23 ゴブリン殺しのテウデリク ~~お花畑~~
昨日は中途半端な投稿で申し訳ありませんでした。
森の中は妙に騒がしかった。鳥が鳴き、虫が飛び交い、小型の獣が走る音までした。ロゴが禁止したのかどうかは分からないが、ほとんど狩猟が行われていないようだった。
狩猟は戦士階級の楽しみでもあり、また特権である。義務でもある。森の動物が増えすぎると畑に被害がでるし、猛獣が人を襲う場合もある。また、猛獣が増えると魔物の発生頻度も高くなるのではないかとテウデリクは考えていた。
その点、この森は生き物に満ち溢れている。悪いことではないが、なぜそうなるのか。
(考えられるのは、定期的に大狩猟をするために手つかずにしているか、そもそも狩猟が嫌いなのか、どちらかだ。)
いずれにしても村人にとって迷惑であることに違いはない。
ゴブリン以外の野獣は狩ってもいいとされているのなら別だが、この様子ではそういうこともなさそうだ。
しかもそれはロゴが命じたこととされているらしい。レイズは禁止の解除を求めてロゴに何度も頼みにいったはずだと村人は言っていたが、テウデリクはレイズなる封臣が雑草が丘の館に来たのを見たことがない。
(レイズとかいう封臣の悪意が感じられるな。)
そう思いながら森の中を進んでいく。
おおよその方角は聞いた。それから、幼女の説明によれば、流行病に効く薬草というのは、おそらくバンナの花のことだろうと思われた。それなら場所の特定は比較的容易だ。バンナの花とは黄色い小さな花で、湿地帯から少し離れたところに良く生えている。そして森の奥には少し低くなっているところがあるらしいから、ある程度入っていって、そこから低い方に向かって進んでいけばおおよその位置に辿り着くだろう。そこまで入ると、人の痕跡はほとんどなくなるだろうから、足跡か移動した形跡を発見できる可能性が高い。
「ところで、なぜついてきている。」
テウデリクが振り返って聞いた。さっきの幼女がついてきている。
「お館の人が本当にお父さんたちを返してくれるか分からないもの。」
「ロゴはそこまで信用がないのか。」
「だってそうでしょう!」
幼女が叫ぶが、テウデリクに、「しっ」と注意されて黙った。
(ほぼ間違いなくレイズの計略だな。)
ロゴの悪い噂を流し、レイズの失政や重圧の責任転嫁を図っているのだ。
考えてみれば、森を危険な状態にしておくこともレイズの利益に適っている。村からの移動が困難になれば、村に行商人が来なくなり、村人も外にでないようになる。情報が遮断される。それに村の生命線は特定の商人たちに依存することになる。その商人らと結託すれば村に重税を掛けなくてもレイズは実質的に村の経済を支配し、搾取できるようになるのだ。
(商人の家で風呂に入れというのも、そういうことか。)
ロゴと商人の親しさを強調して、商人とレイズの結託を村から隠蔽することに繋がる。
「危ないぞ、帰れ。」
テウデリクは幼女に言うが、幼女は黙ってついてくる。
「はぁ。音だけは絶対に立てないようにしろよ。」
テウデリクは諦めて言った。
(これでこの幼女を死なせたり傷つけたりしたら、更にロゴの評判が落ちることになるな。)
悪い予感がする。
じわっという感触がして、足が少し地面に沈んだ。そろそろ湿地帯が近いようだ。
「このあたりか。」
「・・・」幼女は黙っている。静かにしろと言われたからか、このあたりかどうか分からないからなのかテウデリクには判断がつかない。
周りを注意してみていると、枝が折れているところがある。大人の胸くらいの高さだ。
(不用意な歩き方だ。おそらく何かに襲われて走って逃げたのだろう。)
「この森にはゴブリン以外に何か危険な動物はいるのか。」
「狼や猪はいるけど、ほとんど見ません。」
必要最小限の会話はできるようだ。
折れた枝を見に行った。やはり下に足跡が残っている。大きな足と中くらいの足だ。足跡は半ば乾いているから、ここを誰かが走ってからある程度の時間は経ったようだ。
