第32回 王脩、黄文の死を聞く
王脩は大司農に就任した。初日は部下を全員集め、今後の方針を含めて、王脩が言う。
「我々の仕事は、国家の財政と経済を預かること。これは非常に、大切なことである。国家の財政が破綻すれば、国は滅び、民は路頭に迷う。国の経済が回らなければ、物資の流通は滞り、たちまちに民は困窮してしまう。そうならないために、我々は身命を賭して働かねばならない。特に、税に関しては、民からの大事な預かりものと心得、決して無駄の無いようにしてほしい。」
全員、拝礼して王脩に応えた。
王脩は、部下全員と面談を行った。まずは今一度自分の考えを伝え、それについてどう思うか、現場で起きていることの疑問点や問題点を聞き出した。
中には、不正に近い話の告発などもあり、それが事実とわかれば即座に是正し、関わっていた者は、今回は譴責に留め、二度目はない、という姿勢で臨んだ。
大司農府の空気は引き締まり、皆がそれぞれの職責を全うするようになったのである。
王脩がこうして忙しくしている最中、黄文の家の者が使いでやってきた。そして言う。
「王脩様。本日未明、我が主の黄練達が亡くなりましたので、お知らせに参りました・・・。」
王脩は驚いた。つい最近、あれほど元気に酒を飲んでいた黄文が亡くなったというのだ。王脩は聞く。
「練達殿は、何故、お亡くなりになったのだ?」
「最近疲れがたまっている、というのは我々も気付いており、心配しておりました。昨日は、お帰りになったら食事もとらずにすぐ眠るということで、その様に準備をしました。今朝、あまりにもお起きになるのが遅いので見に行きましたら、既に息を引き取っていました・・・。」
「おおお・・・。何たることだ・・・。」
王脩は人目を憚らず、大いに泣いた。
黄文とは、旅達のやっていた宿で出会って以来、多くの時間をともに過ごしてきた。人にも自分にも厳しい王脩には、数少ない、心の内を明かせる友でもあった。その黄文がこうもあっさりと自分の前から消えてしまったことが信じられず、あの日の酒が死因なのではないか、と自分を責めた。
王脩の涙は止まらなかった。使いの者が言う。
「王脩様。我が主の枕頭に、王脩様宛の書状がありましたので、お持ち致しました。」
王脩は涙をぬぐい、その書状を見た。まさに、見慣れた美しい黄文の文字であった。
「淑治殿。この書状をお読みということは、もう、私はこの世にいないということであろう。淑治殿と出会ってから、かなりの歳月が過ぎるが、その多くの時間を共に働くことが出来たことが、我が人生一番の誇りである。淑治殿は、時折、直情的になることがあるので、その点は注意して頂きたい。そして、怒りや感情が爆発しそうになった時は、常にこの言葉、“すべては民のため”を思い出してほしい。そうすれば、冷静になれるはずである。無能な私を魏郡の功曹といった高位にまで引き上げてくださったことも感謝している。体には無理をせず、気を付けて働いてほしい。」
王脩は、書状を見終わった後、再び涙が止まらなかった。
黄文には、いつも助けられていた。
官位は常に自分が先行していたが、それも黄文の支えがあってこそ、だったといえる。王脩は涙をぬぐいながら言う。
「黄文殿には本当にお世話になった。本来であれば、私が喪主として弔いたいところではあるが、今、仕事を離れることは出来ない。仕事を離れることを、黄文殿も望んではいないはず。申し訳ないが、そなたたちで黄文殿の見送りをしてほしいのだが、頼めるか?」
「もちろんでございます。我々でつつがなくお見送りしたいと思います。」
「よろしく頼む。また、残された家人でまだ働きたい者がおれば、全員私の方で面倒を見よう。」
「お心遣い、ありがとうございます。その際は、どうぞ、よろしくお願い致します。」
王脩は心の中で言う。
「黄文殿、これでよかろうか?安らかに眠られよ。私は、もう少し民のために働いてから、そっちに行くぞ。」
こうして王脩は、大司農として治績を挙げていくことになるのである。




