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第2章 幼児期 ~~自重はせぬよ。自重は~~ 1 西ゴート王国(567年) ~~美人ではないが、王女を娶りたい BYキルペリク王~~

第二章に入りました。これから三人称に切り替えます。

テウデリクが、神々との語らいを終えた夜から2年後。

ヒスパニアのトレドの町にある王宮の広間で、西ゴート王国、国王アタナギルドは、西フランク王である、欲しがり屋キルペリクの使いの者どもと協議していた。


王宮というものがある。

これだけでも、西ゴート王国がいかに先進的であるかが分かるであろう。

フランクの王たちは、定まった住居を有していない。

王は軍事力があるからこそ王なのであり、その軍事力は、目の前にいなければ意味がない。抽象的に、盟約や忠誠宣誓などで縛られた戦力が全国各地に散在していたとしても、フランクの王たちは、それらの軍勢を短期間かつ確実に召集することができなかった。これはこの時代の行政技術が著しく低下していたからである。

したがって、フランク王たちは、常に身辺に一定数の軍勢を抱えている。少なくて千、多ければ数千の従士たち、そして、その他、用人や王の後宮、有力者や同盟者などの人数を合わせると、王は常に1万人を超える人数と共にある。

そして、ガリアの地には、恒常的に1万人もの人間を食べさせていけるだけの都市はほとんどなかった。

そうすると、王の方が食糧を求めて移動しなければならなくなる。地方地方を巡って、そこで有力者の邸宅を明けさせて滞在する。数か月して、その地方が干上がると、また別の土地に移動する。

これも、適切な徴税技術がないために発生する不可避の現象であるから、ガリアには、王宮というものがない。


ほとんど唯一の大都市は、パリであった。しかしパリは、当初はカリベルト王の領土で、その後は、王たちの相互協定によって、中立地帯とされていたのである。


西ゴート王国は、アリウス派聖教を信仰するゴート族と、正統派聖教を信仰する被支配階級との間に大きな断絶があった。しかし、ローマ世界との関わり合いの長いゴート族は、巧みにローマ風の支配技術を取り入れ、王都トレドを中心に集権的な国家を築き上げていた。ヒスパニアのローマ社会は、ガリアと比べて大きくは破壊されていなかったことも、この王国に有利に作用した。

その一方で、封建制の発達が遅れているから、王の地位は不安定であった。


王位を巡っての内紛は多いが、反乱はほとんどない。人々は、とりあえずは平穏な西ゴートの支配を黙って受け入れていた。

侵略される心配もほとんどない。

アフリカにあったヴァンダル族は、既に東ローマ帝国に滅ぼされている。

その東ローマ帝国とは、以前まで戦争をしていたが、今は落ち着いている。かの有名なユスティニアヌス帝が兵を送り込んで来ていたのだ。

フランク王国も、ピレネーを越えるほどの余力はない。

ライン河の向こうには、未だ土地を奪っていないゲルマン人たちが犇めいているが、幸いにして、彼らの矛先はイタリアやガリアに向けられている。


このような国家、この後、数百年の平和を享受したとしても、不思議ではなかった。


西ゴートの戦士らが、彼らの祖先の勇猛さを忘れ、優雅かつ気品あふれる豚となっていなかったならば。


西ゴート王アタナギルドの悩みもそこにあった。

狼の如きフランク人の侵略に対抗しなければならない。西ゴート王国は、ピレネーの向こう、地中海の海岸沿いにわずかな領地を有していたのだが、そこを確保するためには、フランク王国の圧迫が問題となっていたのだ。


「王よ、決心なさいませ。我らの主君、キルペリク王は、全ての側女を離別すると申しております。もちろん、王妃、フレデグンド様も例外ではございませぬ。どうか、王女、ガルスウィンド様を我らがキルペリク王の下に輿入れなさいますよう。」


「王妃、か・・・。」その言葉それ自体が、フランク王の後進性・野蛮性を物語っていた。そもそもフランクの王は、王妃をたびたび変えることで有名であり、酷い時には、複数の王妃がいたこともあった。


パリとアクィターニア地方を継承した長兄、カリベルト王などは、王妃を二人置いたために、パリの司教であるゲルマヌス、サン=ジェルマン=デ=プレ教会の名前の由来となる、かの聖ゲルマヌスに破門されたことがあった。それにも関わらず、王は、平然として二人の王妃を両脇に抱えていたのである。


欲しがり屋キルペリクにしても大きな違いはない。

もとは、王妃アウドヴェラの侍女でしかなかったフレデグンド、フランク人の娘ではあるが、父の名も杳としてしれぬ、この身分の低い女を、戯れに寵愛し、遂にはアウドヴェラを弊履の如く捨てて、ル・マンの修道院に追放したという。


そのような王家に、自分の娘を嫁入りさせようと思う父親はいまい。


「ふむ・・・。しかし、な。」


「シギベルト王には、快く王女を与えなさったではありませぬか。ここまで難色を示されるというのであれば、キルペリク王にとっても侮辱となりかねませぬ。我らとしても、しっかりとした理由をお聞かせ頂けなければ、復命のしようもございませぬ。」