「夫婦だな。」
テウデリクがあたりを付けた。おそらく無事ではあるまい。
注意深くあたりを見回しながらゆっくりと進んでいく。
黄色い花が咲いている。
暗い森の中で、不自然なほど華やかに咲いていた。
バンナの花は、花にしては珍しく日当たりの悪いところに多く生えている。しかも一面に群生するから、森の黄色い絨毯と呼ばれることもあるのだ。
その黄色い花畑に黒い足跡が点々と走っている。踏みしだいて走った痕だ。地面がにじられていてよほど急いで走った様子が想像できた。
テウデリクは短刀を抜いた。立ち止まってあたりの音を確かめる。相変わらず鳥は鳴いているが、小動物の気配は全く消えている。
(いた。)
ゴブリンが3匹ほどうろうろしていた。たまに立ち止まって足元から何かを千切りとって口に入れている。一匹は右手に握っていた肉を齧りとって、残った骨を投げ捨てた。
「ここに座って静かにしていろ。じっとしていたら気づかれない。」
テウデリクはそれだけ言って、足音を完全に消して少しずつゴブリンに近づいた。そうしながら全身に野蛮魔法を発動させる。
3トワーズほどのところまで近づいたが、それ以上は気づかれてしまいそうだ。
(シノだったら、背後に立っても気づかれなさそうだな。)
ふと思うが、今は自分がなんとかしなければならない。弓を持って来ればよかったのだが、これは館に置いてある。流石に王の花嫁の行列を見に行くのに、弓を持って行くわけにはいかなかったのだ。
片手斧を投げつけようかとも思ったが、予備動作が大きく奇襲には向かない。やはり短刀が一番良さそうだ。
テウデリクはゴブリンが歩き回るのをじっと見ていたが、そのうちの一匹が1トワーズほど先を歩いて通るのを見て、足元にある石を拾って放物線状に投げた。ゴブリンが首を傾げて石が落ちたあたりを見たので、丁度テウデリクに背中を向ける形になった。
テウデリクは音も立てずにするすると進み、伸び上がってゴブリンの背中に飛びつき、首筋に短刀を押し当て、引きながら斬った。
短刀はそれほど鋭い刃を使っていないから、切れ味は悪い。それでも、引きながら斬るという日本刀のような使い方が全くできないというわけではない。特に頸動脈は首の外側にあるから、数センチ切れたらそれで十分なのだ。
「ギャーーー!!!」
斬られたゴブリンが絶叫した。
噴水のように血を噴き出しながら、振り向いてテウデリクを見る。目が怒りに燃えているようだ。持っていた棍棒を振り上げてテウデリクに向かって2,3歩近づいてきたが、そこで血が足りなくなったらしくよろよろと倒れてしまった。
倒れた瞬間、白い光が一瞬見えた。
(ゴブリンも文明魔法の力の影響を受けているのか。)一瞬思うが、じっくり考える余裕はない。
他の二匹も何か喚きながらテウデリクに向かって走ってきた。
テウデリクは慌ててくるりと後ろを向いて走り出した。短刀を左手に持ち替え、右腰に括り付けていた片手斧を解いて右手で持つ。そうしながら、わざとゆっくりと走り、後ろの首筋にゴブリンの殺気がちりちりと感じられるくらいまで追いつかせてからもう一度振り返る。まさに目の前にゴブリンが立っていて棍棒を振りかざしていた。
「貰ったあぁ!」
そう叫んでテウデリクは片手斧を横殴りに投げつけた。
幼児の力では、前に投げるだけでもぎりぎりの重さだが、野蛮魔法で強化しているので、しっかりと殺傷力がある。
上半身は比較的避けやすいし、棍棒で防がれるおそれがある。狙いは太腿だ。
「グギャッ!」
追ってきたゴブリンの左太腿に片手斧が喰い込んだ。
「よしっ」
自分を叱咤しながら立ち往生したゴブリンの周りを回る。後ろから追いついた最後のゴブリンとの間に傷ついたゴブリンが挟まるようにしたのだ。
最後のゴブリンは、かなり冷静な判断ができる個体だったようだ。
テウデリクがくるりと走り出したのを見ると、瞬時に方向を変え、最短距離でテウデリクが向かう方向に進んだ。
(しまった!)
