12 ――希う
翌朝。
エカリーの呼びかけで、村の住人のうち半数以上が集まってくれた。若い男手は出稼ぎに出てしまっているため、ほとんどが女性だが、
「力仕事だって任せてくれよ。畑仕事だってかなりの力仕事だからね。あたしら、大抵の男にも負けやしないさ」
先頭に立つアレスクがニッと笑う。確かに皆、日に焼けており屈強な体格をしている。ハルカくらいなら容易に投げ飛ばせそうだ。
よろしくお願いします、とハルカはぺこりと頭を下げる。いやいや、とアレスクは笑った。
「むしろ礼を言うのはあたしらだろう? 魔法使いさん、原因がわかっちまうとはさすがじゃないか。本当に困り果ててたんだ、あたしらにできることなら何だってするさ」
アレスクの言葉に、ハルカはまた浅く頭を下げる。これは、単純に大勢の人を前にしてコミュニケーションができなくなっているな、と黒猫は見透かす。案の定、覗き込んだハルカの顔は目を回す寸前だ。
「……で、では、行きましょう。場所は、私が案内します」
うん、とアレスクが頷き、皆に号令する。うち何人かは台車を引いている。これもハルカが頼んだものだ。
「台車は、1台あれば足りるかい?」
「はい、多分……台車が通れるような整備された道ではないと思うので、大変だとは思いますが」
「なぁに、任せておきな。森でも何でも、切り開いてやるよ。この時を待ってたんだ」
なあ、というアレスクの言葉に、女たちはザ、と斧を取り出した。え、まさか伐採でもしちゃうの? とハルカと黒猫が内心で引く。さすがに木を切り倒してまで行く時間はないと思うが。それに木が邪魔になるようであればハルカの魔法でどうにかするつもりだし。
じゃあ行くぞ、というアレスクの号令に、応、と女たちが応じる。意気軒高、怖いくらいだ。
「それで、ルリー・ロウズっていうのはつまりどういう花なの?」
先頭を歩きながら、黒猫がハルカに問う。そうね、とハルカは横を楽しそうに歩くエカリーをちらちらと見ながら応じる。
「“白き不毛の呪い”と呼ばれる、災いの花。希少種……というか、同じ土地に咲くと版図を食い合うから、自然といち地域に一輪しか咲かないわ。種の休眠期も長いから、滅多に見かけることはないのだけれど、一度開花するとその土地に甚大な被害をもたらすから、発現するとすぐに知れ渡る」
「被害っていうのは、つまり今回みたいな農作物の不作?」
道を外れ、一行は森へと進んでいく。まだ木々はまばらだが、根は道を波打たせている。
「半分正解。本質は、土地の養分を絞り尽くすこと。ルリー・ロウズは開花後、凄い速さで――といっても数年単位だけど――地下茎を広げるの」
台車は根に引っかからず通れているか、と後方をちらりと覗くが、女性たちは難なく悪路を通過しており、それどころか談笑までしている様子。
当分は大丈夫みたいね、とハルカは自分が足を取られて転ばないように注意することにした。」
「栄養生殖っていうんだけど、親株を中心花として、大体同心円状に地下茎を伸ばしていき、大体1か月周期――満月の夜に、地上に子株を開花するの」
これが、恐らくエカリーさんの見た花の正体。ちらりと見ると、成程~、とエカリーが頷きながら聞いている。
「子株が開花するのは満月の前後、ほんの数日。それだけですぐに子株の花は枯れてしまうのだけれど……枯れるのはその場の子株だけで、地下茎はさらに範囲を伸ばしていき、次の満月にまた子株が地上で開花する。これを繰り返していくの」
「それって、地下茎はずっと繋がっているの?」
エカリーの問いに、ハルカは頷いた。
「それが、ルリー・ロウズの最も恐ろしいところで、呪いと呼ばれている所以です。ルリー・ロウズの子株は、全て親株と繋がっている。この連絡系は基本的に途切れない。そして、開花した子株と地下茎は、その周辺の養分と自然の魔力――マナを吸い尽くしてしまう。吸収されたそれらは全て親株に集約され、やがて親株を中心とした一帯は不毛の土地となる」
