10 スライム討伐 ~~配下を得た~~
開いて頂いてありがとうございました。
次の日の朝、ネイたちは、ミーレに預けられた木製の薙刀を持って館にやってきた。
夜のうちに大人たちに相当怒られたらしく、昨日までの強気な雰囲気はない。
ロゴの領地の領民は、別に館の人間を尊敬しているわけでもなく、特に高貴な人間だと思っているわけでもない。しかし、自分たちの生活を握っている恐ろしい人間だということは理解しているので、そこの幼児に喧嘩を売るということが、どれだけ危険なことなのか、子供たちに懇々と教え諭したのだった。
「あのう、昨日・・・これ。」
ネイは怯えながら薙刀を差し出した。前に立っているのは、門の近くでごろごろしていた用人だ。
ロゴの館には、ロゴの家族、家宰のゴームル、侍女レイナと娘、その他は、従士(ロゴ直属のフランク戦士だ)、従者(遠征に付き添う。)、用人(館内の作業)、下女(同上)がいて、全部で30人前後がいる。そのうち、用人と下女のほとんどは、下の村から通いで働いている。そして、今ロゴたちが巡回に出ているので男手はゴームル以外には数人の用人しかいない。特に門の前で立ってるように言われているわけでもないので、仕事がなければ、なんとなくそのあたりをふらついている。
「ああ、ミーレちゃんの棒じゃねえか。ということは、昨日の餓鬼どもだな。無事だったんか。」
用人は言いながら、薙刀を受け取った。
「こいつをミーレちゃんに渡せばいいんだな。」
ミーレは用人たちの間で評判が良い。テウデリクのように不穏な独り言をつぶやいたりしないし、薙刀を扱わせたら、なかなかのものなので、幼女にしては人望があるのだ。テウデリクは気にしていないが、結構可愛いというのもある。
「ありがとうって。」伝えて下さい、まできちんといえない。ネイは完全に萎縮してしまっていた。武人肌とでもいうのか、ネイは敵以外とはうまく話せないのだ。ましてや相手は館の人間で初対面の大人だ。
実はネイとしては、テウデリクにもミーレにもきちんとお礼がいいたい。
親からは、今日は羊の番はしなくてもいいと言われているので、身体が空いているのだ。いずれにせよ、スライムが出るのなら、羊はもう少し年上の子供たちに見させた方がいいかもしれない。昨日の夜の村の寄合では、そのような意見も出ている。
「すみません、ミーレちゃんにお礼言いたいんですけど、今駄目ですか?」
ガーリナが兄を押しのけて聞いた。こういうときは、幼女は何でもできる子になるのだ。
「おおいいよ。ちょっと見てくるから、そこで待ってな。」
ほら、頼めば別になんでもないのだ。
しばらくしてミーレが出てきた。
まだ朝早いが、テウデリクは自分も含めて人間が朝寝坊するのが嫌いだから、ミーレはいつも日の出前には起きている。
実は昨日の夜、ミーレはずっと起きてテウデリクを待つと言い張っていたのだが、母親のレイナに強制的にベッドに入れられたのだ。しばらくして、用人が、テウデリクが無事に戻ったことを知らせに来てくれたのだが、その次の瞬間には安心してそのまま気を失うように寝てしまっていた。
なお、今朝はおねしょをしたのだが、それは内緒だ。
「おはよう。お前たち、薙刀をちゃんと返しに来てくれたのですね。礼を言います。」
丁寧な口ぶりだが、上から喋る。この微妙な言い回しもテウデリクから教わったものだ。この喋り方をされると、たいていの人間は萎縮してしまうので、交渉事などにも便利なのだ。ミーレが成人した暁には、かなり役立つだろう。
「うん。昨日はごめんな。その、あいつは大丈夫だったのか?」
ネイが聞いた。
「そのようです。私も詳しいことは聞いていないけど、スライムたちは、そのあと全部で7個に増えたらしいわ。でもテウ様が追い払ったの。」
「良かった。」子供たちが口々に言う。
「ところで、」
ミーレが目を光らせた。剣呑な雰囲気だ。
「あいつって、今言いましたね。まさかとは思うけど」
声が低くなる。獰猛な野獣のような迫力を出す。地面から冷たい空気が登ってくるような気配がした。
「まさかとは思うけど、『あいつ』というのは、テウデリク様のことを指しているのではないでしょうね。」
「ひっ」ネイがひきつった。少し青い顔をして狼狽える。
「あ、あの、違う違う。い、い、犬のことだ。テウデリク様のことも、もちろん心配しています。テウデリク様偉いですね。すごいです。立派です。大好き。」
隣にいた少年が慌てて口を挟む。
ミーレはちらりと少年を見た。
「お前は少しだけ見どころがあるようです。名前はなんですか?」
「あっ、はい。俺はヴェルナーです。」
