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花の唄が聴こえる  作者: FRIDAY
肆:広がる白円
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69/72

10 鳥に生まれなかったことを恨みなさい

 登りきった丘は、小高くはあるが木々が茂っていて、見晴らしがいいとは言い難い場所だった。

「これ以上高いところはないかなあ。ほんとに山に登りでもしないと」

 いいのよ、とハルカはエカリーに頷く。

「ここくらいで、大丈夫」


 見える範囲で周囲を眺める。枝葉の隙間から垣間見える範囲では、眺望を遮る高木などもないようだ。

「うん、この辺でいいわね」

「どうする気?」

 上を見上げ、木立が途切れ空が見えていることを確認して頷くハルカに、黒猫が問う。そうね、と応じながらハルカは黒猫をひょいと持ち上げた。


「……あの、ハルカ? 何だか嫌な予感がするんだけど、降ろしてもらっても」「猫って、高いところから落ちても上手に着地できるわよね」

「え、まあ、うん」

「どのくらいまでなら上手く着地できるのかしら」

「え、いやまさか」

「恨むなら鳥に生まれなかったことを恨みなさい!」

「うわァ理不尽言ってるゥ!」

 ハルカの足元から突風が突き抜ける。間欠泉のような勢いのそれはピンポイントでハルカの手中から黒猫を搔っ攫い、一瞬で遥か上空へ打ち上げた。



「イィィィィィィヤァァァァァァァァァァ――――!」



 黒猫の絶叫がドップラー効果を伴って遠ざかっていく。

 わぁ、瞳を輝かせるエカリーを横に、ハルカはすぐに片目を手で覆った。

「叫んでないで周りを見なさい! 何度でも打ち上げるわよ!」

『理不尽の極みィ――――!』

 繋いだ黒猫の視界は、錐もみ回転していて思わず吐きそうになった。だがそれも数秒、一瞬宙に留まったかと思いきや、今度は落下に入る。しかし一瞬の静止で体勢を取り戻した黒猫によって、周囲に素早く視線を走らせる余裕が生まれていた。



 ――見つけた。



 揺れ、落ちていく視界の先、それは予想通りの光景。だが、足りない。それはきっと全体のほんの一部で、根源を見つけるためにはもっと探さなければ。

「東。もう少し東を見せなさい」

『んな無茶な……』

「いいから早く」

 片目を抑えながらぶつぶつ言うハルカに、エカリーが不思議そうな視線を向ける。エカリーには黒猫との視界共有はないし、声も聞こえていない。ただハルカが不審なだけだ。


 空を見上げる。晴天だ。打ち上げられた黒猫は、豆粒ほどにすら見えない。どこまで高く上がったのか。

「もう一周。時間もないから、ざっとでいいわ」

 数秒。うん、と頷いたハルカは、片目から手を外した。


 エカリーと並んで空を見上げる。

 あ、とエカリーが声をもらした。何か見えてきた。

「一歩、下がった方が、いい」

 ハルカに促されて、エカリーは一歩下がる。しかし、

「受け止めてあげなくて、いいの?」

 問いに、ハルカは頷いた。


「猫だから、平気です。むしろ下手に受け止めようとした方が、こちらが危ない」

 そう? とやや案じながらも、エカリーはハルカの言葉に従う。何だかハルカと視線が合わない。会話も、黒猫と話している時より随分たどたどしい。人見知り、とは聞いていたが、そういうことなのだろうか。

 思っている間に、上空から再び聞こえてきた。



「ァァァァァァァァァァイェェェェェェ――――!」



 逆再生のような勢いで黒猫が落下してくる。

「ほ、ほんとに大丈夫? 地面にぶつかっちゃうんじゃ?」

 凄い速度だ。風で黒猫の悲鳴を上げる唇が捲れ上がっているのが見える。



「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ――――」



 死ぬ死ぬ言っちゃってるけど。

 対してハルカは構わず、杖先でトン、と軽く地面を突いた。

 ふわ、と風を感じた。

 瞬間、黒猫が地面に着弾――しなかった。

「おぅぶっ――」


 地面に突き刺さる寸前、内臓に重い一撃が入ったかのような苦悶の音を漏らしながら、黒猫の身体が弾んだ。

 ばよ~ん、と2メートルほども跳ね上がる。

「わっとっと」

 そのまま空中で器用に2回転、綺麗に足から着地した。

 ビシ、と2足で立ってY字にポーズを決めている。


 あ、とエカリーは気づく。黒猫の着弾地点、そこにうっすらと、半透明のボールのようなものが現れていた。それもすぐに、解けるように消えてしまうが、

「空気の、ボール?」

 エカリーの言葉に、ハルカは頷く。

「衝撃を吸収する、風のイメージ。人間をカバーできるほどのサイズは難しかったけれど、猫のサイズくらいなら」

 へえ、とエカリーは感心の吐息をもらす。よくわからないが、魔法ということか。


 対して黒猫は、Y字ポーズのまま、ゼハー! と大息を吐いた。

「死ぬかと思った! 死んだと思った!!」

「死んでないでしょ」

「確実に寿命が縮んだよ!!」

 喚く黒猫に対し、ふん、とハルカは鼻を鳴らすのみ。飼い猫に手厳しい。


 べちゃ、と地面に伸び「地に足ついてる喜び……」などと噛み締めている黒猫を放って、ハルカはエカリーへ向く。視線は微妙に逸れているが、

「……それじゃあ、帰りましょう」

「もういいの?」


 エカリーの問いかけに、ハルカは頷いた。

「情報は、取れた。あとは、一度戻って、整理して……それから、多分、人手が要る」


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