「でもそうしたら、いつか必要な養分を吸い尽くして親株自身も枯れちゃうんじゃ?」
「ルリー・ロウズはエネルギー効率がとても良いようで、吸収した養分の大部分を親株の種子に貯蔵しているの。周辺数十キロから養分を、文字通り根こそぎ吸収した親株は、最後の満月の晩に、種子を空高く打ち上げるのよ」
「え、打ち上げる?」
何か思い出したのか身を震わせる黒猫へ、ハルカは意味深な視線を向ける。
「ため込んだエネルギーを使って、種を打ち上げる。雲の高さにまで届いたそれは、そこから四散するの。数はそれほど多くなくて、精々が4~5個と言われているわ。それが、もう一度魔力を噴射して、数十キロから数万キロを飛ぶの。そして着弾した土地で親株となり、これを繰り返していく」
ほへ、とエカリーと黒猫が空を見上げる。種が空を飛ぶ……俄かには想像し難い絵だ。
「種が飛んでるのって、見えるものなの?」
「打ち上げられた時点での種は、そうね、一抱えくらいあるわ。それが分かれても、まああんたくらいのサイズはあるでしょうね。ただそれ以上に、魔力の噴射が虹色に尾を引くから、真夜中なのも相まって結構綺麗に見えるのだそうよ。滅多に見られるものではないから、見つけたら幸運とも言われるわね」
「聞いていると、かなり厄介な花みたいだけど、そんなふうにも言われるんだ……ハルカは見たことある?」
「ないわ。ルリー・ロウズ自体、今回が初めてね。被害こそ甚大なものだけれど、ルリー・ロウズは発現自体が稀なの。広く散らばった種も、着弾地点が選べるわけではないから、そもそも栄養の少ない荒地に落ちてしまったり、海や湖に落ちてしまったり……岩場に着弾して種が砕けてしまったりね。ちょうどいい土地に落ちることができたとしても、種は養分とマナが豊富に蓄えられているから、それを嗅ぎ付けた魔獣なんかに食べられてしまったりとか」
「そうなんだ……どんな生き物も苦労しているんだね」
まあそんなものよね、とハルカは頷いた。
「稀少な例だから、後で記録してエド先生にも共有しておきたいわね。折角なら、魔法の地図の御礼も兼ねてコラル博士にも。まあ、まずはちゃんと発見してからだけど……っと」
ほとんど獣道のような道だ。人が通れても、さすがに台車までは通れない道幅になってきた。人の手の入っていない木々は、枝も根も天然のままにその身を伸ばす。
「お、こりゃあ、枝払いが必要だね」
斧を担いで前に出ようとするアレスクだが、そっとハルカが手で制した。
「ここは……私が」
そうかい? とアレスクが一度引く。無用に木々を倒すことに引け目があることもあるが、恐らくこの先はずっとこんな感じだ、全て切り払っていては中心花へたどり着くまでに3回は日が暮れる。
ハルカは一行の先頭に立ち、杖を浅く掲げた。
「――希う」
緩い風を頬に感じる。あ、とエカリーが小さく声を漏らした。
この風は、知っている。
こォん、とハルカが杖尻を突き鳴らした。
瞬間は、何も起こらなかった。その一風が、ハルカを始源として、木々の間を吹き抜けただけだ。
だが――変化はやがてさざ波のように連鎖する。
訝し気に見守る一行の視線の先、さわさわと枝葉が囁きを漏らしながら、動き始める。
ギギ、としなりを鳴らしながら、木々が左右へ分かれていく。
まるで道を空けるように、一直線に、木々が次々とその身を除けていった。
「おお……これは」
アレスクらが嘆息を漏らした。黒猫ですら少なからずの驚きを覚えている。
「ハルカ、いつの間にこんなことできるようになったの? 木々のコントロール?」
「さすがにそこまで大がかりなものではないわ。大地と森の精霊に呼びかける魔法。私が除けさせたというより、協力をお願いして道を空けてもらった感じね」
一行のざわめきは驚きと畏敬が占める。魔法使いはこの地方では珍しいのだろう。むず痒い感覚に視線を逸らしながら、ハルカはまた一歩踏み出す。
「では、行きましょう。戻りのことも考えると、お昼前くらいには現地に着きたいわ」




