第24回 王脩、袁譚の死を聞く
袁譚は、正式に曹操に臣従することになった。
「そこまで弟の袁尚殿が憎いのか・・・。」
王脩は心の中で呟いた。
父の袁紹は直接曹操に殺されたわけではないが、官渡の戦いに敗れた心労から病を発し亡くなったわけで、曹操が父の仇と考えるのが普通であろう。その仇と手を組んでまで、跡目争いとは言え、弟と戦う道を袁譚が選ぶとは思わなかった。
しかし、決まった以上、王脩は迷うことをやめた。
曹操は早速、冀州を本拠地とする袁尚攻めを決めた。
そして袁譚の方にも、速やかに集合すべし、と命を下した。
袁譚軍は大急ぎで編成を行う。
袁譚は王脩に言う。
「淑治よ。この度の戦では私の近くで参謀格として働いてくれ。」
「かしこまりました。軍の編成を急ぎましょう。遅れることにより、曹操殿に指摘を受けないようにするべきです。」
袁譚軍は編成を終えて、曹操の本陣へと向かった。
曹操が言う。
「袁譚殿、よくぞ参った。私が思っていたより二日ほど早い到着だ・・・。」
「恐れ入ります。私の様な者を、迎え入れて頂いたこと、感謝の気持ちに堪えません。」
「私も、こんなことになるとは思わなかった。まずは、我らが共通の敵、袁尚を存分に破ろうではないか。」
「はい。何卒、よろしくお願い致します。」
曹操の大軍と袁譚軍が、怒涛の勢いで冀州への侵攻作戦を開始した。
袁家での争いでは優位に立った袁尚だが、まさか兄である袁譚が曹操に膝を屈してまで同盟するなど、全く考えていなかったことから、冀州は大混乱へと陥った。
袁尚はやむを得ず、「鄴」での籠城を選択した。
その間も、曹操軍は冀州を蹂躙し、鄴を取り囲む支城を次々と落とし続けた。
袁尚は参謀の審配に聞く。
「このままでは滅亡を待つだけだ。曹操と兄の前に膝を屈するなど、耐えられぬ。何か策はないのか!」
「・・・。まさか、袁譚が曹操と組むなど、想像することが出来ませんでした・・・。この鄴を取り囲む支城も次々と曹操軍に降っております。もはや、降伏をするか、逃亡を図るかのいずれかになるかと・・・。」
「降伏は、考えられん!しかし、逃亡と言ってもどこに逃げるというのだ?」
「まずは、この冀州は諦めて幽州に後退するべきかと考えます。」
「・・・。悔しいが、それしかあるまい。今夜、夜陰に紛れて脱出をする。」
こうして袁紹は、一部の側近を引き連れ、夜陰に紛れて幽州に向けて落ち延びて行った。
総大将を失った鄴はすぐさま降伏し、長らく袁家が本拠地としていた冀州は曹操軍の手に落ちたのである。
そして、曹操は献帝を許都に留め、自らの本拠地を鄴に移すことにした。以後、この鄴は曹操軍の軍事拠点として機能することになる。
袁譚としては、曹操がまるで冀州を自領の様に経営し出したことに違和感を覚えた。各地の豪族にも大盤振る舞いをし、かつて袁家に仕えていた者たちの多くが、曹操の支配を受け入れるようになった。
袁譚は王脩に言う。
「曹操は鄴を今後の拠点として定めた。今のところ、幽州方面に逃げた袁尚を駆逐する様な事を言っているが、その割に豪族たちを懐柔するなど、今後の自領化を見込んでの動きの様に思えるかどうか。」
「恐らくではございますが・・・。」
「頼む、言ってくれ。」
「袁譚様がおっしゃる通り、冀州をこちらに返還する気など毛頭ないと考えます。仮の本拠地、という取り組み方ではございません。」
「冀州を曹操にとられたら、私が曹操に臣従した意味は全くなくなる・・・。」
「曹操が次にどういう命をこちらに下すか、で今後の事が読めると思いますが、今の時点での妙案は残念ながらございません・・・。」
「そうか・・・。今しばらくは、このまま様子を見ることにしよう。」
とりあえず、曹操の次なる動きを待っていた袁譚の下に、曹操から使者が来た。使者は言う。
「袁譚よ。そなたを青州刺史より、北海郡の相とする。今後は、北海郡の経営に専念せよ。」
袁譚は返す言葉が無かった。
この命令で、冀州は曹操の者である、という宣言に変わらなかった。
袁譚は使者を見送り、王脩を呼んだ。
「淑治よ。曹操は、北海郡以外を私から取り上げる決定をした。もう、これ以上、従うことは出来ぬ・・・。」
「それは、同盟を破棄して曹操と相対するということでしょうか?」
「ああ、そうだ。勝てる見込みは無いが・・・。」
「一つだけ、策がございます。」
「淑治、教えてくれ。」
「今、幽州を押さえている袁尚殿と同盟をし、曹操を挟撃するというものでございます。」
「・・・。今になって、兄弟で組めというのか・・・。」
「ここは言わせていただきますが、もう、お互い兄弟で争う愚というものはお分かりいただけたのではないでしょうか。」
「私が是としても、袁尚が受け入れるかどうか・・・。」
「ここは、仲治殿のお力をお借りすべきと存じます。」