「そうですか。では、ネイ、ガーリナ、ヴェルナー、そして他のお前たち。ちょうど良い機会です。今からテウデリク様がなぜ素晴らしい方なのかを、私が教えて差し上げます。そうすると、お前たちもテウデリク様の素晴らしさを、真の意味で理解できるでしょう。そうなれば、お前たちも、世界で一番幸せになるのですよ。」
ミーレは笑みをこぼしながら言って、幼児たちを柵の外の空き地にいざなった。
恐怖心を与えた上での幼女の無防備な笑みは反則だ。ミーレは将来、優秀な教祖になれるかもしれない。
「テウ様は昨日はお疲れのため、まだお休みになられています。お目覚めになれば、お前たちにも、お声を掛けて下さるでしょう。」
ネイたちは、なんとなく連行される羊のような気分になりながら、とぼとぼとミーレの後ろから着いて行った。
・・・
・・・
ところがテウデリクは既に起きて独りで外に出ていた。
村、畑を抜け、荒野に出てきている。
(昨日、奴らに襲撃されたのは、このあたりだったな。)
テウデリクは周辺の地形は完璧に記憶している。信長だったころからの習性だ。土地の状態を把握していることは、何よりも優先することなのだ。
(スライムの攻略法は分かった。あとは討伐するだけだ。)
負け戦は、できるだけ早く挽回しておかなければならない。
無理は禁物だが、負けたままだと威信に傷がつく。家臣や配下の大名小名に動揺が広がるとまずい。テウデリクは今は大名ではないが、負けっぱなしはまずいというのは、身に染みついた習性だった。
(母者は怒るかもしれぬが。)
昨日の夜、クロティルドに言われて一緒に寝たのだが、母は寝ながら泣いていたのだった。やはり胸が痛む。
もっともテウデリクは戦国武将であったのだから、そのようなことで討伐に出るのを躊躇ったりすることはない。
武家の子は、産まれたときから、情を殺すことを叩きこまれる。大名の子ならなおさらのことだ。人並みな人情に流されれば、大名家など瞬く間に滅び去るであろう。その一方で、部下や領民に対しては人間味あふるるお人だと思われていなければならないのだから、その兼ね合いが難しい。いずれにせよ、信長もそのようにして育てられたのだから、クロティルドが寝言で、「テウ、逃げて」というくらいでは、いささかも動じない。
テウデリクは日の出前に起きて、こっそりと布を取り出して持ってきていた。荒野に着くと、座って帯状に切り裂き、右腕に堅く巻き付けた。肩のあたりまで巻き付ける。もっとも、手首より先には巻いていない。
(スライムの中心部まで、1キュビット(約50センチ)程度だったから、これでぎりぎり届くはずだ。)
本当は薙刀にしたかったのだが、テウデリクは自分の薙刀は持っていない。肩まで右腕ごとスライムに突っ込んで、漸く短刀が届くかどうか、というくらいの長さになるだろう。もちろん、短刀の長さも1キュビット近くはある。しかし、スライムの動きや変形を計算に入れると、どうしても自分の身体も使わなければ届かないこともあろうと考えて、予め防護しておくのだ。
(来たっ!)
岩から滲み出るように、スライムが現れてきた。
(昨日の奴か。お前から血祭にあげてくれよう。)
スライムが、
「ギギッ、ギギ」と鳴いた。
あたりから、複数の気配が感じられるようになってきた。
「よしっ」テウデリクは自分に気合を入れると、
パンッ!と両手を叩き合わせて音を出した。
このために、手まで布を巻きつけることができなかったのだ。
スライムは凝固したように一瞬動きを止める。
昨日と同じように白い光が中心部に見えた。
テウデリクは、野蛮魔法で身体を強化して、スマクラサクスを抜き、全力でスライムに駆け寄る。
「死ねやあぁぁぁ!!」叫びながらスマクラサクスを突き刺す。右腕からスマクラサクスまで直線になるようにまっすぐにもって、腕まで入るのを覚悟して、中心の光に向けて刺した。
昨日は煙を斬ったかのような感触しかなかったが、凝固しているスライムは意外と堅く、かなりの抵抗があった。刺すのでなく、斬っていれば、中心まで届かなかったかもしれない。
ピシャッ!という音がして、スライムが形を崩し、溶けた水のように地面に広がった。
「次はどいつだ!!」
テウデリクは、いつの間にか包囲してきているスライムたちを睨みつける。
1,2,3・・・。6個だ。昨日のが全部出てきているのだろう。
テウデリクは、右手の痛みを忘れ、突いて突いて、スライムを殲滅した。
最後の1個を倒した後、テウデリクは、油断なく周りを見回した。
急いで枝を集め、火を熾す。対応できない数の増援が来たときの用心だ。
最初から焚火を用意していたらスライムが寄ってこないから、退治した後に火を着ける計画だったのだ。
(これはなんじゃ?)
