今と、過去と、これから。
そして、昼過ぎに全員で集会が開かれたわけだ。
「さて、ここでジェイドには厳しい現実を聞かせなきゃならない。」
エテルノさんが切り出した。
「今現在の戦況…ですよね。そんなに悪いんですか?」
そう聞くと、首を横に振る。では一体何がそんなにまずいんだろうか。
「戦況に関して、ではないよ。今の我々の状況がもうすでに最悪に近いことに気付かないかい?」
ヒラソルさんがそう答える。
今の状況、違和感…
「俺たち以外の他の皆はどうなったんですか?」
そう、ここで目を覚ましてからあれだけ騒いで、走って、動いているのにこのメンバー以外に誰にも出会っていない。
「彼らは、君を見限った。」
ヒラソルさんが言う。
「長い眠りに落ち、原因も不明。いつ起きるかもわからない。そんな状態の君をもう彼らはリーダーとは呼ばないそうだ。僕たちは君を信じる側だけどね。」
「まあつまり、士気を上げるために連れてきたリーダーがいきなり昏倒して意識不明です、なんてなっちまったからもういらんよと捨てられたわけですよ。」
ギエルさんが呆れ返った口調で言う。
『じゃあ、なんで皆はここに?』と、聞きたかった。でも、それは聞くだけ野暮な質問だ。
ヒラソルさんもついさっき言ってくれた。『信じる側だ』と。
「彼らの今の状況は?」
「君を見限ったことで向こうは次のリーダーを決めるために内部分裂、そのまま小さくなったグランツがたくさんできちゃったよ。今も小競り合いしてるし戦力には絶対にならないと断言できるね。」
フィエリテが答えてくれる。
「そうか…わかった。カンビオの方はどうなってる?」
「あ、これはリィズちゃんが一番知ってるんじゃないかな?」
視線を彼女の方に流しながらフィエリテが指名する。
「ひゃい⁉」
自分に振られると思ってなかったのかかなり間抜けな声でリィズが返事をする。
「カンビオについてって…それ絶対フィエリテの方が知って…」
「はいじゃあジェイド君にわかるように解説どうぞ~」
意地でもやらせたいらしい。
「むぅ…わかったのですよ。」
こほん。とわざとらしい咳で間を取って。
「カンビオはこの期間に大きく動いてきたのです。まずは領土。ジェイドが眠りに入る前の2~3倍
には増えているのです。そして、その中で主な戦果を挙げているのがリシュと名乗る少女と、エリンという名を…恐らくは共有している複数人なのです。」
リシュ。その名には覚えがある。あの世界で俺が相対した人物だ。
「エリン…聞いたこともない名前だがどんな奴なんだ?」
「それが、聞いた情報では何も分からないのです。」
分からないとな?
「毎回同じ名前で名乗りを上げているのにもかかわらず容姿はまるで別物。性別すら異なる場合もあるのです。でも、毎回名乗る時には『各国この名を忘れるな!我こそエリン、ここよりこの国に破滅と混乱、その後新たな秩序をもたらすものの名である』と言うそうなのです。一言一句違わずに。」
なんじゃそりゃ。見た目も性別も違うのに同じこと言ってるわけだ。
「姿を変えるとかそういう魔法、もしくは姿を変える敵方の道具という線は?」
「もちろんそれを一番に疑ったのですが、魔法にしては使用法が短絡的すぎるのです。例えば顔も体もすべて思うままに変えられて、戦闘中ずっと維持できるくらいの持続力があるなら普通に敵陣潜入に使うほうが理が大きいのです。道具にしても同じことが言えて、それが道具ならそのエリン一人しか使わないのがおかしいのです。量産できないのならこうしてひけらかす行為はふつうしないはずなのですよ。」
確かにそうか。エリンは一体何がしたいんだ。
「そして一番不思議なのは、戦闘が終わった瞬間にはそのエリンは既にいなくなっているのです。でも、戦場に居た痕跡だけはあるのです。」
