11 白き不毛の呪い
村に戻ってすぐに、ハルカは借りている宿へ向かった。テーブルに魔法の地図を広げ、起動しつつ、
「紙……は、ないか」
羊皮紙は高級品だ。植物由来の紙もこの村まで流通はしていないだろう。まあいいか、とハルカは一度炉に向かい、火箸を手に取ると家の前に出て、地面にしゃがみ込んだ。そのままハルカは火箸でガリガリと、地面に何かを描いていく。
「これは……地図?」
覗き込んでいたエカリーが首を傾げる。図柄は、地図のそれと同じだが、範囲が広い。
「ゴルゴドア山脈、サンティア街道……ここがこの村ね。で、さっき私たちが行った丘は、ここ」
とん、と火箸でそこを指す。……正直、上手い絵とは言えないが、魔法の地図と見比べれば何となくわかる。
「で、さっき見た枯葉の広場はここで……猫を飛ばして見えたのが、こんな感じね」
ガリガリと、地面を削っていく。浅く窪ませたそれが、枯草の土地ということだろうが、
「え……そんな遠くにも?」
エカリーが思わず驚く。ハルカが次々と削っていくのは、黒猫を打ち上げた丘からはるか遠く、魔法の地図に映るよりもさらに広範囲だ。しかも、ハルカの手は止まらない。ガリガリと、どんどん範囲を広げていく。
「……これ、地図には映らないの?」
絵を見下ろす黒猫が零す。地図に映れば、こんな分かるような分からないような絵をわざわざ描かなくてもいいのでは。黒猫の内心を見透かしたように、じろりと横目に睨みながら、そうね、とハルカは頷いた。
「まだ使い慣れていないからか、倍率? をあんまり操作できないのよね。使いこなせば相当俯瞰で見られるらしいけれど」
さてできた、とハルカは顔を上げた。中腰がキているのだろう、腰をう~んと反らす。どれどれ、と黒猫とエカリーは逆に絵を覗き込んだ。
「う~ん……?」
エカリーが困惑の声をもらす。絵が汚いから……だけでは、ないだろう。
枯草の土地を示す窪みは、虫食いのように、一見規則性なく書き連ねられているように見える。これが何を意味するのか、エカリーにはよくわからない。
「何だこりゃ。見ずらっ」
スコーン、と思いのほかいい音がした。火箸で頭を叩かれた黒猫が頭を抱えて悶絶する。
「あら、何も入ってないみたいにいい音がしたわね」
「それっ……金属ッ……それは響くッ……!」
ともあれ黒猫にもわかってはいないようだ。ハルカはと言うと、顎に指先を添えて眉根を寄せている。
「あ、ここが私の村だったね。村の周りにも結構あったんだ」
エカリーが指さす。その先へ視線を向けて、ハルカは頷いた。
「畑はとりあえずカウントしていないけれど、サンティア街道からここへ来る道中にも、枯草の土地はあったわ。草木、土の状態いずれも同じ。――うん、ということは、遠くに見えた同じ色の土地も、同じものと考えていいでしょう」
「こんな遠くまで? どうやって見たの?」
「あ、ええと……さっき丘で、こいつを空へ打ち上げたでしょう。そのとき」
へえ、とエカリーが相槌を打つ。いや、ハルカとしてはそれで説明を終えたつもりだったのだが、続きを待っている空気に、ええと、とやむを得ずハルカはまた若干視線を逸らしながら続ける。
「こいつは、私の使い魔なので。視界を同期することができるんです。だから、飛ばした時にこいつと視界を同期して、周囲一帯を上空から見渡した、と」
成程ぉ! とエカリーが瞳を輝かせてハルカと黒猫を交互に見る。うぅ、と今度こそハルカは顔ごと逸らした。ティアネと似たようなものを感じる。日陰者には、ストレートな尊敬のまなざしは眩しすぎる。
こほん、とひとつ咳払いして、半ば強引に空気を切り替える。
「で――これらが全て、同様の事象であるとすると、これが起こっている範囲は概ねこういう感じ」
ずず、と線を引いていく。途中、未だのたうち回っている黒猫を外側に転がして、線を繋げた。
「大きな円だね」
エカリーの言葉に、ハルカは頷く。
大きな円。この村を内に収め、サンティア街道へも迫る、それほどの大きな円ということは、かなりの広範囲ということだ。
「これは、ここ数カ月とかいう規模ではないわね……数年は経ている。後手に回ってしまっているけれど、急いだ方がいいわね」
「つまるところ、これは何なの? ハルカがそれだけ確信をもって言えるってことは、何かの花の影響?」
頭をさすりながら、ようやく黒猫が復帰する。まだ歯が震えてるよぉ……と呻いてはいるが。二本足で立ってる……とエカリーが物珍しく黒猫を見ている。
「そうね。確信というほどではないけど、おおよその予想はついている。――次の満月は、いつだったかしら」
「んー、明日じゃなかった?」
即答する黒猫に、エカリーが感心する。黒猫が得意げにフフンと鼻を鳴らすが、基本よ、とハルカは半目で見やる。
「なら、今日今から向かうと遅くなってしまうから、明日にしましょう。……エカリーさん、明日朝から、村の動ける人みんなで、一仕事したいの。呼びかけてもらっておいても、いいですか」
体よく頼んでいるが、ハルカが全戸尋ね歩くなんてまあ無理な話だ。今度は黒猫が半目でハルカを見るが、知ってか知らずかエカリーは元気に頷いた。
「わかった、いいよ。どこに向かうの?」
問いに、ここよ、とハルカは火箸で地図のある一点を指す。村から北東、森の中だ。
「どうしてそこ?」
黒猫の問いに、見なさい、とハルカは火箸で線をなぞった。
先ほど引いた、大きな円だ。それは決して真円ではないが、
「あ、円の中心ってことか」
そうね、とハルカは頷く。
「恐らくこの事象は植物によるもので、数年をかけて円状に拡大していっている。緑を飲み込みながら版図を広げ、土地を枯らしていく。今特に何事もなく広がっているように見える森も、ほとんどが既に枯れているか、枯れかけてしまっているわね。ごく短期間で土地の養分を一気に奪われて、数年、悪くすれば数十年もの間は不毛の土地となってしまう」
聞いていると、畑作を生業としているものたちにとっては絶望的な事象だ。
「そんなことが……何かの植物から引き起こされているの? かなりヤバいじゃん」
そんな感じしなかったけど。黒猫はエカリーを見るが、きょとんとした顔をしており、やはりまだ状況を理解していないようだ。
然もありなん。これは知らずに進行し、一瞬で過ぎ去り、その後長きに渡り悪影響を残す。土地の病、あるいは呪いとも噂されるそれは、実は一輪の花によってもたらされる災害だ。
その花の名は、
「――ルリー・ロウズ。”白き不毛の呪い”とも呼ばれる、災いの花よ」




