# 第四話 フラッシュバック
最悪なのはフラッシュバックだった。
突然来る。
本当に突然。
匂い。
声。
音。
それだけで頭の中が過去に戻る。
◇
昼。
店で包丁を研いでいる時だった。
外から怒鳴り声が聞こえた。
ただの工事業者だった。
だが、その瞬間。
頭の奥がズキン、と痛んだ。
来た。
まず頭痛。
次に吐き気。
その後、勝手に過去が流れ始める。
止まらない。
教室。
教師。
胸ぐら。
怒鳴り声。
蹴り。
首を締められる感覚。
周囲の生徒の顔。
笑ってる奴。
見て見ぬふりする奴。
全部出てくる。
今、この店にいるはずなのに。
脳だけ中学へ戻る。
呼吸が浅くなる。
包丁を握る手に力が入る。
危ない。
分かっていた。
この状態は危ない。
◇
俺は昔から頭痛持ちだった。
だがフラッシュバックが来ると悪化する。
目の奥を釘で刺されるみたいに痛い。
しかも過去を思い出すほど、どんどん熱くなる。
教師。
父親。
母親。
先輩。
同級生。
全員の顔が浮かぶ。
すると今度は殺意が来る。
「あいつを殺せば良かった」
自然に出る。
止めようとしても無理だった。
それだけじゃない。
途中から、自分にも向く。
「なんで反撃しなかった」
「なんでビビってた」
「なんで壊せなかった」
昔の弱かった自分まで憎くなる。
すると更に頭痛が酷くなる。
悪循環だった。
◇
精神科にも行った。
カウンセリングも受けた。
だが意味は無かった。
『辛かったですね』
『認知を整理しましょう』
『自分を責めないでください』
全部薄かった。
俺が欲しかったのは分析じゃない。
過去を消す方法だった。
だが、そんなものは無い。
結局、人間の脳は壊れたまま残る。
薬で多少鈍くなるだけだ。
◇
夜。
また眠れなかった。
スマホを見る。
午前三時。
外は静かだった。
だが俺の頭の中だけうるさい。
過去が止まらない。
中学の教室。
教師に殴られた瞬間。
周囲の視線。
父親の声。
『殴って構いません』
何度も再生される。
何年経っても消えない。
その時だった。
頭の中で急に考える。
「今なら殺せるな」
教師も。
父親も。
昔よりずっと簡単に壊せる。
格闘技を覚えた。
筋力も付いた。
昔の俺じゃない。
その想像をした瞬間、自分で自分が怖くなった。
普通の人間は、こういう発想にならない。
俺は壊れている。
昔から。
ずっと。
◇
店の鏡を見る。
顔色が悪い。
目の下は黒い。
頭も痛い。
最近は、自分が今を生きてる感覚が薄かった。
過去の延長線にいるだけだ。
しかも、その過去は腐っている。
だから少し刺激が入るだけで噴き出す。
暴力。
怒り。
殺意。
全部。
頭痛薬を飲む。
水で流し込む。
効かない。
最近は薬より筋トレの方がマシだった。
疲れさせないと眠れない。
眠れないと狂う。
本当に単純な構造だった。
◇
包丁を研ぐ。
シャアア……。
静かな音。
鉄だけが削れていく。
人間もこうなら楽だった。
削れて。
形が変わって。
最後は綺麗に終われる。
だが実際は違う。
人間は壊れ方だけ残る。
特に、ガキの頃に壊れた奴は。




