23 信長最後の夢 ~~現実を受け入れることにした。~~
開いて頂いてありがとうございました。
これで第一章が終りになります。
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カタラウヌムの野で、正面の敵を撃破したメロヴィクスは、仲間たちと馬上から遠くを見ていた。
敵の主力であるフン族が退却していっている。
(ほぼ大勢は決したな。あとは追撃するかどうかじゃが、おそらくフン族を全滅させることは誰も望むまい。)
ワシは、そう考えた。
なぜなら、フン族は、ローマに対する重要な牽制勢力だからだ。フン族がいるからこそ、ローマは弱体化し、蛮族や地方勢力の力を頼りにする。
「親分!追撃しようぜ!」
近くにいたメロヴィクスの仲間が声を掛ける。
他の男が、
「おい見ろよ!西ゴートが退いて行くぞ!」
と声を上げた。
(西ごーとノ王ガ討死シタノダヨ。西ごーとハふん族ニ勝利シタガ、コレカラ内紛ノ地獄ヲ見ルジャロウ。ソノタメニ勝ッタノニ、急イデ退却シテユクノダ。)
いい加減、うっとおしくなってきた「声」が解説をする。
遠くから、ローマの軍装をした使いの騎馬武者が駈けてきた。
「申し上げます!アエティウス様から、メロヴィクス殿へ、追撃不要とお伝えせよとのこと。今後の協議をするため、アエティウス様の幕営までお越し下さい。」
「おい、追撃したら、この勢いでフン族を滅ぼすことができるんだぜ!」さっきから追撃を主張していた男が口を挟んだ。
後ろの方の荷車から、老婆が走り出てきた。
毛皮を身にまとい、半裸で髪を振り乱している。近寄るだけで糞便の匂いがする。
聖紀前102年のテウトニ族の老婆とそっくりの風貌や様子に、つい笑ってしまった。
(これは伝統芸能か何かなのかの。数百年経っても、こやつらの占いは、同じじゃな。)
老婆は、
「フランクは、結束してガリアを征服せよ!ガリアを征服せよ!ガリアを征服せよおおぉぉぉ!!」
と絶叫した。
おお、ちゃんとした占いではないか。しかも理にかなっている。
今更フン族を滅ぼしても意味がない。それよりは、今、このフランク族どもの前に、丸裸で横たわっている豊穣の地、ガリアを支配することに全力を上げるのが、最も正しい選択だ。
汚い老婆の割には、ちゃんと分かっているではないか。
ワシは、老婆の匂いから逃れるため、少し離れながら思った。
メロヴィクスは、馬から降りて、ローマ長官、アエティウスの使いの者に近づいた。使いも馬から降りる。メロヴィクスと使いの者は向き合って立った。使いの者はメロヴィクスに敬意を表すため、少し腰を屈めようとした。
がつん!
メロヴィクスは、使いの者の胸倉をつかみ、顔を上げさせ、その右ほほを拳で思い切り殴った。使いの者は地に転がる。
「馬鹿にするな、アエティウスの使いの者よ。今、この地には、アエティウスとわが軍しかおらぬ。どうせ我を呼び出して監禁するつもりであろうよ。」
そういって、更にメロヴィクスは大音声で続けた。
「アエティウスに伝えよ!約束どおり、ガリア北部は我らが貰うぞ!それから、約束の金がまだ届いていない。その分は、約束の土地を超えて占領するつもりだ。金を用意したら撤退しよう。」
おぉ!と周りのフランク兵たちが喝采する。これこそが、彼らが最も求めていたものだ。南の豊かな土地。金銀と財宝。ローマの地方長官との対等な交渉。それら全てを、いまこの瞬間のメロヴィクスは体現していた。
・・・
使いの者が這う這うの体で駈け去っていくのを見守りながら、メロヴィクスは、順次やってくる者たちの報告を聞いていた。これも重要なことだ。戦場では、どこで何が起こったか、将たるものでさえ把握できない。記憶が新しく、誤魔化しがきかない段階で事実を正確に把握しておかなければ、あとでもめ事に繋がりやすい。
(これまでのところ、このメロヴィクスという男、やっていることに間違いがない。)
(ソウダロ、コノ男ノ裔ガ、がりあヲ支配シテイクノダ)
なるほど。しかし、このフランク族、いかに人望を集めているとはいえ、この男においそれと忠誠を誓うだろうか。
突然、騎馬の集団が近づいてきた。敵意のない証拠に盾を上下逆さまにして持っている。
「あ、・・・あいつら、どの面下げて、ここに来るんだか。」
近くの者が怒りを抑えながらつぶやいた。
