死して尚
一方、私たちウェーデルの街の安全確保に向かっていた面々は、あまりにも何もない現状に驚いていた。
「全く、何も起こりませんね。」
「ですね~。何か起こってもおかしくないんですけど。」
リムちゃんとロセも不思議がっている。
「まあ、そのうち仕事ができるから。気を抜かないで。」
他の皆には聞こえていないんだろうけれど。私には聞こえる。聞こえてしまう。
今の私に直接何かができるわけじゃ無いのがとても歯がゆい。
「ヴェールちゃんがそう言うなら間違いないんだよな。」
イータは頷きながら周囲の警戒を怠っていない。本当に、戦い方さえちゃんと自分を大事にしてくれれば言うことなしなのに。
「断言、するんですね。まるで私たちには分からないものが分かっているようだ。」
ヒラソルさんが私の思考を読んだかのように核心をついてくる。
言いたいのはやまやまだが、ここで話すのは私の魔法のルールに反してしまう。
「ふふ、どうでしょうね。」
笑ってごまかしておこう。下手なこと言うとボロを出しそうだ。
「そこは否定しないんですね。まあ、話せるときに話してください。」
全く、嫌な相手だ。絶対に勝てない相手でも堂々と言葉を紡いでくる。
その時だ。屋根の上から周囲を見渡していたイータが私と同じものに気付いた。
「皆!西南西から敵襲!明らかな殺意を持ってこちらに突進してきてる!他の敵影は見えないからあの男に全力で当たってほしいんだよな!」
「了解、敵の兵量は?」
うん、ロセの質問ももっともだ。でも、
「それが…一人!たった一人で、こっちに走ってきてるんだよな…」
うん。私の耳にも聞こえたのはただ一人分。馬にも乗らず、車も使わず。走ってこちらに進軍している阿呆がいる。
「よっぽど馬鹿かよほどの自信家か…さっさと片付けるのがいいね。」
「賛成です。早めに終わらせてリィズ様の加勢に行きましょう。」
「じゃあ、私はここで住民の皆の安全を確保しておくから、頑張ってね~」
ヘラヘラした態度で送り出す。なんだこれは。
私はこんなふうになるために人間を辞めたんじゃない。なのになんだこの様は。
自分の身体を守り切れなかった言い訳を自分にして、助けてもらう時に力になることも出来ないなんて。
ああ、今は過去一番に身体が恋しい。早く帰ってきて。そうすれば私も彼の力になれるのに。
…なんて、虫の良すぎる話なんだろうか。
「ははっ」
自嘲なのか、自虐なのか自分でも分からない笑いが漏れた。
場所は戻って、コロシアムに向かう道。
「この先に、ヴェールちゃんの身体があるんだよな。」
「はいなのです。身体の持ち主が言うんですし、間違いないと思うのです。」
「俺たちはヴェール本人の身体を傷つけないように、乗っ取った相手…エリンを戦闘不能、少なくと
も魔法を発動できず、抵抗できない状態にまでは追い込まなければならない。」
無茶ぶりにもほどがあるが、成しとげなければならない。
「さて、そろそろだな。」
ギエルさんのいうとおり、もうコロシアムは見えてきていた。
そのど真ん中。見せびらかすように、あの時話しかけてきた女の子の身体が横たわっている。
全員がその姿を視認すると同時に、その身体はゆっくりと持ち上がった。
その目は虚ろに開き、何を映している様子もない。糸でつるされているのだろうか。手足はだらんと垂れ下がり、口元は力なく開きっぱなしになっている。髪の毛の手入れなどは全くされずに荒れ放題。あの状態になるまで身体を無理やり使い続けたのだろうか。
「あんなになるまで…」
リィズも言葉が出ない様子だ。
いち早く動いたのはギエルさんだった。
懐から小さなナイフを取り出し、ヴェールの身体を吊っている糸を切る。
どさ、と身体は何の抵抗もなく落ちる。
「ああ、なんてことするんですか。」
向こう側の観客席から声が聞こえる。
「せっかく、これから彼女の身体で一つダンスでも、と思っていたのに。」
「この声、やっぱりそうなのですね。」
リィズの言葉で確信になった。この事件の主犯はやはり
「はいそうですよ我が愛しのリィズ嬢!やっと僕に、エリンに会いに来てくれましたか!」
「愛しの、だってよ。随分な男に好かれてるな?」
ギエルさんはもう今にも殺しに行きそうな勢いだ。
「全く、いい迷惑なのです。今のお前なんて何と比べるのも失礼なくらいにクズなのですよ。」
「何と比べるべくもないと!なんて嬉しい言葉でしょうか!そんなに!僕を!愛していたなんて!」
「お前の耳、どうかしてんじゃねぇのか?」
おっと、思わず声に出てしまった。
「お前らに興味はないんだよ。僕が乗っ取ってやる価値もない。」
「ああおい、もうやっていいか?」
ギエルさんはもう我慢ならないようで。本当はもう少し準備してからにしたかったけど。
「これでも、くらえや!」
槍を地面に突き刺す。その威力は地面を伝い、エリンへと伝わって。
地面に突き立てた分以上の大穴を、エリンの腹に空けた。
「うえっ…話には聞いてたけど嫌な魔法だなそれ…気持ち悪っ…」
これまでにない威力。思えば、これまで槍が刺さるほどの衝撃が地面に残ったことは無かった。『流離』でも流しきれないほどの衝撃が伝わっているのだろう。
だが、あいつも入り口に居たケニンと同じようで。
「こんなに大きな穴が腹に開いたのは初めてだ…一般人なら即死だぞ?」
原に穴が開いたまま、普通のことのように話を続けてくる。
「そら、そろそろ行けよ死体ども。」
エリンが手を上げると、観客席に隠れていたであろう死体が、動き出した。
その姿は、間違いなく。
「こいつ…やりやがったな!この国の住人、殺して自分の駒にしやがった!」
そう、目の前に居るのは間違いなく初めてこの国に来た時にこのコロシアムのことを説明してくれたあの人だった。
「あんたラか…たのムかラ、おれ、ころs…」
殺してくれ、と言いたいのだろう。死してなお死にきれていないのだ。
俺も、私も、といううめき声がコロシアム中から響く。
「あーもー、そういうの良いからさっさと殺せよ。」
「ア…」
その声はエリンの一声でかき消えた。
原理は分からない。だが、間違いなくわかる。
俺は、こいつを戦闘不能なんかで止めちゃいけない。
二度と起き上がれないくらいに殺さずに壊してやらなければならない。
そう、心から思った。




