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対話と契約、そして。

一方その頃。

エテルノ・バド元侯爵は頭を悩ませていた。

『役無し』の軍、カンビオから書簡が届いたのだ。

内容はこう。


「前回の戦いの中で双方ともに大きな犠牲を払ったことと思う。しかし、こちらはあなた方グランツの兵を数名捕縛することに成功した。こちらの制作した魔法効果無効化薬は順調に機能している。君たちの魔法の原理は既におおむね解明し、こちらは対抗策を手に入れた。

よって、ここで停戦協定。即ち和睦の申し入れをしたいと思う。日時はこちらが指定し、お互いのリーダーだけで協議してもらうこととする。この申し出を受けるのならば同封の書面に署名の上でこちらの届け人を通して返送されたし。拒否の場合はこの手紙を破り捨てるべし。その場合、人質の命の保証はない」


というもの。

明らかにおかしい点がいくつもある。

しかし、これを届けてきたのは紛れもないこちら側の行方不明により死亡扱いになっていた兵だった。

既に自我は残っておらず、体のいたるところが機械に改造された無残な姿であったが。

少なくとも、あの顔と首からさげたドッグタグは本人だった。

しかし、本当に魔法を無力化される薬があるのならそれはこちらの最大の利点でありアドバンテージが消えるということ。

だが、こちらに対してアドバンテージを取った瞬間に和睦を申し出てくるのもおかしい。

何より、お互いのリーダーだけがあちらの指定した場所で対話するという行為が危険すぎる。

存分に準備して殺してください、と言っているようなものだ。

人質は今は生かしている風な書き方だが、この届け人のように改造の実験に使われている可能性もある。この状態でも向こうから見れば『生きている』のだから。

こちらとの価値観の差があまりにもあり過ぎる。


「報告しないわけにはいかないが…これは…」


エテルノはこの軍の参謀を任されていた。よって、こういった場面に直面することも初めてではない。

だが、今回は危険度と事の重大さが段違いだった。

まず、実際にこちらの兵士がカンビオによって改造、操作されていることが確定的になってしまったこと。

そして、思惑の分からない提案。

停戦協定などあるわけもないが、応じなければ人質は容赦なく見せしめにされるだろう。

その影響はこちらの士気、ひいては我々への不信感に繋がる。

この状況で内部分裂を起こせば間違いなくそこを突かれて軍は瓦解するだろう。

かといって協定に乗るわけにもいかない。


「いやいや。そこはちゃんと話さないとダメなのですよ。」


後ろから声がする。リィズの声だ。


「書類の片付けが終わったのでさっさと残りの作業を押し付けようと思ったら何やらキナ臭い話をしてるのです。」


「…書類を出しに来るのに魔法を使うか?」


「決して盗み聞きなんてしてないのです。弱みを握ろうなんてしてないのですよ。」


視線が合わない。どこ見てるんだ。


「でもまあ、聞かれちゃったなら話さざるを得ないよな。」


「はいなのですよ。話さなくても私が話しちゃうのです。」


「全く、手厳しいもんだ。じゃあ、ちゃんと話すとしますよ。」


「それが良いのです。仲間は信用してなんぼ、秘密はどうしてもって場合以外厳禁なのですよー」


そう言い残して書類を置いて去っていく。


「リィズさんの行動力は怖いですね…あ、これ今回の費用です。」


諸費用の明細をまとめて持ってきたのはヒラソルだった。リィズと入れ替わりで部屋に入ってくる。


「ああ、全くだ。普通盗み聞きするか?魔法使って真後ろで…」


「私があの魔法使えたらどんどんしますね。相手の弱みを握れればあらゆる交渉、商談がこちらのペースで進みますから!」


あたりまえ、と言いたげだ。おかしいのは俺なのだろうか。


「まあ、話すタイミングくらいは作ってあげますので。」


「ああ、頼む。ついでにどう対応するかも考えてみてくれ。」


「了解しましたー。じゃあ、ジェイドさん呼んできますね。」


うん、絶対後半の話は流されたな。



そして、ヒラソルに連れられてジェイドがやってくる。

リィズとフィエリテも一緒だった。


「エテルノさんから俺に話って聞いたけど、何かな」


