表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/31

# 第三話 眠れない獣


 眠れない。


 それが一番まずかった。


 昔からそうだった。


 一日寝れないだけで頭が熱くなる。


 二日。


 三日。


 そこまで行くと、もう駄目だった。


 世界が全部、敵に見える。


     ◇


 深夜二時。


 店の奥。


 スマホの光だけが部屋を照らしていた。


 動画投稿サイト。


 再生数は止まったまま。


 登録者も増えない。


 金も減る。


 眠気は来ない。


 脳だけが異様に回っている。


 目を閉じても、過去が浮かぶ。


 教師。


 怒鳴り声。


 殴られた感覚。


 父親の声。


『殴って構いません』


 頭の奥で何度も反響する。


 気付けば朝だった。


 寝ていない。


 まただ。


 俺は舌打ちした。


 頭の奥が熱い。


 皮膚の下で虫が暴れているみたいだった。


 呼吸も浅い。


 落ち着かない。


 車の鍵を掴む。


 この時点でもう危なかった。


     ◇


 昼。


 店の前を爆音が通った。


 バイク。


 何台も。


 コール音。


 空ぶかし。


 笑い声。


 頭の血管が脈打つ。


 視界が狭くなる。


 気付けば車に乗っていた。


 エンジン。


 アクセル。


 前方に暴走族。


 蛇行。


 信号無視。


 ヘラヘラ笑っている。


 その瞬間、何かが切れた。


「死ね」


 アクセルを踏み込む。


 車体が前へ飛ぶ。


 相手が散る。


 タイヤの悲鳴。


 怒鳴り声。


 ミラー越しに見えた顔は、本気で怯えていた。


 あと数十センチ。


 本当にそれだけだった。


 だが、その時の俺は何も感じていなかった。


 怖くない。


 罪悪感も無い。


 ただ、静かだった。


 壊れる直前の機械みたいに。


     ◇


 数日後。


 また眠れていなかった。


 朝六時。


 住宅街。


 俺は以前、コンビニでイキってきたガキの家の前にいた。


 自分でも意味が分からない。


 ただ頭の中で、

「行け」

 が止まらなかった。


 インターホンを押す。


 ピンポーン。


 数秒後、母親が出てきた。


「……どちら様ですか?」


「息子いる?」


 女の顔が引きつる。


 俺の顔がヤバかったんだと思う。


 寝てない目だった。


 そのまま奥からガキ本人が出てきた。


 俺を見る。


 固まる。


 顔色が変わる。


 以前、コンビニ駐車場で俺に怒鳴り散らされた奴だった。


 イキって絡んできたくせに、その時は最後ほぼ泣いていた。


「……え?」


 声が裏返っていた。


 俺はそいつを見ながら近づく。


「お前さ」


 一歩。


「次やったら」


 一歩。


「本当に潰すからな」


 静かに言う。


 怒鳴っていない。


 むしろ落ち着いていた。


 だから余計に怖かったんだろう。


 ガキは青ざめながら何度も頷いた。


「す、すいませんでした……」


 母親まで頭を下げ始めた。


 その光景を見た瞬間。


 急に全部、馬鹿らしくなった。


 何やってんだ俺。


 朝から他人の家に来て。


 脅して。


 ビビらせて。


 完全に狂ってる。


 だが止まらなかった。


 不眠の時の俺は、自分で自分を止められない。


     ◇


 また別の日。


 夜。


 車を走らせていると、後ろから煽られた。


 車間距離。


 パッシング。


 幅寄せ。


 その瞬間、頭の中で何かが弾けた。


 俺は急ブレーキを踏んだ。


 幹線道路の真ん中。


 後続車がクラクションを鳴らす。


 知るか。


 俺は車を降りた。


 後ろの運転手は、さっきまでイキっていたくせに青ざめていた。


 スーツ姿のサラリーマン。


 俺は窓を叩く。


「降りろ」


 男は降りない。


 目を逸らしていた。


「煽っといて降りねぇの?」


 窓越しに睨む。


 相手の喉が動く。


 ビビっていた。


 その顔を見た瞬間、また急に冷めた。


 結局これだ。


 人間は、本気で来られると弱い。


 弱いくせに、安全圏だと思うとイキる。


 馬鹿みたいだった。


 俺は車へ戻った。


 ハンドルを握る。


 手が震えていた。


 怒りじゃない。


 脳が壊れかけていた。


 俺は寝れなくなると狂う。


 本当に。


 理性が薄くなる。


 殺すかどうかの線が曖昧になる。


 だから薬も飲んでいる。


 だが完全には消えない。


 暴力ってのは、消えるんじゃない。


 腹の底で腐り続ける。


 そして限界が来ると漏れる。


 それだけだ。


     ◇


 店へ戻る。


 鏡を見る。


 目が死んでいた。


 クマ。


 充血。


 浅い呼吸。


 口元だけが妙に引きつっている。


 昔、教師に言われた事がある。


『お前はそのうち人を殺す顔してる』


 今なら分かる。


 あいつは半分正しかった。


 問題は。


 そうしたのは誰だって話だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