9 鍛冶屋のグラインガドル ~~ドワーフじゃ!~~
開いて頂いてありがとうございました。
テウデリクが接近するスライムに気が付いたときには、もう間に合わなかった。
「うっ!」右手をスライムが通過する。肘から下にかけて、何か所も突き刺すような衝撃が走った。
羊を襲っていたときは、飛び掛かってしがみついていたが、スライムたちはテウデリクに対してはじわじわと弱らせる戦法に出るつもりらしかった。
「うわっ、なっ、なんだあ、スライムかよう。」
焦っているのかのんびりしているのか良く分からない声がして、鍛冶屋のグラインガドルと歌の中で自称していた男が、荷物を探り始めた。何か武器でも持っているのだろうか。
テウデリクは、なんとか他のスライムの攻撃を避け、木の枝に飛び上がった。
「おいっ、そっちは大丈夫か?」
テウデリクが声を掛けると、グラインガドルは、
「ああ・・・。大丈夫だけどお、身動きが取れねえよお。」と答えた。
見ると、4匹ほどのスライムがグラインガドルの周りを包囲している。グラインガドルはその中心に立って困った顔をして突っ立っていた。
包囲はされているが、攻撃はされていない。何か仕組みがあるのだろうか。
「そっちはどうだあ。」
「こっちは木の上にいる限り大丈夫だと思う。」
「こっちにこれるかあ。」
「なんとかいけるだろうが、そっちに行く意味がないだろ。」
「スライムは俺には寄ってこないんだよお。だからここは安全なんだあ。」
ふむ。
そういうことなら、ちょっと行ってみても良いかもしれない。
テウデリクはさっきと同じように枝を投げてスライムを別の方向に引き離すと、枝の上から音を立てないようにして飛び降り、できるだけ静かにグラインガドルの近くに駆け寄った。
騙されたと知ったスライムが再び戻ってくるが、たしかにグラインガドルの近くには来ない。
改めてこの男の風貌を見た。
背が低い。がっしりしている。髪が長く髭も長い。指が短く太い。
「そちはブリトン人か。」
「まあそうだ。ドワーフの方のブリトン人だあ。」
「で、あるか。」
テウデリクは、信長だったころの口癖を久しぶりに口にした。なんだか懐かしい。
「ブリトン人が何をしている。攻めてくるのか。」
「いや、俺は、故郷を離れたんだあ。外の世界を見てみたくなったんだあ。それで、下の村の外れで鍛冶屋をやってるんだあ。ドワーフは、みんな鍛冶屋になるのが好きだからなあ。」
ああ、あれか。
爺のゴームルが工具を頼みにいった鍛冶屋とは、この男のことであったか。
「そうか。うちのゴームルが世話になったと聞いた。我が父の剣もそちが修理してくれているのだったな。」
「おめえさん、本当に幼児なのかあ。大人みていな口のきき方しなさるだなあ。」
テウデリクはそれには答えずに、
「ここにはなぜスライムは寄ってこない」と問うた。
「ああ、それは、こいつのお蔭だあ。」
そういってグラインガルドは、手に持った枝を持ち上げて見せた。先が焦げている。
「焦げた枝で、岩の上に線を引くと、スライムは入ってこれないんだあ。」
テウデリクが岩の上を見ると、確かに炭で黒い線が引かれていた。
「ほう。スライムは炭が苦手なのか。」
「すみって、なんだあ?」
なんだあ。なんだあ。なんだあ。
間延びした声の残響がテウデリクの頭をぐるぐる回った。
こいつは鍛冶屋ではないのか。炭が何かを知らない鍛冶屋というものが、この世にありうるのか。この男は、「なんだあ。」とか間延びして質問してきているが、炭が何か知らないこの男は、どうやって鍛冶屋をやっているのだろうか。
テウデリクは衝撃の余り黙ってしまった。
「さて、どうするかなあ。スライムは、核を潰さないと死なないんだが、俺には、核が見えないんだなあ。」
やっと少しは役に立つ情報が出てきた。
「僕にも、核など見えぬな。」テウデリクは答えた。
「そいつは、こうするんだ。」グラインガドルは、両手をパン!と打ち鳴らした。
スライムがびくっと萎縮して、少し固まる。
おっ。
スライムの中心あたりに、白く光る玉が見えた。そういえば、スライムの中に手が入ったときにピリピリした。あれは雷のようだった。あれも魔法の一種だったのだろうか。
「文明魔法、か?」
テウデリクは驚いて言った。
なんとなく、魔物は文明魔法と対極にあるように思っていたのだ。
「おめえさん、核が見えるのかね?」
グラインガドルが尋ねた。
「ああ、おそらくあれがそうなのだろう。あれを潰すとスライムは死ぬのだな。」