加速したまさにその瞬間に目の前にゴブリンが立っていたのだ。
ゴブリンは棍棒を思い切り振り込んできた。
ゴブリンは、人間よりも小柄だが、成人男性と同じくらいの筋力がある。それが太い木の棒を思い切り振りきったのだから、相当な打撃力がある。それをカウンター気味に胸で受けたテウデリクは思い切り弾き飛ばされた。
1トワーズ(2メートル)弱も飛ばされたテウデリクは、短刀を手から放してしまい、黄色い花の上に仰向けに投げ出された。
3歳児の身体だったら骨が折れていただろうが、どうやら野蛮魔法は防御力も高めるらしく、そこまでの痛みは感じない。それでも衝撃で息ができなくなり、視界が一瞬暗転した。
ゴブリンが勝利の雄叫びを上げたお蔭で意識が戻った。戻ったときには目の前に棍棒がある。今にも振り降ろされようとしている。
「うっ」テウデリクは全身の痛みをこらえながら身体を振って横に転がった。転がった後には、棍棒が地面に叩きつけられる。あれを受けていたら流石に頭が割れていたかもしれない。
テウデリクはそのまま転がり続ける。立ち上がる余裕がなさそうなのだ。
ゴブリンが、
「キシャー!」と鳴き声を上げながら走り寄り、もう一度棍棒を振り降ろそうとした。
(だが、二度は喰らわん!)
地面に倒れたら首を獲られる。その最後の瞬間に反撃に出るのが戦国武者の嗜みである。テウデリクは足を曲げて、ずるっと頭の位置を下げる。さっきまで頭があったところに棍棒が振り降ろされ、髪の毛に当たるのを感じながら、テウデリクはゴブリンの足に組み付いた。
「シャシャッ!」
ゴブリンは狼狽えたような声で鳴いた。
テウデリクはゴブリンの足を抱えたまま立ち上がり、ゴブリンの安定を奪って地面に押し倒した。そのまま両手で足を捻って背中を踏み身動きができないように固める。
「ギャギャギャー!」
片手斧を太腿に受けたゴブリンがようやく斧を抜き取って、よたよたと歩いてきた。右手にはテウデリクの斧を持っている。
「僕の片手斧に触るなあぁー!」
テウデリクは大声を出した。フランキスカは、フランク族にとっては重要な意味がある。成人の証として父から授かることもあるくらいなのだ。汚らわしきゴブリンが片手で持って良いものではない。もっとも投げつけたのはテウデリクなので文句を言う筋合いではないが。そうはいってもこれは戦いだから、言葉尻をいちいち指摘しても意味がないといえばない。
テウデリクは地面に倒れた3匹目のゴブリンの足を離して走り出した。短刀を拾いに行ったのだ。
もともと野蛮魔法で強化したテウデリクは、ゴブリンの足よりも速い。ゴブリンの一匹は太腿の骨にまで斧が喰い込んだらしく、歩くのが精一杯で、3匹目は地面に倒れていたのだから、余裕をもって短刀を回収した。
(これでまた2対1か。)
さっきと力関係は変わっていない。
いや、テウデリクは棍棒で腹を打たれて弾き飛ばされたから、そのダメージが少し身体に残っている。一方で、ゴブリンの一匹は負傷しているが片手斧を持っている。
(逃げるか。)
一匹殺したのだから、一応の戦果はあったのだ。あとはロゴに報告すれば、なんとかしてくれるだろう。
(幼女がいるから駄目だな。)
それに、ここでテウデリクがゴブリンを討伐して帰って来てこそ、村の信頼を少しは回復できるというものだ。
