第31回 王脩、大司農になる
曹操が「魏公」になった。これは、「魏」という国が建国をされたことを意味し、曹操は「漢」という国の丞相から、国を持つ立場になったのである。
曹操が漢をないがしろにしていることは、今は亡き孔融が指摘しており、孔融が生きていれば猛反対をしたであろう。
曹操の魏公就任に、もう一人反対していた者がいた。
「王佐の才」と言われ、曹操を支えていた「荀彧」である。
荀彧は、漢の復興のために曹操に尽くしていたのであるが、 晩年は、曹操と意見が合わず、寿春に左遷され、失意のうちに亡くなってしまった。
そして、曹操の周辺には魏公就任に異を唱える者はいなくなったのである。
王脩は、どう考えたか。
この件に関しては、必然的なことであり、賛否どちらでもなかった。
王脩のこれまでを見ても、「漢」という国に特にこだわりを持っておらず、孔融、袁譚、曹操と仕え、懸命に働いてきた。最終的には、民のためになればよい、というのが答えであった。
王脩に魏公になった曹操から、呼び出しがかかり、王脩はすぐさま向かった。
曹操が言う。
「淑治よ。今までここ鄴をはじめ、魏郡のことを大きな混乱もなく治めてくれたこと、感謝している。そのお前に報いるために、魏国の“大司農”をお前につとめてもらいたい。」
大司農とは、「九卿」の一つであり、国家全体の財政、経済に関わる者の最高位の官職である。王脩が言う。
「その様な重責、私に果たせますかどうか・・・。」
「謙遜が過ぎるぞ、淑治。お前ならできるから、私はお前に就任せよ、と言っている。よろしく頼むぞ。」
「わかりました・・・。ありがたく、拝命いたします。」
王脩は、昇進するとはいえ、民に直接触れることのできる行政官から離れることに一抹の寂しさを感じた。
しかし、曹操から信任され、国家の財政を任された以上、まさに民のために国家の財政を破綻させてはならず、民から吸い上げた税が無駄に使われない様に管理することに全力を注がねばならない、と考えた。
王脩は黄文に、大司農就任の件を伝えた。黄文が言う。
「大司農就任とは、本当におめでとうございます。」
「私も大きな責任を感じております。しかし、民に直に触れる職の方が私には適しているような気もしており、魏郡太守の職を辞するのがいささか残念で・・・。」
「国家の財政を預かる、というのは、全ての民を預かると同じことです。責任は、より重くなりますね。」
「本当は練達殿も連れて行きたかったのだが、練達殿は引き続き功曹として、魏郡全体の統括をお願いしたい。」
「わかりました。後任の太守様はどなたかわかりませんが、この黄文、体が動く間は、民のために働く所存です。」
「そういってくれるとありがたい。しかし、これは言うかどうか悩んだのだが、いささかお疲れか?ここ最近、ややお痩せになったように感じているのだが・・・。」
「・・・。問題ありません。多少、疲れているのは事実ですが、まだまだ民のために働けます。」
「それなら、いいのだが・・・。」
「さあ、今宵はお祝いをしようではありませんか。」
この夜は、黄文と酒食を共にした。
黄文はいつも以上に杯をあおり、とても楽しげであり、王脩もいつもより酒が進んだ。
しかし、これが黄文との最後の時間となるのである。




