24 レイズの城 ~~虚飾と偽善~~
遅くなってしまいすみませんでした。
夕陽が村の広場を照らしていた。テウデリクは刈り取った3つのゴブリンの首を広場の脇に植わっている木の枝に括り付けていた。幸い髪が長いので結びやすい。
(これでいいだろう。村人も安心するし。)
悪趣味だが、最も分かりやすい力の誇示だ。この村は妙な敵意をロゴ一行に向けていたから、不測の事態が起きやすい。こうやって武力を見せつけておくと村人から反逆心を殺ぐ効果がある。
結び付け終えてから、広場の中心部に行った。
幼女が布を抱えている。布はテウデリクの上衣だ。
黄色い花が一面に咲く、森の暗闇の中で幼女の両親は死んでいた。遺体の損傷は激しかった。激しかったというよりは、ほとんど何も残っていなかったのだ。ゴブリンに食い散らかされ、肉片が骨に付着している程度、骨もあちこちに散らばったり折れたりしていた。分かる範囲で拾い集め手早く穴を掘って埋めた。持って帰るには多すぎたし細かすぎたのだ。
いくつかの骨だけは、拾ってテウデリクの服に包んだのだった。
村の大人たちは、幼女から少し距離を置いて幼女を見ていた。
幼女は誰にともなく、独り言をいうかのように、両親がゴブリンに殺されていたこと、ゴブリンはテウデリクによって討伐されたことを話していた。
大人たちは返事をせず黙りこくって、事の次第を聞き終わると居心地悪そうにそこに立っていた。
幼女を誰かが養わなければならない。
この村には、そのような余剰資源がないのだろう。
他所の家に押し付けたい。そういう本音が透けて見えていた。
幼女の両親も村の血縁から孤立していたのかもしれない。
テウデリクは様子を見てとった。
(これは長くかかるな。)
あとしばらくすると、日が落ちる。誰かひとりが家に帰りだすと、他の者も最後に残りたくないから我勝ちに帰って行くだろう。幼女は一人で取り残される。
広場で寝るかもしれない。誰かの家の軒下で勝手に寝るかもしれない。森に行って食べ物を探し、そこで死ぬかもしれない。死んだら村人はお墓を作るだろう。優しさはあるのだ。貧しくて受け入れられないだけだ。
ひょっとすると誰かが根負けして引き取るかもしれない。そうだとしても引き取り先も余裕がない。少ない食事をわずかに分け与えられ、火から一番遠い場所を与えられ、家畜よりも少しましな生活が保障されたら、幼女にとって少なくとも生きていくことができるようになる。
そういう未来が見えた。
テウデリクは幼女のそばに行って、その小さな手を取った。
両親の遺体を見つけて何度か手を繋ごうとしたのだが、その都度振り払われていたのだ。両親の死の原因がテウデリクたちにあると思っていたのだから無理もないだろう。
しかし、今はテウデリクの手を振り払う力はない。
味方だと思っていた村人たちの余所余所しい反応に気力が奪われたのだ。
「この子の両親は、村の流行病をなんとかするために死んだのだ。」
テウデリクが話し始めた。
「僕の父、ロゴはゴブリン討伐を禁止などしていない。しかし、封臣の村とはいえ、村のために死んだ者の子を見捨てることは絶対にしない。」
村人は誰も答えなかった。しかしテウデリクをじっと見ている。
「この子は僕が保護する。村人は安心せよ。この子は僕が責任を持って育て、自分の力で生きていけるようにして、そして幸せにする。」
宣言した。
テウデリクは幼女の手を持ったまま歩き出した。
さっきと同じように村人が割れ、道ができる。
今まで向けられていた敵意は、ほんの少しだけ和らいだような気がした。
・・・
小高い丘を延々と登って、やっと城門まで来た。なお、ロゴの雑草が丘と異なり、丘は美しい芝生で覆われていた。雑木など一本も生えていない。花壇まであった。
そこまできて、やっと城が白く輝いていた理由が分かった。石灰を塗っているようだ。
城門には、完全武装した門衛が二人、長槍を持って警備している。ロゴのぼこぼこになった鎧と異なり、傷一つついていない鎧だ。顔が写りそうなくらいピカピカだ。もっとも、もう日は落ちているから今は輝いていない。
「テウデリク、ロゴの息子だ。この娘は俺の従者だ。」
テウデリクは端的に名乗った。
「ロゴ様のご一行は既にお通りになった。お前のような小汚い小僧がロゴ様のご子息なはずあるまい! とっととこの丘から離れろ! レイズ様のお城が穢れるではないか。」
