ガロ・ローマ人。


雑草が丘 ロゴ 元従士頭。


その妻 クロティルド。


その息子 テウデリク。本作の主人公。これから大活躍する予定。


ゴームル(片目片足の家宰。若い女を貰った。使い道は未定。)、ジャケ(封臣。クロティルドの前の所有者)、グラインガドル(鍛冶屋。ブリトン出身のドワーフ)、ミーレ(近習)、ネイ(未来の司令官)、ガーリナ(未来の書記官長)、ヴェルナー(未来の経済官僚)、ユーロー(技官)、シノ(エルフの血を引いている忍者)、ヤンコー(ミーレのことが好きな未来の豪傑)、幼女(名前はまだ分からないが、薬草に詳しい。)、黒千代(犬)、サビ(錆猫)。


レイズ ロゴの封臣だが、父親は東側。ロゴの所領の最東端、トゥールに近いところに村を持っている。


グィンド レイズの一の騎士。トゥールの異端撲滅騎士団の一員だが、その騎士団の全容は明らかになっていない。


レイズの村の商人たち レイズと組んで村の人たちから搾取している。


ガレオ 本作ではまだ登場していない。ロゴの所領の西隣りの領主で、海岸地帯も支配下に置いているが、放置している。テウデリクはそこの開発を狙っている。


クレーヌ ガレオの妻。雑草が丘の村の司祭ジェーロムと結託しているが、テウデリクに海岸地帯の開発許可を与えた。テウデリクに弱みを握られている。



東側陣営


東フランク王 シギベルト 戦好き


王妃 ブルンヒルド 西ゴート王アタナギルドの末娘で美貌の王妃。激情家。


宮宰 ゴデギセルス かつて西ゴート王国に使いしてブルンヒルドとシギベルト王の婚姻を取りまとめた。今回はルーアンでのキルペリクとガルスウィンドとの結婚式にも出席した。ブルグンド王国に同盟の使いに出されることになる。


曲者《ボゾ》 グントラム オーヴェルニュ大公。ブリトン王国に派遣される。


ポワティエ大公 グンドヴァルドゥス 小太り。レイズの父親。布問屋と結託しているらしい。


トゥール都市伯 名前は特に重要ではない。



中立(東寄り)


ブルグンド王国 グントラム シギベルトとキルペリクの兄。


トゥール大司教 グレゴリウス ガリア中で尊敬されている。オーヴェルニュの門閥貴族出身。


トゥールの修道院所属 ウィンパクス グレゴリウスの血縁で、今は使い走り。近いうちに見習い僧になる予定。個室と暖炉を与えられている。オーヴェルニュ門閥の一員であり、態度が悪い。


布問屋 グンドヴァルドゥスに宿を貸していた。


ギムザリウス トゥールの大商人


ブリトン王国の王たち 名前はまだ出ていない。


西ゴート王 アタナギルド 長女はキルペリク王に殺された。特に何もしない。



中立(西寄り)


トゥール修道院の見習い僧侶 シアン 犬っこ。ロゴとコボルトの間に産まれた。


トゥール修道院の使い走り ヒューゴ。テウデリクの家臣になる予定。今は脱走する予定。


レイモンダルム ギムザリウスから独立して、テウデリクの御用商人になる予定。

ご一読ありがとうございました!

明日以降は、一日一話ペースで進めていけると思います。

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