# 第七話 薬で静かになる脳
最初にコンサータを飲んだ時。
俺は少し怖くなった。
あまりにも静かだったからだ。
◇
昼。
店の奥。
いつも通り頭がうるさかった。
あれやれ。
これやれ。
動画。
仕事。
金。
将来。
怒り。
過去。
全部同時に来る。
しかもフラッシュバックまで混ざる。
脳の中で常に怒鳴り声がしているみたいだった。
だが薬を飲んで数十分後。
急に静かになった。
「……は?」
思わず声が出た。
頭の中のノイズが減っている。
呼吸も浅くない。
視界まで落ち着いている。
車の音。
外の話し声。
今までは全部イライラの原因だった。
だが、その日は違った。
流せる。
普通に。
それが衝撃だった。
◇
その感覚で、昔を思い出した。
小学生の頃だ。
俺は精神科へ連れて行かれていた。
理由は単純。
多動が酷かったから。
座っていられない。
忘れ物。
衝動。
授業中に動く。
当時から完全に浮いていた。
学校も親も困っていたんだろう。
そこで薬が出た。
リタリンだった。
当時の俺に薬の意味なんて分からない。
だが、飲むと違った。
少しだけ静かになる。
怒鳴られる回数も減る。
授業も多少は座れる。
今思えば、ちゃんと効いていた。
◇
だが、ある日。
精神科へ通っている事が親戚に知られた。
そこで祖父がキレた。
『家から障害者を出す気か』
そんな感じだった。
今でも覚えている。
怒っていた。
俺の体調とか。
生きやすさとか。
そんな話じゃなかった。
一番大事だったのは、
「周囲からどう見えるか」
だった。
精神科通い。
発達障害。
薬。
それが恥だったんだろう。
結局、通院はやめた。
薬も終わった。
俺の意思じゃない。
勝手に。
◇
その後、俺はまた壊れていった。
学校では怒鳴られる。
教師と揉める。
家でも浮く。
だが誰も、
「ちゃんと治療しよう」
とはならなかった。
気合い。
根性。
我慢。
昔の人間はそればかりだった。
出来ない理由より、
「出来ない奴が悪い」
で終わる。
◇
今なら分かる。
あの時、治療を続けていれば違ったかもしれない。
もう少しマシな人生だったかもしれない。
だが家の人間には、そんな発想は無かった。
俺がどうなるかより。
世間体の方が大事だった。
近所。
親戚。
周囲の目。
そっちが優先。
家の人間は大体そんな感じだった。
◇
店の奥。
薬を水で流し込む。
静かだった。
昔より。
かなり。
暴力衝動も少し薄い。
全部消える訳じゃない。
だが「止まれる」。
それが大きかった。
昔の俺には、それが無かった。
頭の中で何か始まると、止まらない。
一直線だった。
今思えば危なかった。
本当に。
◇
鏡を見る。
少しだけ人間っぽい顔をしていた。
昔の俺は、
「怒り」と「衝動」
だけで動いていた。
だが今は違う。
多少は考えられる。
多少は止まれる。
薬のおかげだ。
笑える話だった。
ガキの頃、
「恥だから」
と捨てられた薬で。
大人になった俺は、ようやく少しだけ生きやすくなっていた。




