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死と開放

決着がつき、外に逃げていた観客が『今回は被害が少なくて良かった』とか『いつもより長かったな』とか言いながら帰ってきて。

そこに居るのに誰にも気づかれないヴェールに「あれって、どういう魔法なんですか?」と最初に聞いたのはリィズだった。

当然というか、答えは『秘密だよ。聞きたいなら本人からじゃないと。』とのこと。

それに加えて、『でも君たちの連れの人もだいぶ強いみたいだね。旅してるなら後で話聞かせてよ』とのこと。願ってもない話だ。こちらからもしなければならない話がたくさんある。

それだけ言い残して試合場に降り、


「いやー、やっぱりうちの騎士様は最強ですね!」


と一言。会場からも賛同の声が沸き立つ。


「そんなわけで次は私か戦おうかと思うんですが今回は私が対戦相手を指名しようと思います。」


そう言ったヴェールが指さしたのはリィズだった。


「え…私なのですか?」


「ぜひ戦ってみたいわ!貴方とっても興味深いもの。」


丁寧な口調がさっきと違い過ぎて気持ち悪い。無理しなくていいぞリィズ。


「じゃあ、ちょっとギエルさんの汚名挽回に行ってきますね!」


即彼女はそう答えていた。


「わかった。頑張って来いよ!」


と送り出す。

リィズが降り立つと、さっきと同様にルールの説明がなされ、そのまま試合が始まった。

その試合内容は、見ていた全員が納得のいかないものになった。

リィズが構えた瞬間、ヴェールは既に後ろに回っていた。

一瞬だったが、そこで彼女はリィズに何かを話して、そのまま決着もつけぬままに去ってしまったのだ。

司会からは『えー、今回は珍しい形になりましたが、これは敵前逃亡扱い…になるんですかね?ヴェールちゃんは気まぐれですから仕方がない!勝利おめでとうございます!』

とのこと。

この結果にはさすがに観客も納得いかないようで、そこかしこから『もっと見たかった』とか『なんでわざわざ指名したんだ』みたいなブーイングが飛び交っていた。

帰ってきたリィズは本当に小さな声で、俺たちにだけ聞えるようにこう言ってきた。


「ここに居てはだめ。まず、すぐにこの国を出ます。」


と。

一切の嘘を感じない、いつもの雰囲気とはまるで別人の鬼気迫る勢いの言葉だった。理由を聞くよりも早く俺たちは荷物をまとめ、出国の準備をした。その間に理由を聞いたが、今は答えられない、の一点張りだった。

この先の行動を手早く考え、目的地を手早く決めてくれたリィズを先導に、最低限の荷物で移動することになった。

リィズは一切この国の人間とこれ以上話してはいけない、とも言った。

宿の料金は部屋に残し、出入口等は一切使わなかった。馬車までおいていく徹底ぶりで誰にも見つからない様にしていた。


ウェーデルを出てすぐに、エテルノが聞いた。


「俺たちの寿命が一気に短くなっている。どういうことだ?」


そう。彼は自分の魔法を好まず、ほとんどの場合でその魔法を意図的に使わない様にセーブしている。だが、今回のことではさすがに使っていたようだ。


「今は少しでもこの国から離れたいのです。歩きながら説明するのです。」


エテルノが言うことは事実だった。

彼の眼に映るのはもう一日も寿命が残っていないヒラソルと、一週間以内のうちに死が確定している仲間たちだった。


「私も早めに説明をお願いしたいです。リィズ様。今回のこの決断、意図が図りかねます。」


リムも珍しく真面目に話している。

ギエルは納得いかない様子だが、リィズの説明を待つつもりのようだ。

ジェイドは何も言わず、まず退避することを考えていた。

彼の知る限り、あんなにも余裕のないリィズは初めてだったのだ。何もないわけがない。何か理由があってこの行動に出ているはずだ、と誰よりも信じていた。

少しして、リィズが話し始める。


「まず、今回の目的であったウェーデルとの対話は絶対に無理です。彼女、ヴェールはもうヴェールではなかった。彼女は恐らく、既にこの世に居ません。」


いつもの口調ですらないリィズから放たれたのはそんな、突拍子もない言葉だった。


「少なくとも私の目には彼女は生きていて、普通に振る舞って、生活しているように見えましたが?」


エテルノが聞き返す。


「はい。あれは、考えたくもないですが…彼女本人を使った偽物です。」


「本人の…偽物?複製品ってことか」


ギエルもまだ話の真相が見えていない。


「それだったらまだマシだったと思います。私の仮説が正しければ、あのヴェールは本当のヴェールの死体…その外側だけを動かされている傀儡です。」


「それはどういうことだ?」


ギエルが、さっきよりも低い声で言う。


「冗談でした、ですまない状況と発言だってことくらい、わかるよな?」


「こんなことを自分の中で確信もなく言えるほど落ちぶれてはないですよ。根拠も残念ながらあります。ギエルさんには特に辛いと思いますが聞いてください。今後の行動をもう一度考えなければなりません。」


