第9回 王脩、主簿として活躍をする
王脩は孔融に戻ってきたことを報告した。
孔融が言う。
「淑治よ、ちゃんと親孝行は出来たかな?」
「はい。父親とは今までにないくらい、しっかりと話すことが出来たと思います。母親は既に亡くなっておりますが、墓前にて、今までの事、これからの事など、心と心で対話できたように思います。」
「しっかりと親孝行できたようだな。さて、これからは私を主簿として支えてもらいたいと思っているが、淑治よ、お前は主簿の仕事をどのように捉えている?」
「はい。主簿の仕事は、孔融様に係るあらゆる仕事に関し、その処理を行い、孔融様に尽くす仕事であると思っております。」
「うむ、概ね間違いない。あとは、全ての仕事は民のためにと思ってやってもらうといいだろう。」
「はい、承知いたしました。全ては民のためと心得、仕事に取り組んでいきたいと思っております。」
孔融への報告を終えて正堂を出た。そして、これから主簿として執務を行う書房へと向かった。
書房には既に、黄文をはじめとする一五名程の者が、王脩が来るのを待っていた。
王脩が来ると、一同が拝礼した。そして、王脩も拝礼を返した。王脩が言う。
「皆さま、私はこの北海郡竟陵県の生まれで、この度、主簿の役目を拝命いたしました王淑治と申します。若輩者であり、わからぬことだらけで迷惑をかけるかもしれませんが、どうぞ、よろしくお願い致します。」
一番古株と思われる吏の者が言う。
「主簿殿は、頻繁に孔融様からお声がかかり、その都度、孔融様に求められたことをお答えいただくのが、最も重要な執務と言えます。書佐殿は主簿様の支えと補助をしていただくのがお役目となります。どうぞ、雑務は我々にお任せいただきたく存じます。」
「わかりました。ただ、仕事の一連の流れは知っておきたいので、忙しいとは思うが、お教え願いたい。」
「承知いたしました。書佐殿には既に説明をさせて頂いておりますが、改めて私の方からご案内をさせて頂きます。」
こうして、王脩は吏の者から仕事の一連の流れを教わった。大量の竹簡が山積みされており、それを運び整理して管理をするのが「吏」であり、新たな行政文書の作成を行うのが「史」、来客対応を行うのが「門下吏」、という分担になっていることがわかった。
仕事ぶりは、個々人が自分の職責に基づいて、必死に取り組んでいることがわかり、王脩は改めて気を引き締めた。
王脩が黄文に言う。
「練達殿は、既に先の吏から説明を聞いたとのことだが、実家からはいつお戻りを?」
「私の実家は近いものですから、いつでも行けます。その事から、親孝行は三日ほど行い、主簿殿のために少しでもお役に立とうと思い、休暇は切り上げた次第でございます。」
「私はのうのうと言われるがまま休暇を取ってしまったというのに、私のためにかたじけなく思う。」
「いえ、当たり前のことをいたしたまでです。なんせ、書佐は主簿殿を支えるのが仕事ですから。」
早速、王脩は黄文とともに仕事を始めた。
まず重要なのは、案件の整理である。
孔融自らが決裁するものであるのか、主簿の職権で決裁しても差し支えない軽微なものなのか、という分類を行う。
案件は流れるように次から次へやってくるので、その処理の速度と、決断力が必要とされる。
孔融の決裁が必要なものは、主簿が自ら説明し、そこでの質疑応答が行われ、場合によっては呼び出しを受け、再度説明することもしばしばである。
また、決裁案件でなくとも、孔融から呼び出しがかかり、その相談に乗り、助言するのも重要な仕事であり、この頻度もかなり高い。
正堂にて孔融が執務を行っている間、すなわち日が沈む夕方の頃まで、この書房の面々に休むときは無い、と言っていいであろう。
忙しい初日の職務が終わった。
王脩、黄文にはそれぞれ官舎が割り当てられ、そこで生活することになる。王脩は黄文を自分の官舎に招いた。家人が出迎いに出てきたので、軽い酒食の用意を頼んだ。
黄文が言う。
「主簿になると、家人もあてがわれるのですね。私は、残念ながらまだまだ家人を持てる身分ではございません。」
「練達殿も働きぶりが求められれば、そのうちそういった身分になるのは難しくはないでしょう。」
「そうなれるように、精進せねばと思います。しかし、行政の仕事がここまで忙しいものとは思いませんでした。書生の時は、行政を批判したりもしましたが、なるほど、これだけの仕事量があれば優先順位をつけねばならず、小さい案件などは拾い上げるのは難しい、と思いました。」
「私も初日ですが、正直圧倒されました。孔融様も、私が主簿になったばかりだから、といった雰囲気は一切なく、良くも悪くも既に一人前とのご認識で色々と聞かれ、辟易しましたよ。」
「それでも何とかこなしたのでしょう。さすがは、淑治殿、我が上官でございます。」
二人は笑いあい、楽しい時間を過ごした。
こうして、王脩と黄文は二人で同じ職場で苦楽を共にする年月を過ごす。そして二年後、王脩に転機が訪れるのである。




