きっと彼は、気付いてないから
あの事件から十八年。
オラリオン王国の崩壊は瞬く間に広がり、全世界に報じられた。
俺、ジェイド・リシェスはその生き残りであることを隠して生きていた。
俺を育ててくれたのは俺の父親であるリベルタ・リシェスの意志を継いでくれた協力者たち。エテルノ・バド元侯爵と行商人のヒラソル。
この二人が俺の身分を隠し、今まで育ててくれた。
戦うための知識や技術もほとんど彼らの協力者から教わったようなものだ。
戦うための技術を教えてくれたのはエテルノの協力者、フィエリテ。
どうやら、例の事件の後に引き取った孤児らしい。
俺とそう変わらない年頃、しかも女性にも関わらず、俺よりもずっと強かった。
今はやっと同じくらいの技量になってきたが、まだまだ完勝できるとは思えない。
知識についてはエテルノ侯爵の使用人の娘らしいリィズ・リィテという娘と一緒にエテルノから教わっている。
どうしたものか、彼女たちは俺よりずっと優秀だ。あくまで俺の主観だが、まあ十人いたら八人は俺の方が劣ると答えるだろう。
フィエリテは剣技において俺と同等、もしくはそれ以上のものを持っている。
決して実践一辺倒ではないものの、物忘れが多いのが玉に瑕だ。
リィズは俺からは想像もつかない戦略を考えてくる。その証拠に、リィズとの盤面遊戯において俺は一度も勝ったことが無い。
そして、もう一つ。
彼女たちは二人とも『役持ち』なのだ。
それも、ただの魔法ではない。彼女たちは特殊な魔法を使うのだ。
ここ数年でこうした者たちを総称して『特魔』と呼ばれるようになった。何と安直な。
そして、彼女たちはその『特魔』なのだ。
フィエリテの魔法を知っている人はほぼいない。俺が知っている中では俺とリィズだけだ。
リィズの魔法は『薄化』の魔法。読んで字のごとく、薄くなるのだ。
存在も、発せられる声も、音も。すべてが希薄になる。
最初は弱そうだと思っていたがこれがなかなかに厄介だ。
近づかれても全く気付かないので剣技が要らないうえ、与える衝撃すら希薄になるのでダメージだけがいきなり現れる。
注視していれば見つけられないこともないが、それでもすごく難しい。
そして、肝心の俺の魔法は『試見』の魔法。
これから起こることを限定的に体験、および見渡すことができる。
無制限に行うことは出来ないが、仮にこの行動をしたらどうなるのかを確認することも可能だ。
なお、この能力を使ってなおリィズには勝てていない。正直言って悔しい。
父であるリベルタは当時発見されていたあらゆる魔法を扱ったと聞くが、俺にはそれは無理だろう。
出来ることを精一杯、確実にやるしかない。
そんな俺たちが目下抱えている問題が、役持ちと役無しとの戦争だ。
オラリオンの事件から数年が経った頃、役無しのうちの数人がこう言ったそうだ。
――オラリオンが今の状態になったのは役持ちの暴走のせいだ――
と。
どこからとなく囁かれたその噂は役無しが蜂起する原材料になった。
役無しの技術力は戦闘兵器へと使用され、役持ちはそんな役無しの行動を許さなかった。
そして、事件は起こった。
大陸でも有数の大都市イデルカにて、役無しによる役持ちの大量殺人が行われてしまったのである。
実行犯はわずか二名。死傷者は三十余名に及んだ。
何の罪もない人々の殺戮。それはそう簡単には埋まらない深い溝になった。
事件の翌週には報復と言わんばかりの役持ちによる役無しの殺人。
その数日には…と、無限に殺し合いを続け、戦争にまで発展している。
さらに問題なのが、だ。
その戦争の役持ち側のリーダーが俺であるということだ。
どこで知ったのか分からないが、俺をリベルタの息子であると知って担ぎ上げていた。
リィズやフィエリテ、エテルノさんたちにも相応の立場が与えられたようだった。
俺はその場に居なかったのにも関わらず。
役無しからしたら俺は敵軍の首領だ。当然殺しにくる。
たしかに俺は王子の息子で特魔で…言いだしたらキリがないが。だとしても。
俺がしていたのはオラリオンを復活させ、『永眠』の魔法から解放するための調査、および研究だけなんだ。それで殺されるなんてあってたまるか!
