視えてなかったもの
「あ?」
間抜けな声を出したのはエリンだった。
打ち出した死はリィズの手前で止まっている。
薄化の魔法を維持しきれずに、姿を現しながら後方に飛びのくリィズ。
「ジェイドの魔法、便利だけど使えないね。」
ヴェールは俺を指さして言う。
「いきなり何を…」
「だって、今君は彼女、リィズちゃんが死ぬ未来しか視れなかったんでしょ?こんなに簡単に救う手立てがあるのに。」
救う手立て。確かに今、リィズは生き延びている。
「全くだ。ここがどこで、誰が一番強いのかを忘れてるよな?」
レッドの言葉も聞こえる。
「…正直、生きた心地はしなかったのです。何で生きてるのか分からないくらいには…」
リィズ自身、自分の生還に驚いている。
「ああああああもう!やっぱりわけわかんねぇ!なんで止まるんだよ、なんで抑え込まれてるんだよ!お前らにリィズは不相応だ!俺のものになるから価値がある!そうに決まってるんだ!」
エリンが激昂する声が響き渡る。
「さあ、うちの国の皆が優秀だったからじゃない?何にせよ、もう帰れるなんて思わないでね?」
俺をさしていた指はエリンに向かい、ヴェールはにこやかに笑いながら語る。
「誰かを好きになるって大変なこと。自分の思いは跳ね返されるかもしれないし、聞いてすらもらえないかも。でも、そこを自分で乗り越えて。その先に相手の本心があって。上手くそりが合わない部分は合わせてあげたり、カバーしたり。たぶん、そんなもんなの。」
はあ、とため息をついて話を続ける。
「でもあんたは全然相手のことを考えない。殺された人の気持ちを…なんて言わないけど。私が人を殺したことが無いわけじゃ無いし。自分が愛したリィズちゃんにまでその、自分のものですらない魔法を向けるなんて、それは一番やっちゃダメでしょ。」
「ああもううるせえなあ!だから何なんだよ説教なんざ聞きたくもねぇ。概念射出!」
これまでの物の中で一番大きく、鋭い、黒い概念が打ち出される。
「あなたの力の源泉は別の人間…人間なのかは分からないくらいに大きな力だけど。でも、あなたは自分で戦うことすらしなくなってしまったのね。」
右手を前に出しながらヴェールは諭すような、怒りを込めたような、憐れむような。
そんな口調のまま話し続ける。
「こんな、他人の力で私たちの命を奪えると思うな。」
その後、なにかを呟いていたようだがその部分は聞こえなかった。
結果から言ってしまえば、黒い概念は俺達に届くどころかヴェールに届くこともなく、空中に霧散して消えてしまった。
「どういうことだよ!射出!射出!射出!」
何度叫んでも、一発も放たれない。
何度か試して、その時だった。
「あっ…」
プツン、と。何かの糸が切れたのがその場の全員に感じられた。
エリンの体はうつぶせに倒れ込み、一切動かない。そんな中、彼は諦めたような、何かを悟ったかのように呟く。
「あー、そっか。俺、またか。もうそうはなるまいと思ったんだけどな。」
落ち着き払った声。急に毒気の抜けた表情。
「わかったよ。俺の状況。わざわざ言葉を残す時間をくれてありがとうな。」
両手で体を起こして、座り直す。
「もう一切手出しはしない。ってか出来ない。ほんとだ。」
ゆっくり両手を上げて降参のポーズをとる。
さっき感じた感覚といい、この態度の豹変ぶりといい、訳が分からないことだらけだ。
俺達は何も言わずに見ているしかできなかった。
「最後くらい、言いたいこと言って終わろうと思う。いいか?」
彼は、ヴェールに向かって聞く。
「もちろん。そのために今の時間を作ったんだから。」
「リィズ、その…いろいろとすまなかった。謝ることで何とかなるわけじゃ無いけど俺に出来るのがそれしかねえ。あと一緒に居る男ども、これからリィズを泣かせるんじゃねえぞ。俺が言えた義理じゃねえけど付き合いは俺の方が長いと思うし言っても良いだろ。あとヴェール。好き勝手やっちまって悪かっ」
言葉の、途中だった。
エリンは突然、風に吹かれた砂のように消えてしまった。
「…なんだこれ。どうなってる?逃げられたのか?まだそこに居るのか?」
ギエルさんが辺りを警戒するが、ヴェールが言う。