そう答えながら、テウデリクはスマクラサクスを抜いて右袖を切り裂いた。右腕のあちこちに赤い斑点や創傷ができている。そしてテウデリクは腰に付けていた袋から薬草を取り出し、口で噛み始めた。
「おぉ、ツワブキの葉か。たしかにこういう傷には効きそうだなあ。おまえさん、薬草には詳しいのかね?」
「本当は炙って貼るのが良いのだがな。」
テウデリクは、少し話を逸らして答えた。いくらなんでも、戦国武将たるもの、薬草の知識は当然もっておるわとはいえないだろう。
「ところでおめえさん、さっき文明魔法といいなすったなあ?」
グラインガドルが問いただした。
「そうだったか。スライムに襲われて取り乱しておったのだろう。僕はよく覚えておらぬ。」
テウデリクは口から葉を出して患部に貼り始めた。そして、右袖部分の布を帯状に切り裂き、包帯にして巻き付けた。端の部分をくくりつけて完成だ。
「今じゃ、神聖魔法とかいうらしいが、文明魔法というのが正しい理解だあ。なんでそんなことを知っていなさる?」
グラインガドルが執拗に聞いてきた。
「ほう、神聖魔法と呼ぶのは誤りなのかね。つまり、聖教にいう神様は偽物だと?」
テウデリクが反撃に転じた。自分のことをあれこれ聞かれても困るから、相手に防戦を意識させた方がいいように思ったのだ。
「うんにゃ。聖教の神様はたしかに神様だあ。しかし、聖教の神様は昔は自分の魔法を持っていなかったんだあ。ローマ帝国の文明魔法を、『もとから自分の魔法だったんだ。』って言い張って、今は神聖魔法として教会が全部独り占めしているんだあ。起源の主張をしたって、聞いているんだあ。」
ほほう。このドワーフもゲルマンの神と同じことを言うのだな。
「あのスライムと神聖魔法と関係があるのかね。」
「そこは謎だとされているんだあ。ドワーフは、難しいことを考えるのは嫌いだあ。しかしブリトンの森の妖精たちは、文明魔法が滅び、神聖魔法がその継承者となったときに、多くの技術が失われて、使われなくなった魔力が溢れ出たんだっていってるんだあ。」
「そうか。筋は通っておるな。しかし、そんな話をして大丈夫か。教会のものどもに聞かれたら殺されるぞ。」テウデリクはドワーフのために心配になって警告した。
「ふん。どうせ教会の人たちからすると、ドワーフというのはいないことになっているんだあ。人間じゃあねえって、いうもんだからあ、人間じゃあねえもんが、何を言っても構わねえんだあ。」
ドワーフは不快そうに言い捨てた。
(聖教とは、そういう教義だったのか。)
テウデリクはそのあたりは知らなかった。
「ところで、お前は炭を知らないのか。」
「すみい? さっき言ってたやつかね? すみって、なんだあ。」
「お前の持っている木の枝の先が黒くなっているだろう。その部分が炭だ。」
「はあ。焦げていることをいうのかあ。」
「鍛冶屋のくせに知らぬのか。」
「鍛冶屋となんか関係あるのかあ。」
駄目だ。この鍛冶屋は炭は使わないらしい。どうなっているのだろう。
「そういえば、おめえさんは、お館の人かあ。ゴームルという人がいるだろう? あの人は、立派な人だあ。」
「ゴームルのことは、さっき僕が言ったぞ。世話になっているって。立派な人なのか。ふむ、そうかね。」
「ああ。わしらでも知らないような難しい工具のことを、たっくさん知っていたあ。」
あれか。確かにゴームルに言って、鍛冶屋に作らせに行かせていた。一応、それらしき完成品は持って帰ってきていたが、どうしてものこぎりだけはできないと言われたと言っていた。
「おい、なぜのこぎりが作れないのだ。」
「のこぎりの作り方は、このあたりには残っていないんだあ。ラヴェンナやコンスタンチノープルの鍛冶屋なら、ひょっとして知ってるかもしれないんだあ。」
いいのかドワーフ。失われた技術に対するあくなき渇望とかないのか。
「駄目なのか。のこぎりの形に削った枠に流し込んで、鍛えたらなんとかならないか。」
「うんにゃ。鉄の質が悪いと、どうにもならないんだあ。作っても、刃が欠けて使い物にならないんだあ。」
なるほど。鉄の質の問題なのだな。
実のところ、そこから先はテウデリクも知らない。
戦国武将の中で、鉄の精錬の仕組みを知っているものは、そうそういるまい。
「どうにもならんな。」
「おめえさんも、のこぎり欲しいのかあ。ゴームルって人と同じことをいうんだなあ。館では、それが流行っているのかあ?」
「まあそうだ。」
テウデリクは面倒になって、そう言い捨てた。
「ちょっとその枝を貸してくれ。」
テウデリクはグラインガドルに頼んだ。
枝を借りて、さっき切り取った右袖の残りを巻き付ける。