「ああ、実は…」


送られてきた書簡、現在の状況、届けに来た兵士のこと。

俺は、全て包み隠さず話した。

ある程度、彼が何と答えるかは予想できる。これでも育ての親のようなものだ。

彼はきっと『俺がその対話に応じる』という旨を話すだろう。

そういう人なのだ。そしてそれは予想通りだった。

反対しても聞いてくれるタイプではない。そういうところは親譲りなんだろう。

どうにかならないかと考えていると、一つの案が出された。


「あー、私ならたぶん敵から感付かれずに護衛できると思うんだけど…」


と。

その発言はフィエリテからのものだった。

だが、私は首を傾げる。一体どうやってそんなことをするのか。

たしかに腕も立つ上に身軽である。これまでの戦場でも活躍は申し分ない。

それでも、聞かなければならない。どうやるのかを。

しかし答えは


「んー。ちょっとそこは企業秘密というかなんというか…だめ?」


というもの。

はっきり言えば、ダメだ。まるで信用できない。

だが、ジェイドとリィズは大丈夫だと言い張った。

『何故』と聞いてもそれには答えられないの一点張り。

だが、絶対に大丈夫だとジェイドは言う。

リィズにも聞く。『この秘密は本当にどうしても秘密にしなければならないのか』と。

彼女はそうだと一瞬の思考もなく答える。

この場での多数決、とするならフィエリテの護衛で可決だがどうにも納得がいかない。

しかし、このままここでいがみ合っても仕方がない。ここはこれまでの功績を理由にフィエリテの護衛を信用することにした。大変遺憾ではあるが。

そして、その日はやってきた。

グランツの皆からは当然反対された。

一部はこちらの意見を尊重してくれたが、大半の者は信用できないと言ってきた。当然だろう。


「…で、どうするのですか?あんなこと言っちゃって。」 


「いやー、だってここで言わなきゃタイミングがなくなりそうで…ね?」


「まあ、フィエリテの魔法ならどうにかなるだろうけどさ…」


なんて風に軽口叩きながら目的地付近に向かう三人。

この先の合流地点で各々の直属の部下と待ち合わせている。

その進行方向から、ともすれば俺たちが乗っている馬よりも早いのではないかという速度で接近する人影が一つ。

そしてその姿を確認したとたんにリィズは無表情になった。そんなリィズを見てフィエリテは爆笑していた。

そしてその人影は俺たちの前で止まり、一瞬にして配置を確認した後に的確にリィズに向かって飛び出した。

無表情のまま『薄化』の魔法で消えていくリィズの姿はあまりにもシュールでフィエリテは腹がよじれるほど笑っていた。


「はっ!リィズ様が居ない…いえ、これは『薄化』しているだけですね!わかりますよ私には!このリムには全て『視え』ますとも!」


桃色ロングの髪を振り乱しながらそう叫ぶ彼女はリィズ直属の部下であるリム・ジス。魔法はよくある身体強化だが、少々モノが違っている。彼女の魔法で強化するのはどこか一ヶ所のみなのだ。

複数出来るけれどもしない、のではなく一ヶ所しか強化出来ないのだ。

しかし、その強化倍率は一般的に使われるそれをはるかに上回っている。

よって、彼女の身体強化には特別な名前がついているわけでは無いが、『特魔』の一種ではないかとも言われているのだ。

そして彼女は今、その力を足に集めて走ってきて。目に集めてリィズを見つけ出そうとしているわけだ。

余談だが、何故か知らんがこのリムはリィズを溺愛している。リィズが引くレベルで。

そんなわけで彼女はリィズを見つけ、今まさに再開のハグをしようと再度飛び掛かっている。というか人間らしくいけよ。飛び掛かるってなんだよそれ。


「あー笑った。じゃあ先行きましょうかジェイドさん。」


涙を流しながら笑いまくっていたフィエリテが言ってくる。


「ん、まあそうだな。じゃあ先に…」


行ってるぞ、と。そう言おうとした時。耳元に声がした。


「先に行っちゃうなんて、酷いのですよ?」


と。

明らかにリィズの声。ホラーか。

いや待て。つまりリィズが俺の後ろに乗ってるってことだろ?それは即ちリムの攻撃方向はこちらなわけでよく見るといつの間にやら後ろから手をまわして俺はリィズにホールドされてるわけで。それを見たフィエリテが『ヒュー!いきなり大胆だねリィズちゃーん!』