死んだスライムの水たまりに、大人の親指ほどの金属片が落ちていた。
「なんじゃ」と言いながら重さを量り、匂いを嗅いでみた。
(これは、銅じゃな。)
本当は鉄なら良いと思っていたのだが、銅とは。
少し落胆しながらも、一応、集めて回った。
ワンワン!
遠くから、犬の吠え声が聞こえた。
「黒千代か。」鳴き声で判別できる。家族同然だからだ。
テウデリクが目をやると、黒千代の後から、ミーレたちが走って来ていた。
・・・
「そうかあ。ミーレのいうとおり、テウデリク様は、偉いお人なんだな。」
ネイが感服して言った。
テウデリクがスライムを討伐して、その証として7個の銅片を見せると、幼児たちは完璧にテウデリクに心服したようだ。
ミーレから何か聞いたのだろうか。ミーレが妙に満ち足りた表情をしている。布教人生で最高の懇話を行った教祖のような顔をしている。
テウデリクが座ると、幼児たちも座った。ミーレはすぐにテウデリクの右手に気が付き、自分の腰から薬草を取り出し、口に入れて噛み始めた。手当をするつもりなのだ。
ネイが座りなおして言った。
「テウデリク様。昨日は本当にごめんなさい。俺たち、ゼップがやられたことが悔しくて。本当はテウデリク様が悪いわけじゃないって分かってたんだけど、」
テウデリクが遮って言った。
「ゼップというのが、お前たちのリーダーだったのだな。」
「はい。」ガーリナが答えた。
「なかなかのリーダーだったのだろう。お前たちを見ていると良く分かるぞ。ゼップとやらの死を悼む気持ちは責められぬ。」
たしかに、この幼児集団はなかなか優秀な子が揃っていた。ゼップが良く統率していたのだろう。
「俺、ゼップからみんなのことを頼むって言われたから。一生懸命なんとかしなくちゃって、思って。」
ネイが言う。
なんとかしなくちゃって思ってテウデリクに泥の玉を投げつけるのは、全く筋違いなのだが、4歳児にとっては、仕方のないことだろう。
「しかし、ネイ、お前の考えは本当は間違っていないのだ。」
テウデリクが続ける。
「領主たるもの、領民が死なないように気を付ける義務がある。」
ネイたちは、そしてミーレも驚いてテウデリクを見た。
そのような思想は、この時代、存在しない。
領民というのは、領主にとっては自分が確保した漁場のようなもので、別にそこでの生き死には領民の勝手なのだ。テウデリクが、ゴームルの救援が間に合わなかったことで謝罪する必要がないと考えていたのも、そういう理由があったからだ。それがこの時代の常識だった。
「本当は、守らなければならないのだ。」
テウデリクが念を押すように言った。
「今の領地は貧しく、兵も少ない。魔物を掃討する余裕もない。しかし、領地が豊かになれば、護衛も付けられるし、魔物を前もって全滅させておけば、ここも安全になる。」
ネイたちは、固まっていた。
そのような考え方があるというのは、ネイたちにとっては、思いもよらないことだった。
もっとも、「それが納税と引き換えなのだ。」とは言わない。
納税が各種行政サービスの対価であるという思想は、近現代に入ってからのものだ。テウデリクも、そのようなことを考えているのではない。大名として当然の心得を説いているにすぎず、そこに人民思想だとか、国民主権思想などが含まれているわけではない。しかし、領主は領民を慈しみ守るべきものというのは、道徳上の義務として理解している。
「今すぐは無理だが、僕は、ここを、そういう領地にするつもりだ。」
ネイたちは困惑したような表情をした。
「俺たちにも手伝えることがあればいいんだけど。」
「うむ。手伝うというのであれば、僕の下に付くことを許そう。しかし、無償で手伝わせるわけにはいかん。こちらも用意することがある。お前たちの親たちにも話を通さなければならん。一週間後に、館に来い。僕の下で一心に働けば、この領地を作り変えることができるだろう。」
テウデリクは、そう言って立ち上がった。
「お前たちの名前を聞いておこうか。」
○ネイ 男 4歳 幼児たちのリーダー 統率力があり、腕っぷしが強い。
○ヴェルナー 男 4歳 副将格 統率力はそれほどないが、頭が良い。謀才あり。
○ガーリナ 女 3歳 ネイの妹。いかつい身体と顔をしている。社交性が高く頭が良い。事務能力が高い。
○ユーロー 男 3歳 動きは鈍重だが、根気強い。
○シノ 女 2歳 俊足。
○ヤンコー 男 2歳 ヴェルナーの弟。気が荒く、勇敢。兄ヴェルナーを尊敬している。初恋の人はミーレ。
ご一読ありがとうございました。
登場人物の一部は、大好きな児童小説「クラバート」から名前をお借りしました。東欧の人名ですが、暗黒時代ガリアと雰囲気が近いようで、自分の中では、しっくり来ています。