立ち上がったゴブリンは棍棒を振り回してテウデリクを打とうとしてくる。さっきは出会いがしらだったので腹で受けてしまったが、正対している状態ではゴブリンの大振りがテウデリクを捉えられることはない。
もっとも、斧を持ったゴブリンが厄介なので、テウデリクは小刻みに走りながら位置関係を調節する。巧みに無傷な棍棒のゴブリンを間に挟むようにしているのだ。そうすると斧を投げつけることも難しい。
(しかし、千日手だ。)
くるくる回っているだけでは勝負がつかない。どこかで攻めなければならないだろう。
どれだけ筋力、瞬発力が野蛮魔法で補えても、体格の差はいかんともしがたい。しかし、幼児だからこそできることもある。
「いまだ!」
テウデリクは叫んで、棍棒の下をくぐりながらゴブリンの足の甲に短刀を突き刺した。
「ガアァー!!」
ゴブリンは今までに出したことのないような悲鳴を上げた。足の甲は相当痛いだろう。
怒り狂って振り回す棍棒を軽く避けながら、テウデリクは先に片手斧を持った方を始末することにする。
本来、片手斧は、近接戦闘用としてはそれほど優れた武器ではない。1,2トワーズ離れた敵に投げつけるか、敵の盾に引っ掛けて引っ張り、相手の体勢を崩すのに使うもので、見た目の凶悪さの割には使い道が限られているのだ。
ゴブリンも振り回すのに使っていた。さっきテウデリクが投げつけたのに、投擲に使うことは思いつかないようだった。もっとも、左太腿が傷ついているから、足を踏ん張って投げつけるのは困難だからかもしれない。振り回しているときですら、うまく使いこなせていない。
テウデリクはゴブリンの片手斧にタイミングを合わせて短刀を頭上に掲げ、ゴブリンの右手首に切りつけた。ゴブリンが叫びながら片手斧を取り落す。
「丸腰じゃな。」
なんとなく昔の口調がよみがえったが、テウデリクはそのまま短刀をゴブリンの腹に深く突き刺した。短刀を抜く余裕はなく片手斧を拾い、3匹目、足の甲を傷つけられたゴブリンを見た。
ゴブリンは戦意を喪失しかかっていた。他の2匹がやられた上に、テウデリクは片手斧を持っていて、自分は棍棒しか持っていない。しかも足の甲をやられたから、攻撃するために近づくことも難しい。
「ギャッ!」
と叫びながらゴブリンは背中を向けて撤退を始めた。
(そういえば、三方が原の戦いで、徳川勢はみな前を向いて討死していたという話があったな。)
徳川家康が自慢げに話していたのだった。負け戦は負け戦だったのだが、徳川勢のうち、逃げながら討たれたものはいないということだ。逃げながら討たれたのであれば、背中を上にして死んでいるはずだという。人が戦って死ぬときの体勢は、そのときそのときによって全然違うから、どっちを向いていたとか、腹が上とか下とか、そういうことから戦意の有無を判別することなどできない。そもそも家康は糞便を垂らしながら猛追する武田勢から逃げたのではなかったか。
ちらっと昔の話を思い出しながら、片手斧をゴブリンの背中に向けて投げつけた。足を引きずりながら逃げようとしていたゴブリンが避けられるはずもなく、ゴブリンは断末魔の声を上げながら、どさっと倒れ込んだ。
「やはり背中から襲われると、うつぶせで死ぬのか。」
家康ごめん。部分的にはお前正しかったかもしれぬ。でもお前、うんちして逃げたんだよね。
ご一読ありがとうございました。
明日の投稿も少し遅くなるかもしれません。




