# 第九話 止まれない脳
コンサータをやめてから。
またキレやすくなった。
自分でも分かるくらいに。
◇
まず音が駄目だった。
笑い声。
車の騒音。
店の電話。
全部神経に刺さる。
しかも頭の中が止まらない。
考えが次々浮かぶ。
怒り。
フラッシュバック。
過去。
失敗。
全部同時。
脳が常に暴走している感じだった。
◇
その日も眠れていなかった。
夜。
知り合いと飲み屋へ行った。
正直、酒は好きじゃない。
だが家にいると頭がおかしくなりそうだった。
店の奥では若い客が騒いでいた。
大声。
下品な笑い。
机を叩く音。
最初は我慢していた。
だが途中から頭痛が始まる。
ズキズキする。
視界も狭くなる。
来た。
危険なやつだ。
分かっていた。
すると、騒いでいた男の一人が後ろへ下がってきた。
椅子がぶつかる。
その瞬間。
頭の中で何かが切れた。
俺は立ち上がっていた。
「うるせぇんだよ」
気付けば胸を突き飛ばしていた。
男がよろける。
店が静まる。
周囲がこっちを見る。
男も一瞬キレた顔をした。
だが俺を見て止まった。
多分、顔がヤバかったんだと思う。
自分でも分かる。
あの時の俺は完全に危ない顔をしていた。
結局、喧嘩にはならなかった。
待ち伏せも無かった。
向こうが引いた。
俺は席へ戻った。
だが、全然スッキリしなかった。
むしろ冷えた。
「ああ、今の普通に捕まるやつだな」
そう思った。
◇
帰宅後。
鏡を見る。
目が死んでいた。
昔なら、
「舐められなかった」
で終わっていたと思う。
だが今は違った。
もし殴っていたら。
もし頭を打っていたら。
もし警察呼ばれていたら。
そういう考えが少しだけ浮かぶ。
歳なのか。
薬のおかげなのか。
分からない。
だが昔より、
「壊した後」
を考えるようになっていた。
◇
それでも不眠は悪化していった。
眠れないと、本当に危ない。
自分でも分かる。
だから睡眠薬を増やした。
一種類。
二種類。
三種類。
最終的には、それでようやく眠れるようになった。
完全じゃない。
だが寝れる日は、かなり違う。
頭痛も減る。
フラッシュバックも少し弱い。
何より、怒りが爆発しにくい。
◇
昔の俺は、
「ムカついたら行く」
だった。
煽られたら降りる。
騒がれたら怒鳴る。
イキった奴がいたら潰す。
そういう一直線の人間だった。
だが最近は違う。
面倒なんだ。
捕まるのが。
揉めるのが。
人生終わるのが。
それを少し考える。
多分、ようやく現実感が出てきた。
昔は自分が壊れてもどうでも良かった。
だが今は違う。
まだ店がある。
動画もある。
やりたい事も少し残っている。
だから止まる。
止まれる時がある。
◇
店の奥。
睡眠薬を水で流し込む。
薬漬けだった。
笑える。
ガキの頃は、
「精神科なんて恥」
と言われた。
だが今の俺は、薬無しだとまともに眠れない。
まともに生きられない。
結局。
昔の大人達は何も分かってなかったんだろう。
気合いで治るなら。
俺はとっくに普通の人間になっていた。




