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流して、離して、守って。

そして、俺自身も準備に追われること数時間。眠って起きたらすぐ出発だ。

馬がきちんと人数分用意されていたので全員きちんと荷物も持っていける。

カンビオの兵との無駄な戦闘は避けたいのでやや遠回りし、約二週間かけてウェーデルにたどり着いた。

見渡す限りの人と、素人目にもとても綺麗な建築の数々が目を引く。

最初に宿の確保、そしてそのまま例の『ヴェール』探しが始まろうとしたのだが。問題はその宿の案内掲示板にあった。

『ウェーデルの名物アイドルヴェールちゃん 今日7時コロシアムに参戦!』

そんなチラシが中央にでかでかと貼ってあったのだ。

存在が眉唾だとか言われてた割にあっさりしすぎだし、なによりアイドルがコロシアム行くのか。というかコロシアムで何が行われてるんだよ。

この街に関してはツッコミどころしかない。他の面々も一様に唖然といている。


「とりあえず、眉唾とか言ってすみません。めっちゃいますねこれ。」


「ヴェールちゃんと戦えるってことだよなこれ!」


「とりあえず、リィズ様と私の荷物を運んできますね…」


「まあ、他に当てがない以上ここに行くしかないでしょう」


各々の感想が錯綜するが今はまだ朝。ギエルさんが言う通り、このコロシアムの試合にも出られるかもしれない。


「あ、そこの店員さん。つかぬことをお聞きするのですがこのコロシアムの試合ってどこで参加できるのです?」


「ははぁ、お客さんこの街の事なーんにも知らないね?」


「今日着いたばかりでなんにも分からないのですよ…」


「コロシアムっていうけどまあやってるのはお互いの選手がその場で決める勝負。参加は基本飛び入りだし出場資格もいらないよ。ただ、原則一対一だしルールを破る輩はこの街には居られない。ヴェールちゃんに嫌われるからね。」


「嫌われると、居られないのですか?」


「そりゃあそうさ。ヴェールちゃんはとっても可愛いのにすごく強いからね。彼女お付きの騎士様もそれはもう凄いんだ。負けたところなんて見たことないよ。」


「それはぜひ見てみたいのです…そのコロシアムはどこにあるのですか?」


「ここの地下さ。だからこんなに大きくポスターも貼ってるし、試合に参加、なんて言ってるからこの街の事しらないんだなーとすぐわかったわけ。」


「なんと…それはとても恥ずかしいのです。だからこの辺りは人が多いのですね。」


「そういうこと。一応言っておくと『参戦!』なんて書いてるけど毎回ヴェールちゃん飛び入りで参加しちゃうから毎回参戦してるんだよね…」


「アイドル…なのですよね?」


「アイドルで、軍事統括で、この街の長だよ。知らない住人は居ないさ。」


などとリィズが話している姿が見える。リムが居ない間に話を済ませないと絶対に

「あの男、誰です?」面倒なことになるもうなってた。


事情を説明したが、「ちょっとは自分で聞き込みくらいしたらどうなんですか」とのお言葉。

全くその通りでして…

6時にはこの宿に戻ってくるということで解散になった。

主にエテルノさんとヒラソルさんが物資調達。他の皆で地理の確認とこの街についての調査になった。

手分けして地図を埋めるということで俺とリィズ、ギエルさんとリム、フィエリテは物資調達の手伝いということになった。

建物が多いので道も入り組んでいてよくわかりづらい。さらにこの量の人が居るとなるとはぐれたりしたら大変なことだ、というわけで手をつないで街を歩いて回ることになる。

リィズと二人となるとあの時のことを思い出してしまってどうにも上手い言葉が出てこない。いっそリムが居てくれたほうが騒がしくて良かったかもしれないと思えるほどだ。

だが、そうも言っていられない。夜6時には宿に戻るという条件の中、どうやって探るのが一番効率がいいだろう。やはり歩いて回るべきだろうか。

そんな風に頭を悩ませていると、後ろからぽかりと叩かれた。


「せっかく一緒に居るのになーんにも喋ってくれないのは流石の私もちょっと怒るのですよ?こんな機会滅多にないのですから観光気分で十分なのです。」


とのこと。気を使わせてしまったことくらい俺にもわかる。面目ない。


「そう、だな。うん。じゃあまずリィズはどこに行きたい?」


「私からなのですか…まず見ておきたいのは教会なのです。とても大事なのです。」


いつになく真剣な目で訴えてくる。まずは教会をめぐることになった。もちろん、道中の地図の作成や目印になるものは書き留めながら。

一つ目は街の西側。明らかに年季が入ったものだった。上部に付けられた鐘はもうずっと鳴ってないように見える。壁には苔や蔦が生い茂り、手入れがされているようには見えなかった。実際のところここは既に放棄されており、神父とシスターが駆け落ちしたとかそんな話を街の人から聞いた…というか、聞かされてしまった。有名な話らしい。

二つ目は正反対。東側にあった。だが、道自体は大きな道路で一つ目とつながっている。

街の中心を通るように作られた道が主要な交通網になっていて、二つの教会は同じ道路にあったわけである、距離自体はそこそこ遠かったが、一本道ということもあって全く迷う要素はなかった。だが、全く地図が埋まらなかったのも問題ではある。

