第34回 王脩、曹操の死を見送る
どんな英傑であっても、天から下された寿命には勝てない。
それを、証明する様な死であった。
魏王曹操が、亡くなったのである。享年六六歳であった。
王脩は哭泣をした。
曹操は能力重視で、人間性に問題がありそうな人物も重用することに躊躇はなかったが、王脩に関しては能力だけではなく、その人間性も高く評価していた。
曹操の下に来てから、様々な経験を積み、そして、大事な人たちの別れが立て続けに続いた。
「自分の人生も終わりに近づいているのであろうか・・・。」
王脩は、その様な気持ちになったが、生ある間は、民のため、国のために働くと改めて心に誓った。
「曹操様。後の事は後進の者たちに任せ、安らかにお眠りください。」
王脩は、涙ながらに心の中で祈った。
その曹操は、次世代に二つの課題を残した。
「天下統一」と「王朝樹立」である。
曹操の後を継いだのは、長男が亡くなっている関係で、次男の「曹丕」であった。曹丕は魏王に就くとすぐに、課題の一つである「王朝樹立」に手を付ける。
漢の献帝から、帝位を譲り受ける「禅譲」という仕組みを相国の鍾繇が考え出し、その礼にならって、血を流すことなく、帝位を譲り受けたのである。ここに、西暦二二〇、漢は滅亡し、魏が正当な王朝として樹立された。
ここで、皇帝となった曹丕、文帝に王脩は呼び出しを受けた。王脩は、文帝と直接対面するのは初めての事であった。
文帝が言う。
「王淑治よ。お前を“郎中令”に推す声があった。私はその声に従うつもりだが、お前はどうだ?」
「はい。ありがたく受けさせて頂きます。ところで、どなた様が私を推してくれたのでしょうか?」
「ここにいる、相国の鍾元常の推薦だ。」
王脩は、驚いた。以前、反論したにもかかわらず、郎中令の様な要職に、自分を推してくれたからである。
鍾繇が言う。
「王淑治よ。そなたの真っすぐな仕事ぶりは、誰もが見ていないようで、見ているものだ。そのまっすぐさで文帝を支えてもらいたい。」
「かしこまりました。」
こうして、王脩は郎中令となったのである。
王脩は、行政官としての経験はもちろん、国家財政、礼の管理、そして今度は宮中の管理と、これだけ幅広く、そして深く一つ一つの仕事をこなした人物は、中々いない。
それだけ、王脩の忠義の心と能力は高く評価されていたのであり、数年間、郎中令として真摯な心で文帝に仕えるのである。