ますます意味がわからん。
「でも、この人物については恐らく私がよく知っているのです。」
と言う。しかしここで
「はい。じゃあいったんまとめましょう。」
リムが割り込んだ。彼女がこうするということは何か意図があるのだろう。主にリィズのために。
「わかった。まずは現状の整理からにしよう。」
「それがいいのです。私の情報もちゃんと整理しておくのです。」
「まず、グランツは内部分裂と抗争により戦力外。対してカンビオは有力なところでも最低二人。今も戦力と領土を広げながら進行中。いずれこの私たちが居る隠れ家も見つかるでしょう。それより先に打って出るしかありません。さ、どうしますかジェイドさん?それと貴方には後々個人的にとっても大事な話がありますのでどうか本日中に逃げずにお話に付き合っていただけるとありがたいです。」
んー、後半の言葉がとても不穏だけど前半はよくまとめてくれたように思うなぁ…
「まず、こちらには先立つものもそう多くは残っていない。戦力も少数、移動用の足の準備にも時間がかかる。よってまずは…」
「いえ、その辺りは舐めてもらっては困りますよ。」
ここから安全に移動できるルートを移動して体制を整えて、と言おうとしたのだが。
ヒラソルさんが鼻高々にどやっている。
「ここのメンバー全員で2年は最高級の宿に泊まれるくらいのお金もありますし馬は人数分用意済みです。武器こそかさばるので用意多くはできてませんが各々自分のものをここの人たちは持っていますし。食料は保存食ばかりですが二月分くらいはありますよ。」
うーん、ぐうの音も出ない。
「あなたがいつ目覚めても良いように準備してたんですから。」
と、そう付け加えてくれた。
「そうか…それなら俺たちがやることはまず領土の奪還、及び敵軍カンビオの戦力の削減だな。」
このまま無策にやりあうのはあまりに無謀だ。もう一度グランツを再建する、とはいかないだろうがせめて俺たちの活動に敵対する要素はなくしていきたい。
そして、エリスという敵の正体がつかめないのが不気味でならない。これは『試見』ではなく直感と経験則だが、いくらこちらの各々のポテンシャルが高くともこのまま戦ったらまず負けるということだけはわかる。
加えて、カンビオのリーダーの能力やその人物像すらわかっていない。
ヒラソルさんのおかげで物流については問題なさそうではあるものの情報戦については大きく後れを取っていると言って差し支えないだろう。
「でも、まずはどこから向かうのですか?最終的な目標は戦争の終結、及びそこに至るまでの犠牲者の可能な限りの減少で間違いないですよね。」
フィエリテが聞く。視線の向き的にエテルノさんにだ。
「はい。そこについては勝手ではありますがヒラソルさんと二人で方向性を考えておきました。」
地図を広げながら話し始める。
「まずこれから向かうのはここ。東にある大都会ウェーデルです。目的は三つ。情報収集と物資の補給、そしてあの街に居る役持ち兼アイドル兼ウェーデルの軍事権を統括している人物、アイドル名は確か『ヴェール』と言いましたか。そのヴェールとの対談、及び協力の取り付けを行います。最後のものについては存在自体が眉唾物の人物なので期待せずに行きましょう。」
うーん、まじめにやってくれてるのは凄くわかるけれども最後のにはさすがにツッコミを入れたい…!
まずアイドルで軍事権の統括ってなんなんだよウェーデルどうなってんだ。
それにそこから協力してもらえるとは到底思えないし。
「なんだよそれ…」
さしものギエルさんも呆れてしまっている。無理もない。
「目標達成できるかは別として、ヴェールちゃんは実在するぞ。ウェーデルには一回行ってみたかったんだ。」
なんでそうつながるんだ。あんたまさか知ってるのか。そうなのか?