なんて余計なこと言ってるわけで。

俺は考えるより先に馬を走らせていた。絶対追ってくる。捕まったらやばい。その事実を感じ取るには、『試見』するまでもなかった。


「さて、追いかけなくていいの?」


二人が馬に乗っていったのを見てフィエリテがリムに聞く。

彼女は心底悔しそうに


「ええ。だって後ろに乗って手を回すときのリィズ様の顔見ました?めっちゃニヤニヤしてたんですよ⁉すっごい嬉しそうだったんです!明らかに気持ちに気付いてないあの朴念仁は何にもリィズ様にしてあげてないのがまるわかりなんですよ。でもだからといってあの男を標的にするとリィズ様ガチ怒りするので手が出せませんし、もうこうなったらとことんあの表情を脳裏に焼き付けて宝物にするしかないじゃないですか!わかりますこの気持ち!わかってください!」


熱く語るリムを見て聞いたことをフィエリテは後悔していた。

なお、ジェイドたちが目標地点についてからフィエリテたちが到着するまでには二十分もの差があった。


到着したリムはリィズの元に向かい、遅れたことについて謝罪をしていた。飛び掛かったほうは一切触れていなかった。

フィエリテは凄く疲れていた。十年くらい寿命が縮まってないかエテルノさんに見てもらおうかと心配になったが、彼女もまずはリィズに用があるとかでそそくさと行ってしまった。帰ってきたら『あはは~逃げられちゃった。』とか言いながら元の元気そうな姿になっていた。何があったんだよ。リィズは俺に服の裾つかんで後ろに隠れてるし。


「あー。若い衆の談合はそんなもんでいいかな?」


と。割って入ってきたのはフィエリテの直属の部下であるギエルさんだ。

この場において最年長。銀髪と常に携帯している刀が特徴的な人だ。

最年長なだけでなく、この場で一番常識人だと思う。彼以外が全員おかしいんだけど。

そんな彼はリムとは違って『特魔』として認定されている。魔法名は『流離りゅうり』。

簡単に言えば流す魔法だ。この魔法で彼の元々の実力がより大きくなっている。

ここに居る全員でかかっても勝てるかは怪しいと思う。


「おーいフィエリテの嬢ちゃん。リィズちゃんもお久しぶり。」


「あ、はい。お久しぶりです。」


リィズがすごく緊張している…!


「この度は唐突な任務になってしまい申し訳ありません。」


「いいのいいの。俺はフィエリテちゃんの部下なんだから、もっとあれこれ使ってくれてもいいんだって。」


「そうです!リィズ様もリムのことをもっとお呼びになってくれればいいのに!アレコレ手伝いますよ!」


うーん。言ってる人が違うだけでこうも意味合いが異なるのか。


「結構なのです。むしろ部下としておいてやってるだけ感謝してほしいのです。」


「リィズちゃんは手厳しいなあ。たまには優しくしてやらんとダメだぞ?」


「うっ…ぜ、善処す…し、マス。」


もう言葉がちぐはぐじゃないか。


「そんでもってジェイド!まーた大きくなったな!」


オトンか。


「グランツの皆さんのおかげです。いつもよくしてもらってるので。」


そう、いつの間にかリーダーにされたとはいえここの皆にはとてもお世話になった。


「なので、今回の作戦は絶対に失敗するわけにはいかないんです。」


カンビオからの書簡の内容。これまでに行われた行為の数々。

理由は多いが、なすべきことは一つだ。


「おう、そうだな。俺も全力で行くが今回のカギを握るのは間違いなくお前だ。頼んだぞ。」


「はい。どうかご助力をお願いします。」


「なんだよその敬語はよぉ。冷たいじゃないか」


ただでさえ年上で間違いなく俺たちよりも強いのにこんなにフラットに話されて普通でいられるほうがおかしいだろ…


「あ、はは…」


苦笑いで返すしかできない。どうにも苦手だ助けてフィエリテ。

顔を向けると『無理です』と言いたげな表情で返された。


「とにもかくにも。まずは段取りの確認だな。」


急に真面目な話になった。むしろこのほうがやりやすい。


「はい。今回の目的は面目上は対談になっていますが、何もしかけられていないとは思えません。よって、今回は仕掛けられたという事実を盾にしてこちらが行動を起こします。」


