# 第二十一話 逆転
俺は、多分。
人生を取り返したいんだと思う。
◇
普通になりたかった。
それだけだった。
結婚して。
子供がいて。
仕事して。
休日に家族で出掛けて。
夜は飯食って眠る。
その程度の人生。
別に金持ちになりたい訳じゃなかった。
有名にもなりたくなかった。
ただ、
「普通」
が欲しかった。
◇
だが現実は違った。
子供の頃から怒られて。
浮いて。
教師に殴られて。
親には守られなくて。
格闘技覚えて。
人間不信になって。
気付けば睡眠薬飲まないと眠れない人間になっていた。
◇
しかも。
俺を壊した連中は、多分今でも自分達が悪いと思っていない。
親も。
祖父母も。
親戚も。
教師も。
誰一人として謝らない。
「悪かった」
その一言すら無い。
◇
多分、本気で善意だったんだと思う。
「男だから厳しく育てた」
「長男だから我慢させた」
「殴られて強くなる」
本気でそう信じてる。
だから話が通じない。
俺が壊れたのも、
「お前が弱いから」
くらいにしか思っていない。
◇
正直、たまに頭がおかしくなりそうになる。
何で俺だけこんな目に遭って。
何で俺だけ精神科通って。
何で俺だけ薬飲んで。
何で壊された側だけが苦しみ続けるんだ、と。
◇
しかも現実は情けない。
雑貨屋。
赤字。
動画も伸びない。
身体も痛い。
頭痛もある。
フラッシュバックも来る。
睡眠薬無しじゃ眠れない。
もう三十過ぎて、
「普通」
からどんどん離れていく。
◇
同年代は結婚してる。
家建ててる。
子供育ててる。
SNSを見ると出てくる。
家族旅行。
運動会。
休日の写真。
別に憎い訳じゃない。
ただ。
俺の人生は何だったんだろうな、と思う。
◇
でも。
だからこそ俺は、この店をやめられない。
◇
現実的に考えれば分かってる。
赤字続き。
客も少ない。
もっと普通に働いた方が安定する。
そんな事は自分でも理解している。
だが駄目だった。
どうしても店を閉められない。
◇
何故か。
ここで終わったら、本当に全部負けになる気がするからだ。
◇
教師に壊されて。
家庭で壊されて。
精神も壊れて。
自己肯定感も無くなって。
その結果、
「赤字だから廃業します」
で終わる。
それだけは嫌だった。
◇
だから思ってしまう。
いつか逆転してやる、と。
動画かもしれない。
研ぎかもしれない。
商売かもしれない。
何でもいい。
とにかく、
「お前の人生無駄じゃなかった」
と証明したい。
◇
多分。
俺はずっと損を取り返そうとしてる。
奪われた時間。
壊れた精神。
普通の人生。
全部。
どこかで回収したい。
◇
だが同時に。
それが無理なら、もう死んでもいい。
本気でそう思っている。
脅しじゃない。
メンヘラアピールでもない。
本当に、
「取り返せないなら終わりでいい」
と思っている。
◇
極端なのは分かってる。
普通の人間なら。
駄目なら別の仕事探して。
何とか生きるんだろう。
だが俺は昔から、
「勝つか終わるか」
しかない。
途中が無い。
◇
だから危ない。
自分でも分かっている。
結果が出ない時。
金が減る時。
動画が伸びない時。
フラッシュバックが酷い時。
その辺が重なると、
「もう全部終わらせるか」
が急に現実味を帯びる。
◇
しかも厄介なのは。
俺は暴力にも死にも、普通の人間より抵抗が薄い事だ。
中学で壊れた。
格闘技で慣れた。
色々考え過ぎた。
だから、
「やれば終わる」
が頭へ浮かびやすい。
そこが本当に危ない。
◇
夜。
店の奥。
薄暗い照明。
誰もいない。
砥石へ水を掛ける。
包丁を研ぐ。
シャアア……。
一定の音だけが響く。
◇
この時間だけは少し楽だった。
余計な事を考えなくて済む。
刃物は単純だ。
ちゃんと研げば切れる。
駄目なら切れない。
そこに嘘が無い。
人間みたいに理不尽じゃない。
◇
昔の俺は、
「強くなれば救われる」
と思っていた。
だが違った。
強くなっても。
喧嘩に勝っても。
周囲を黙らせても。
過去は消えなかった。
フラッシュバックも消えなかった。
孤独も消えなかった。
◇
だから最近は思う。
俺が欲しかったのは、多分勝利じゃない。
安心だった。
普通だった。
「生きてていい」
と思える感覚だった。
◇
だが今でも、それが分からない。
だから今日も店を開ける。
赤字でも。
客が少なくても。
動画が伸びなくても。
まだ終われない。
終わった瞬間、本当に全部終わる気がするからだ。
◇
多分。
俺は今も、
「人生を取り返そうとしてる途中」
なんだと思う。