随分な物言いだ。
「なるほど、そちは人物鑑定まで任されているのだな。ではこうしよう。僕は今からここを押しとおることにする。できるものなら僕にその長槍を突けてみよ。今日の夜のうちに、そちはそこの城門から吊るされることになるだろうが、そちの見る目のなさを悔いながら死ぬがよい。」
そう言い捨てて前に進んだ。
門衛の表情に見るからに動揺が走った。
「ちょ、ちょっと! お待ちください。その、本当にテウデリク様なのでございますか? あの見た目が余りにも、なんと申しますか、なんですので。」
テウデリクは何を言っているのか分からない人間が大嫌いだった。
「僕の道を塞ぐな。今、僕に斬られるか、城門を直ちにあけるか選べ。」
かしこまって城門を開ける門衛を尻目に城内に入った。ロゴ一行の馬車が、広い場所に置かれていた。
近づくと、火が焚かれていて、ゴームルや従者たちが食事をしていた。
「ゴームル、お前はレイズと夕食ではないのか。」
「おや、テウ様。えらく血まみれですな。」ゴームルが肉を食い千切りながらテウデリクを見た。
「うむ。ちょっとあったのだ。父者はどこか。」
「ロゴ様とクロティルド様、それから従士たちは、城内でお食事の接待を受けておられます。」ゴームルが表情を消して言った。
おかしい。ゴームルは家宰だ。ロゴ、クロティルド、テウデリクという領主一家を除いて、館では最高の権威と権限を与えられている。従士も戦士だから食事に招かれるのは分かる。従者はいわゆる軍属だから外で食事というのも分かる。ゴームルは当然招き入れられるべき側の人間なのだ。
「ところで、その子はなんですかな。」ゴームルが話題を変えた。
「村の娘だ。今日、ゴブリンに襲われ両親を亡くしたのだ。何か温かいものを食べさせて、布でくるんで馬車で休ませてやっておいてくれ。」
「はっ」ゴームルは従者に指示しながら、幼女に合図して焚火の傍に座らせた。
「城の館の入り口はこちらでございます。」
ゴームルは足を引きずりながら立ち上がって歩き出した。案内してくれるようだ。
「レイズ殿は、醜いものを嫌います。このお城の中では、美しい者しか存在することを許さないということだそうでしてな。私のように片足の人間は、空き地の隅を汚すだけでもありがたいと思わなければならないようです。」
ゴームルが小さな声で説明した。
なんという失礼な男だろうか。主君の家宰への対応ではない。
テウデリクは言うべき言葉を失った。
「テウ様、この領地にはご注意下さい。ロゴ様の領地だと思わないことです。他人の領地、他人の封臣、ここで起きることは、全て他人事だと思って気になさらないことです。」
どうやらそのことを言いたくて入口への案内を買って出たらしい。
「であるか。」
テウデリクは不快感を押し殺しながら答えた。
・・・
レイズの食卓には、山海の珍味が惜しげもなく並べられていた。
上座にはロゴ夫妻が座り、そのすぐ脇にレイズが席についていた。
レイズの正面は空席になっている。
ギイーッ
扉が開いた。
血まみれの恰好をしたテウデリクが食事の間に入って来たのだ。敢えて表情を消している。
「父者、遅れました。」
簡潔に謝罪して、自分のところと思われる空席に座る。
「おっテウデリク遅かったな。村は面白かったか? なんか、俺冷たい目で見られてる気がするんだけど、あの村に何かやったっけな。あー、まあいいや、レイズ、これが俺の息子、テウデリクだ。テウ、我が封臣のレイズだ。」
ロゴが機嫌よく話しかけてきた。
「レイズであるか。」
テウデリクはわずかに頭を揺らして挨拶に代えた。まともに話すのも不愉快だが、かろうじてあからさまに表面に出すことだけは我慢した。
「テウデリク様ですな。ロゴ様の臣下、レイズでございます。この村をロゴ様よりお預かりして治めております。以後、お見知りおき下さいますよう。」
レイズはにこやかに話しかけてきた。
レイズは20歳にならないくらいの若者だった。ガロ・ローマ人らしくこざっぱりとした髪型で、髭は綺麗に整えられている。髪の色は輝くような水色だった。絵巻物に出てくるような美しい若者だった。
「それよりテウ、なぜ遅れた? 腹が減ってただろう?」
ロゴが尋ねてきた。
「森にゴブリンが出たそうで。薬師の夫婦が犠牲になりました。」
