第23回 王脩、袁譚を止められず
王脩は、様々な角度から、袁尚との対立をどうやれば収められるか考えに考え抜いたが、妙案が出てこなかった。
その折、袁譚から呼び出しを受けた。袁譚は言う。
「どうだ、淑治よ。何か妙案は思いついたか。」
「申し訳ございません。やはり、私はどうしてもこの局面で兄弟が争わなければいけないのかわかりませんでした。身内である兄弟で争っている人が、血のつながりの無い他人とどうやって交わるというのでしょうか。ここは、もはやこの争いを扇動している佞臣の首を斬って初めから関係の構築をやり直すしかないと思います。」
「佞臣の首・・・。審配や逢紀のことか。」
「はい。袁尚様は、あの者たちに踊らされているだけだと思います。」
「しかし、それを実行することは出来まい・・・。そこで、私も一策考えたか、聞いてくれるか?」
「はい、もちろんでございます。」
袁譚は一旦居住まいを正し、目を瞑った。そして深呼吸をしてから、ゆっくりと言う。
「私が考えたのは、曹操との同盟だ。」
王脩は驚いた。そして、言う。
「なんと・・・曹操と同盟を結び、弟である袁尚殿を倒す、ということですか。」
「ああ、そうだ。父の仇であり、同盟を持ち掛ければそれこそ、様々な条件を出してくるであろうが、まずは弟を止めねばならん。」
「・・・。しかし、その様なことが可能なのでしょうか。」
「やってみなければわからん・・・。しかし、私はやる価値があると思っている。」
「確かに、場合によっては妙案となる可能性もありますが、かなり難しい交渉ごとになるでしょう。」
「ああ。そこで、今回は“辛評”に行ってもらおうと思っている。」
「なるほど・・・。辛評様でございますか。」
辛評、字を仲治という。世間に名の通った名士であり、外交を得意としている人物である。辛評はこの場に呼ばれた。
袁譚は、辛評にあらかじめ曹操との同盟の件を相談していた。辛評の見解としては、必ずしも不可能ではないが、相当の条件を出される覚悟だけは必要である、という。
辛評が言う。
「以前も申し上げた通り、実現不可能な案件ではございません。しかし、私自身、どの様な条件提示をされるか、想像もつきません。袁譚様、どこまでお譲りになるつもりでしょうか?」
「金銭的な要求、人質の要求なら、全面的に受け入れる。領土の一部割譲も止むなし、と考えている。」
「なるほど・・・。承知いたしました。私にどこまでの決定権を頂けるのでしょうか?」
「そうだな・・・。先ほど言った件に関しては、お前の方で承諾できると考えた範囲であれば、その場で決してくれて構わない。それ以上の要求の場合、持ち帰ってきてくれ。」
「わかりました。出来得る限り、こちらに有利な条件で話をまとめるよう、尽力致します。」
「頼むぞ、仲治よ。」
この策は、恐らく袁譚が頭をひねってもがき苦しんで出した案であろうと、と王脩は思った。
そして、この案が仮に表面的に上手くいっても、老獪な曹操に取り込まれるのは目に見えていた。しかし、王脩は敢えて止めなかった。実際、兄弟の争いを止めることは不可能な状況になっており、袁尚の裏をかくとすれば、曹操との同盟というのは妙案といえ、自身では思いつかなかったからである。
王脩は、曹操の下に向かう辛評を見送った。王脩が言う。
「仲治様。この大役、果たせるとすれば仲治様しかおりますまい。」
「ははは。最近では、淑治殿にいいところを持っていかれていたのでな。ここは、外交の仲治、と言われた腕前を見せたいと思っている。」
辛評は笑いながら答えた。更に続ける。
「しかし・・・。これは袁譚様には言わないで欲しいが、私に決裁権を与えてくれた範囲で、曹操が動くとは思えない。もっと過酷な要求をしてくると考えている。」
「それは、どの様なものですか。」
「臣従せよ、この一言だ。」
「・・・。臣従、それはさすがに飲めますまい。」
「ああ。だから、この交渉は困難を極めるであろうな。」