「……そうだよな。お前はそんな冗談言える奴じゃねぇもんな。悪かった。続けてくれ。」


「まず一番の根拠は、彼女から発せられた腐敗臭です。そしてそれを隠すようなあの香水も。」


「腐敗臭?そんなのは全く感じなかったが…」


エテルノが聞く。


「私もあの時、耳元まで近寄られてやっと感じたほどです。おそらく、魔法か何かで匂いを抑えているものと思います。香水でさらに上書きしているのも気づきにくい要因ですね。」


「単に多忙で香水で誤魔化した…という案も失礼な話ではありますが無いとは言い切れないはずです。」


ヒラソルも納得しきれない様子がある。


「確かにそれも無くはないですが、一番の理由はあの時私が言われた言葉です。私は言われました。『今、お前の身体には既に死に至る毒を流してある。生き残りたかったら仲間たちを指定の場所に連れてこい』と。さ、みなさん。ここが目的地です。」


リィズが指定した、森の中にある不自然に開けた場所。

リィズの視線は俺たちの方に向けられていた。


「ああ、そういうことだったんですね。」


リムがいやに納得した風に言い、リィズの元に向かう。

ギエルとエテルノはジェイドとリィズの間に立ち、向こうの出方をうかがっている。

ヒラソルも、ジェイドの前に立ちはだかっていた。


「私たちの寿命が減ったのも。急に言葉が強くなったのも。すべては自分の保身のためだったと?」


エテルノが剣を構えながら問いかける。リィズはリムに何かを話している。

ジェイドは、それに気付いた。


「待てみんな違う。これは」


「お前は後ろに居ろ。一番やられちゃいけないのはお前だろうが」


ジェイドがギエルたちを止めようとするが、逆に後ろに戻される。

リィズは一歩も動かずこちらを見据えている。


「そう。みなさん、違います。ここからは私がお話しします。」


リムが言う。リィズに動きはない。


「恐らく、ここは安全です。リィズ様が昔私に話してくださった、子供の頃の秘密通路…その出口が森の中にあると仰っていました。」


「今リィズ自身の口から真相が語られたばかりじゃないか。ここに何かしらの罠があるか、ウェーデルから援軍でも来るのか。」


「それはありません。リィズ様は、そんな安い手に乗るお方ではありませんから。」


その時、やっとジェイドとリム以外も気づく。

リムがずっと、リィズを支えていることに。リィズがもう、息絶えていることに。


「…つまり、リィズは。」


「はい。説明する時間をも惜しんで、最後は自分が真実を伝えきれないで終わってしまい、裏切り者の疑惑をかけられることすら受け入れて、私たちを生き残らせる道を選びました。」


だが。それはおかしい。そんなことは、あるはずがないのだ。

ジェイドの『試見』は近しい者の命の危機にも反応するようになっている。

なのに、全く反応しなかった。これは一体どうしたことか。

一瞬考える。リムたちにはこの違和感が伝わっていないが、それもそうだろう。何度も仲間の死を目の当たりにし、自らも死んでいる体験をしたからこそ得られたと言っても過言ではない追加効果なのだから。

その一瞬でさえフィエリテが作ってくれた一瞬なのだ。すぐに答えを導き、次の行動を起こさないといけない。


「うん。その考えは正解。でも行動が遅いよお前。」


後ろからレッドの声がする。追われていたのだろう。だが、その言葉からも立ち振る舞いからも、全く殺気を感じなかった。

声が聞こえるまで一切気配を感じずにいたということは、彼ほどの戦士なら一思いに殺すこともできたはずである。

ジェイドは問う。


「絶好の機会を逃してまで俺たちに話しかけに来るとは、どういう要件だ?」


「俺は、あんたらに頼みがあって来た。そこの嬢ちゃん…フィエリテって言ったか。その子には悪いが、疑似的に人質になって貰ってる。」


「俺たちに、何を頼むというんだ。俺たちにできる事ならお前自身でもできるだろ?」


ジェイド以外の面々は既に戦闘態勢に入っている。一切の口出しをせず、退路の確認とそれぞれの役回りを視線で確認していた。

それに気づいたレッドは武器を離して座り込んで答える。


「この国の姫さん…ヴェールを開放してやってほしいんだ。詳しくは話せないが俺ら国民には絶対に出来ない様になってる。だからお前たちに頼むしかないんだ。」


「とても信じられる話ではありません。下がってください。今すぐ拘束します。」


リムがもっともな意見を言うが、すぐにレッドが言う。


「あんたそこのフィエリテさんの従者かなんかだろ?ならその主人の命を握ってる俺の話は、まず最後まで聞くくらいしてもいいんじゃないかね?」


「握ってるも何も、もうフィエリテ様は…」


言い切らずに言葉を止めたのは、きっとまだ生きている、という希望を捨てないためだ。


「ただ、貴方がフィエリテさんの命を握っていて、それを自在に左右できるというのならそれをどう信じろというのです。まさかすぐに起き上がって何事もないように行動すると?」


