右手の痛み
「はいはい、じゃあ位置についてー…ハイ始め!」
ヴェールがゴング代わりに手を叩く。
その瞬間、イータは一目散に家の中に駆け込んだ。完全に敵前逃亡じゃないか。
「…あっ、こら待て逃げんな!」
一瞬判断が遅れたが、フィエリテもすぐに追いかける。
…が。
「ぐえっ」
派手に転んだ。それはもう、家の中にイータが入ってドアを閉めるまで余裕なくらい。
そしてそのまま動かない。地面に突っ伏している。
「おーい、大丈夫かなー?打ちどころ悪かった?」
ヴェールが近づいて尋ねる。
「いえ…とりあえず試合は続行するので手を貸してもらっていいですか…」
手をプルプル震わせながら伸ばして言う。
「はいはい、一人で立ってくれると楽なんですが、ね…?」
手を取って引き上げようとしたヴェールの右手首から先が、いつの間にか無くなっていた。
そしてそれを気にすることもなくフィエリテは走る。ドアを蹴破って家に突入する。
「わー。こりゃまた珍しい魔法を使うなあ。ねぇレッド。」
右手が無くなった当の本人はこの調子だ。
「いやー。ここまで見事になくなっちまうのもすげえな。これ見えないだけ?それとも本当になくなってるの?」
レッドも全く心配そうにしていない。この国のこういうところが未だによくわからない。
そんなやりとりの後ろ、家の中から叫び声が聞こえる。
「あんた、何やってんの!?」
と。
走ってくるのはフィエリテ。ヴェールに訴えかける。
「あの子、自分の右腕にナイフ刺してるんだけどどういうこと?これがあの子の戦い方だっていうの?」
そういうことらしい。『相手からの痛みでなくていい』というのは言い換えれば『自傷で良い』と言うことだ。
「そうなんだよね…あの戦い方は毎度やめろって言ってるんだけどまだやるかぁ…」
そう答えるヴェール。家の二階から、こちらを狙う何かが見えた。
「フィエリテ、後ろ!」
思わず叫ぶ。よく見れば二階にあるのは銃だった。それも狙撃銃。そしてそれは間違いなくフィエリテを狙っていた。
「あー、うん。大丈夫。この試合は、私の勝ち。」
まず後ろを向くでもなく、こちらにフィエリテはそう宣言した。
そのまま家の方向に振り向き、発射された弾丸に向かって右手を突き出す。
だが、発射されたのは弾丸ではなかった。見たところ、人間の肉の破片…に見える。
これがイータの魔法の使い方だと。自身を痛めつけた上、痛めつけた部分を弾丸ほどに圧縮、それを弾丸として打ち込むことで痛みを伝えると…
いくつも言いたいことはある。だが、フィエリテはどうなってしまったのか。
一切の反応が無い。右手を突き出して止まったままだ。
「―――痛い。やっぱりめっちゃ痛いんだけどこれ。」
絞り出すような泣き声と共に聞こえてきたのは、ヴェールの声だった。
「無理…審判やってる場合じゃない。これ死ぬ。死ぬほど痛い。パス。あと任した。勝ちはフィエリテ。ちょっと家帰る。」
つたない足取りで家に向かうヴェール。何がどうなってんだ。
「えー、と?とりあえず勝者はフィエリテ。被害者はヴェールってとこか。」
後のことを任されていたレッドが勝者宣言をする。
「いえーい!やり返したりましたよー!」
左手でブイサインをするが、一体どうなっているのやら。
「まあ、まずは家の方見とけ。」
とのお言葉。
すると、まずあの銃が真っ二つになって二階から放り投げられた後に空中で炎上、そのまま焼失。次いで家の外に出てきたヴェールが小屋を建て始める。
「やだー!嫌だー!助けてロセー!」
イータの叫びにロセは『大丈夫!ちゃんと写真撮っておくから!』との返し。
「人でなしー!」
と叫ぶイータを、即座に完成させた小屋に連れ込むヴェール。
「さてさて、じゃあ私は写真撮影に行ってきますね~」
と言って小屋に入るロセ。
「何?あれ?」
耐え切れずにギエルさんが聞く。
「負けるのは仕方ないし、ヴェールちゃん巻き込んだのはフィエリテちゃんの方だからどうでもいいんだけど。あの戦い方はダメだったみたいだね。」
と返すレッド。
「…つまり?」
「つまり、いけない戦いをした子にはお仕置きだぞー、てこと。もう何回目か分からんけど、毎回のようにイータはあの部屋行きになるんだよなあ。」
「お仕置き…具体的に何をされるのです?」
リィズがちょっと気になっている。
「ああ、時によって色々さ。25m泳ぎ切る水泳を延々やらされたり、苦手な食べ物ばっかりのフルコース完食だったり、なぜか絵の講習が始まったり。今回は即興だったし何やってるやら。」
そんなことを聞きながら数分。
「あーーーーもう!皆見てこれーーー!」
大興奮で走り寄るのはロセだ。写真を持って大興奮で駆けてくる。
「どんなことしてるのです⁉」
なんでリィズはそんなに興味津々なんだ。
「こ…これは…!」
「すごい可愛いでしょ!こんなイーちゃん初めて見たのもう最高!フィエリテちゃん!貴方のおかげってところもあるわね。ありがとう!もうこれはアレよ。家宝よ。」
何が写ってるんだよ…
流石に気になるので全員で覗きに行くとそこには。
手足をガッチリ拘束されながら延々とくすぐられ続けるイータが写っていた。
それはもう、あらゆる角度から何十、何百枚と。
「……これが、お仕置き。」
「なんというか…」
「「「な。」」」
男性陣は皆で顔を見合わせていた。
確かにお仕置き、なんだろうが。あの戦い方に対する仕置きはこれでいいんだろうか。
よくわからん。




