第30回 王脩、曹操の敗戦を聞く
曹操は、孔融を処断した年の後半、大軍を編成して「劉表」が治める荊州に侵攻を開始した。
劉表が病死をし、その跡目を継いだのは「劉琮」であるが、劉琮は何もすることなく、曹操に全面降伏をした。
この時、曹操の宿敵ともいえる「劉備」は、荊州北部の「樊城」を守っていたが、全面降伏の話を聞くと、すぐさま逃亡の準備を図った。一時は絶体絶命の所まで追い詰められるが、曹操軍の追撃を振り切り、何とか逃げ切った。
その後、荊州にて三顧の礼で迎えた軍師、「諸葛亮」を「孫呉」の「孫権」のもとに派遣し、同盟関係を締結した。
兵力で言えば、弱い者同士が組んだところで、荊州軍を丸ごと手に入れた曹操にかなうものではなかったが、曹操軍に疫病が蔓延したのと、火計による奇襲攻撃が成功し、「赤壁」にて曹操軍は敗北を喫した。
この敗北の知らせは、王脩など、留守を預かる者たちに大きな衝撃を与えた。誰が考えても、今回の戦は曹操軍が勝利をする、とよんでいたからである。
黄文が言う。
「戦とは、わからぬものですね・・・。」
「全くその通り。誰も、今回の敗戦は予想できなかったであろうな・・・。」
「民の中でも、今回の敗戦は既に噂となっております。これを契機に、何かたくらむ者がいないとも限らないので、巡察を強化しようと思います。」
「是非、お願いしたい。ここまで、孫呉の軍が攻めてくることは無い、ということを民に伝えて頂きたい。」
「畏まりました。では、早速参ります。」
黄文は、魏郡全体に巡察強化の命令を出し、自らも城内、城外問わず巡察を行ない、民の不安を払拭した。
この敗戦は、曹操軍に甚大な被害をもたらし、ここまで順調であった曹操の天下統一の戦いも、一旦、足が止まる格好となったのである。