エテルノさんも問うが、それにもすぐに答える。


「タネを明かせば俺特製の死亡擬態薬ってなもんだ。要するに仮死状態ってやつだな。ちょっとばかし体を動かしにくい期間はあるがすぐに元に戻る。解毒剤も持ってきてある。」


「そんなものを使ってくる人相手にどう信頼を置けと言うのか。無理な話です。」


ヒラソルさんもこの話には信頼できる要素を感じ取れないようだ。当たり前、だろう。

だが、レッドは引き下がらなかった。


「俺の言葉が信用できないのも無理はない。だが、今俺が、俺達が頼れるのはお前たちだけなんだ。この通りだ。」


彼は言葉そのままに、地に頭を付けて懇願してきた。『ヴェールを開放してほしい』と。

彼の言いたいことは聞くまでもなくここに居る全員が理解している。

恐らく、彼女…ヴェールは既に死んでいる。そして、その死体を傀儡のように扱っていいように国を動かしている何者かが居る。

そしてその黒幕は、様々な戦場で名を言いふらしているエリンなのだろう。

彼、なのか彼女、なのかは知らないが。死体を操る能力なら毎度の外見の差も簡単に説明がついてしまう。

だが、それらはすべて憶測。フィエリテですら耳元まで近寄られてやっと気づけた腐敗臭。

警戒を解けない今の状況でレッドの匂いを嗅ぐなどできようもない。第一、あちらの方が個人での戦力としては圧倒的に上なのだ。エテルノさんの視た俺たちの寿命は今ここに居るレッドが俺達を殺しに来た故に縮まった、とも取れる。

どうこの状況を見るべきなのか。一番最初に結論を出したのはリムだった。


「やっぱり、信用できません。この場で消しましょう。」


そう言い放たれると同時にジェイドの脳内には、あまりにも単純で確実な解決法が思い浮かんだ。


「待ってくれ。絶対に間違えない方法があった。」


「……なんですか。聞くだけ聞きます。」


「俺が『視て』くればいいだけなんだ。すぐ戻ってくる。」


言うだけ言って、即座に『試見』の魔法を発動させる。

視る未来はもちろん、レッドに協力する場合とそうでない場合だ。

しない場合。とても単純だった。全員死ぬ。レッドが俺たちを殺すのに武器は必要なかった。

素手で、臨戦態勢の俺達をどれだけかかっても数分で殺せる。

協力する場合は、レッドの言葉が真実であることが証明されている。フィエリテは起き上がり、俺たちは抜け道に案内されていく。

選択肢は一つしかなかった。


「レッドの言葉は真実だ。俺が全面的に保証する。だがレッド。お前にも誠意として解毒剤だけ先に渡してもらいたい。」


「…それはできない。そちらが俺の話を信じきれないように、俺も薬だけ取られて殺されるかもしれないだろう?」


「その言葉、本気で言ってるか?お前が本気になれば俺達なんて数分も持たないだろうに。」


その子言葉で何かを感付いた様子だった。


「これだけ数の差があって…まあ、一人は戦う感じじゃねえけど。それでも俺に勝てないってことは。お前、未来を観れるかなんかだろ。戦力差を肌で感じるタイプじゃなさそうだもんな?」


どうしてそこにすぐつながるのか。強さを数値化して比べるとか客観的にこれまでのネームバリューからそう判断したとかなんかいろいろ理由付けは出来そうな気がするのだが。


「まあこれから協力するわけだし。なら魔法のことは教えても不利じゃないはずだろ?」


そう言われれば確かにそうなのだがどことなく仕切られていてもどかしい。


「まあ、未来を見るってので大体あってる。早く解毒剤と、お前の魔法も教えろ。」


「ふむ、まぁそりゃそうなるわな。まずはほい、解毒剤。」


「わっ、わわっ!」


リムが慌てつつもキャッチ。そのままフィエリテに飲ませている。


「で、俺の魔法か。自分で言うのもあれだが、かなり特殊なもんでな。『俺が守ると決めたものの俺の中での価値、及び重要性に応じて俺のあらゆる強さが加算されていく』っていうのがたぶん一番わかりやすい説明だ。」


うん、分かりづらい。つまりは自己強化系の魔法だということだろう。

さて、本題ともいえるレッドの言う『ヴェールを開放する』にはどうすることが必要なのか。それを聞かなければならない。こうして相手の話を聞く状況になった以上は。


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