なので不本意ながら役持ち側…『グランツ』と呼ばれる軍のリーダーとして戦争を終結させるために戦っているわけだ。
役無し側は『カンビオ』と名乗っていて、向こうのリーダーは俺と同じくらいの女性だそうな。
「……ってわけなんだ。内容分かったかな、ルナ?」
そう、俺は語りかける。
相手はルナ。オラリオン王国に伝わる秘宝『月の雫』から生まれた…というのだろうか。
魔力の結晶体みたいな存在だ。
エテルノ、ヒラソル以外に俺の身近で父に会ったことがあるのは彼女しかいない。
彼女はオラリオンを今の状態にした原因の一つであり、俺の友人の一人でもある。
そんな彼女に、今の俺から見た世界を伝えていた。
彼女は自分の世界を作り出せるが、そこから外に出るには外の世界からの協力がいるらしい。
父は難なくやってのけていたそうだが、俺にはまだ荷が重い。
なので、こうして定期的にいろんな話をしに来ているのだ。
「あ、うんうん。聞いてるよ。大丈夫。」
そう答えるのがルナだ、
「いろんな話を毎回聞けるからすごく楽しみなんだ!」
にこやかに笑う彼女はどう見ても普通の少女だ。
魔法によって構築され、オラリオンを滅ぼした原因の一角を担っているとはとても思えない。
「でもね、なんか変な感じなの。いつもと違うっていうか…」
ルナは珍しい言葉を言った。
「この話、前に聞かなかった?」
俺にはまるで覚えがない。この話をするのは初めてだ。
「そうか…?じゃあ、違う話にするか。」
ルナがそう言うのならそうなのかもしれない。話のタネはほかにもたくさんあるので、今回はそっちを話すことにする。
「あ、でもちょっと待ってね。その人たちを作っちゃいたいから。」
そう言ってルナはうんうん唸り始める。
ここは彼女の世界。何が、どこに、いくつあるのか。どんな大きさで、そもそもこの世界はどれくらいの大きさなのか。
全てが彼女の思いのままだ。なので、ルナは俺から話を聞くたびにこうして形にしている。
「あ、ねえねえ。そのフィエリテさんとリィズさんはどんな見た目なのかな?美人さん?」
「うーん。フィエリテは綺麗な白髪のロングで、目は翡翠の色だな。剣を振るう時とかはこう、バサッてなびくんだよ。」
「ふんふん…なるほど…こんな感じ?」
ポン、と間抜けな音が鳴ると、そこには確かにフィエリテの姿があった。
「おお、そうそう。こんな感じだよ。相変わらず上手いなぁ。」
「えへへ~…って、前にも作ったことあったっけ?」
「あるある。っていうか、向こうにあるのも全部ルナが作ったやつじゃんか。」
「あ、そっか。そうだったね…てっきりフィエリテさんを前に作ったことがあったのかと思っちゃってさ。」
「…?変なルナだなぁ。」
何だか、今日のルナはなんだか記憶が混濁している感じだ。
これまでこんなことは無かったのにどうしたんだろうか。
「うーん、なんか変な感じだけど…リィズさんのことも教えて!」
「ああ、そうだな…リィズはフィエリテとは反対に黒髪のショートなんだ。目も対照的に深い藍色で。んで、いっつもおちゃらけてるというか抜けてるというか…独特な感じの奴なんだよ。上手い言葉が見当たらないな…」
「ふむう…どんな感じかな…」
「あー、俺より一回り背は小さくて…」
ルナがなかなかリィズのイメージを作れないのでいろいろ話していたらだいぶ時間が経ってしまった。
「さて、そろそろ帰るかな。」
「そうだね。いっぱい話してくれてありがと!」
「ああ、こんな話でよかったらいつでもするさ。じゃあ、またあの姿に戻っておいてくれ。」
「うん!わかったよー!」
その言葉と同時に視界は白一色に染まる。
彼女の世界に出入りするときはいつもこの状態だ。真っ白な視界、気付くと元居た場所に居る。
