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三国志・王脩伝ー義に厚き漢ー  作者: 涼風隼人


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13/22

第13回 王脩、孝廉に挙げられる

 王脩は県令として、精力的に政務をこなした。


 正堂にこもりっきりになることなく、時間が出来れば巡察を行い、城内の雰囲気というものを感じる事を重視した。


 幸い、孫一族の一件から、他のならず者たちもおとなしくなり、治安は良好という状態が続いた。


 県丞や抜擢した県尉も、仕事に誠心誠意向かっている様子が伺え、高密県の評判は上がっていった。


 この様に、充実した日々を過ごしていた王脩に、孔融の使者がやってきた。使者が言う。

 「県令殿。孔融様が直接お知らせしたい事がある故、私と共に相府まで来るように、とのことでございます。」


 「使者殿と共に参れとは、何か大きな事件でも起きたのでしょうか?」


 「いえ、私はただ共に戻れと命じられただけでして、直接の理由は存じ上げませぬ。」


 「わかり申した。もう日が沈みかけていますから、今晩は官舎にお泊りくだされ。明日の早朝、出発することに致しましょう。」


 使者との面会を終えた王脩は、県丞と県尉を呼び出した。そして言う。

 「孔融様から、相府に来るようにと呼び出しの命令があった。私は明日の早朝に出て、数日留守にするかもしれないが、後のことはよろしく頼む。」


 県丞が言う。

 「お任せください。県尉殿と共に留守は預からせて頂きますので、ご心配なく。」


 県尉が言う。

 「私の方でも巡察を強化し、県令殿の不在を知って、悪事を行う者が出ない様に致します。」


 「二人とも、頼んだぞ。」


―明朝―

 王脩は、使者と共に相府に向かって出立した。


 直接呼び出される様な覚えはないことから、何事であろう、と思いながら馬を走らす。使者が言う。

 「私の勝手な想像ですが、悪い話ではないと思いますよ。」


 「何故、そう思われるのか?」


 「私は、使者として度々、方々に出向きます。孔融様がお怒りの時の場合は、譴責を認めた書状を持たされますが、今回の場合は、口頭でのお呼び出しでした。その様な場合、大抵何らかの褒賞をお与えする場合が多いのです。」


 「なるほど・・・。しかし、孔融様に褒賞される様な事は、自分で考えても思いつかない。」


 「何をおっしゃいます。県令殿の名声は、孫一族とのことで更に上がり、世間でも名士として讃えられております。きっと、いい話だと思いますよ。」


 王脩と使者は、度々話しながらも、馬を走らせた。


 そして、まだ日が落ちる前であることから、孔融がいるであろう正堂に向かった。使者が帰任を報告した後、王脩が正堂に呼ばれた。孔融が言う。

 「淑治、久しいの。お前が高密県で善政を敷いていることは評判になっている。」


 「ありがとうございます。自分のできる精一杯で取り組んでいるだけでございます。」


 「その謙虚なところはお前の美点だ、大切にしなさい。さて、今回呼び出したのは他でもない。淑治、お前の孝廉への推挙が中央で正式に認められた。」


 「私が、孝廉に、でございますか。」


 「ああ。私の下で郡の主簿をつとめ、今は県令として立派にやっている。次は、中央で働いてみよ。」


 「ありがとうございます。何と名誉なことでしょうか。」


 「お前の働きぶりは、孝廉に挙げるに相応しいと思い、私が推挙したのだ。」


 「本当に、ありがとうございます。しかし・・・。」


 「しかし、何かね?」


 「今しばらく孔融様の下で、働かせて頂けないかと。」


 「孝廉の話を蹴って、私の下で・・・。嬉しい言葉ではあるが、中央で働くことが将来のお前のためになるのだ。」


 「私も以前は、いずれは孝廉に、と憧れの対象でした。しかし、今は高密県の民のためにやらねばならぬことが多く残っており、今の職務を全うしたく考えております。」


 「淑治よ。今一度考えよ。孝廉を断るなど、私の価値観では考えられない話だぞ。」


 「それでも、それでもなお、孔融様の下、県令として働くことをどうか、どうか、お認めいただきとうございます。」


 「・・・。考えておこう、と言いたいところだが、それだけはならぬ。高密県県令の選任も終わったところだ。戻って、引継ぎの用意でもするがよい。その後、長安に向かってもらう。淑治よ、納得できぬかもしれぬが、どうかこの孔融の気持ち、汲み取ってくれ。」