使節の言葉が脅迫じみてきた。もっとも、この時代、脅迫はごく一般的な交渉技術の一部であったから、これ自体、別になんでもない。


しかしながら、使節が問題ではある。一人は、キルペリクのそばに仕えているフランクの貴人であって、西ゴート王国とは何のかかわり合いもなかった。

もう一人、ガロ・ローマ人であるデシデリウスは、ピレネー山脈の北側、アクィターニアの最南部アルビに領地を持ち、何度もヒスパニアに攻め込んで来たことがあった。


アクィターニアはカリベルト王の領地ではあったが、デシデリウスは、クロタール王の死去の際、欲しがり屋キルペリクに忠誠を誓っていたため、今回の使者に起用されたのである。


このデシデリウスという男がここに来ていること自体、キルペリク王が、多少の恐喝をもってしてでも、もう一人の王女を妻に迎えたいという強い意志の表れだった。


この話を断ったら、このデシデリウス、面目を潰されたと文句を言い立て、後に西ゴート王国にどのような悪事を働くものか、想像もつかぬ。


「シギベルト王は、よき婿になってくれた。もし我が王国が不当な侵略を受けたならば、東フランク王は、いくらでも我らのために戦ってくれるであろう。」

王としては、他力本願でもあり、脅迫に対する返答としてはかなり情けない言葉ではあるが、西ゴート王国の感覚では、それは普通であった。


アタナギルド王は、「戦好いくさずき」と呼ばれた、まだ見ぬシギベルト王を思い浮かべながら答えた。シギベルト王の王妃となった、王女ブルンヒルドからも、「幸せです。」と手紙が届いている。それに引き替え、シギベルト王の弟、西フランク王である「欲しがり屋キルペリク」については、悪い噂しか聞こえてこない。その約束も信用ならない。もう一人の娘をくれてやるわけにはいかぬ。そう、アタナギルド王は考えていたのだ。


デシデリウスはため息をついて言った。

「ところで、カリベルト王が亡くなりました。」

シギベルト、キルペリクにとっては、長兄となる。クロタール一世の生き残った息子たちの中では最年長であった。


アタナギルド王は驚いて言った。

「それはまことであるか。・・・そうか、お悔やみ申し上げる。」

お悔やみというほどのことはない。

カリベルト王は、パリとアクィターニアを領有していたから、西ゴート王国ともピレネーを挟んで向かい合っていた。シギベルトやキルペリクと比べて年長であったから、それほど好戦的でもなく、時折、略奪にやってくる程度であって、西ゴート王にとっては、比較的不快度の低い隣人という程度の存在であったのだ。


「カリベルト王はお世継ぎなく崩御あそばされたため、その領地は、三人の弟君に分けられました。」

グントラム(ブルグンド国王)、シギベルト、キルペリクである。


「キルペリク王は、そのうち、リモージュ、カオール、ボルドー、ベアルン、ビゴールの諸都市を、予贈財産として西ゴート王に差し上げると約束致しますぞ。」

もう一人の使節が切り札を切った。


実は、キルペリクは、「すぐに諸都市をやるといって話をまとめろ。」と手紙を送っていたのだが、キルペリクにとって、これらの都市は単なる名前でしかなく、地政学的重要性については、全く念頭になかった。デシデリウスは、これらの都市の近くに所領があるだけに、その重要性を理解しており、これを西ゴートにくれてやるのは惜しいと考えて、その条件については最後まで口を噤むことにしていたのだ。しかし、西ゴート王アタナギルドが、あまりに難色を示すので、ついにこの条件を口に出さざるを得なくなった。


デシデリウスが、カリベルト王の死去に言及するのが合図で、譲渡を持ちかけるのが、フランクの貴人というように役割が分担されていた。

デシデリウスとしては、最終決定権が握られていればそれでよく、フランクの使節は、自分の口から、そのような重大事項を伝えられるのが気分が良いことなので、この二人の間では、それがすんなりと決まっていたのである。


「なんと。それは・・・気前の良いことじゃ。」アタナギルドは呟いた。


この時代の王女というのは、食うに困らず、寒さも知らず、略奪におびえることもない。そのことからすれば、政略結婚に売られても、なにほどのことがあろうか。嫌というのであれば、庶民になって、飢えて死ぬ権利もある。かつてそのようなことを選んだ王女がいないだけだ。もっとも、王女が一歩王宮から外に出れば、瞬く間に誰かにとらえられ、凌辱され、奴隷として売り払われるであろう。

だから、アタナギルドにとって、ガルスウィンドの幸福な結婚というお題目は、副次的な目標でしかなく、それよりも使節の述べた諸都市の方がよほど重要であった。

それにシギベルトに次いで、キルペリクも婿とすれば、西ゴート王国の安全も守られることになる。アタナギルド自身の王位も、より安定するであろう。


「ふむ。貴殿らの申し出、よく分かった。しばらく考えさせて頂こう。それまでの間、この王宮でゆっくりしていって下され。」

そういって、アタナギルド王は使節らを下がらせ、そばに控えていた宰相の目を見た。


王は使節が出ていくのを待って、広間の窓に近づいた。眼下には、タホ河が流れる。ゆったりとした流れで、平和なこの国を象徴するかのようであった。


「くれてやるか。」王は宰相に言った。

宰相も、「断る理由はありませんな。」と答えた。そして、「王妃、王女様の説得は、王よ、ご自身でお願いします。」と釘を刺したのだった。

ご一読ありがとうございました!

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