「わかった、仲治を呼んでくれ。」
辛毗は、秘密裏に幽州へと向かった。
最初は当然のように難色を示した袁尚も、幽州で打つ手がなく留まっていたことから、参謀陣からの勧めもあり、打倒曹操の目的がある間は、手を組む、ということを了承した。
辛毗は帰還し、同盟締結の成功を袁譚に報告した。
袁譚はこの報告を受けて、心から喜ぶことは出来ないが、曹操に反旗を翻す覚悟を決めた。
袁譚は、全軍の前で檄を飛ばす。
「一度は膝を屈したが、我が父の命を奪った曹操をそのままにしておくことは出来ぬ!皆の者!この戦いは苦しい戦いとなるであろう。しかし!我が袁家再興のために、皆の力を貸してほしい!」
曹操軍に家族を奪われた者が多い兵士たちは、この檄に呼応し、袁譚軍の士気は久しぶりに高まったのである。
そして北海郡から、青州刺史時代に拠点を置いていた平原を奪還すべく、進軍を開始した。
しかし、さすがは曹操である。
袁譚が近々、反旗を翻すことをあらかじめわかっていたかのような備えがされており、手痛い反撃を受けた。
袁譚は早期の退却を余儀なくされた。
この侵攻は、幽州の袁尚と同時期に行う予定のものであったが、袁尚が出陣した形跡が無いことが後にわかった。
辛毗が譴責の使者として派遣されるが、袁尚はその時期、ちょうど病にかかり動けなかったので勘弁してほしい、という謝罪の書状が届いた。袁譚が言う。
「嘘か真か知らんが、相変わらず、忌々しい奴だ・・・。」
王脩が言う。
「しかし、袁尚殿の力を借りずしての勝利は無いかと思われます。ここは一時、我慢いたしましょう。」
「・・・。わかった。しかし、今回の奇襲に関して、曹操は備えが万全であった。曹操は、私が裏切る、ということをわかっていたのだろうか・・・。」
「それは、わかりませぬ。しかし、情報の統制は、より一層厳しい体制を構築いたします。」
実は、王脩も袁譚同様、曹操がまるでこちらが反乱を起こすのをわかっていたかのような備えに、少し違和感があった。
すると、王脩のところに一人の男がやってきた。旅達である。旅達が言う。
「淑治殿、今回は手痛い一敗となったな。もう、曹操軍に付け入る隙は無い。袁譚は、滅ぶと私は思っている。」
「旅達殿、まさかとは思いますが、我が方の情報を曹操方に漏らしたりはしてないでしょうな?」
「それは、何とも言えない。情報を仕入れて高く売るのは俺の生業。淑治殿に情報を提供しているのは、俺個人が淑治殿に興味があるからだ。それ以上でも、それ以下でもない。だから、仮に曹操が多くの対価を払ってくれるのであれば、俺が曹操に情報を提供するのは、当然のことと言える。」
「なるほど・・・。今回の件、一枚嚙んでおりますな?」
「それは、言えない。ただ、今日は淑治殿に一つ情報を提供しようと思い、やってきた。」
「どの様な情報でしょうか?」
「袁譚殿は、近いうちに敗れるであろう。その後は、曹操につくといい。曹操は名士の処遇の仕方も十分承知しているし、優秀な人材を集めるのが趣味みたいなところがある。淑治殿なら、曹操のお眼鏡にかなうだろう。」
「今は、身の振り方など考える段階ではない。袁譚様のためにどうしようか、無い知恵を絞るだけだ。」
「そうかい。さっき言ったように袁譚の滅びは近い。それは、曹操軍がここに侵攻してくるってことさ。袁尚の方にも攻め込む。二方面同時での作戦が展開されるだろう。淑治殿、くれぐれも自分の命は大事にすることだ・・・。」
こう言い残すと、旅達はいつもの様に姿を消した。
今聞いた情報の真偽はともかく、袁譚には直ちに戒厳令を発して、臨戦態勢を取るべきことを王脩は提案した。袁譚が言う。
「・・・わかった。この袁譚、命の限り曹操に抵抗することとしよう。」
そして、北海郡が臨戦態勢を固めている最中、曹操軍が大軍で押し寄せてきた。防衛線はあっさりと突破され、曹操軍の先鋒が、袁譚の本陣に迫る。袁譚はここまでと自害をしようとしたが、それも許されぬほどの猛攻で、袁譚は名もなき兵士によって討ち取られたのである。
幽州の袁尚軍も撃破され、異民族の「烏桓」の下に逃げ込んだが、殺害され、その首は曹操に送られた。
ここに、袁紹一族は滅び、河北一帯は曹操の支配下に入ったのである。
王脩は、袁譚が殺害されたときは本陣におらず、今回は袁譚の代理として後方の防備に当たっていた。袁譚を守り切れなかったことを悔み自害をしようとしたが、黄文に止められて、自重した。黄文が言う。
「淑治殿、自分の命を大切にして下さい。袁譚様も、あなたの死を望んではいないでしょう。だから今回は留守を任されたのだと思います。我々が働くのは民のため、でございます。それを忘れないでください。」
王脩は泣きながら、黄文の言葉を受け入れ、生き続けることを選んだのである。




