表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/31

# 第二十一話 逆転



 俺は、多分。


 人生を取り返したいんだと思う。


     ◇


 普通になりたかった。


 それだけだった。


 結婚して。


 子供がいて。


 仕事して。


 休日に家族で出掛けて。


 夜は飯食って眠る。


 その程度の人生。


 別に金持ちになりたい訳じゃなかった。


 有名にもなりたくなかった。


 ただ、

「普通」

 が欲しかった。


     ◇


 だが現実は違った。


 子供の頃から怒られて。


 浮いて。


 教師に殴られて。


 親には守られなくて。


 格闘技覚えて。


 人間不信になって。


 気付けば睡眠薬飲まないと眠れない人間になっていた。


     ◇


 しかも。


 俺を壊した連中は、多分今でも自分達が悪いと思っていない。


 親も。


 祖父母も。


 親戚も。


 教師も。


 誰一人として謝らない。


「悪かった」


 その一言すら無い。


     ◇


 多分、本気で善意だったんだと思う。


「男だから厳しく育てた」


「長男だから我慢させた」


「殴られて強くなる」


 本気でそう信じてる。


 だから話が通じない。


 俺が壊れたのも、

「お前が弱いから」

 くらいにしか思っていない。


     ◇


 正直、たまに頭がおかしくなりそうになる。


 何で俺だけこんな目に遭って。


 何で俺だけ精神科通って。


 何で俺だけ薬飲んで。


 何で壊された側だけが苦しみ続けるんだ、と。


     ◇


 しかも現実は情けない。


 雑貨屋。


 赤字。


 動画も伸びない。


 身体も痛い。


 頭痛もある。


 フラッシュバックも来る。


 睡眠薬無しじゃ眠れない。


 もう三十過ぎて、

「普通」

 からどんどん離れていく。


     ◇


 同年代は結婚してる。


 家建ててる。


 子供育ててる。


 SNSを見ると出てくる。


 家族旅行。


 運動会。


 休日の写真。


 別に憎い訳じゃない。


 ただ。


 俺の人生は何だったんだろうな、と思う。


     ◇


 でも。


 だからこそ俺は、この店をやめられない。


     ◇


 現実的に考えれば分かってる。


 赤字続き。


 客も少ない。


 もっと普通に働いた方が安定する。


 そんな事は自分でも理解している。


 だが駄目だった。


 どうしても店を閉められない。


     ◇


 何故か。


 ここで終わったら、本当に全部負けになる気がするからだ。


     ◇


 教師に壊されて。


 家庭で壊されて。


 精神も壊れて。


 自己肯定感も無くなって。


 その結果、

「赤字だから廃業します」

 で終わる。


 それだけは嫌だった。


     ◇


 だから思ってしまう。


 いつか逆転してやる、と。


 動画かもしれない。


 研ぎかもしれない。


 商売かもしれない。


 何でもいい。


 とにかく、

「お前の人生無駄じゃなかった」

 と証明したい。


     ◇


 多分。


 俺はずっと損を取り返そうとしてる。


 奪われた時間。


 壊れた精神。


 普通の人生。


 全部。


 どこかで回収したい。


     ◇


 だが同時に。


 それが無理なら、もう死んでもいい。


 本気でそう思っている。


 脅しじゃない。


 メンヘラアピールでもない。


 本当に、

「取り返せないなら終わりでいい」

 と思っている。


     ◇


 極端なのは分かってる。


 普通の人間なら。


 駄目なら別の仕事探して。


 何とか生きるんだろう。


 だが俺は昔から、

「勝つか終わるか」

 しかない。


 途中が無い。


     ◇


 だから危ない。


 自分でも分かっている。


 結果が出ない時。


 金が減る時。


 動画が伸びない時。


 フラッシュバックが酷い時。


 その辺が重なると、

「もう全部終わらせるか」

 が急に現実味を帯びる。


     ◇


 しかも厄介なのは。


 俺は暴力にも死にも、普通の人間より抵抗が薄い事だ。


 中学で壊れた。


 格闘技で慣れた。


 色々考え過ぎた。


 だから、

「やれば終わる」

 が頭へ浮かびやすい。


 そこが本当に危ない。


     ◇


 夜。


 店の奥。


 薄暗い照明。


 誰もいない。


 砥石へ水を掛ける。


 包丁を研ぐ。


 シャアア……。


 一定の音だけが響く。


     ◇


 この時間だけは少し楽だった。


 余計な事を考えなくて済む。


 刃物は単純だ。


 ちゃんと研げば切れる。


 駄目なら切れない。


 そこに嘘が無い。


 人間みたいに理不尽じゃない。


     ◇


 昔の俺は、

「強くなれば救われる」

 と思っていた。


 だが違った。


 強くなっても。


 喧嘩に勝っても。


 周囲を黙らせても。


 過去は消えなかった。


 フラッシュバックも消えなかった。


 孤独も消えなかった。


     ◇


 だから最近は思う。


 俺が欲しかったのは、多分勝利じゃない。


 安心だった。


 普通だった。


「生きてていい」


 と思える感覚だった。


     ◇


 だが今でも、それが分からない。


 だから今日も店を開ける。


 赤字でも。


 客が少なくても。


 動画が伸びなくても。


 まだ終われない。


 終わった瞬間、本当に全部終わる気がするからだ。


     ◇


 多分。


 俺は今も、

「人生を取り返そうとしてる途中」

 なんだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