ルナによると母であるシエルはこの移動が苦手だったそうな。
俺もどちらかというと苦手なほうだ。酔いそうになる。
そして、目を開けるとそこは俺の部屋だった。
「ん、よし。戻ってきたな。」
体の動きにも問題はない。
「あ、戻ってきたのですね!」
リィズがいち早く気づいて歩み寄ってくる。
…山のように書類を抱えて。
「あー、これって…」
「ジェイドが『向こう』に行ってる数分の間に溜まった書類なのです。今日こそは全部処理してもらうですよ!」
聞くところによると俺の父もよく書類業務から逃げていたらしい。俺にはその気持ち、痛いほどわかるぞ父さん。
ともあれ、今この時をどう打開するかだ。あんな量一日で終わるかっての。
「あ、今どうやって逃げ出すか考えてますね?そうはいかないですよ!」
「ぐぅ…お見通しってわけか。ならば俺の要求もわかるな?」
「はいです。お見通しなのですよ!」
どやっ、と言わんばかりに胸を張って宣言するリィズ。
うん。それだよそれ。
一目散に俺は走り出す。リィズの持ってる書類の山を三分の一ほどかすめ取ってサッサと退散だ。
「あっ⁉ちょ、待つですよ!別に逃げなくてもー!」
ええい聞こえんぞ。逃げてもいない。戦略的…ではないが俺の体力を鑑みた撤退だ。
グランツの本陣の裏手の山。
そこに俺の自作執務室はある。あの執務室はやけに豪華で良い物ばかりあって息が詰まる。
あと仕事がどんどん追加されてやる気がおきん。
「ふう…さてやるか…」
ドサッと音を立てて書類の山(三分の一スケール)が置かれる。
「おお、まぁたリィズちゃんから奪ってきたんですね?」
執務室の奥から声がする。
「…なんで居るんだフィエリテ。」
奥の休憩スペースで秘蔵のお菓子を食べながら座っていたのはフィエリテだった。
というかおい。その菓子は俺が今日の楽しみにとっておいたものだぞ。
「いやはや、なんでと言われましてもねー。」
「まあ大体わかるよ。エテルノさん辺りから頼まれたんだろ?」
「おお、ご明察!大当たりです!賞品にこの私食べかけのスイーツを上げましょう!」
そう言いながら食べていたプリンをこちらに寄越してくる。
「いやいらん。というかちゃんと全部食べろよ。勿体ないだろ?」
「むぅ。やっぱり変なところで真面目ですよね。」
「リィズが仕事オタクなだけだ。こんな量普通終わらんぞ?」
「そうですねぇ。『普通は』終わりませんよねー。」
『普通は』をやけに強調してくる。
「リィズが普通じゃないってことか?まぁあの仕事のスピードは異常ともいえるけどさぁ」
「いやいや、いいんですよジェイドさんは今のままで。うんうん。」
じゃあ私は帰りますねー、とフィエリテは出ていく。
結局何が言いたかったんだ…とりあえず終わらせるか。
場所は移って、元の執務室。
リィズは本来ジェイドが座るはずの椅子に腰かけ、眼鏡をかけながら執務をこなしていた。
ちなみに眼鏡は伊達である。誰に見せる予定もないが、一応それっぽく見せたいらしい。
執務室のドアの前には『立ち入り禁止。確認必須の書類のみ執務室前に置くこと。ドアの開閉は処罰対象とする。』といういかにもな文。
「あー全く。どうしてこうなるかなぁ…」
ブツブツ言いつつもものすごいスピードで書類を片付けている。
「三分の二も私のところに残していくとかあんまりってもんだよねぇ」
一言終える前に書類が『確認済』の棚に仕分けられていく。
その時だった。
ドアが開く気配。
リィズはこの状況を見られるわけにはいかなかった。
執務という大義名分を得てジェイドの椅子に座り、その名前で書類を代理で片付けているこの状況を。
そして何よりこの後ジェイドに何と話しかけるかを考えてにやけているだらしのない顔を見られるわけにはいかないのだ!