「彼、もう死んでたの。当然でしょ?あれだけ体に穴空いたりして生きてるほうがおかしいもの。…というか、それ以前にね。」
それは間違いないが言ってる本人も生首だけで生きてたし、それ以前、とはどういうことだ。
「あなた方が戦ってきた、カンビオ、とかいう組織。そこのトップはなかなかいい趣味してるみたいね。」
「どういうことだ?あんたには何が分かってるんだ。」
説明する気はあるらしいので、一切遠慮などせずに俺は聞く。
「私の身体、だいぶ好き勝手使われてたから。あの魔法…黒い物質の形で死を打ち出すやつ。あれの発動がこの身体で出来るか試してた形跡があったの。それで見てみたらびっくり。あの魔法、あいつのものじゃない別人のものなんだもん。」
ヴェールの話は続く。
「あいつはもうすでに死んでいた。でも、死んだまま生きてたの。あたしの身体みたいな事情とは別の理由でね。恐らくそれがカンビオさん方のトップの使う魔法。副作用も副産物も酷そうだけどね。まずは副作用として確認できたものは絶対的な支配下に置かれること、及び自己意識の改ざんかな。彼自身の意見で今回のウェーデルへの一方的な工作は行われてないし、途中で何回も彼の人格が変化してたのが目に見えてわかったでしょ?」
最初は人を嘲笑うような性格していたのに、いきなり自分の感情をぶちまけだしたり。最後は俺達に謝罪をして消えていった。確かに一貫性が無さすぎる。
「最後の彼が、おそらくは素の状態だろう。それで、副産物だけど。それこそがあの死の射出だ。彼は死にながら生きていて、そうあるように魔法をかけられ続けていた。そんな状態が延々続くと人の身体は不可思議なもので、魔法との同化を始めてしまうんだ。これは私が文字通り体験した話だから分かるってだけだけどね。」
聞いたこともない話がまた始まった。わかるように説明してほしい。
「彼の体にかけられた魔法を彼は私の体に入った時にこう呼んでいた。『否死』と。まあ、意味は言葉通り、死なないってことでしょうね。この国で戦った誰もが、死なない敵と戦っている。実際、今外で戦ってるし。」
「ならこんな説明してる場合じゃ…!」
「そこも大丈夫。用意周到なヴェールちゃんは、きちんとイータちゃんに秘策を渡してあるから。今
は聞いておりなさい。はい座る。」
その秘策が聞かなかったらどうするんだ、と言い返すが『そうなることはあり得ない、もう実験済みだ』と断言されてしまう。
「否死の魔法は、他人に伝播する。恐らくこれは意図的に制御できるんだと思う。そして、その解除もまた魔法の所有者次第。彼は、ここでの一件を何らかの方法で確認されて、もう戦えないし使えないからお払い箱にされたってワケ。本来ならそこですぐ死ぬ運命なんだけど、私がちょっとだけ魔法で外の形だけ作ってあげちゃった。最後に話してたのは紛れもなく彼本人だよ。」
「じゃあ、エリンは…ちゃんと、最期を迎えられたんですね。」
リィズの声は震えている。
「うん。私が保証する。最後の私達への言葉も、あなたへの言葉も。間違いなく彼本人の最期の言葉だよ。最後まで言わせてあげることは、できなかったけどね。」
「そう…ですか。その言葉、信じます。外の皆も、本当に大丈夫なんですね。」
リィズは涙を拭いて、向き直る。
「うん。そっちも大丈夫。途中で私は抜けちゃったけど、皆あんな程度の奴に負けるほど弱くないよ。」
「わかりました。なら、私達はこの先の話をしましょう。」
「なあジェイド君よ。こんなに強くて頑張ってる子だ。ちゃんと褒めてあげなきゃ、ひどいよ?」
ヴェールから俺にそっと耳打ちが入るが、それくらい俺にもわかる。リィズにとってこんなにすぐ切り替えられる話じゃないはずだ。ちゃんと、気持ちの整理を付ける時間くらいは取らないといけない。
「それに、普通こういう議題を進めるのはお互いのトップのハズなんだよな。このままじゃ俺らのトップはリィズちゃんになっちまうぞ?」
ギエルさんもこの場の為に明るく勤めている。俺がきちんとしなければ。
「リィズに立ち位置奪われるわけにはいきませんし…外のことも気になりますが今後のことを決めてしまいましょう。」
きっと、これでいいはずだ。俺たちは、次に何をするべきか。それを見据えなければならない。