「ほうほう。どんな行動を起こすんだ?」


「具体的には、捕虜の確保と取引条件の確保です。」


そう、今回の一番の目的はカンビオ側の要人の捕縛、およびその引き渡し交渉にある。

仕掛けてくるのはカンビオ側。それに対しての正当防衛として交戦した結果、カンビオ側の要人を捕縛するに至った。よって、その引き渡しの場を今度はこちら側の条件をのんでもらう形で作りたい…なんて流れだ。

最初は俺一人で向かう…という、その部分からまずは覆す。そのカギになるのがフィエリテの魔法だ。彼女の魔法は『簒奪』の魔法という。

名前の通り物を奪う。そして、見合う代価を払って奪い取らなければならないという制限がついているが、奪われる側から承諾を得ることで奪う対象を返還、及び自分の所有物として扱うことも可能になる。

この魔法で彼女は俺の影を奪っている。これは今に始まった話ではなく、数年前から契約を交わしている。こうするとどうなるかというと、俺の影は彼女の所有物となり、その中に彼女専用の空間ができる…らしい。ここに関しては俺が確認したわけでは無いが、確かに彼女は俺の影の中に潜っていく。いつでも出てこれるし、こちらの状況も確認できている。だが、ここで影の契約を切らないままで彼女と別行動をとると俺の影が奪われたままになる。つまり影無し人間の出来上がりということだ。ちなみに試したことは無いらしいがこの状態のまま死ぬとフィエリテは死人の影の中に囚われ、影の中に居なかったとしても自分の影が消え去るそうだ。魔法の制約の中にある、と言っていた。

そしてなによりこの魔法の面倒なところは『知っている』だけで効果が出てしまうことにある。

この魔法の存在を知っているだけでも記憶の一部分を奪われるということになる。

他人から見たら物忘れがひどいだけに見えるが、その理由を説明しようものならその相手にもその効果が発動してしまう。なので可能な限り知る人数は抑えなければならず、重要な立ち位置の人間ほど伝えづらくなる。

俺とリィズが知っていてエテルノさんやリム、ギエルさんが知らないのはそういう理由になる。ギエルさんたちには『秘策がある』とだけ伝えてあるが、こんな感じでぼかして言えばそれなりにセーフになる。

さて、つまり影の中に潜んだフィエリテと俺の二人で目標地点に向かい、カンビオからの攻撃に対処する。対処している間にリィズたちが合流、そのまま捕縛と交渉に持ち込む算段になる。

必要事項を説明して、いよいよ時間が迫ってきた。


「繰り返しになりますが、最終的には力づくで取り押さえることにもなりかねないのでギエルさんたちの協力も不可欠です。特に今回は敵の戦力や配置が一切不明な中での作戦行動になりますので一層警戒を強めておいてください。」


「了解なのですよ。でも、一番危険なのはジェイド様なのをお忘れなく。」


「リィズ様が悲しまない程度にはちゃんと生きて帰ってきてくださいね。」


「ひゃー手厳しいねぇリムちゃんは。でもま、ちゃんと駆けつけるから生きててくれよ?」


三者三様。送り出す言葉も随分種類があったもんだ。

フィエリテは別動隊として動くと伝えてある。ギエルさんには説明すべきか迷ったが、本人が聞いてこない間は下手に言うものではないだろう。


影がきちんとあることを確認してから馬に乗り込み、目的地へ向かう。

その場所は既にカンビオの手が加わって整備されていた。

広く開けた円形の岩場。そこに居るのはこの岩場には不釣り合いな、幼い少女だった。

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