「クローディオ、良く来たな。フン族が負けて、命乞いに来たか。」メロヴィクスが先頭の男に声を掛けた。
「実の父親を呼び捨てか。お前も偉くなったものだな、メロヴィクス。」
クローディオと呼ばれた男が、馬から降りながら声を返した。
「今は俺がフランクの王だ。みんな、お前の下が嫌だといって、俺に従うことになった。クローディオ、お前も納得したはずだ。それなのに、裏でこそこそ動くから、こんなことになった。フン族を呼び寄せたのもお前の仕業だと、皆知っているのだぞ。今まで、何度もお前の裏切りを許してきた。これからもそうだと思っているのか。」
クローディオは、鼻で笑った。
「結果として、フン族は去っていったじゃないか。西ゴートも退却している。フランクとしては喜ぶべきことだ。」
メロヴィクスは、
「お前がフランクを割らなければ、我らの自力で、もっと早く、ガリアに兵を入れることができたはずだ。寒い寒いベルガエの地で、長い年月、凍えて来たのも、お前の策謀でフランクが結束できなかったためだ。今回のような犠牲も必要はなかった。俺たちにも、膨大な死者が出たのだぞ。その失われた命より、お前の命が重いとは言わせぬ。」
と答え、周りの者に、
「誰かある!クローディオの首を落とせ!!それでフランクは敵味方なく、一つの部族となるのだ!!」と叫んだ。
クローディオは顔色を変えたが、近くの者に両脇を抱えられながら、嘯いた。
「そうか、父殺しをするというのだなメロヴィクス。お前は呪われるぞ!お前の子孫は絶えるであろうし、残った者は互いに殺し合い、滅ぼしあうだろう!!それでもいいというのなら、俺を殺すがいい。」
老婆が駆け寄って来た。
「やめよ、やめんか!父殺しは大罪じゃぞ、メロヴィクス!クローディオのいうことは真じゃ。そなたの家系は呪われることとなるぞ!」
メロヴィクスは動ぜずに、
「構わん!これまでこの男のために数多くの戦士らが戦場に屍を晒した。これで禍根を絶ち、今後はフランクが一体となって敵に当たるようにするのだ!そのためには、我が家系が呪われようとも、俺が呪われようとも、ここで正邪を明らかにするのが、我が定めよ!」
と答え、クローディオを抑え込んでいる戦士らに合図をした。
「メロヴィクス!!!」クローディオは騒ぎながら連れて行かれ、やがて、「ザンッ」という音とともに、その声は切れた。
メロヴィクスは、フン族の側に立っていた集団の主だった者を睨んだ。
「これより、俺のみがフランクの王だ!異論のある者は、今、我に申せ!!」そう言いながら、男たちの前を歩いて回る。足元に唾を吐き捨て、挑戦の意思表示をするが、男たちは、メロヴィクスが前を通ると、膝を折って恭順の意を示した。
「今日より、我らフランクは、このガリアの地を我が物とする!まずはガリア。そしてゲルマニア。南に下ってイタリア。フランクは世界の王者となるのだっ!」
メロヴィクスは叫び、大勢の者たちが、「王よ!フランクの王、メロヴィクス!メロヴィクス王!!」と歓呼した。
クローディオの首も槍の穂先にぶら下げられ、共にその光景を見ていた。
(いい話だ。)
ワシは、なんとなく呟いた。いい話というのも変な感じだが、この光景を見ていて、ワシもこの、フランクという蛮族に、結構好意を持つようになってきていた。このメロヴィクスという男、なかなかの器量だわ。蝦夷地あたりの攻略を任せてもよいかもしれぬ。毛皮が暖かそうだしな。
(イイ話カ?戦国武将ノ感覚ハヨク分カラヌナ)
と声がぶつぶつ文句を言った。
(コノ戦ガアッタノハ、聖歴451年。今ヨリ100年ホド前ノコトダヨ。)
(そうか。これで、今、ワシが赤ちゃんをしている時代に繋がるのじゃな。)
ワシは来るべき別れを予感した。
どうしてだか分からないが、この声は、ワシに夢を見させて、ゲルマン人の長い歴史を教え込もうとしていた。しかし、ここまで来たら、もう現在の状況に綺麗につながる。
この後、メロヴィクスの子がガリアを征服し、その子、クローヴィスが、正統派聖教に改宗して、フランク王国を打ち立てる。クローヴィスの子、クロタールが王となり、クロタールの子らが現在の王だ。そのうちの一人がキルペリク。欲しがりやのキルペリク王で、我が父ロゴの封主だ。
もはや、見るべきものもなかろう。
(苦労であった。)
声に一言、言ってやった。
(汝ガ本能寺デ死ンダノハ、納得デキタカネ?)