 「・・・。わかりました。生意気を申しました。孝廉に挙げて頂いた恩を忘れず、中央にて励みたいと思います。そしていずれまた、孔融様の下に戻りとうございます。」


 「わかってくれたか。では、話はここまでだ。今晩は、ゆるりと酒でも酌み交わそうぞ。」


―明朝―

 王脩が出発しようとすると、黄文の他、懐かしい面々が見送りに来てくれた。黄文が言う。

 「淑治殿。孝廉に挙げられたとか。非常に名誉なこと、おめでとうございます。」


 「練達殿、ありがとうございます。しかし、本当の気持ちを申せば、まだ高密県の県令としてやり残したことも多く、今の職務を全うしたい、と言うのが本音です。」


 「孝廉を断るなど、ありえましょうか。」


 王脩は苦笑いしながら答える。

 「孔融様にも同じことを言われました。」


 「そうですか。しかし、今の都は洛陽ではなく長安。しかも、戦乱の真っただ中ではございませんか。些か危険な様にも感じますが・・・。」


 「それは、確かに。孝廉に挙げられた者たちを役目に任命することなど行われているのか、わかりませんね。」


 こういった会話をしていると、一人の男が近付いてきた。どこかで見た顔だ。その男が言う。


 「淑治殿、練達殿。達者にしておるか?」


 黄文が言う。

 「旅達殿、旅達殿ではないか!」


 王脩が言う。

 「おお、まさに旅達殿だ!お元気でしたか?」


 「ああ。ここにいるのが元気の証さ。二人の活躍も、俺の情報網には乗ってきていたから、こっちは、そんなに久々の感じがしないがな。」


 旅達は続ける。

 「例えば、黄練達、若き名士王淑治の推薦を孔融殿が受けて、北海郡の主簿となる。更に、王淑治、高密県での問題であった孫一族の問題を一日にして解決。どうだい、俺の情報網は?」


 王脩が言う。

 「驚きました。その様な情報まで、お知りなのですね。」


 「ああ。俺たちみたいな人間にとって、情報は宝だからな。お互いの情報を交換し合って、それを金に換えていくのさ。」


 「お会いしたときから、ただ者ではないと思っていましたが、そういうことなら合点がいきました。」


 「そうかい。今回は孔融様の依頼を受けて、報告にあがったところだ。」


 「孔融様からの依頼とは・・・。」


 「内容はさすがに言えないが、淑治殿には関わるものかも知れない。まあ、ここから先はさすがに言えないが。」


 「そうですか・・・。私は今から高密県に戻るところですが、それを取り消した方がいいような内容でしょうか。」


 「淑治殿もうまい聞き方をするな・・・・。そうだな、もう少しゆっくりでもいいように思うぜ。孔融様の側近と会うのは、もう少し後の時間になるからな。」


 「わかりました。それなら、もう少し時間を遅らせての出発としましょう。お見送りに来ていただいた方々、申し訳ない。」


 黄文が言う。

 「それなら、仕事開始の時間まで、歓談すると致しましょう。県令殿のお話を是非、我らにお聞かせ願いたい。」


 こうして、王脩は、しばらく出発の時間を延期した。


 書房にて、黄文やその他の面々と話をしていると、孔融からお呼びがかかった。


 淑治は急ぎ正堂に向かった。そして言う。

 「孔融様、お呼びでしょうか。」


 「おお、淑治。実は、昨日話した孝廉の件であるが、現在の都である長安の方で、官が全く機能しておらず、新たな人材の任命など出来ぬ、本当にひどい状況になっているらしい。あれほど言い聞かせて何だが、今回、中央へ行くことは見送ってくれ。」


 淑治は、これが旅達のもたらした情報であることがすぐにわかった。

 「かしこまりました。しばらくは、高密県の県令ということでよろしいでしょうか?」


 「ああ、そうしてくれ。」


 「ところで、この情報は、旅達殿がもたらしたものでしょうか?」


 「淑治、旅達を知っているのか?」


 「はい。練達殿と知り合ったのは、旅達殿がきっかけになりますので。」


 「そうか。なかなか実態のつかめぬ男だが、もってくる情報は早くて正確だ。私は直接会うことは無いが、郡を預かる立場になれば、ああいった連中との関係も必要になってくるものだ。」


 「なるほど・・・。勉強になります。」


 「しばらくは、引き続き高密県の事を頼む。」


 王脩は拝礼して退出した。


  出発しようと思ったところ、再び旅達が現れた。旅達が言う。

 「淑治殿。もし、私の力が必要になった時は、いつでも声を掛けてくれ。まあ、それなりに給金は頂くが。」


 「わかりました。情報と金なら、その重要性は情報だと思います。しかし、どうやって連絡を取ればよろしいのか?」


 「宛城のあの宿に直接言づけてもらってもいいし、この赤い布を王脩殿の邸宅の外から見えるところにつるしてくれ。そうすれば、俺たちの仲間がすぐに話を聞きに行く。」


 「なるほど。各所に旅達殿に繋がる人間が住んでいる、ということか。」


 「どこにどれだけいるかは、さすがに言えないが、まあ、そういうことさ。」


 「わかりました。お願いしたいことがあるとき、使わせて頂きます。」


 王脩は赤い布を懐にしまい、高密県へと戻って行った。


 そしてしばらくは、高密県の県令として励み、一層の治績を挙げ続けるのである。そして、事件が起きる。

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