第14回 王脩、孔融の危機に命を懸ける
北海郡の相である孔融の評判は、民からは上々である。
孔融自身が民の前に出ていくわけではないが、各県令、県長を通して、北海郡の全てを熟知している、と言っても言い過ぎではないくらい、政務に心血を注いでいた。
ところがここ最近、北海郡だけではなく、中華全体で黄巾賊の残党を名乗る者たちが集結し、反乱を起こすという事態が頻発していた。
孔融は事態を重く見て、北海郡全体に戒厳令を発布し、各城の兵士たちはいつでも出動できる臨戦態勢を維持すること、各村落には大至急、自警団の整備を行うよう指示した。
王脩は県令として、この孔融の命令を高密県全体に浸透させるために、城外の巡察の強化を行い、村落の自警団の点検を行った。
その結果、各村落に自警団はあるものの、若者自体があまりいない村、装備品が全く足りない村、など多くの問題があることが分かった。
そこで王脩は、全ての状態を把握したうえで、若者が足りないところには兵士を、装備品が不足しているところには、一時的に城内の装備品を貸与するなどして、過不足なく、全体的に概ね戦力を均一に図る様に見直しをかけた。
王脩が県尉に聞く。
「この城の兵を多少出す羽目になってしまったが、その事について意見はあるか?」
「はい。不足分に関しましては、予備兵の招集をさせて頂ければ埋めることは可能かと。」
「わかった、許可しよう。すぐにとりかかってくれ。これで当面は大丈夫であろうか?」
「はい。城内の兵に関しては、交代で臨戦態勢を取らせていますので、いつでも出動可能です。物資も問題ありません。」
「孔融様の戒厳令が解かれるまでは緊張した状態が続き大変だと思うが、頼りにしている。」
「はっ。お任せください。」
こうして、高密県は万全の体制を県令である王脩自らが動いて作り出した。他の県令、県長たちも自分のできることは全てやり、万が一に備えての防備を強化した。
これで、「小規模」な反乱であれば、起きれば鎮圧できる体制は整ったといえる。
しかし、あろうことかこの北海郡の各県の素早い対応を目の当たりにして、反乱を画策した者たちは、連合軍を結成したのである。その数およそ二〇〇〇、劇県の都尉が統べる一〇〇〇の倍の勢力となったのである。
この危機を受けて、都尉は孔融に進言した。
「孔融様、ご安心ください。我らは精鋭、敵は烏合の衆に過ぎません。私が八〇〇程の兵を率いて突撃し、賊を壊滅させます。」
「そうか。頼んだぞ。」
勇んで都尉は突撃をしたが、反乱軍は予想以上の強さを発揮し、都尉は退却する羽目となる。しかも、貴重な兵を半分ほど死傷させてしまう体たらくであった。
孔融は城門を閉じ、籠城の構えに入った。
このことは北海郡全体に広まり、王脩の耳にも入ってきた。王脩は言う。
「劇県にて、孔融様が危機に立たされているという情報が入った。私は、すぐさま救援に向かおうと思う。」
県尉が言う。
「お待ちください。反乱軍は今のところ劇県に集中している模様ですが、こちらも油断はできません。」
「もちろんだ。高密県の防備を軽んずる気は毛頭ない。しかし、いくばくか、県尉殿の判断で私に付けられる兵はどのくらいか。」
「県令殿、自ら出陣されるということですか?」
「もちろん。孔融様には多大な恩がある。ここは県尉殿に任せる。」
「わかりました・・・。私の判断として、県令殿にお渡しできる兵は最大で六〇程だと思いますが・・・。」
「ほう、そんなに出してもらえるのか!それはありがたいことだ。」
「反乱軍の規模は二〇〇〇程と聞いています。こういっては何ですが、県令殿が六〇程を率いていっても、焼け石に水ではないのでしょうか?」
「そうかもしれん・・・。しかし、私の恩人ともいえる孔融様が未曽有の危機に陥っているのだ。それを放っておくことは出来ない。」
「今回の戦いは、兵力では反乱軍が勝りますが、持ち合わせている物資の面から言えば、明らかに我が方が勝ると思います。苦しいかもしれませんが、籠城戦にて敵の消耗を待つのがよろしいかと思います。」
「なるほど。頂いた助言は頭に入れておこう。それでは、早速、出陣の準備をしたいと思う。」
「わかりました。大至急、兵士に招集命令を出します。」
こうして孔融への援軍として、手勢僅か六〇を率いて、王脩は高密県から出動した。
この行動に、各村落の王脩の行動に義憤に駆られた若者たちが参戦させてほしい、という願い出をしてきたことにより、劇県に入るまでに王脩の率いる手勢は、約二〇〇になっていた。
孔融は籠城を維持し、反乱軍は攻めあぐねている。緒戦は反乱軍の勝利となったものの、膠着状態が続いていることにより、反乱軍の士気も低下してきている。
孔融は呟く。
「外から援軍が来れば、挟撃して反乱軍を屠ることが出来る。来てくれるとすれば、王脩か・・・。」
この呟きが王脩に届いたのか、王脩は反乱軍の背中を奇襲する作戦を考えていた。それに、孔融が反応して出陣してくれなければ、全滅しかねないが、孔融が反応してくれれば、挟撃することが可能であり、兵数で劣っても、勝機を見いだせると思ったからである。
「孔融様を信じるしかない・・・。」
王脩は反乱軍の後方に奇襲攻撃をかけることを兵士たちに伝えた。兵士たちは一瞬ざわついたが、王脩を信じている兵士たちは、すぐに静かになった。
そして、王脩は奇襲攻撃の命令を出した。
二〇〇人の兵が、鬨の声を挙げて、反乱軍の後方に一気に攻めかかった。油断していた反乱軍は、後方からの攻撃に慌てて冷静さを欠き、戦線を離脱する者が多数出てきた。
城兵から援軍が来た模様です、という報告を受けた孔融は、すぐさま城門を開けて出撃せよ、との命令を出した。
挟撃される格好となった反乱軍は散り散りとなり、兵数の多さを活かすことなく、撤退をしていった。
そして、孔融が援軍の将は誰かと聞くと、王脩であるということが分かった。孔融は、城外に出て王脩を出迎えた。そして言う。
「淑治よ。私は、必ずお前が助けに来てくれる、と信じて待っていた。礼を言うぞ。」
「駆けつけるのが遅くなり申し訳ございませんでした。本当にご無事で何よりです。」
「一時はどうなる事かと思ったが・・・。淑治よ、本当に礼をいう。」
「孔融様がいなければ、今の自分はありません。今後とも、よろしくお願いします。」
こうして王脩は、孔融の危機を救い、北海郡全体の治安も元通りとなり、孔融は戒厳令を解除した。しばしの平安の時が訪れるが、時代は動き、また事件は起こるのである。