ああ、そういう話もあったな。さすれば、ワシは生まれ変わったということか。
(汝ノ魂ハ、未練タップリ、世界ノ狭間デ行キ惑ッテイタ。ソレヲ引キ寄セテ、ふらんくノ器ニ容レタノガ、我ダヨ。)
なぜ、そういうことをする。
(なるほど、分かったぞ。お前は、ずっとゲルマンに肩入れしていたからな。ゲルマン民族の神か何かであろう。)
(ヨク分カッタナ。我ハ、げるまんノ神、おーでぃんジャ。汝ニハ我ガ力ヲ与エヨウ。ソシテ、げるまんノ支配スル土地ヲ、世界ノ果テマデ拡ゲルノジャ。)
ワシは、ふんっ、と笑った。
(どのような力をくれるつもりかは知らぬが、そのような力はいらぬ。ワシは、自分の力で立ち、自分の力で奪い、支配することにする。)
そしてワシは叫んだ。
「ワシは(僕は)、信長じゃ(テウデリク)だ!!他人の力を借りて、世界を支配したとしても、それに何の意味があろうか!ワシの(僕の)力で、ワシの(僕の)軍勢で、このガリアの地、その周辺全てを、我が膝下に置くこと、それにこそ意味があるのじゃ(んだ)!!」
ワシと僕は、声を揃えた。
「「力など、要らぬ!!!」」
うぉーっと声を上げた。ようやく分かった。僕はテウデリク、世界を支配する者だ。これから、人智の限りをつくし、我が肉体をもってして、この世界を我が物とする。神の力など借りぬ。僕は自分と、自分で選び、鍛えた家臣のみを信じる。僕は今までそうやってきたし、これからもやり方を変えるつもりはない。
明智に裏切られたのも、別に構わぬ。裏切られたからといって、やり方を変えるつもりなどない。僕は全身全霊をもって家臣を信じた。家臣を遠方に派遣するときも、領国を任せるときも、人質を取るなどという器の小さいことをするつもりもなかったし、これからも同じだ。
自分が最も正しいと思うやり方で、この得体のしれぬ時代、果ての見えぬ大地、勝手気ままな人民を従え、僕が長年夢見てきた、活力があり、法と秩序の支配する世界、卑劣な人間がのさばらず、働きもせぬ者が、働く者の上に威張ってあぐらをかくことのない世界、不正は厳しく罰せられ、功績は正しく賞せられる世界、それを実現させるつもりだ。
そのために、神の力など借りぬ。
「その言やよし!」
今まで頭の中でだけ響いていた声が、突如実体化したかのように、耳に響いた。
僕は、今や目を開けて、館の天井を見つめている。知らない天井だ、いや、ここ数か月で見慣れるようになった天井だ。我が父、ロゴの館、我が母、クロティルドの寝室の天井だ。
「その言やよし!」
神々の姿が、部屋に満ちている。
オーディンと名乗った神、その他、名も知れぬ神々が部屋の中で浮き上がり、声を揃えて僕を賛美する。
「「我ら神々は、そなたテウデリクに力貸すことなく、ただただ見守るのみ!!」」
くるくると僕の周りを回り始める。
「「「しかしながら、ゲルマンの神々は、そなたテウデリクの事績を見守り、その行いを称賛し、永遠に記憶に留めるであろう!!」」」
そうだ、それこそが僕が求めるものだ。神々は、横に立ち、見守るもの。戦うのは人の役割だ。その域を侵すこと、この僕が許さぬ。
「見よ、僕、テウデリクの行いを。神々よ、我が行い、ご照覧あれ!!」
僕が叫び(「バウバウ!」だけど)、神々は静かに消えていった。
あとには、真っ暗な部屋と錆猫、そして僕だけが残った。
・・・
「BUKKAKEするからな!」
酔っぱらったロゴとクロティルドが部屋に戻ってきた。おい。なんだかぶちこわしじゃないか。
(第1章 完)
ご一読ありがとうございました。
第二章は、幼児編となります。




