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# 第八話 静かになる代償



 コンサータは効いた。


 本当に。


 だから困った。


     ◇


 薬を飲むと、頭の中が静かになる。


 昔の俺なら、店の前で騒ぐガキにすらイラついていた。


 車に煽られれば降りていた。


 不眠が続けば、人を壊す想像ばかりしていた。


 だが薬を飲むと違う。


 一回止まれる。


 考える時間が出来る。


 それがどれだけ大きいか、普通の人間には分からないと思う。


 俺みたいな人間は、

「止まれない」

 から壊れる。


 だから、初めてだった。


 まともな脳になれた気がしたのは。


     ◇


 問題は金だった。


 薬代も高い。


 だがもっと酷かったのは病院だ。


 近場で処方されない。


 だから俺は新幹線で通っていた。


 毎月。


 交通費。


 診察代。


 薬代。


 全部合わせると三万近く飛ぶ。


 赤字続きの雑貨屋には重すぎた。


     ◇


 それでも最初は続けた。


 必要だったからだ。


 薬を切ると、自分が危ない。


 分かっていた。


 だから金を作った。


 アクセサリーを売る。


 ブランド服を売る。


 昔買った物を次々処分した。


 だが足りない。


 現実はそんなに甘くなかった。


 動画も伸びない。


 売上も弱い。


 生活費もある。


 身体も壊れている。


 頭痛もある。


 何もかも金がかかる。


     ◇


 ある日。


 財布を見て計算した。


 無理だった。


 本当に。


 今月払えば、来月が危ない。


 来月払えば、その次が死ぬ。


 そういう状態だった。


 店の奥でしばらく座っていた。


 静かだった。


 薬が効いている時間だったから。


 だから余計に辛かった。


 この静けさを失うって分かっていたからだ。


     ◇


 最後に病院へ行った日。


 待合室で俺はずっと床を見ていた。


 周囲には普通の顔した人間が座っている。


 だが皆、何か壊れてるんだろうなと思った。


 見た目じゃ分からないだけで。


 診察はすぐ終わった。


 医者は淡々としていた。


 俺も淡々としていた。


 本当は叫びたかった。


「この薬が無いと危ない」


 そう。


 だが金が無い。


 それで終わりだった。


     ◇


 帰りの新幹線。


 窓の外を見ていた。


 景色が流れていく。


 俺は昔から、

「普通」

 に追いつこうとしていた気がする。


 学校。


 家族。


 仕事。


 人間関係。


 全部。


 だが結局、金まで必要だった。


 まともに生きるにも金が要る。


 笑える話だった。


     ◇


 薬をやめて数日後。


 また頭の中がうるさくなった。


 車の音。


 人の声。


 店の電話。


 全部イライラする。


 思考も止まらない。


 フラッシュバックも戻る。


 教師。


 父親。


 怒鳴り声。


 過去。


 全部。


 やっぱり駄目だな、と思った。


 俺の脳は、多分最初から壊れている。


     ◇


 店の棚を見る。


 売った後の空間だけ残っていた。


 アクセサリーも。


 服も。


 もう無い。


 薬代に変わった。


 だが、それでも足りなかった。


 結局。


 俺は金で治療を諦めた。


 いや。


 諦めさせられた、の方が近いかもしれない。


 貧乏人は壊れたまま生きろ。


 世の中ってのは、多分そういう構造なんだ。

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