# 第三話 眠れない獣
眠れない。
それが一番まずかった。
昔からそうだった。
一日寝れないだけで頭が熱くなる。
二日。
三日。
そこまで行くと、もう駄目だった。
世界が全部、敵に見える。
◇
深夜二時。
店の奥。
スマホの光だけが部屋を照らしていた。
動画投稿サイト。
再生数は止まったまま。
登録者も増えない。
金も減る。
眠気は来ない。
脳だけが異様に回っている。
目を閉じても、過去が浮かぶ。
教師。
怒鳴り声。
殴られた感覚。
父親の声。
『殴って構いません』
頭の奥で何度も反響する。
気付けば朝だった。
寝ていない。
まただ。
俺は舌打ちした。
頭の奥が熱い。
皮膚の下で虫が暴れているみたいだった。
呼吸も浅い。
落ち着かない。
車の鍵を掴む。
この時点でもう危なかった。
◇
昼。
店の前を爆音が通った。
バイク。
何台も。
コール音。
空ぶかし。
笑い声。
頭の血管が脈打つ。
視界が狭くなる。
気付けば車に乗っていた。
エンジン。
アクセル。
前方に暴走族。
蛇行。
信号無視。
ヘラヘラ笑っている。
その瞬間、何かが切れた。
「死ね」
アクセルを踏み込む。
車体が前へ飛ぶ。
相手が散る。
タイヤの悲鳴。
怒鳴り声。
ミラー越しに見えた顔は、本気で怯えていた。
あと数十センチ。
本当にそれだけだった。
だが、その時の俺は何も感じていなかった。
怖くない。
罪悪感も無い。
ただ、静かだった。
壊れる直前の機械みたいに。
◇
数日後。
また眠れていなかった。
朝六時。
住宅街。
俺は以前、コンビニでイキってきたガキの家の前にいた。
自分でも意味が分からない。
ただ頭の中で、
「行け」
が止まらなかった。
インターホンを押す。
ピンポーン。
数秒後、母親が出てきた。
「……どちら様ですか?」
「息子いる?」
女の顔が引きつる。
俺の顔がヤバかったんだと思う。
寝てない目だった。
そのまま奥からガキ本人が出てきた。
俺を見る。
固まる。
顔色が変わる。
以前、コンビニ駐車場で俺に怒鳴り散らされた奴だった。
イキって絡んできたくせに、その時は最後ほぼ泣いていた。
「……え?」
声が裏返っていた。
俺はそいつを見ながら近づく。
「お前さ」
一歩。
「次やったら」
一歩。
「本当に潰すからな」
静かに言う。
怒鳴っていない。
むしろ落ち着いていた。
だから余計に怖かったんだろう。
ガキは青ざめながら何度も頷いた。
「す、すいませんでした……」
母親まで頭を下げ始めた。
その光景を見た瞬間。
急に全部、馬鹿らしくなった。
何やってんだ俺。
朝から他人の家に来て。
脅して。
ビビらせて。
完全に狂ってる。
だが止まらなかった。
不眠の時の俺は、自分で自分を止められない。
◇
また別の日。
夜。
車を走らせていると、後ろから煽られた。
車間距離。
パッシング。
幅寄せ。
その瞬間、頭の中で何かが弾けた。
俺は急ブレーキを踏んだ。
幹線道路の真ん中。
後続車がクラクションを鳴らす。
知るか。
俺は車を降りた。
後ろの運転手は、さっきまでイキっていたくせに青ざめていた。
スーツ姿のサラリーマン。
俺は窓を叩く。
「降りろ」
男は降りない。
目を逸らしていた。
「煽っといて降りねぇの?」
窓越しに睨む。
相手の喉が動く。
ビビっていた。
その顔を見た瞬間、また急に冷めた。
結局これだ。
人間は、本気で来られると弱い。
弱いくせに、安全圏だと思うとイキる。
馬鹿みたいだった。
俺は車へ戻った。
ハンドルを握る。
手が震えていた。
怒りじゃない。
脳が壊れかけていた。
俺は寝れなくなると狂う。
本当に。
理性が薄くなる。
殺すかどうかの線が曖昧になる。
だから薬も飲んでいる。
だが完全には消えない。
暴力ってのは、消えるんじゃない。
腹の底で腐り続ける。
そして限界が来ると漏れる。
それだけだ。
◇
店へ戻る。
鏡を見る。
目が死んでいた。
クマ。
充血。
浅い呼吸。
口元だけが妙に引きつっている。
昔、教師に言われた事がある。
『お前はそのうち人を殺す顔してる』
今なら分かる。
あいつは半分正しかった。
問題は。
そうしたのは誰だって話だ。