「知ってるんですか?そのヴェールさんのことを」
「知ってるも何も俺が今のジェイドくらいの時から大好きなアイドルだよ!」
嘘だろおい。
「言ってくれりゃブロマイドとかも持ってきたのによぉ」
持ってるんかい。
「…後でジェイド様に話してあげてください」
あ、エテルノさんが俺に投げた。そういうの疎そうだもんなぁ。
「個人的にはあまりそういう話はしてほしくないのです…」
リィズは何やら不満そうだ。後ろのリムは何故か何かと葛藤している。どんな状況だ。
「とにかく!出立は明日の朝。それまでに準備を整えておいてください。しばらくは帰ってこれませんので。」
その言葉で解散になった。各々の部屋に戻っていく。
俺とリィズ、リムの三人を除いて。
「エリンについて、何か知ってるんだよな。」
「はいなのです。この話は今までリムにしかしてこなかったのですが、いずれ全員で共有しなければならない話なのです。でも、まずはジェイドに聞いてほしいのです。」
間をおいて話を続ける。
「あいつ、エリンは私の幼馴染で間違いないのです。」
「でも、リィズの生まれは…」
「はい、そうなのです。この『薄化』で捨てられた私は孤児になっていたのです。その時に出会った少年がエリンと名乗っていたのです。あの頃から腕っぷしも強くて大人相手でも負けないくらいだったのです。役持ちなのかどうかは聞いたことも気にしたこともなかったのですが、今思えばいきなりいなくなったと思えばひょっこり食べ物を持って帰ってきたりを繰り返していたのです。そういう魔法を持った役持ちならあるいは…」
「それで、名前も特徴も類似しているから同じだろう、ということだな。」
「でも不可解な点もあるのです。エリンは私よりもずっと前に他の裕福な家族に拾われて行ったのです。今になってカンビオの軍に入る意味なんて何一つないはずなのです。仮にあるとして、仮にも役持ちの彼がカンビオに与して、さらに一定以上の地位を与えられるなんてことがあるとは思えないのです。」
「それも確かにその通りだ。」
役持ちと役無しの確執は相当深くまで根付いている。その点を見ないふりをする、あるいは軍の内部に介入させずに利用するならまだしも。単独行動や進軍の際先陣を切るだけの地位を与えられるとは考えづらい。間違いなく多くの反対が寄せられるはずだ。
「そこで出てくるのが例の裕福な家庭、なんですよね?」
神妙な顔持ちでリムが言う。
「どういうことだ?」
「エリンはその家族の元に引き取られる前、一緒に生きていた孤児の皆に話してたのです。あの家は
軍人を多く輩出しているエリートの一家で、自分の才能が認められたんだ…と。」
「その家からのコネってことか?でもそれだけで役持ちだってことが免除されるもんかね」
「出来るのです。間違いなく。」
リィズは力強く言い切る。
「あの家の当主、あいつの魔法なら間違いなくそうできるのです。あいつの魔法は名前が分からない中で仮に名前を付けるのなら、『圧』。ただシンプルに、相手の主張や行動、願いさえも押しつぶして自分の行動を通す魔法なのです。」
「なんだそれ…やりたい放題出来る魔法じゃないか。」
「もちろん代償は高くつくはずなのです。でも、少なくとも私たち孤児の皆にその魔法を使って無理やりエリンを連れて行ったとき、私たちはまるでそうなるのが自然で、当たり前のように感じていたのです。エリンがあの家に行くのは良い事なんだ、と。」
「でも、その魔法の事を知ってるってことはその家についても調べたんだろ?」
「リムと協力して調べたのです。でも出てくるのは押しつぶされた都合のいい情報と評判、家系や歴代の当主の歴史すらあまりにも綺麗なことと大きな活躍ばかりだったのです。」
「はい。あまりに清廉潔白、清々しすぎるほどにクリーンな家柄でしたのでそっと覗いてまいりまして。したらばものの一日でボロを出しまくるんですよ。来客者は全員意識がここにないような状態でフラフラ歩いてきますし、魔力の気配もそれはもうビンビンと。まあまず間違いなくそう言った類の魔法でしょう。」
「その当主がカンビオにその魔法をかけることによって地位を手に入れ、反感も封じている…と。」
確かに筋は通る。通るのだが
「それ、カンビオにやる意味がないんだよな。グランツにやるのでもいいんだよ。」
「そこは全く分からなかったのです。リムが見に行っている間に一度も当主の姿を見掛けず、ましてエリンは姿を変える魔法と予想される人物。見分けがつかないのなら急襲も捕縛も何も出来ないのです…」
「その状況じゃどうしようもないか…」
ふと、よく考えるとリィズが自分の部下を私的に使って調査してるのって職権乱用じゃないかと思ってしまう。実際、今こうして役立っているのだから何も言わずに不問にしておこう。
「とにかく、今私たちにわかるのはこれくらいのものです。核心には迫れませんが、一応リーダーなあなたには伝えておく義務が無くもないような気がしたので。」
そこはあると断言してくれ。寝こけてたのは悪かったから。
「さ、行きますよリィズ様。出発の準備しなきゃですし。」
「お、押さなくともちゃんと部屋に戻って準備くらいするのですよ!」
という声もむなしくリィズは部屋の外へ押し出されて行った。
そしてリムがドアだけ開けて一言。
「誠に遺憾ですがリィズ様はあなたのことを好いていらっしゃいますので。アイドルなぞに目移りしないでくださいね?絶対ですよ?」
あまりに淡々としゃべるのが怖い。でもそんなことは絶対しないから大丈夫。
でもあまりに圧がすごくて頷くしかできなかった。