レイズの顔がちらっと動いた。気のせいか、満足しているようにも見える。
(自分と結託している商人が今後この村の薬売りを独占することになるな。)
テウデリクは思ったが顔には出さなかった。
「そうでしたか。明日にでも討伐に行かなければなりませんな。いや、腕が鳴るというもの。」
レイズが言った。
「うむ。しっかりやっておけよ。ゴブリンがうろちょろしているなんて、領地の名折れだ。」
ロゴが酒をあおりながら言って、「全くでございます。」とレイズがしれっと答えた。
(なんだこいつ。ロゴに禁止されていると風評を流していた癖に、厚顔無恥にもほどがある。)
テウデリクは怒りを抑えながら、
「ゴブリンは僕が討伐しました。他にいるかもしれませんので、レイズが武勇を振るう機会は存分にあるでしょう。」
と言った。
「ゴブリンを討伐しただと?」
レイズの隣に座っていた男が声を上げた。
すらりとした長身であるが、レイズのような線の細さは感じない。歴戦の勇者だけが見せる凄みがあった。年は25歳くらいか。
「そちは?」テウデリクは男の顔を見た。
「はっ、申し遅れました。グィンドと申します。レイズ様の第一の騎士です。」
騎士とはなにか。初めて聞く言葉だったのだが、おそらくレイズの好みの称号なのだろうと思い、その点はスルーすることにした。いずれにしても、このグィンドという男は、なかなかに闘えるようだ。
「はっはっは、テウデリク様は、面白いことをおっしゃいますな。ゴブリンは魔物の中では弱い方ですが、それでも大人の男が手こずることもあるくらいです。ああそうか、大声を出したら逃げて行ったとか?」
レイズが快活に笑った。キラリと白い歯が光る。明るい表情の影に嘲りの色が見えたので、テウデリクの不快感は最高潮に達してきている。
「そうかもな。おそろしくて数を数え間違えたかもしれぬ。ゴブリンの首を村の広場に吊るしておいたのだが、僕の計算では、首は3つあった。」
レイズは顔色を変えた。
主君であるロゴがゴブリン狩りを禁止しているということにして、ゴブリンを放置し、それによって自分の名声を高めるとともに、村を経済的に搾取しようとしているのだから、ロゴの子がゴブリンを捕獲して村人に見せたとなると、レイズの作り話にほころびが出る可能性がある。
レイズは自分の後ろに立って肉を切ったり給仕をしていた若い小姓に耳打ちした。
小姓も美しい少年だった。
(あれはできておるな。)
テウデリクは思った。
テウデリクも織田信長と名乗っていた頃は、小姓に手を付けたりしていたから、その空気はすぐに分かった。もっとも、どういうわけか、テウデリクは今では、男色の気は全くなくなっている。不思議とそういう気持ちが抜け落ちているのだ。
小姓は走って、食事の間から出て行った。
(ゴブリンの首を片付けさせるのだろう。)
「おおー、流石俺の子だわ。3歳児でゴブリン殺しとは、テウすごい。」
ロゴが大声で笑いながら言った。かなり酔っぱらって来ているから、いまいち伝わっていないかもしれない。
「テウデリク様、本当にゴブリンだったのでしょうか。」
グィンドが疑わしそうな顔をして聞いてきた。
「僕にゴブリンとスライムの見分けが付かないとでも?」
テウデリクは肉を掴みながら答えた。この時代、ナイフとフォークは普及していない。
レイズが、
「テウデリク様、許されよ。グィンドは荒事が好きなので、興味があるのですよ。もちろん私もはばかりながら多少の武勲を上げた男、そういう話はじっくりお聞きしたいのですが、まあ食事中でもありますからな。」
そう言って、ちらりとテウデリクの衣服を見た。血まみれなので非常に見苦しい。もちろんテウデリクはわざとこの服のままで着替えずに来たのだ。あてつけの意味を篭めている。
「で、あるか。」
テウデリクはその後は黙々と食事をして、満腹すると、「部屋を用意する」というレイズの申し出を断ってロゴの馬車に戻って行った。ロゴとクロティルドはレイズの用意した客室を使ったのだが、テウデリクは一瞬たりとも余分に、この不正の塊のような建物に留まりたくなかったのだった。
ご一読ありがとうございました。
嫌な人間を書くのは、難しいですね。
明日も少し遅い目の時間になるかもしれません。しばらくの間、ちょっとペースが乱れますが、引き続きお楽しみ頂ければと思っています。