そして何より、思っていたよりも遠かったせいで宿に戻る時間がもうすぐ迫っていた。

二人で走って戻ることになり、宿につくのはギリギリの時間だった。


「なんとか、間に合った…のです。」


「ああ。二つ目の教会、思ったより遠かったな…」


「二人で教会の下調べか…お熱いねぇ。」


後ろから何の前触れもなく茶化してくるのはギエルさんだ。


「で、どうよリムちゃん。良い場所会った?」


「大通りが綺麗に街の中心を通ってくれてるおかげで交通には困らなかったのです。ただ、あまりにも人通りが多いので急ぐ時には向かないということは身をもって体感してきたところなのですよ。」


教会の話なかったことにしてるな。


「そうか~俺たちがリィズちゃんの結婚式見に行くならあの道じゃないほうが良いってことだななるほど。」


一切会話がかみ合ってない。何だこれ。


「さて、他の皆はもうコロシアムに行っちゃってるし、俺らも行くとしようぜ。久々に腕試しでもしたいじゃん?」


俺はそこまで自分の強さに自信はないが。少なくともあのルナの世界で得た経験は嘘じゃない。どこまで通じるかは試してみたかった。

先に歩き始めてしまっているギエルさんを追いかける形で俺たちはコロシアムに足を踏み入れた。



中は歓声と怒号に満ちていた。誰が勝った、いや負けた。次はどいつで俺は誰が勝つと思う。

そんな声が四方八方から聞こえてくる。

そして、その声をかき消すように司会の声が鳴り響いた。


「お集りの皆様方!皆様の中に次の試合に出場する方はいらっしゃいませんでしょうか!」


試合予定表を見ると、俺らが来る一つ前の試合で負けたやつが次の試合もエントリーしてしまっていたようで。

対戦者の名前は『レッド』とある。偽名なのか本名なのかはこの際どうでもいい。問題なのはギエルさんが名乗りを上げてしまったことだ。高らかに出場の旨を宣言した後で「すまん」とだけ言っていた。


「でも、悪いもんにはならねえよ」


とも。

試合場に降りてからギエルさんがルールの確認を受ける。魔法、武器、体術。何を使ってもいいから相手に『参った』の一言を言わせる。もしくは審判からの静止が入る。この二つの条件のいずれかで勝敗が決するようだ。唯一の禁止事項は殺してしまうこと。その一点だけは少し安心した。相手がルールを守ってくれれば…だが。

そうして確認が終わると、対戦相手の入場になる。


「さあ皆さまこれは今回の目玉試合の一つになるぞ!チャレンジャーは旅の剣士ギエル!対するは我らがアイドルヴェールちゃんの護衛隊長レッド様だ!」


ああなるほど。それで名乗りを上げてしまったわけね。理解した。

そしてギエルさんの向かいに出てくるのは長身の、若い男だった。

鎧を着ることもなく、明らかに普段着。剣すら持っていない。

その上、対戦するギエルさんに


「あ、君強いね。怖いなぁ。」 


なんて言ってる始末だ。

だがそんなことは気にも留めずに司会が続ける。


「いつも通りなんの準備もしていないが今回も勝ってしまうのか!はたまたこの旅の剣士ギエルが連勝記録を止めるのか!制限時間なし、ルール違反は即失格!試合開始!」


高らかに試合開始は宣言された。

だが、お互いに動かない。ギエルさんは自分の刀に手をかけたまま。レッドに至っては何をするわけでもなく立ち尽くしている。

十秒ほど経ったところでレッドが口を開く。


「ねえ、やっぱりこの人強いからルール緩めてくれない?」


相当耳を凝らさないと聞こえない程度の、ぼやくような声だった。だが、返事がある。そしてそれと同時に恐らく女物であろう香水の匂いもした。俺たちの後ろから。


「うーん、じゃあ左手で使う槍だけいいよ。あとはダメ。ルール違反にするから。」


可愛らしい声だった。十歳程度の女の子のような。声と同時にレッドに向かって飛んで行った槍は可愛くない勢いだったが。そして、その姿は声の通りの、しかしあの槍を投げたとは到底思えない少女だった。