下に落ちていた葉っぱなどを集めて、火打石で火を着け、木に燃え移らせる。
「おおぉっ、なんだあそれは。火を着ける魔法だあ。」
どうやらドワーフの間でも火打石は失われているようだ。
「火打石だ。」テウデリクは説明にならない説明をして、枝を目の前にかざした。
そして、それをスライムに突き付けてみた。
炭で書いた輪の周りをうろうろと動いていたスライムだが、テウデリクの予測があたって、火は嫌いなようだった。
「キーッ」という声を出して、全部が逃げて行ってしまった。
(意外とあっけなかったな。)
そう思ったが、本当は討伐したかった。逃げられては、問題の先送りでしかない。
(いずれ雌雄を決するときがくるであろう。)
テウデリクは、いつか必ず殲滅してやろうと思った。
馬の走る音が近づいてきた。
「おお、テウ様っ! ご無事でしたか。おや、グラインガドルも一緒だったか!」
ゴームルが助けに来てくれたのだ。
・・・
もう夜が近づいてくる。
雑草が丘の館では、ぴりぴりとした空気が流れていた。クロティルドが門の前でテウデリクが帰ってくるのを待っていた。夕陽が後頭部に当たる。
ロゴが別の村に巡回(という名目の息抜き)に行っているから、ここ数日は用人たちものんびりできたはずだったのだが。
レイナが、口を開く。
「本当に申し訳ありません。うちのミーレが身代わりになるべきところなのに。」
クロティルドが、
「ううん、テウは男の子だから、ミーレを逃がしたのは当然のことよ。」と言って、また黙ってしまう。
他の者は、クロティルドには近づかない。
かなり恐ろしい空気を醸し出している。
触ったら爆発しそうな危ない雰囲気なのだ。
ミーレはレイナに言われて寝ている。
「あっ・・・。」クロティルドが声を上げた。馬がこちらに向かって走ってきている。
・・・
近づいてくる間の沈黙が痛いほどだ。
・・・
「乗ってる。」馬上の大人の後ろに幼児の姿が見えた。
それでも母親は安心できない。自分の子供であることが確認できなければ、大怪我をしていないことが確認できなければ、「良かった」とはいえないのだ。少しずつ近づいてきている。
「テウだわ! 無事だったのね。」クロティルドはその場にへたり込んだ。レイナは、離れたところにいた用人に、
「ミーレにも教えてあげて。」と伝言を頼んだ。「切腹する」などと口走っていたので、心配だったのだ。そして、クロティルドに、
「良かった! ほっとしましたね。」と言った。
ゴームルの馬が門前に着き、テウデリクが降りた。
クロティルドは立ち上がり、テウデリクの身体に触った。怪我がないか確かめている。右腕を見て、顔をしかめる。手や足を触って、無事を確かめ、
「この馬鹿っ!」と怒鳴って、平手で頬を打った。テウデリクは、ばたっと弾き飛ばされた。
「みんなに心配させて。もう、危ないことは絶対にさせませんからね!!」
そうクロティルドが叫ぶ。
テウデリクは立ち上がった。しばらく言葉を選んでいる。
「・・・母者。皆の者。僕のために心配を掛けてすまなかった。」
と頭を下げた。
そして続けて
「しかし」
テウデリクの黒い目が蒼く光った。信長であったころから、周りを恐れさせた目だ。
「戦いのこと、女に口出しは無用じゃ。」と言い放った。
クロティルドは、最初は耳を疑うような表情をしたが、次の瞬間、さっと顔を歪めて、
「この、大ばか者!!」と叫んだ。座り込んで、両手の拳を地面に思い切り叩きつけた。レイナが肩に手を置いて慰めようとすると、それを振り払って、どこかに走って行ってしまった。慌ててレイナが後を追う。
テウデリクは、少しの間、黙っていたが、やがて、「しかたあるまい。母者も女だから。」と言って、館に入っていった。
・・・
レイナが追いつくと、クロティルドは膝を抱えて座っていた。
「テウ様も言い過ぎですよね。」と声を掛けると、クロティルドは、
「そうよ。むかつくわ。」と答え、それから、しばらくの間、暗くなってきた空を見つめていたが、
「あの子は王様よりも偉大な人になるわ。」と泣きながら笑って言ったのだった。
その夜、クロティルドが強硬に主張したせいで、テウデリクは久しぶりに、本当に久しぶりに3階の夫婦の寝室で、母と一緒に寝たのだった。
ご一読ありがとうございました。
家庭には恵まれなかったのではないかと思われる織田信長ですので、せめて異世界では愛情に包まれて育って欲しいと思っています。
引き続きご愛読下さい。
明日も、おそらく同じくらいに投稿できると思います。