ドアが開くその瞬間。リィズの顔は能面よりも無表情になり、『薄化』の魔法まで使って気配を消してドアを開けた際の死角に潜む。
そして入ってきた人物の首元めがけてハイキックを放った。
「ぐえっ」
見事にクリーンヒット。これで秘密は守られた。
…はずだった。
「あっ!」
と声を上げたのはリィズ。倒れていたのはフィエリテだった。
「あっちゃー、やっちゃった。」
「うーん。痛いなぁもう。」
「あ、無事でしたか。良かったです。」
「酷いなぁもう。ちゃんと確認してから蹴ってよね。」
「完全に意識飛ばす勢いで蹴ったのにそのダメージですかー」
「全く怖い子だなぁリィズちゃんは。」
「「あっはっはっはっは。」」
二人で笑い始める。
「…いやいや、笑ってる場合じゃなくて。」
話を切り出すのはフィエリテ。
「…そうなのです。そんな場合じゃないのです。」
「ジェイドはいつもの場所ね。大丈夫。安全だから。」
「そうなのですね。いつも報告ありがとうなのです。」
「…で。終わりそう?この量。」
まだまだこんもりと盛られた書類を指さして言う。
「ふふん。舐めてもらっちゃ困るのです。余裕なのですよ!」
「あらそう?せっかくだから手伝おうかと思っ」
「要らないのです!さあ、さっさと出ていくのです!」
「えー、言葉を切ってまで言うことー?」
「ほらほらさっさと出ていくのですよ!」
ぐいぐい背中を押すリィズ。
フィエリテは部屋を出る寸前に
「まあ邪魔はしないけど。程々にしておきなよ?彼、まだ気づいてないんだから。」
と、言い残す。
「な、何のことやらさっぱりわからないのですよ!」
と答えて、ドアを閉める。
「やっぱり、特注の鍵でもつけておくべきなのです。そうに違いないのです。」
ドアの向こうを恨めしそうににらみながらそう呟く。
すると、
「それはちょっと引いちゃうぞー!いくら好きでも独占のし過ぎはよくないなー!」
とドアの向こうから帰ってくる。
「そんなわけないのです!さっさといなくなるのです!しっしっ!」
「はいはーい。邪魔者は消えますよーっと。」
やっと、気配が消える。いや、彼女ほどの力量なら悟られない様にすることも可能だろうが恐らく本当に居なくなっている。
「さて、さっさと片付けなきゃ!ジェイドのためにも!」
『薄化』の魔法全開で外に聞こえないようにしてさんざん叫びながら、そして後に貰える感謝とねぎらいの言葉を思いながらリィズは書類の山を片付けていくのであった。
…というわけで、なっっっっがいこと間が空きましたがようやく更新です。
もしこの第二部から読んでる方が居たらぜひ一部を読んでから読んでみてください!
さて、ここまで時間があったからたくさん書き溜めてあるんだろう。
そうお思いの方、ちょっとだけ正解です。なぜなら今回のこれ、書き直してるからです。
最初、リィズちゃんいませんでした。前身となるキャラすらいませんでした。もはや別の小説です。
なので、プロットとかはできてますが各々の見せ場とかも欲しいので書き直して言っているのです。
そんなわけでまた少々お待ちください…
長々書くのもあれなのでそろそろ失礼します!今作もどうぞよろしくお願いします!