「貴方たち、あの剣士さんの仲間でしょ?さっき一緒に居たもんね。」


レッドが槍を手にしたのを確認して、俺たちに少女は話しかけてくる。だがそれに答えるより早く、司会の声が会場を支配した。


「おーっと、レッド様が左手とはいえ武器を手にしてしまっている!この剣士はそれほど強いということでしょう!皆様命の危険の前にお逃げ下さい!」


そう言い残して司会が、同時に審判も逃げてしまったのだ。

周りの客もさっさと居なくなってしまう。だが。慌てるというよりもいつもやっているかのような淡々とした移動だった。


「んー、これはどういうこと?」


ギエルさんが試合開始から初めて口を開く。


「俺の魔法、危ないからさ。使いたくないんだよ。」


左手で槍を構えながら答える。


「いや、そうじゃなくてね。」


「ん?」


「俺を相手にして、左手と槍だけで勝てるって、そう言ってんの?」


「そだよ。だって君、すっごく強いけど俺よりは弱いもん。」


その言葉が最後の火種だった。ギエルは刀を抜き、そのまま地面に刺す。

彼の魔法『流離』は衝撃などを一つの物体を媒介として流し、伝えることのできるものだった。

『刺された』という事実を地面を通して流し込み、相手の身体に実現させる。彼の魔法はそういうことが可能だった。

だが、レッドはそれを意にも介さずに歩く。歩いて、近づく。刺された事実は間違いなく彼の身体に実現しているだろうに。

完全に刀の間合いに入る。その瞬間、ギエルの刀は一切の躊躇無く振り切られていた。

その刃は左手の槍に止められる。何の変哲もない、街で売っているような大きいだけの木製の槍に、刀が止められていた。

それどころか、『切られた』事実がレッドまで流れない。

ギエルは後ろに飛びのき間合いを測る。そして言い放った。


「お前の魔法、材質の変化だろ。」


「わっ、凄いなあの剣士さん自分で思ったこと口に出しながら戦ってるよ」


驚いているのは言われた本人ではなく後ろの少女だった。そのまま続けて


「おーい、もうルール解禁するから好きにやってみてー!」


と言う。その声に応じてレッドは槍を捨てた。…というよりも、槍が真ん中で二つに分かれてしまった。


「材質変化じゃなくてごめんね?中に鉄が仕込んであって、それをうまーく当ててただけなんだ。君の魔法、どこまで伝わるか、がまだまだ管理しきれてないよ?」


つまり、槍の中の鉄だけ切られた、と。そういうわけだった。


「すごく恥ずかしいからさっきのは忘れてくれ!」


ギエルさんが試合そっちのけでこっちに叫ぶ。あんなにかっこよく相手の魔法を見抜いた感出してたのにこれじゃあ台無しだよ。


「さて、ヴェール?好きにって言うけど俺はとりあえず第一にお前を守るからね?」


いきなり何を言い出すんだ。でも言われた側が


「わかってるー!殺さないように注意して戦ってねー!」


なんて返してるからたぶん真面目な会話なんだろう。たぶん。



さて、対戦相手である俺そっちのけで客席のお嬢さんとお互いに自分の言いたいことを言い合い、言い切り、やっと俺と向き合う。

いつ戦闘が再開するかと言うところで、今度は俺に話しかかてきた。


「ごめんね、対戦相手そっちのけでうちのお嬢様と話しちゃってさ。」


「いやいや、こっちも連れに弁明する時間を貰っちゃったからこれでおあいこってことで」


「そう言ってくれるとうれしいなあ。いやさ、たまに『舐めてんじゃねぇぞー』って襲い掛かってくる人もいるんだよね。恐ろしいことに。」


「そいつは怖えなぁ。ところで、なんで槍の中にそんな鉄が仕込んであるわけ?」


「対戦相手、ってことにはなってるけどみんな打たれ弱くてさぁ。ちょっとちゃんと叩きのめすとすぐ降参しちゃうんだよね。この国ってなぜか敵対国が攻めてこないから戦いの場がここしかないからさ。長く戦いたいってわけ。」


「つまるところ戦闘狂じゃねえかお前。俺はお前が一番怖えよ」


「これでも面倒なことはやりたくない主義なんだよ?」


「そんなこと言うやつは一番信用ならんっての」


「心外だなぁ」


何気ない会話の中に隙を探る。このレベルの相手にそんなものはまずないことくらいわかっているが。

口は適当に嫌味を返して頭を回す。

あいつの、レッドの魔法はなんだ?俺の『流離』は、理屈はともかくどういうものなのかくらいはばれてるだろう。説教までされたし。


「じゃあそろそろ一気に決めさせてもらうか、ね!」


言い切るとともに俺はまっすぐに刀を投げる。少なくとも、あの槍はもう使い物にならない

次の武器があるかは分からんが、それを出させる前に決着をつける。

レッドは槍の上半分で刀を弾き、下半分は足元に落としていた。

そしてそのまま下半分をこちらに蹴り上げる。

だが残念。


「俺にそんな攻撃は効かないんだよな」


俺の魔法『流離』は特魔の中でも汎用性が高いと思う。相手への攻撃は衝撃やその事実を伝えることで行え、自分の防御はこうやって、今みたいに。


「地面に衝撃も何もかも逃がしちゃえるからね。」


速度の乗った威力も、それが俺に伝わらなければ意味がない。こんなものただの丸太だ。

それを足場に弾かれた刀を空中で掴む。そしてそのままレッドの首元に当たる寸前で止めて試合終了だ。

そうなるはずだった。


「やっぱり強いよお前。でも、俺とお前じゃ守る物の重さが違う。」


そう言いながら彼は。レッドは刀を素手で掴み、刀身を折ってしまった。自分の手には、傷一つ付けずに。

勿論、ここで俺は折られた刀身を手にして立ち向かうこともできる。

だがそれはあまりに無様で幼稚な判断だ。こうまで見事にやられた相手に、今勝てるわけがない。


「参った。俺の負けだ。」


そう、宣言するほかなかった。


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