「どうぞ仲治様、何とかこの話をおまとめ頂くこと、願っております。」
こうして、辛評は曹操の本拠地であり、漢の献帝がいる「許都」に向かって行ったのである。
―六日後―
辛評は、日の入り前に許都に到着した。
門番に袁譚の使者であると告げると、すぐに会う、とのことであった。辛評は緊張した面持ちで、曹操の待つ正堂に向かった。曹操が言う。
「そなたが辛仲治か。そなたの話は、兄である伯儀(辛毗)から聞いている。非常に優秀な弟であるとな。」
「恐れ入ります。本日も早速お会いできたこと、心より嬉しく思っております。」
「うむ。ところで、袁譚と言えば、現在私とは敵対関係にある。その袁譚に仕える仲治殿が、今回はどの様な用件で参ったのだ?」
「お恥ずかしい話なのですが・・・。」
「遠慮せずに言ってくれ。」
「ご存知の事と思いますが、袁紹亡き今、我が君袁譚とその弟袁尚が後継者争いをしております。」
「それで?」
「曹操様には是非、我が君、袁譚の味方をしていただきたく・・・。」
「私が袁譚の味方に?跡目争いは、我らにも利がある。我らが止めるのに協力すると思うか?」
「はい・・・。おっしゃる通りでございます。しかし、袁尚軍の勢いは盛んで、我々だけでは止められなくなっています・・・。」
「仮に我らが協力するとして、何の見返りを頂けるのかな?」
「条件に関しましては、まずは、そちらからご提示いただければと思います。」
「条件・・・。思いつくのは一つのみだ。」
「おっしゃって頂けますでしょうか?」
「袁譚を袁家の正当と認めよう。その後、我に臣従せよ。」
「臣従、でございますか?」
「そうだ。それ以外の条件では割に合わん。」
「それでは、領土の割譲は如何でしょうか。」
「割譲を受けなくても、取ろうと思った土地は、私は自力で取る自信がある。それ故、割譲も魅力的な条件とは言えない。条件は臣従、それのみだ。」
「・・・。わかりました。さすがにこの場で私が答えられる条件ではございませんので、一度、持ち帰らせて頂きます。」
「わかった。よく、考えるといいであろう。」
辛評は、馬を飛ばしに飛ばし、北海郡へと戻った。
そして、同盟の条件は「臣従のみ」という厳しい条件であることを、袁譚に伝えた。
「臣従・・・。四世三公の我が袁家に、曹操の犬になれ、というのか・・・。」
「交渉を試みましたが、臣従以外の条件は、残念ながら受け付けない、とのことでした・・・。」
「そうか、仲治ご苦労であった。」
この話を聞いていた王脩に袁譚が聞く。
「淑治よ、この条件をどう思う?」
「普通に考えれば、容認できるものではございません。しかし、今の袁尚軍の勢いを止めるには、自力だけではどうしようもないのも、事実です。」
「確かにな・・・。まずは、袁家の正式な後継者になることを優先すべきか・・・。」
「ここはよく考えるべきです。袁譚様、曹操に膝を屈することが本当にできますか?」
「・・・。心から屈するのは無理であろう・・・。」
「それでは、曹操に見透かされるのではないでしょうか。」
「ならば、どうすればよいのだ?」
「袁家のもめごとですから、袁家の中で収めるべきです。どちらかが譲る、これしかありません。これさえできれば、まだまだ曹操に十二分に対抗できるでしょう。」
「それが出来れば、そうしている・・・。私も袁尚も、もう引き下がることは出来ないのだ・・・。」
王脩は、返す言葉が無かった。
沈黙の時間が長く続く。その沈黙を破る様に、意を決した袁譚が言う。
「仲治よ。曹操殿の条件、全面的に受け入れる、と返答せよ。」
「かしこまりました・・・。再び、許都に参ります。」
王脩は何とか、袁譚と袁尚の和解を望んだが、実現可能性がないことから、曹操と組んで、袁尚の勢力に対するという袁譚の決断を覆すことは出来なかった。
そして、このことが袁譚、袁尚といった袁家の人々の運命に大きな影響を与えるのである。




